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20) ロアンの結婚式 (前章最終話)

 アステル14歳(見た目は20歳)の冬。


「なので我が民は――」

「アステル、台詞が微妙に違うわ」

 陰鬱屋敷の居間で、アステルとリアがロアンの結婚式で演じる劇の練習をしている。

 ロアンが通りがかり、扉からそっとふたりの様子を覗く。あたたかい部屋で一冊の台本をふたりで覗き込む、アステルとリアの姿だ。

(ふたりとも、幸せそうだ)

 ロアンは、カタ、と物音を立ててしまう。覗きに気づいたリアとアステルが、慌ててやってくる。

「ルアン、見ちゃだめだよ!」

「そうよ、当日までのお楽しみだわ。結婚式の劇で、だれが美しいタフィ様役をやるのかはね!」

「シンシアだよ」

「言っちゃダメよ、アステル!」

 

 ロアンはふふ、と微笑む。

「あ、笑ったなー! ロアンは『美しいタフィ様』で笑ったのよ」

「そうですよ」

 ロアンは、嘘をつく。


「ルアン、シンシアは美しいよ。こんなに可愛い女の子の相手役ができるなんてぼく、幸せだよ」

「アステル、もう、そのへんにしましょ……」

 リアは照れて赤くなりうつむいている。家出以降、アステルはますます好意表現がストレートなのだ。たじたじしているリアのくるくるの髪で、アステルは遊んでいる。


(いちゃいちゃしてるなあ)

 ロアンは幸せそうでなにより、と思いつつ、ふたりの成長をすこし寂しく思う。


ーーーーーーー


 ロアンは、陰鬱屋敷の自分の荷物をまとめ、新居に移している。ふとロアンが気づくと、物が減った部屋の片隅にアステルが座り込んでいる。神出鬼没だ。

「……ルアンは、ぼくが魔術でお手伝いすれば、簡単に引っ越しが済むのになあって思っているかもしれないけれど、」

「思っていません」

 ロアンはそんなことは本当に思っていなかった。体を動かす良い機会だと思っていたからだ。


「ぼく、ルアンの引っ越しを手伝わないよ」

 アステルは膝を抱えている。

「どうしてですか?」

「……寂しいからに決まっているでしょう?」

 ロアンは目を細める。

「アステル様は本当に、ウィローと違って素直ですよね」


 うつむいて膝を抱えるアステルの前に、ロアンはしゃがみこむ。

「アステル様」

「なあに、ルアン?」

「アステル様の髪に触れてもいいですか?」

「いいよ」

 ロアンはリアによくするように、アステルの髪をわしゃわしゃ、と撫でる。

「……ひとをなぐさめるのに、許可、いるの?」

「アステル様のご許可を頂いた上で、おれがおれに許可しないといけないので」

「なにそれ」

「勇気が必要ってことです」

「よくわかんない」


 鳥の巣みたいになったアステルの髪を見て、ロアンは笑う。

「魔王の役をするとき、この髪型の方が良さそうですね、アステルさま。伝承どおり、タフィ様の巣のようですよ」

「ちょっと、恥ずかしいような気がするよ」

 アステルは髪を触りながら、視線をそらす。


ーーーーーーー


 ロアンの結婚式当日の朝。

 陰鬱屋敷の居間で、3人はテイナの支度を待っている。結婚式の会場は村の広場だが、控え室として屋敷を使うことになっている。


 ロアンはもう新郎の民族衣装に身を包んでいる。

「うーん、我が兄ながら、民族衣装も似合うわ。かっこいいわ、悔しいなあ」

「よしなさい、リア。褒めても何もあげませんよ」

「かっこいいよ、ルアン!」

「アステル様にはお菓子をあげましょう」

「なんでアステルにはお菓子があって、私にはないの?」


 コン、コンと扉がノックされると、アステルはハッとした表情になる。

「ルアン、ぼくはシンシアの目を隠すから、ルアンは、ぼくの目を隠して!」

「え、何、何ですか?」

「きゃ! アステル、なんなの!?」


 扉が開いて、花嫁衣装のテイナと陰鬱屋敷のメイドが入ってくる。そこでテイナは見る。立っている3人が――ロアンがアステルの目を隠していて、アステルがリアの目を隠しているのを。

