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少女は巻き戻りに気づかない 〜家族3人で気ままに暮らしたい(のに!)〜  作者: おおらり
後日談 後章 愛しさだらけ、生き物だらけ
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16) 夜の亡霊

 

 シンシアが部屋から消え、イリオスと聖騎士たちは城を探し回ったが見つけることができなかった。それどころかアステルも、拷問部屋から消えていた。シンシアの兄と名乗った男も、見つからない。


 夜になり、イリオスは『シンシアの部屋』の扉を開く。すると、シンシアの姿が部屋にあった。

 部屋のあかりはついておらず、暗い。窓が開いており、月明かりの中にシンシアは佇んでいる。白い髪に白いワンピースに白い肌のシンシアは、まるで亡霊のようだ。いると思って扉を開けたわけではなかったので、イリオスは虚をつかれる。


「今まで何処に」

「ごめんなさい、イリオス様。お城のお散歩をしていたんです、考えごとをしながら――」

「窓から出たのですか?」

「ええ、私、高いところが得意なのです」

 シンシアは笑う。

「魔王城の屋根から落ちたこともあるんですよ」


 イリオスは、イライラした様子を見せる。

「貴女は嘘つきですね。こんなものには貴女の呪いを防ぐ効果はない」


 イリオスは髪飾りを床に投げる。

 髪飾りは、割れて壊れる。

 シンシアは、ひどく傷ついた顔をする。


「……でも、大事なものではあったのです」

 シンシアは髪飾りを拾い集め、大事そうに手のなかにおさめ、イリオスを見上げた。


「さきほど、会いたかったと、そう仰いましたね。イリオス様は、どうして私に会いたかったのですか?」


 イリオスは、役目から逃げたシンシアを少なからず憎く思っていたはずだった。

 しかし、庭の噴水の前で顔を合わせたときから――イリオス自身も、よくわからなくなっていた。憎い気持ちではなかった。

 ただ、心にあるのは、会いたかった相手に、ようやく会えたという気持ちだけで。


「どうしてでしょうね」

 イリオスは心から、そう言った。


「……私は、復活した魔王を封印するためなのかと、そう思っていました。私が、そのためにイリオス様にお会いしたかったからです。

 イリオス様は、魔王を――アステルを封印したいと思われますか?」


 イリオスはしばし考えたのちに、こう返答した。


「ええ。悪しき者は封印するべきですよね?」


 シンシアは、イリオスに微笑んだ。


「いつか、ご協力いたしますわ」

「……ですが、あなたたちは恋人なのでしょう?」


「私、できれば人間のまま死にたいと考えていますの」

 シンシアは目を伏せて、そう伝えた。

「死ぬ生き物で居続けたいと思っています。

 死なない生き物を前にして」

「死なない生き物?」

「アステルのことですわ」


 シンシアは、イリオスにアステルは不死の存在だと告げる。


「アステルの妻になれば、きっとそのうち、私も魔物にされてしまいますわ」

「人間を魔物にするなんて、そんなことが可能なのですか?」

「さあ……ですがアステルの執念には、それが可能になりそうなところがありますわ。

 ああ見えて努力家なので」

 

 青みがかった灰色の瞳はまっすぐにイリオスを見つめる。


「それがとても怖いのです。私は死ぬ生き物で居続けたいのです。

 ですから、いつか、魔王の封印にご協力いたしますわ」


 しかし、イリオスには、信じられない。


「貴女は、嘘つきだから、」

 イリオスは、シンシアの手の中の髪飾りに目を向けたあとで――目を閉じる。

「話半分に、聞いておきます」


 シンシアは、一度、窓のほうをチラッと気にしたあと、もう一度イリオスを見た。


「……逆に、イリオス様に、アステルの封印にご協力いただきたいという話でもあるのです」

「もちろん、貴女が恋人を封印したいと思われるときには――お声がけいただければ、ご協力いたしましょう」


 イリオスは、シンシアに約束をする。


「命懸けだったとしてもですか?」

「どういうことでしょう?」

「お父様から、魔王の遺骸の封印は、命懸けであったとお聞きしました。もし、命懸けだったとして――イリオス様は、私と一緒に、魔王を封印してくださいますか?」


 窓から夜風が入ってきて、シンシアの白い髪が揺れる。月明かりの中で、シンシアは髪を耳にかきあげる。


(やはりコルネオーリの辺境伯は、真相を知っていたのか)


(一緒に命をかける、か。もし、本当にそんなことがおこるなら、それは、シンシアを殺す良い機会となるだろう)


 イリオスは微笑む。


「魔王の封印で自分が死ぬ可能性は、考えたこともありませんでしたが――そうですね、聖女様のお力になれるなら、命を賭してでも、魔王の封印にご協力いたしましょう」


 シンシアはイリオスの手をとって、白い花が咲いたように笑った。

「うれしいです、イリオス様」


 イリオスは、言葉を失う。

 誰かに触られたときの気色悪さが、なかったからだ。まるでシンシアが、亡霊のようだから。


「……イリオス様?」

 シンシアは不思議そうに首を傾げる。

 イリオスはシンシアにとられた手に、自分の手を重ねる。しばらく、そうしている。

 


 急に、風が吹くようにシンシアの体が巻き上げられて、イリオスは手を離す。アステルが、いつのまにか窓辺に座っている。スーツの上から黒いローブを羽織ったアステルは、シンシアの体をつかまえて後ろからぎゅう、と抱擁する。不機嫌そうに、イリオスを見つめる。


(『新たな魔王』か? ――いや、違う、アステルだ。そんな顔もできるのか)


 アステルはシンシアをぎゅーっと抱きしめると、窓辺に、となりに座らせる。そして、自身は窓辺から降りて立ち、イリオスに向き合う。しばし沈黙ののち、アステルは首を横に振ると、口を開く。


「イリオス、シンシアと話ができた?

