14) 拷問部屋で喧嘩をする / 心に決めるだけのこと (挿絵あり)
ロアンはアステルとリアを探して城の中を歩きながら、上着のポケットにあるいくつかの魔石を確認する。ルーキスにアドバイスを聞きながら、アステルが魔術を込めたものだ。ロアンとリア、ふたりともが同じ種類を持っている。
誰かの足音を聞き、ロアンは物影に隠れる。
イリオスと聖騎士がひとり。大柄な聖騎士は、アステルを肩に担いでいる。地下に降りていくようだ。
アステルの両頬はすでに、叩かれたように赤く腫れている。ロアンの心に冷えたものが流れる。
ロアンはポケットの中から、透明化の魔石を選ぶと使う。隙を見てアステルの救出を行おうとロアンは考える。
2人が行ってしばらく経ってから、ロアンは足音をたてないように階段を降りる。地下は暗く、広く、異様な匂いがした。地下牢のようだ。
(ここは、アルデンバランの拷問の現場のひとつだ、おそらく)
聖騎士はアステルをぞんざいに、床に投げ捨てる。アステルは目を覚さない。
(いつ助ける? このままじゃ……)
しかし、ロアンは気づく。イリオスの様子がおかしいことに。イリオスも酷い顔をして、服が汚れて血まみれだ。返り血ではなく、本人の血のようだ。
イリオスはアステルの体を強く蹴る。何度も。鬱憤を晴らすかのように。しかし、アステルは起きない。冷静さを欠いた声で、イリオスは怒鳴りつける。
「もう一度、出てこい!」
(……?)
やっていることは許しがたく、ロアンはイリオスに数倍返ししたい気持ちを抑えるので精一杯だったが、頭を働かせて考える。
(もしかして、アステル様がイリオスを怪我させた? それで怒っている? 出てこい???)
イリオスは神聖力をアステルの腹に当てる。アステルを起こすために。
「痛ーー!」
アステルは目を覚まして吐血する。
「げほ! ごほっ」
アステルは自分が地下牢にいることと――目の前のイリオスの怒り狂った表情に気づく。再度、神聖力を当てられて、アステルは痛みに悶えながらも、叫ぶ。
「ぼく、謝らないよ! あんな酷い味のお茶を飲ませるイリオスが悪いんだ!」
アステルの言葉は、イリオスに火に油だ。
「何が起こっても、イリオスのせいだって、ぼくは言った!」
「お前じゃない!!! お前は出てくるな!!!」
イリオスは怒声をあげ、アステルの髪を強くひっつかみ、体を蹴ったり、神聖力をあてたりする。
「もう一度出てこい、新たな魔王!」
「痛い、痛い! やめてったら!」
ロアンは気づく。
(何かがあって、ウィロー?がでてきて? イリオスをボコボコにした?)
気づくと笑えたが、それでアステルが蹴られたり殴られたり、神聖力を当てられたりしている状況は笑えなかった。
聖騎士がひとり、慌てた様子でやってくる。
「イリオス様! シンシア様が!」
「今度はなんだ!」
イリオスは声を荒げたあと。冷静さを欠きすぎていると気づいたようだ。息を整えたあと、アステルに冷たい目を向ける。
「アステル、そこで少し反省していなさい」
「反省するのは、イリオスのほうだ!」
イリオスはもう一度アステルに神聖力を放ち、アステルの髪の一部分を焦がすと、聖騎士に言いつける。
「監視しておけ、多少痛めつけても良い」
聖騎士はイリオスの足音が聞こえなくなったのを確認すると、しゃがんでアステルの背をさすり、さぞ味方かのように声をかける。
「かわいそうに。痛かったでしょう。今、助けてあげますからね」
「? ありがとう」
ロアンは聖騎士を後ろから殴りたおす。聖騎士が、アステルに神聖力を当てようとする前に。倒れた聖騎士を見て、アステルは無言で睡眠魔法をかけた。
アステルは、ロアンがいるのに最初から気づいていたようだ。姿を現しても驚かなかった。
「殴る必要あった? 良い人だったじゃん」
「今の言葉を聞いて、やはりアステル様に護衛は必要だなって改めて感じました」
アステルは腫れた顔でふふ、と笑った。
「ルアン、助けに来てくれてありがとう」
「アステル様、ひどいお顔ですよ」
ロアンに指摘されて、アステルは自らに回復魔術を試みる。
「でも、実は、馬車の中でひとりになったときに嫌な予感がしたから、自分にうっすらと防護魔術を張っていたんだ。体の表面にはダメージが残るけど、内部まではダメージがいかないように」
「拷問されかけて、目がお覚めになりましたか? 無理でしょう、あれと友人」
「いや、ぼくは、イリオスと喧嘩してただけだよ」
アステルの強情さにロアンは閉口する。
「やり返そうと思えばできたんだけど……先に暴力を振るったのはこっちだから、我慢してただけ」
アステルは自らに回復魔術をかけたあと、立ち上がると膝の汚れを払う。
「シンシアが何かしたって言ってたよ」
「逃げたのではないでしょうか? 探しに行きましょう」
ロアンはふたたび透明化の魔石を使い、アステルは魔術で透明になると、階段を登り、城の中を歩き始める。
ーーーーーーー
少し前。白い髪に青みがかった灰色の瞳のリアは、イリオスはアステルのところに行ったのだと考える。しばらく暇そうだ。
(散歩でもしてみようかしら?)