「あはは、なに!? 3人とも本当に仲良しね!」

「花嫁さんのことは、ルアンが最初に見なくちゃいけないんだよ」

「そんなルールありましたか?」

「ロアン、アステルは気を遣ったのよ」

「ありがとうございます、アステル様……」

 

 ロアンは嬉しそうに微笑む。アステルの目から手を離すと、テイナに近づく。

「すごく綺麗ですよ、テイナ」

「ありがとう、ロアン――」

 ロアンはテイナの手をとって、唇に長めのキスをする。アステルは慌てて、離そうとしていた手でもう一度リアの目をふさぐ。

(情熱的すぎる!)

 アステルは顔を真っ赤にしている。

(シンシアとの結婚式で、ぼく、同じことできるかな!?)


「ちょっと、ロアン、口紅が落ちたわ!」

「また、塗れば良いんですよ」

 テイナの怒る声に、リアはアステルの手を自分の目からはがす。そして、ロアンの口もとについた口紅を見て目をまるくする。

「え!? キスしたの!? 見たかった〜」

 リアはテイナの口紅が落ちているのを見て、ジトーっとロアンを見る。

「でも、ロアンってほんとバカ」

「ルアンは、ばかなの?」

「リアの言葉はどうでも良いんですけどアステル様に復唱されると傷つくので、やめてくれませんか?」

「どうでも良いって何よ、どうでも良いって!」

「まあまあふたりとも、結婚式まで喧嘩しなくっても〜」

 花嫁衣装のテイナが仲裁に入る。すごく綺麗な衣装のテイナを見て、リアは目を輝かせる。

「テイナ、とっても綺麗よ!」

「ありがとう、リアちゃん」

 そのあとテイナとリアは衣装の刺繍についてキャッキャと話している。


(テイナはふくよかで、健康的で可愛いね。幸福の神様みたいだ)

 アステルの視線を感じて、テイナは微笑む。アステルは微笑みを返す。


(本物の魔王様が劇をやってくれる結婚式なんて、そうそうないわ! 本当に名誉だわ)

(……とか思っているんだろうなあ)

 テイナの家は由緒正しきタフィ教徒なので、テイナのアステルを見る眼差しには信仰が含まれると、ロアンは思う。


ーーーーーーー


 劇は、結婚式の開幕を告げるものだ。

 リアは劇に出るのなんてはじめてで、舞台裏でとても緊張している。

 鳥がモチーフではあるが、可愛いワンピースの民族衣装だ。アステルは、黒くてゆったりした民族衣装を着て、黒いちいさな2本のツノを頭につけている。

(アステルは何着ても似合うわ。私は、似合っているのかなあ)


「あがっているの? シンシア」

「アステルは平気なの?」

「シンシアにかっこいいところを見せたいからね」

 アステルはとなりに立ち、リアの肩をぎゅっと抱く。

「それに、ぼくは本当に魔王様で、魔王様の愛しのシンシアがタフィ様だ。タフィの人々にとって、こんなに見たい劇ってないと思うんだ」

「いと、愛しのって」

 リアは頬を染める。

「どこでそういう台詞を覚えてくるの?」

「ぼくはずっと、こんな感じだよ」

「そうだったかしら!?」

(魔王になる、リアとも結婚する)と心に決めて以降のアステルに、リアはまた、たじたじしてしまう。


ーーーーーーー


 タフィ教は民話や神話を物語る劇の多い宗教だ。タフィのお祭りの劇は、豊穣を祝う劇だが、結婚式の開幕の劇は、魔王と鳥の化身のタフィが出会って結婚するというラブストーリーだ。魔王とタフィが祝福するので、私たちのように仲睦まじい夫婦になりなさい、という話なのだ。

 実際、タフィの人々はアステルを生まれ変わった魔王様だと崇めているし、魔王様はルーキスの娘のリアと恋人同士と思っているので、劇は、非常に盛り上がりを見せた。


 最初はかみかみだったリアも、アステルがいつもどおりのペースなので、調子を取り戻してきた。アステルが祝福の意味を込めて、言葉を述べる。リアも、ロアンとテイナを祝福する。

