13) 2周目 「忘れてた」
リアは誰かの腕の感触で目を覚ます。あたりは静まり返っている。夏のおわりの夜の空気だ。
遠くに、星が瞬く夜空が見える。魔石でできたランタンの灯りが目の前で揺れている。ランタンを手に持つのは、心配そうな顔のロアンだ。
「よかった……本当によかった……」
耳元で声がした。
「ウィロー……?」
寝ぼけ眼で聞く。
リアは大きな樹にもたれかかって座っており、前にはウィローがいるようだ。
(私、ウィローに抱きしめられているみたい、どうしてだろう?)
リアは落ち着かない気持ちになる。なにか変だ。視界の端に映る自分の髪の色が白いことに気づき、リアは青ざめる。
ウィローがリアを抱きしめる手には、力がこもっている。ウィローの声は、震えている。
「すごく怖かったよ、リア」
「リア、このまま朝になったらと、本当に心配したんですよ、私たち」
「そうだよね」
急に視界がぼやける。魔法の効果が切れたわけではなく、涙がでてきたからだ。
「そうだよね、私、忘れてた」
夜は、ウィローと一緒にいなければならないことを。
寝たあとにウィローが来て、おまじないをかけてくれる。だから普段は、魔法のことなんて忘れていた。『太陽の下を歩けない。目もほとんど見えない』そんな自分を忘れていた。
でもそれは、たぶん、ウィローが『忘れさせてくれていたこと』なのだ。
あの塔の一室で過ごしていた頃は、片時も忘れたことなんてなかったのに。
(『ひとりでも』なんて、私には、そもそも無理なことなのに)
忘れていた。
ぽろぽろとリアが泣き出すと、ウィローがさらにぎゅうっとリアのことを抱きしめる。
「わた、私、無くしちゃった、髪飾り……」
「ああリア、それなら大丈夫ですよ」
ロアンがリアの手に、リボンと髪飾りを渡す。リアは心底、ホッとする。
「よかった……」
ランタンの灯りを頼りに見るが、思ったほど汚れていない。きっとロアンがすぐに拾ってくれたからだ。
「ありがとう、ロアン。ごめんね、リボン切れちゃって」
「そんな 何回でも縫えば良いんですよ」
ロアンの言葉と、髪飾りが見つかった嬉しさで、涙目のリアは微笑む。
ウィローが、リアのことを抱き上げる。
「大丈夫、歩けるよ! ウィロー」
「リア、みんなですぐに帰ろう。
ロアン、リアと手を繋いで。リア、髪飾りを使って」
ロアンとリアは手を繋ぐ。リアは、ウィローの腕の中だ。
(これで、みんな一緒に帰れるってことだよね?)
『帰りたい!』
リアは髪飾りを手に、強い口調で言う。
3人は、青い光にのまれると、暗い森から消える。
ーーーーーーー
3人が投げ出されたのは、リアの部屋の中だった。ウィローは慣れているからか、リアを抱いたまま体を丸めて衝撃をやわらげる。
ロアンは顔から床にぶつかる。
「こんな移動手段なんですね……」
ロアン的には、そんなに良いものじゃないなあ、という感じだ。
ウィローはリアを床におろす。まだ目が赤いリアは、なんとなく、抱っこが名残惜しそうな感じだ。
「さて、明け方まであと少しですし、私も部屋に帰って寝ます」
部屋を出て行こうとしたロアンのシャツをリアがひっぱる。ロアンが振り返ると、必死な表情のリアがいた。
「一緒にいて!」
「え……」
「3人で一緒にいようよ、もう離れるのは嫌!」
「うんうん、リアも怖かったんだね」
ウィローは、リアの背中をさする。
「しかし私、眠いんですが……」
「じゃあ、私のベッドで寝て!」
「え」
ロアンは助けを求める顔でウィローを見る。ウィローは事のなり行きを見守っているようだ。
「ウィローももちろん、私のベッドで寝よう!