敵とコンタクトをとり、情報を持ち帰れるだけ持ち帰るのが、今回の訪問の目的だ。
(あの人の部屋を探してみましょう)
リアはそっと窓を開ける。3-4階くらいの高さがある。びゅう、と冷たい風に吹かれてリアは怖さを感じる。しかし、リアは服の下に、ウィローのお守りをつけている。高さは無効だ。
(無効よね? ちゃんとアステル、お守りから髪と目の色の魔法だけを抜いてくれたのよね? ウィローの魔術の腕は信頼しているんだけど、アステルとなるとちょっと不安なの。魔物になってから大雑把だから……でも、私の目はちゃんと見えている……信じるわ、アステル)
リアは勇気を出して、窓から身を投げる。
お守りは機能して、リアはふわっと地面に着地する。
ーーーーーーー
リアはイリオスの部屋を探すうちに、旧エオニア城の地下に迷い込む。魔物でも出てきそうな暗い廊下、暗い部屋が続く。時間が経ったあとの血の匂いがした。
リアはアステルが光の魔術を込めた魔石を手に進むうち、ある部屋に迷い込む。
大きな灰色の壁に、小さな絵がたくさん貼られていた。リアは絵の中に、見知った顔をいくつか見つけてハッとする。治療したことがある人間たちだ。
そして、最もよく知る一枚の絵。
(……ティシア)
絵には4人家族が描かれている。よくみると、すべての絵は2枚組だ。家族の絵のほうは、描いた者は同じではないようだ。家族が元々持っていた絵が奪われたのかもしれない。子どもが描いたような絵もある。しかし、もう一枚は、描いた者は同じ絵描きのようだ。痛めつけられ、死んだり、死にかけている姿が描かれている。
まるでコレクションのように、対の家族の絵はたくさん飾られている。
リアの脳裏に、呑気なロアンの声が響く。
『リアはタフィの聖女だと言いますが、救う対象があってこその聖女なのではないですか?
魔王の遺骸なき、平和な今の世に、聖女が必要なんでしょうか?』
神聖医術院をはじめた頃、アステルが14歳くらいのときだ。タフィの村の光さす庭でアステルのために果物をとりながら、ロアンはリアに笑いかけた。
『タフィの村の民は、アステル様さえいれば救われた顔をしていますよ』
リアはイリオスのコレクションを眺めながら思う。この絵の中に―― 一周目では、シンシア姫とアステル王子がいたはずだ、と。そして今、この絵にいつ、ロアンやテイナやトゥリ、リアやアステルが加わってもおかしくはないのだと。
(このままにしてはおけないわ)
タフォス村を訪れた際に、アステルに懇願した村長のことを思い出す。
『魔王様 私たちをアルデンバランからどうかお守りください』
花を燃やされて、涙をこぼしたアステルの姿を思い出す。アステルはきっと、イリオスを自分から倒しには行かない。
しかし、こんな悪を、放ってはおけない。
(私が、)
リアは、拷問を受けた たくさんの人間、たくさんの家族の絵を光の魔石で照らし、眺めながら思う。
(聖女になる。コミューンのみんなを、多くの人を救うわ)
(でも、私はウィローとは違う。誰かを救うためなら我が身を犠牲にして良いなんて、思わない)
(私はアステルと幸せになる。そして、イリオスを不幸にする。そう決めるだけのこと)
(心に決めるだけのことよ)