「幸福な夫婦となれることを、魔王とタフィが約束する」

「なので、幸せになれることでしょう!」


 座って、ふたりの劇を見ながら。舞台の上で幸せそうに笑うふたりを見ながら。ロアンは、泣きそうなのを堪えている。テイナだけがそれに気づき、机の下で、そっとロアンの手に、手を重ねる。


ーーーーーーー


 劇のあと、ルーキスが進行役をつとめて、ロアンとテイナの夫婦の誓いがあった。みんなの前でキスするのに、躊躇なくロアンは熱烈なキスをした。村の広場に、拍手がわきおこった。「ロアン先生、いいぞー!」と誰かの声。ヒューヒューと口笛を吹いている人もいる。

 リアはようやく見たかったキスが見れた。アステルが何故かまたリアの目を隠そうとしたが、リアはアステルの手をさっと避けた。


 しばらくして、宴がはじまった。


 お祭りのときも聴くタフィの民族音楽だ。広場に踊る場所ができて、村人に混じって、新郎新婦のロアンとテイナも楽しそうに踊っている。

(いいなあ)

 リアはもがもがと、美味しいごはんをたくさん食べている。舞台の上でかなりエネルギーを使ったので、とにかくたくさん食べておこうと思ったのだ。

 そんなリアに、アステルが手を差し伸べる。

「お姫様、ぼくと踊ってくれませんか?」

「もっ!?」

「ああ、喉に詰まらせちゃうよシンシア! お水、お水! ……きみが口にものを入れてるのに、声をかけてごめんね」

 水を飲むリアの背を、アステルはさする。リアはごはんがたっぷり乗ったお皿をとりあえず近くの机に置くと、アステルを見上げる。


「アステル、それより、さっきのもう一回言って?」

「食べ終わった?」

「ええ」

「じゃあ、踊ろう、シンシア!」

 アステルはリアの手をとると、手をひいて広場に連れて行く。

「さっきと少し違うわ!」

「そうだっけ?」

「そうよ! お姫様って言って、アステル!」

 リアの可愛いぷんすかに、アステルは笑う。


「きみはいつだって、ぼくのお姫様だよ!

 ずっとそうだった気がするんだ」

「ずっとそうだったわ、たぶんね!」

 リアもアステルに笑いかける。


 リアは、かつてウィローが『可愛いぼくのお姫様』と育ててくれたことを思い出す。

(でもウィローの『お姫様』とアステルの『お姫様』は意味が違うの。ウィローは私のことをずっと、子ども扱いしていたわ。でもアステルは、ちゃんと、ひとりの女の人として見てくれてる)


 テイナと一曲踊り終わったロアンは、リアがきゃあきゃあ言いながら、アステルに振り回されながら踊っているのを見る。ふたりともすごく幸せそうだ。そして、ロアンも。

「私たちも、もう一曲踊る?」

 テイナが聞く。

「ええ、もちろん。アステル様とリアに、負けていられませんからね……今日の主役は、私たちですから」

 ロアンはテイナの手をとって、見つめあい、笑いあい、村の広場で踊る。




 結婚式も終盤だ。村人が順々にテイナとロアンに祝福の赤い花びらをかけて、祝いの言葉を述べる。近親者は最後だ。


 リアとアステルは、まず、テイナに赤い花びらをかけた。

「テイナ、どうか幸せにね」

「幸せにね、テイナ。ルアンを幸せにしてね!」

「ありがとう、リアちゃん。ありがとう、アステル様。魔王様のご加護があるんだもの。私たちは、絶対に幸せになれるわ」

 テイナは微笑む。リアはテイナをハグして、テイナもリアにハグを返す。


 アステルは屈んだロアンに赤い花をかけ、微笑む。

「ルアン、幸せにね」

「アステル様、私はいつも幸せですよ。テイナがいて、リアがいて、アステル様もいるのですから」

 花をかけたあと、アステルはロアンに両腕を広げる。ロアンは意外そうな顔をするが、微笑み、アステルがぎゅーっと抱きしめるのを受け入れる。ロアンもアステルの背中に手を伸ばして、抱擁にそっとこたえる。

