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16) 「悠久の時を生きる魔王様にご挨拶申し上げます」

 アステル14歳(見た目は20歳)の夏。


 タフィのコミューンで過ごす、おやすみの日だ。朝ごはんのあと、アステルは陰鬱屋敷の自分の部屋のベッドにずーっと横になっている。

「アステル、体調が悪いの?」

 リアがアステルの額を触り、心配そうに声をかける。アステルは薄目をあけた。

「ううん、体調は悪くないんだ。昼寝がしたいだけなんだ。努力しているところ」

「努力?」

 リアは怪訝な顔をするも、リアもふわあ、とあくびをした。

「私もアステルと一緒にお昼寝しようかしら」

「うん、いいよ」

 アステルがごろごろとベッドの端に寄ると、リアは大きなベッドの上にのぼって横向きに寝転がる。


 リアは、すぐに寝てしまう。アステルは驚く。

「ぼくは眠ろう眠ろうとしてこんなに眠れないのに……シンシアは疲れているのかな?」


 アステルは眠るリアのことを観察する。

(シンシアはやっぱり可愛いな。こんなに可愛いのに、シンシアは本当にぼくのお嫁さんでいいのかな?)


 アステルはリアの寝顔を見るのが楽しくて嬉しいな、という気持ちと、たくさんおひるねをしておきたいという気持ちのあいだで揺れ動く。

 ぐっすり寝ているリアを見ていると、不思議なことにアステルもだんだん眠くなってきて、アステルはお昼寝に成功する。


ーーーーーーー


 その夜は新月だった。ルーキスがアステルを訪ねると、アステルはすでに黒いローブを纏いルーキスを待っていた。窓辺に立って暗い夜空を見ていたようだ。

「珍しいですね、我が主」

 アステルはルーキスを振り返り、微笑む。

「ぼくがいつも寝ているのは魔物たちが可哀想かなって思ったんだ。だから、今日はおひるねをしたんだよ」

「素晴らしい心がけです」


 とはいえルーキスはやや不安に思う。いつもならすやすや眠るアステルを見て、やってきた魔物がおのおの満足する平和な会だった。しかし今夜は、アステルと会話することができる。魔物が失礼な発言をしないか、アステルがとんでもないことを言い出さないかと、ルーキスは案じる。

 カタマヴロスは魔王だというのに明るく、豪快なところがある人で、とんでもないことをバーン!と決めてしまうことがあったので、そういう事態を懸念したのだ。


 しかし、ルーキスの不安に対して、アステルははじめてにしては、本当によくやった。アステルは『ものすごく慎重だった』のだ。魔物の嘆願に対して、わからないことはすぐにルーキスやクヴェールタに聞いた。いつものようにメモをとり、その場で即決することは少なかった。しかし持ち越すようなことではない嘆願については周りの確認をとりながら、「良いよ」と言ったり「ダメだよ」と言ったりした。


(これは、アステル様のもともとの性格ですね)

 ルーキスは、ウィローと名乗っていた頃の『我が主』のことを考える。

(精神的に成長されたら、あのようなお姿になるのだろうか?)

 今のアステルのほのぼのと明るい雰囲気とウィローと名乗っていたころのやや影のある雰囲気がなんとも結び付かない。

(どちらにせよ、アステル様は素晴らしい王様になりそうですね)

 ルーキスはとても嬉しく思う。


 クヴェールタはアステルが起きていることに不満そうだったが、アステルが「クヴェールタ、こっちにおいでよ」と膝にのせて頭を撫でると満足した様子を見せた。



 その新月の夜は、ある魔物が嘆願に来るまで平和だった。玉座に座るアステルの前に、大トカゲと人間が合わさった姿の魔物が跪く。

「エダフィコと申します、アステル様。悠久の時を生きる魔王様にご挨拶申し上げます」

「なに、それ」

 挨拶の言葉にアステルはひっかかりを覚える。

「悠久の時を生きるって何?」

 アステルの足元にいたクヴェールタがアステルを見上げる。

「魔王様、悠久っていうのは、すごく長い時間のことだよ」

「ぼく、長生きってこと?」

「そうだよ、魔王様」


 ルーキスが咳払いをして、説明をする。

「アステル様、『悠久の時を生きる』というのは魔王カタマヴロス様を讃えるための言葉です」


 エダフィコは跪いたまま、不思議そうに話す。

「ですが、アステル様も不老不死であらせられるのではないのですか?」

「不老不死?」

 アステルは不機嫌そうな表情をする。

「カタマヴロスがそうだったから、ぼくもそうだって思うの? ぼくは人間なのに、みんな何を言っているのかわかんないよ」


「え、人間?」

 エダフィコは心配そうな声をだす。

「アステル様は人間たちとお暮らしになっていらっしゃるとお聞きしましたが……恐れながら申し上げますが、その人間たちはアステル様のことを騙しているのではないですか?」

「騙す?」

 アステルは目をまるくする。

 頭の中にルアンとシンシアを思い浮かべて、「騙す」なんて言葉はとても彼らには似合わない、と思う。


「だって、アステル様は偉大な魔物の王様であらせられるのに『人間だ』と言っているのでしょう?」

「……」


 魔王城の玉座の間に、ひそひそとした囁き声が響き渡る。

「やっぱり人間にアステル様を任せることはできないのでは」

「そうはいえどもアステル様はもともと人間の国でお生まれになったわけだから」

「黙りなさい、魔王陛下の御前ですよ」

 ルーキスの声に、一同、静まり返る。


 アステルには魔物たちの声は聞こえていない。アステルはシンシアの言葉を思い出している。


『アステル、私たちが死んじゃう夢を見たの? でも、それは夢だわ。まだ結婚もしていないのに、死んじゃう夢を見るなんて、早すぎるわ』



 すべての嘆願を聞くことが終わったあと、いつものように早めの朝ごはんを食べてからアステルはルーキスと共に魔王城から帰る。タフィの村に着きルーキスがアステルを振り返ると、アステルの姿は消えている。