 ぼくのお嫁さんは、返してもらうよ」


「それから、ぼく、きみに謝ることにした。

 ごめんね、きみを傷つけるってわかっててお茶を飲んで」

「……」

 イリオスは許しがたかった。『新たな魔王』のことは。


「きみが今日、ぼくにしたことも、ぼく、許すよ」

 アステルは、イリオスに懇願する。

「だから、ぼくと友達でいて、イリオス」

「アステル……貴方、頭がおかしいんですね」

「よく言われる。それで、ぼくと友達でいてくれるの?」

「……わかりました、友達でいましょう」

 イリオスはため息をつく。そのあと、いつもの微笑みをアステルに向けた。


 アステルは微笑みを返すと、真剣な眼差しになる。

「お願いがあるんだ、ぼくの友達のイリオス。

 ぼくを大切にしてくれるひとたち、ぼくの大切なひとたちを傷つけないでほしいんだ。ぼくの夢は、魔物と人間が共存できる世界なんだよ」


「わかりました、アステル」

(反吐が出る)

そう思いながらも、イリオスはアステルに言った。

「友情のもとに約束しましょう」


「本当!? ありがとう、イリオス」

 アステルは笑う。

「いろんな毒が楽しめるごはんをありがとう。

 今日はもうこれで帰るけれど、今度は魔王城にも遊びに来てね!」


「私も失礼いたします、イリオス様。

 私とのお話も、忘れないでくださいね」

 シンシアも笑う。


 アステルはシンシアを抱き抱えると、窓から飛び降りる。イリオスが窓から下を覗くと、ふたりの姿はもう見えなかった。



ーーーーーーー



 アステルの魔術でタフィに戻ったリアは、違和感を覚える。

(あらら?)

 ロアンと陰鬱屋敷で落ち合う約束だったのに――ここは森の中だ。『へんてこ我が家』の近くのようだ。あまりに暗くて、リアは慌てて光の魔石を起動する。


「……アステル?」

 リアの言葉に、振り向いたアステルの表情の、なんと不機嫌なことか。

(え、アステル、ものすごく怒ってない?)


「ねえ、シンシア?」


 リアの後ろには大きな木があり、アステルに詰め寄られると――リアの逃げ場はなくなる。

 

「なんで、イリオスと手を繋いでいたの?」

「……ごめんなさい」

 リアは、アステルはショックを受けたのだなと思い、素直に謝る。

「なんだか、良い感じだったね」

「アステル、やきもち焼いているの?」

 アステルは木に手をついて答える。

「そうだよ。ぼく、怒っているよ、シンシアに」


「他の人にあんなことしないで」

「……わかったわ、でも……」

「でも、もなし」


 リアは、リアの計画のためには、イリオスに触れることが必要だと感じていた。油断を誘うために。


「イリオスは、シンシアのことが好きなのに……なんでそんな、こたえられない気持ちにこたえるようなことをするの?」

「気持ちにこたえようとしていないわ。私が気持ちにこたえるのは――アステルに対してだけよ」

 リアはアステルの頬に手を伸ばす。

「それにね、アステルは誤解しているわ」

「え?」

「あの人、私のことべつに好きじゃないわ。だってほら、見て」

 リアは手の中の、魔石が割れてしまった髪飾りを見せる。アステルは、リアが髪飾りをウィローに買ってもらい、ずっと大事にしてきたことを知っている。


「ひどい……」

 アステルは、悲しそうな顔をする。

「かたちは復元できるよ、でも。魔石の復元が難しいよ。魔石として機能しなくなるんだ。それに、中に入っていたのが『帰還の魔法』だね」


「確かに好きな人には、こんなことしないよね。普通は……」

 アステルは考え込む。

「でもぼく、さっきシンシアを見るイリオスの目を見ていて――なんでもない」

 アステルは、友人は普通ではないということを知っている。その友人が恋人を見つめる眼差しに、一片の愛があった気がしたのだ。

 だから余計に、嫌な気持ちになったのだ。


「愛しているよ、シンシア」

 頬に添えられたリアの手に、アステルは手を重ねる。

「ぼく以外、見ないで」

 そのあと、リアの手を自分の頬からずらすようにして、手のひらにキスをして……じっ、とリアを見つめた。


「ちらっとでも見ないでほしいんだよ。他の男の人を、目に入れないでほしいよ」

「それって難しいわ、アステル」

 リアは笑った。

「そんなふうにぼくを育てたのは、シンシアじゃないの? ぼく、シンシアが他のひとを見ているの、すごく嫌な気持ちだよ」

「そんなふうに育てたつもり、なかったわ。もともとアステルってきっと、すごく嫉妬深いのよ。ウィローもそうだったの」


 アステルは不機嫌な顔をしながら、心の中で思う。

(ぼくを通して、ウィローのことを想っている様子なのも、嫌なんだよ。

 ぼくの、ぼくだけの、シンシアなのに)


ーーーーーーー



 イリオスは、アステルとの約束を守らなかった。それから、フォティアの魔物との混血の人間への迫害は再開され、苛烈を極めた。


 ある夜、拷問を受けた者は、死の前に呟いた。

「魔王様がいずれ、おまえたちに罰を下すだろう」

と。


 ある夜、拷問を受けた者は、決して言ってはならないことを呟いた。

「タフィ様」

と。


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