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13) アサナシア教会に遊びに行く


 アステル14歳(見た目は20歳)の春。


 14歳になるころ、アステルは魔力を隠すのが非常にうまくなっていた。魔王城に行ったときに、ルーキスや人型の魔物たちにコツを聞いた成果がでていたのだ。

 リアとロアンがルーキスにも確認をとり、これはもう大丈夫だろうと思ってから、アステルにとってアズールの街も庭となりつつあったが、一箇所だけ入ったことがない場所があった。


(ルアンもシンシアも教会には入るなって言うんだよね。でもぼく、お城の教会には普通に入っていたし、危険な場所には思えないんだけどな)


(たぶん、教会が魔物を討伐したりするから、ふたりともそれで危ないって言うんだよ。もし教会がぼくの敵にまわるとして、ぼくが負けるわけがないのにね)


 アステルはアズールの家の姿見の前で、ニコ!と笑ってみせる。害がなさそうな人間のアステルだ、と思う。


(シンシアはぼくを魔物じゃなくて人間だって言うし……魔力を隠したぼくはどこからどう見ても人間! かんぺきだよ!)


 聖職者から見ても人間に見えるかを確かめるためにも、アサナシア教会に行ってみたかった。


 リアは魔石の浄化のためにここ2日、部屋にこもっており、ロアンはアズールの街の市場にいまさっき出かけて行った。一緒に行くかと聞かれて、わざと「行かないよ」と言ったから、うまくいけばロアンをびっくりさせることもできるはずだ。


(教会にちょこっと行ってからルアンを探しに行こう! ちょこっとならバレっこないよ!)

 アステルはニコニコとして、ちょっとした冒険気分だ。


ーーーーーーー


 とはいえアステルは、教会の門の前で躊躇する。どう入れば良いのかわからなかったし、知らない人にどう挨拶すれば良いのかもわからなかったからだ。


 アステルが門のところから教会の庭をじーっと見ていると、植木の世話をしていた初老の聖職者の男がアステルに笑いかけた。アステルもぎこちない笑顔を返す。


 アステルは、教会の庭に入ってみる。魔除けがはってあったようで、ちょっとだけ足がピリッとした。門からは見えなかったが、庭の先には墓地があるようだ。

(お墓だね)

 アステルはぼんやりとお墓を見ていて、爪に土がたくさん入り込んだ記憶を思い出す。かなしい気持ちの記憶だ。

(とるのが大変だった。なんの記憶なんだろう?)


 聖職者は庭に入ったアステルに優しく声をかける。

「迷える子羊よ、教会になにかご用ですか?」

「羊じゃなくて、人間だよ!」

 慌ててアステルはそう話す。羊の魔物もいるからだ。

「……たとえ話ですよ」

 聖職者は(変な男の人だなあ)と感じる。しかし、教会の門を叩いたものは、あたかかく迎え入れるのが決まりだ。


「何か、罪の告解があっていらしたのですか?」

「こっかいってなに?」

「罪を許してもらうために、神様に――アサナシア様にお話をすることですよ」

「罪?」

「悪いことの意味です」

「悪いことを教会で話せば、神様が許してくれるってこと?」

「そうです」


(神様、かあ。タフィのコミューンで言うところの魔王様みたいなものかな)

 しかし、タフィの村人はアステルにものをくれたりお願いごとを言ったりするが、「悪いことをしました」は言わない。

(ところによって、違いがあるんだね)


「えーっと……ぼく、そうだなあ」

 アステルは考え込む。最近した悪いことが特に思いつかない。

「いま、教会に入っていて、ごめんなさい」


 アステルの言葉に、聖職者は目を丸くする。

「教会に入ることは、悪いことではありませんよ」

「そうなの?」

「ええ、なぜそう思われたのですか?」

「ぼく、ええと、タフィ教徒なんだ」

「タフィ教徒!?」

 聖職者はまずアズールではお目にかからない存在に出会い、慌てふためく。


(シンシアとルーキスがタフィ教徒だから、きっとそうだよね。でも、タフィ教は魔王を祀っているんだ……それはアサナシア教には内緒ってきいたけど……ぼくは人間だけど魔王の代役をしていて、魔王城はぼくのものなんだ……ん?)