ーーーーーーー



 夜明け前、ロアンはテイナとベッドで眠っていて、ふっと誰かの気配を感じて目を覚ます。ロアンは上半身裸の体を起こして、ぎょっとする。

「アステル様?」

 アステルが黒いローブを着て、部屋の壁にもたれかかるようにしてこちらを見ている。窓から夜明け前の薄っすらとした光が差し込み、アステルを照らしている。

 ロアンはまったくわけがわからない。どうしてアステルが、テイナとの密会の場所を知っているのだろうか。どうしてこんな時間に屋敷の外にいるのだろうか。アステルは、普段着ないローブを着てウィローのような立ち姿で、でもアステルらしい少し幼さの残る表情で。ぼんやりとしている。


 ロアンはとなりで爆睡しているテイナに毛布をかけ直す。テイナも上半身裸で寝ていたからだ。

 アステルがいたずらで来たなら、恋人との逢瀬を邪魔するアステルにひと言言いたかったが、アステルがそんなことをするとは思えないし、もう明らかに様子がおかしい。表情が暗く、元気がない。

(もしかしてリアに何かあったのか? いや、リアと何かあったのか?)

 嫌な予感で胸がざわざわする。

 アステルは、起き上がったロアンと目が合うと口を開いた。


「ルアンは、死ぬからそれをするの?」

「え?」

「じゃあ、ぼくはシンシアとそれをする必要はないんじゃない?」


 アステルは感情を隠すような表情だ。

 性的なことに対する嫌悪からの言葉かと一瞬思い、

(――違う、)

 気づく。アステルの言葉の違和感に。


「アステル様、」

「シンシアは嘘つきだ。ぼくのことを人間だって言うよ。でも、シンシアもルアンも知っていたんでしょう。ぼくが――ぼくが、きみたちとはもう違うっていうこと」


 ロアンはテイナを起こさないようにベッドをそっと抜け出て、アステルのそばに行く。

「アステル様、何があったんですか?」

「……」


(アステル様と話したい。けれどこれは、今は話を聞いてくれないのではないか)

 何かがあって『アステル自身が明らかに魔物であることと、死なない存在であること』に気づいたような様子があって。ロアンはアステルを抱きしめたいと思ったが、こちらへの眼差しがもう、拒絶だ。

 少しも触れさせてくれなさそうな気がした。


 しかしアステルは、ロアンを見つめている間に表情を歪ませた。泣き出しそうだ。


「ぼく」

 アステルは震える声で、涙を堪えて言う。

「ぼくなんかとシンシアは一緒にいるべきじゃないって気づいたんだ」

「なんか、なんて言わないでください」

「だってそうでしょう、ぼくは人間じゃない。魔物で、本当に魔王なのに」

 ロアンは、アステルの片手を両手でにぎる。

(絶対に離さないぞ、今回は)

 ロアンはアステルのことをじっと見つめる。

「リアは、たとえアステル様が人間じゃなくても、アステル様のことが大好きですよ。

 リアに、聞きに行けば良いじゃないですか?」

「いやだ、こわい」

 アステルは首を横に振る。

 けれど、ロアンの手を振り解こうとはしない。


「それに、いま、ぼく、シンシアに会ったら、シンシアをひどく傷つけてしまうよ」

「じゃあなんで私のところには来たんですか」

「ルアンは、」

(ぼくの味方だから、)

 アステルが言いかけたときに、テイナが目を覚ましそうになって毛布の中でもぞもぞと動く。ロアンはハッとしてテイナのほうを見る。


(テイナと朝の時間を過ごしていたルアンのこと)を思って、その邪魔をしたアステルは言う。

「……でも、ぼく、ルアンとも一緒にいるべきじゃないんだね」

 ひどく傷ついた顔のまま、アステルはそう言ってふっと消えてしまう。ロアンは握った手を離さなかったが、アステルはまるでその場にはじめからいなかったかのように消えてしまった。


「……」

 ロアンは膝から崩れ落ち、両手を床に叩きつける。

「くっそーーー!!!!! 離さなかったのに!!!! なぜ!!!!」

「え!? なに!?!?」

 ロアンの未だかつてない大声にびっくりしたテイナが飛び起きる。

「なんで今日!? 今日じゃなかったら、テイナと一緒じゃなかったら、あの感じは話を聞いてもらえただろう!?」

「え、なに、何があったの、ロアン。私何かした!?」

「いえ、テイナは何も悪くありません……タイミングが最悪だっただけで……おはよう、テイナ」

 ロアンは恋人に寄り添ってフォローをいれつつ、アステルの身を案じる。

(どこへ行ったんだろう、アステル様……)

 心細そうな、ひとりぼっちだと思っていそうな、最後に見た表情が心に焼きついて離れなかった。

 とにかく陰鬱屋敷に行きリアを起こして、アステルが『自分が魔物であり、人間とは生きる時間が違うこと』に気づいたことを話し、アステルを探しに行かなければ、とロアンは思う。


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