 アステルが離れると、ロアンはリアに声をかける。


「リア、」

 リアは少し離れたところでアステルとロアンの様子を見ていた。ロアンがアステルをどれだけ大事にしているかを知っているので、邪魔しちゃいけないと思ったからだ。

「リアもこっちにおいで」

 リアは、もうさっきから、涙でぼろぼろだ。テイナが『魔王様のご加護があれば、幸せになれる』と話をしたあたりから、なぜだか涙があとからあとから出て、止まらなくなっている。


(なんでこんなに涙がでてくるのか、わかんない……)

 アステルとリア自身の結婚式でも、こんなには泣かないだろうとリアは思った。


 リアは、断片的にだが――1周目と2周目でアステルを支えたルアンのことをもう、知っている。

 そして、10歳のリアが出会った14歳のロアンのこと、それからのロアンをよく知っている。

 ウィローの背中を見ながら、一緒に歩いたこと。白いリボンを縫ってくれたこと。アズールの浜辺で遊んだこと。森にふたりでウィローを探しに行ったときに繋いだ手。タフィでお父様の愚痴をたくさん聞いてくれたこと。コルネオーリ城に行くときも、魔王城に行くときも。いつもリアを守り、支えてくれた。ウィローが記憶を失いアステルとなったあとも。ずっと、そばに居て支えてくれた、兄のような人だ。


 リアにとって、本当に、幸せを願ってやまない人だ。


「ロアン……ロアン!」

 リアは涙でぐっしょりな顔で、先にロアンに抱きついてしまう。

「花をかけるのを忘れていませんか?」

 ロアンはリアを抱きしめ返しながら、笑う。

「ちゃんと、持ってるわ……?」

 ロアンとリアの上から、ひらひらと花びらが降ってくる。アステルが魔術で降らせているようだ。

「アステル、今日は私にかける日じゃないのよ」

 ずびずびしながら、リアは言う。

 するとアステルはこんなことを言った。


「ぼく、シンシアにもお花をかけたかったんだよ。だって昔、シンシアがぼくにお花をかけてくれたんだ。ぼく、とっても嬉しかったんだ」


 リアは、言葉を失う。


「栞にして、大切にしているんだ。シンシアが見つけてぼくに渡してくれた『宝物箱』のなかにあるんだよ」

「……ありがとう、アステル」

 リアは、あたたかい気持ちになる。ロアンから腕を離して、涙を拭う。

「ありがとう、ロアン。わた、私からもお花をかけるわね」

 リアは握りしめすぎてちょっとしわしわになった花びらをロアンにかける。

「本当に幸せになってね。幸せにならなきゃ、許さないからね」

「その言葉、そっくりリアに返しますよ」

「え?」

 ロアンはリアを抱っこする。

「きゃ!」

「リアが幸せにならないのは、許しません!」

 ロアンはリアを抱っこして、昔ウィローがしたようにくるくるとまわしたあと、耳元で優しく言った。

「……それから、リアがアステル様を幸せにしないなら、許さないですからね」

「……怖すぎて、涙がひっこんだわ」

 本当に涙の止まったリアに、ロアンは吹き出して笑う。小声でのやりとりで、アステルには聞こえていなさそうだ。


 アステルは魔術で、会場全体に花びらを降らしはじめる。タフィ教徒たちの喜ぶ声が聞こえる。

「わ! すごい! 花びらが雪みたいだ!」

「魔王様が奇跡を与えてくださった!」

「ぼくは、みんなに幸せになってほしいからね!」

 アステルは嬉しそうだが、魔術で舞台の屋根の上に登って指を振って花を降らせており、ちょっと調子に乗っていそうだ。リアは叫ぶ。

「アステル! 今日の主役はテイナとロアンなの! 目立っちゃだめよ!」

「いいのよ、リアちゃん。魔王様に祝福された結婚式だなんて、タフィの地では伝説に残りそうで、素敵な結婚式だわ」

「そうかしら!?」


 花降る村の広場で、タフィの村のみんなが笑っていて、アステルが花を降らしながら笑っていて。花嫁衣装のテイナが笑っていて、花婿衣装のロアンが笑っていて。

(この幸せが、ずっとずっと続きますように)

 心から願いながら、リアも笑った。


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