 アステルの頭の上に「?」が浮かぶ。

 本当にタフィ教徒を名乗って大丈夫なのだろうか? 


「タフィ教とアサナシア教は敵対関係ではありません。ですからタフィ教徒だからといって、アサナシア教会に入ってはいけないという決まりはないのですよ」

 聖職者はアステルにあたたかく微笑んだ。


(そうかな? すごく、敵対関係な気がするけれど――シンシアはアサナシア教が大っ嫌いだし……)

 それをわかっていながら、そしてタフィ教のいちばん中枢にいるかもしれない人間なのに、教会に来たのは、やっぱり悪いことだとアステルは思った。

 でも、興味があったのだ。ちゃんと完璧に人間に見えるかどうか知りたかったのもあるが、なんでそんなにアサナシア教と敵対しているかがよくわからなかったからだ。


ーーーーーーー


 アズールの街を歩くロアンの目に、急にアステルの姿がとびこんでくる――アサナシア教会の庭で、聖職者と話している。

 ロアンは背筋が凍りつき、そのあと、胃がすごく痛くなる。そっと足音を立てないように教会の庭に入ると、努めて、冷静に、声をかける。アステルの名前を出すのはまずいと思い、挨拶でそれにかえる。


「こんにちは」

 聖職者とアステルは振り向く。

(見つかった!)

という顔をして、アステルは全速力で教会から逃げ出す。聖職者はぽかん、という顔をしている。


「あの人の家族です。お騒がせしました」

 ロアンがそう声をかけると、聖職者は心配そうにロアンに言った。

「あの男の人は成人して見えますが、まるで少年のようですね。心を病んでいるのでしょうか?」

「病んでいた時期もありますが、今は健康そのものです! では!」

 ロアンは、アステルを追うために教会から立ち去る。あとに残された聖職者は(アズールの街にもタフィ教徒がいるんだなあ、この年まで知らなかった……)と、タフィという謎の宗教に思いを馳せる。



 ロアンは走る。アステルは魔術を使わずに、おにごっこを楽しんでいるようだ。しかし、ロアンのほうが足がはやい。また、アステルが通りそうな道が手に取るようにわかる。

「いったい、何年」

 ロアンは塀を乗り越えて、アステルの前に飛び出す。

「貴方についていると思ってるんですか!」

 ロアンはアステルを捕まえる。アステルは、(捕まったー)という顔をしている。


「アステル様」

 ロアンは、もう、ばちばちに怒っている。アステルに対して。しかし街中で話すような話ではない。ロアンはアステルの手首をつかんで、歩く。

「痛いよ、ルアン。力が強いよ!」

 ロアンは少し力をゆるめる。しかしアステルが決して逃げられないようにして、手を引く。


 町外れの、アズールの家のすぐ近くまで来たところで。手を離し、ロアンは振り返る。

「アステル様、私、怒っていますよ」

 アステルは口をへの字にしている。

「ご自分でご自分の身を危険に晒して、何がしたいんですか?」


「教会の何が危険なのさ」

「あなたにとってはすべてが危険ですよ。聖職者に魔物だとバレたら、討伐の対象になります」

「ぼくは人間でしょ?」

「ですが、強い魔物の魔力を持っています。ですから、魔力が少しでも漏れたら、討伐の対象となります」

「ぼくはかんぺきに隠せているのに」

 目を逸らすアステルのことを、静かに見つめながらロアンは話す。


「そうだとしても、魔力が漏れたときが問題なんです。アズールのお家に住むことができなくなりますよ。それから、アステル様が今日した行いは、リアの身も危険に晒すような行いでした」

