1) 邂逅とねこ 前編
アステル16歳(見た目は20歳)の春。
アズールの街がなんだか騒がしい。一部のエリアだけ、まるでお祭りでもしているかのような賑やかさだ。街角に、娼婦の元締めのラーハノを見かけて、アステルは声をかける。
「おう、アステル、久しぶりだな。相変わらずお前は綺麗な顔をしてんなあ。うちで働く気になったか?」
「ならないよ。ねえ、この騒ぎは、なに?」
「アサナシア教会のお偉いさんがアズール教会の訪問に来ているんだよ。普段、会えないくらいお偉いさんの聖職者だってよ」
アサナシア教会と聞いて、アステルは(関わらないほうがいいな)と思うが、次の言葉に興味を惹かれる。
「教会の前で、神聖力のこもった珍しい花を配っているんだ。それでみんな並んでいる」
「神聖力のこもった珍しい花……」
(……痛そう。でも、シンシアに渡したら、喜ぶかな?)
この週末、ロアンは家族とタフィで過ごしている。リアはアズールの家にいるが「記憶の研究をする日」と言って、部屋にこもりきりだ。ルーキスはいつも魔王城とタフィ教の仕事で忙しくしているが、アステルには「休暇を楽しんできてください」と言った。
しかし、アステルは暇人だ。
(こんなことなら、ルーキスと魔王城に残って、彼を手伝えばよかったな)
アステルはラーハノにお礼を言うと、人だかりの近くまで様子を見に行く。神聖力のこもった花を貰いたい人の列が、街中に長く伸びている。アステルは列に並んでみる。アステルで最後のようだ。
聖職者たちの中心にいて、花を配っている高位の聖職者は、銀色の髪をしていて、柔らかく優しそうな雰囲気だ。
(なんだか、エルミス兄さんに似ている。中性的だからかな? 年齢も、同じくらいかも)
アステルは親しみを覚える。
アステルの番になると、たくさんの人に花を配ったあとであるにもかかわらず、疲れを見せずに聖職者はアステルに微笑みかける。
大輪の、白く美しい花を差し出す。
「どうぞ。貴方に、アサナシア様のご加護がありますように」
「ありがとう」
アステルは並んでいる間に手に魔法でカバーをしていたが、それでも痛く感じた。魔力を隠しているせいで強い魔法が使えなかったのと、花に込められた神聖力が強かったためだ。
花を受け取るまで嬉しそうだったアステルが、受け取った瞬間に痛そうな顔をしたのを見て、聖職者は不安そうに聞く。
「トゲを刺してしまいましたか?」
聖職者は神聖力をアステルの手にかざす。
アステルは(さらに痛い!)と思うが、魔物だとバレたら大変なので、我慢して平静を装い、笑いかけてお礼を言う。
「ありがとうございます」
銀髪の聖職者はニコ、と微笑みを返す。
アステルは人混みから離れると、まわりから見えないように、魔術で花を浮かせながら持ち帰る。花の茎を見て、疑問に思う。
(あれ? トゲ、ないじゃん。変なの)
仕事の終わりに、アズール教会の若い聖職者たちは、高位聖職者に声をかける。
「最後に花をもらって行った者――イリオス様に神聖力を使っていただくなんて、本当に恵まれていますね」
「稀に見る美しい青年でしたね」
若い聖職者たちは(あなたとお話できることが嬉しい)という顔でイリオスを見る。
「美しい人間は、良いですね」
イリオスは銀髪を揺らして微笑み、若い聖職者たちは驚く。
「貴方様でもそう思われるのですか? 人間の美醜にご興味がおありだとは思いませんでした」
「失礼、俗世を離れている身でありながら、少々、世俗的でしたね。
ですが、私も美しい人間は好きですよ」
「いえいえ、かえって、親しみが持てます」
若い聖職者たちは、イリオスの言葉のひとつひとつに嬉しそうにしている。エオニアから来た高位の聖職者は、尊敬を集めている様子だ。
イリオスは微笑んだあと、物思いに耽る。若い聖職者たちはお互いの顔を見合わせ、頷く。
(イリオス様は、どんなことを考えていらっしゃるんだろう。きっと私たちには考えつかないような、徳の高いことを考えていらっしゃるに違いない!)
イリオスは考える。
(美しい人間は良い、美しい死体になる)
イリオスは、花を受けとったときの反応を見て、先ほどの青年に魔物の血が入っていると確信した。苦痛に歪む顔が見られたのが、嬉しかった。
(後ほど、リストに加えておこう)
アズール教会の控えの部屋に案内を受けながら、イリオスは機嫌良さそうに微笑んでいる。