お守り不調
19歳のリアは、朝起きて、違和感を覚える。肌がひりひりする感覚があったのだ。
指先が日焼けのように少し赤くなっている。朝日が当たった箇所のようだ。視界もいつもよりぼやけている。鏡を見ると、髪の色が白くなって、目の色も青みがかった灰色になっている。
リアは『お守りのつけ忘れ』がこわいので、タフィの『我が家』の自室もカーテンを閉めて寝ている。しかしこの家は、遮光性が高いとは到底いえない。
(お守り、つけているのに、どうして?)
リアはアステルを呼びたいと思うが、家にいるかがわからない。リアは毛布をかぶってベッドの上にまるくなる。長らく忘れていた、太陽がこわい気持ちがじわじわと心に戻ってくる。
「シンシア、ねぼすけさんなの?」
アステルが部屋にやってきて、毛布ごとリアのことをぎゅっとした。リアは毛布から顔をだす……ベールのように毛布をかぶったまま。
「わあ、可愛い!……どうしたの、シンシア?」
白い髪のリアが新鮮でアステルは笑いかけるが、リアのどよーんとした雰囲気に眉毛をハの字にする。
「アステル、お守りの調子が悪いみたいなの。
アステル、なおせる?」
「え、ぼく……どうだろう、わからない」
アステルは自信がなさそうだ。
「ロアンを呼んで来てくれる?」
「わかった……でも今、授業中かもしれないよ」
「あ、待って! この部屋の隙間を埋められる?」
リアは木でできた『我が家』の、リアの指先を赤くした隙間を指さす。アステルは魔術で蔦を生やして隙間を埋める。ただでさえ植物の多いリアの部屋のジャングル化が進行する。
神聖医術院を年々改築して、リアは平日は神聖医術院を『我が家』として住んでいた。陰鬱屋敷にもまだリアの部屋があるので、リアは神聖医術院と陰鬱屋敷とアズールの家に部屋を持っていた。アステルに至っては、魔王城もいれて4ヶ所に部屋を持っている。
神聖医術院の『我が家』は、はじめ、アステルがめためたな建築をしたのを、テイナの大工の叔父さん(ロアンとテイナの家を作った人)が補強してくれた家で、かなりかたちが歪だ。小さな家の寄せ集めのようなデザインで、風変わりだ。そこにいまだにカラフルな看板があり、アステルの祠ともつながっていて、あやしさ満点だ。
しかしタフィの村人たちは「魔王様とタフィ様の家」だと思っているので、悪く思ってはいないようだ。奇抜でへんてこな家が村外れに建っていても。
ーーーーーーー
「お守りが壊れたって?」
ロアンは、すぐに駆けつけてくれた。学校にすぐ戻らなければいけない、と前置きした上で、白い髪のリアのことを心配そうに見る。
「そうなの。アステルが直せるかわからないって言ってるの……どうしよう」
「でも、ぼく、シンシアの目をよくする魔法と、髪と目の色を変える魔法は使えると思う」
「目をよくする魔法をかけてみて、アステル」
アステルは手をかざして体内の魔力を消費しながら、リアに魔法をかける。魔法の効力は、完璧で、ウィローがかけたときと遜色のない出来だった。
アステルは困った顔をした。
「でもぼく、前にも言ったと思うけど、太陽の光を防ぐ魔法がわからないんだよ」
そのことは、ロアンもリアも知っていた。以前、魔術の知識をどれだけアステルが覚えているかを調べたときに、2つの魔法だけ、アステルが覚えていなかったからだ。「太陽の光を防ぐ魔法」と「帰還の魔法」だ。
アステルが覚えていないと知ったときに、その開発光景を知っているロアンは言った。
「太陽の光を防ぐ魔法は、ウィローのオリジナルの魔法でしたね」
「帰還の魔法もオリジナルの魔法なのよ」
ウィローの記憶を読んだリアは言う。
「思い入れが強い記憶ほど封印の効力が高かったのだとしたら……ウィローが魔石に込めた可能性はあるかしら」
「もし、意図して記憶を魔石に込めることができたのだとしたら、ですけれど――リアにとって一番大事な魔法を、触媒にするとは思えないんですよね」
「そうだとしたら、アステルの中に、記憶が眠っているのよ」
「……アステル様のなかの、ウィローが知っているのではないですか?」
ロアンは以前「アステル様の中にウィローを見た」という話をリアにした。リアは半信半疑で、「だって、アステルはウィローだったんだから、ウィローっぽく見えたっておかしくないじゃない」と言った。しかしロアンは「いや、あれは、ウィローだった」と言った。
それはともかくとして、アステルの中に『思い出せていないウィローの記憶』があることは確かだった。そしてそこに「太陽の光を防ぐ魔法」もあるといいなあというのが今のロアンとリアの願いだ。
現在に戻り、奇抜な我が家のリアの部屋にて。
「アステル、思い出してみて」
「思い出せないよお」
アステルは目をぎゅーっとつむっている。
「ウィロー ウィローいますか? 今、アステル様のなかのウィローに話しかけていますよ」
「そんなのでウィローに会えるならとっくに私がやっているわ、ロアン」
珍しくボケるロアンにリアはツッコミを入れる。
「シンシア、お守りをぼくに貸してみて」
アステルはおそるおそる、手を差し出す。
「何をするの? アステル」
「ぼくの魔力を通してみるんだ、通しながら解析もしてみる」
アステルはお守りを受け取ると、魔力を通してみる。
「何かわかった? アステル」
「ものすごく複雑な魔法ってことがわかるよ。ウィローって本当にすごかったんだね……シンシア、直ったかな?」
リアはお守りに触れてみるが、普段身につけているときのようなあたたかさを感じなかった。首にかけてみるが、髪と目の色に変化はないようだ。
「もう一回、貸して」
アステルは手を差し出し、リアはお守りを渡す。
「えいっ!」
アステルは魔力を込めてお守りを叩いてみる。
「!?」
ロアンとリアはアステルの思い切りの良さに驚くが、お守りは一瞬、紫色の光りを放ち――
「直ったみたい」
アステルも驚きながら、リアに渡す。
「嘘でしょ!?」
リアが胸にかけてみると、ほんのりとあたたかい。髪と目の色が、徐々に変わっていくのを鏡で確認する。窓のカーテンをそっと開けて、うっすらと光のあたる場所に指で触れてみる。ひりひりしない。痛くない。
ロアンはひとまず胸を撫で下ろす。
「叩けば直るなんて、そんなこと本当にあるんですね」
しかし、ロアンとリアは顔を見合わせる。
お守りが本当に壊れたときを思うと、こわい――と。
アステルは、(なんでなおったんだろう)と不思議そうな顔でお守りを見つめている。