 ロアンは、もうアステルが教会に行かないようにと、そう伝える。


「シンシア? どうして?」

 アステルの青い瞳がキラッと光ったのを見て、ロアンは説明が難しい話をはじめてしまったと思う。


「アサナシア教会にとって聖女は、保護の対象だからです」

「タフィ教の聖女がどうしてアサナシア教の保護の対象になるの?」

 アステルはわけがわからない、という顔だ。


(やっぱり、もう少しちゃんと説明しないといけないんだな)

 しかしロアンの独断で話ができない。リアと相談してからだ。


「とにかく、アステル様が魔物だとアサナシア教会にバレたら、アステル様はリアとアズールの家で幸せに暮らせなくなるんです。だから、リアの安全のためにも、アステル様はアサナシア教会に行ってはいけません」

「アズールのお家で暮らせなくなるなんて……そんなの、絶対にダメだよ」

 アステルはしょぼん、としている。

 

「もう二度とアサナシア教会に行かないって、約束してください」

「わかったよ……ねえ、ルアンは今日のことをシンシアにも言う?」

「もちろん言いますが、私が叱ったから、あまり叱らないであげてほしい、と伝えますよ」

 アステルはすこしだけロアンに微笑みかけるも、元気がない。ふたりで並んで家まで歩き、落ち込んだアステルの横顔を見ながらロアンは思う。


(ウィローは昔から「自分のことはどうでもいい」と言っていたし、心からそう思っていないとできないようなことをしたが……それって、もともとの性格なんだろうか?)

 ロアンは、アステルは『リアを危険に晒した』と知ってから、ひどく落ち込んでいるように感じた。

(おれはウィローがウィロー自身のことをどうでもいいと思っていたのを、本当に腹立たしく思っていたし、アステル様はそうならないようにと接してきたつもりだったが……)

 アステルに、自分を大切にできるアステルのままで居てほしい、とロアンは願う。けれど、もともとの性格だったら? と、ふと怖く思ったのだ。


ーーーーーーー


 アズールの家に帰ってくると、リアはまだ魔石の浄化を行っていた。ロアンとアステルは夜まで待つも、込み入っているようで終わらない。

 ロアンが部屋をノックして、声をかける。

「リア、先にアステル様をタフィに連れて帰っても良いですか?」

 リアはひどい顔をして部屋から出てきて、声をひそめてロアンに話す。

「ロアン、ごめんなさい、そうして……すごく複雑な記憶なの。今まとめているんだけど……あとで相談させて」

「わかりました」

 ロアンは、居間にいるアステルに声をかける。


「アステル様、タフィに戻りますよ」

「うん、わかった。……ごめんなさい、シンシア」

 アステルは廊下まで来て、リアに謝る。アステルの元気がない、とリアは感じる。リアはロアンとアステルの顔を見比べる。

「え、どうしたの? アステル、何かしたの?」

「……アステル様は今日、アサナシア教会に遊びに行って、私にたくさん叱られました」

「え!?」

 リアは背筋がぞわっとするのを感じる。

 アステルの目の前まで行き、両手をとって懇願する。


「アステル、お願いよ。アサナシア教会に近づかないで。私たちと、一緒に居られなくなっちゃうわ」

「うん……ぼく、それは嫌だよ。気をつける。ごめんね、シンシア」

 アステルはそんなリアの姿を見て、あらためてショックを受ける。リアの手が離れると、腕をのばして、リアのことをぎゅっと抱擁する。


(シンシアはぼくより年上だけど、体は小さいな)

 アステルは大好きな『シンシア』の体温を腕の中に感じながら、はなればなれなんて絶対に嫌だと思う。


(ぼくは、なんでもできるって思っていたけれど、できないこともあるんだ。家族を大切にするためには、勝手をしちゃいけないこともあるんだね)

 アステルは、またひとつ学ぶ。


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