3人で一緒に寝ようよ」
「ぼくが寝ちゃうと困るから、とりあえずロアンで我慢したら? ぼくはそこの椅子にいて、リアが寝たら、魔法をかけるから……」
「眠れない! 3人で寝ないと、眠れそうにない……」
リアは両手を胸の前でギュッとして、震えている。ウィローはその様子を見ると、すぐさま、ロアンの肩に手を置き、目にも手をのばす。
「ウィロー? なんで私の肩に手を?」
「おやすみ、ロアン」
ウィローの睡眠魔法で、ロアンはどさっという音を立てて座り込む。ちょうど胸から上だけベッドに倒れ込んだので、床に座ったままベッドに手と頭を乗せて、気持ちよさそうに寝ている。ウィローはロアンの靴を脱がせると、よいしょ、と持ち上げてリアのベッドの片側にロアンを配置する。
リアは靴を脱いでベッドの上にあがると、ロアンに布をかける。そして自分はとなりに座ると、ポンポン、と左手でベッドを叩く。
「ウィローもよ!」
「本当に、ロアンだけじゃダメ?」
「ダメ!」
ウィローは靴とローブを脱いで、しぶしぶ、という感じでリアの左側に横になる。
リアに体を向けて寝て、リアのほうに右腕を伸ばした。
「リア、じゃあ……はい、どうぞ」
「?」
「このベッドはリア1人だと大きいけれど、3人だとせまいから、ぼくの腕を枕にしたらどうかな?」
「えっ それは恥ずかしいような……」
リアは顔を赤らめる。
「そのほうが魔法がかけやすいっていうのもあるかなあ」
「う〜〜 わかった……」
リアは言われるがまま、ウィローの腕に頭を乗せる。
右側に爆睡しているロアンがいて、左側にはウィローがいる。リアはようやく少し、安心できた気がした。
「ウィロー あのね、夢かもしれないんだけど、私、具合の悪い樹を治したの。魔法を使ってね」
リアは、良い夢だったなあ、と微笑む。
「しー」
ウィローは、人差し指を唇にあてる。
「そのことは、ぼく以外の人の前で言ってはいけないよ、リア」
「どうして? ロアンにも、言ってはいけないの?」
「そうだよ。ぼくと、リアだけの秘密」
ウィローは眉を下げて、リアに微笑む。
「魔法がつかえる、素敵な夢だったのにな……」
リアは、うとうと、とまどろみはじめる。安心したら、どっと疲れがでたようだ。
「おやすみ、リア」
ウィローがロアンの上にかかった布を伸ばして、リアの上にも丁寧にかけながら、優しい声で言う。
ーーーーーーー
ロアンが朝、目覚めると、リアの顔が目の前にあった。リアは、すうすうと寝ている。昨晩の記憶が瞬時に頭をかけ巡った結果、ロアンは主人に憤慨する。
(ウィロー!!!!)
人のことを勝手に寝かせるなんて酷すぎる。今すぐリアの枕を投げつけたかったが、『ウィローが寝ていたらしき場所』は空っぽだった。シーツの皺から、寝ていたことはわかるのだが。
ウィローはおまじないを掛け直したようで、リアの長い、黒いウェーブがかった髪がベッドの上に投げ出されている。
ロアンは、リアの髪をさらさら、と指ですくってみる。
(昨日はウィローだけではなく、私も、生きた心地がしなかった)
無事にリアが戻ってきて本当によかった。
ロアンは上半身を起こすと、ベッドのそばの椅子の上に、薬草が山盛り入ったカゴを発見する。
昨日、リアが倒れていたあたりに不自然に置いてあったものだ。ウィローが怒りに任せて捨てようとしていたので、ロアンがもったいないと拾ってきたものだった。
ウィローが思い直して、(リアが喜ぶように)とここに置いたのだろうか?
カーテンの向こうで、もう陽は昇っているようだった。ウィローは、家の中にはいない気がする……とロアンは思った。
(『家のまもり』を変容させた犯人を探しに行ったのではないだろうか)
今度こそ人が死ぬのでは? と思ったが、途端にロアンは面倒になり、リアの隣に再度、ゴロンと横になった。
リアをこんな目に合わせた相手を、自分も痛ぶりたがっていると気づいたためだ。
それに、ウィローがロアンを置いていった理由は明白だ。『きみがリアを守るように』以上。
「今日はなにごともおこらず、平和な一日だと良いですね、リア」
(お願いだから自分とリアだけのときに何も起きないでほしい……)
そう願いながら、もう少しだけロアンは休憩することにして、目をつむる。