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7) 魔王について


 アステルの髪を切ってから、ロアンは髪型のやり直しをしたいとずっと思っていた。しかし、数ヶ月たっても一向に髪が伸びない。

「やり直ししたいんですけれどねえ……」

というロアンのぼやきを聞くと、アステルは魔法で一瞬で、床につくほどに金色の髪を伸ばした。


 リアが喜んで三つ編みにしたりして遊んだあと、ロアンが長さに四苦八苦しながら髪を切る。相変わらず変に跳ねるのだが、前回より多少マシに切ることができた。

 床に落ちた(リアが三つ編みにした部分の)アステルの髪を、ルーキスが「貴重なので、貰ってもよいでしょうか?」と聞いてきた。ロアンは嫌だったが、アステルは「もちろんいいよ。何に使うの?」と笑った。


 アステルの髪がタフィ教の祭壇に祀られることになってしまった。アステルはそれを見て「良いとは言ったけど、魔術の触媒にするのかと思ったんだよ……」とつぶやいていた。




 その夜、アステルが眠ったあと。

 ロアンはリアとお茶を飲みながら、ぽつり、とこぼした。

「アステル様は、髪が伸びるのが異様に遅いです。この数ヶ月でほとんど伸びていません」


 すると、リアが言った。

「アステルは、爪も伸びていないわ」

 

「切っている様子がなかったから、私、切ろうかなと思って何度か声をかけたの。そのたびに手を出して見せてくれたけど、伸びていないわ」

 

 ロアンとリアはお互いの顔を見る。外で小雨が降っているようで、雨音が聞こえる。


「それから、私も小さかったので記憶があやふやなんですけれど『ウィロー』となる前の、11歳のアステル様はあんなに好奇心旺盛だったかな? と思うときがあります。あんなに危なっかしくなかったような……」

「12歳よりも、もっと幼く感じるわよね。やりたいと思ったことをすぐやるから」

「ええ、まさしくそんな感じですね」

 ロアンは頷く。


「……だから、やっぱりアステルには、魔王が混ざっているのよ。魔物らしさがあるんだわ」


 それはもう明らかだったが、ふたりは、不安だった。『魔王が混ざっている』ことと、アステルの容姿が変わらないことの関連を考えたとき――アステルは魔物の性質を強く持っている、すなわち『アステルはもう、魔物である』という答えが浮かび上がってくるからだ。


「やっぱり私たち、お父様に、魔王について話を聞きに行くべきかもしれないわ。アステルを守るためには、アステルのことをよく知らないと」


 知ることは怖かったが、知らないほうが怖かった。


 

 そういうわけで、ある夜、ルーキスに約束を取り付けて、リアとロアンは話を聞きに行った。


 アステルに話を聞かれたくはなかったが、一人で放ってもおけなかった(魔術でとんでもないことをやらかすことがある)ので、ロアンはリアと相談して、アステルを、テイナとテイナの家族に預ける。タフィ教徒の家に魔王と噂されている存在を預けて大丈夫か? という心配はあったが――まあ、アサナシア教徒の家よりは大事にしてもらえるだろう。(もちろん、タフィのコミューンにはアサナシア教徒の家はない)



 いつもであれば屋敷の居間で話すが、万が一、アステルがテイナの家を逃げ出したときのために、ルーキスの書斎に鍵をかけて話すことにする。

 ソファーに座るリアとロアンに、執事がいれたお茶を振る舞いながら、向かいのソファーに座り、ルーキスは話す。


「カタマヴロス様が人間であったころを私は知らないので、魔王となったあとの話になりますが、好奇心旺盛というところは、そうだったかもしれません」

「ほら、やっぱり」

 リアは肩をすくめる。

「特に食に興味が旺盛で、なんでも食べていました。食べるわりに太らない。毒カエルでも毒キノコでもなんでも興味を持つと食べようとしていました」

「あー」

「あー」

 すでに一度やらかして大いに心配したことがあるので、ロアンもリアも納得する。


「お父様、髪と爪についてはどう思う?」

「カタマヴロス様は、不老不死だったと記憶しております」

「不老不死?」

 リアは、驚く。

「でも、魔王は遺骸になっていたじゃない」


「遺骸というのは人間の呼び名です。死ねずに呪いとなって魔王城におられて、復活の機会を伺われている……魔物たちはそう思っていました。

 魔物は何より魔力を重んじる生き物なので、その者の魔力を感じるうちは『生きている』と感じるのです。魔王様の呪いは、いわば膨大な魔力のかたまりでしたから。

 そして、現に、アステル様のなかに、カタマヴロス様はいらっしゃる」

 ルーキスはお茶を飲みながら話をする。


「『人間の身で無理をして膨大な魔力を得た、そのかわりに死ねなくなった』という話をカタマヴロス様ご本人から聞いたことがあります。ですから、アステル様もその可能性はあるかと。

 不老不死ではなかったとしても、あれだけの魔力をお持ちですから、魔物の中でも長生きする可能性が高いかと。魔物の寿命は魔力に比例することが多いからです。きっと、私よりもあの方は生きる」


 ロアンとリアに、沈黙が流れる。

 リアは話を整理する。


「じゃあ、私もロアンも、アステルを看取ることはできないのね。アステルが私たちを看取ることになるのよね」

「それはそうでしょう。人間のあなたたちがあの方の死に立ち会うのは、到底、難しいでしょうね」


 ロアンとリアは、とてもすぐには消化しきれない話だと思った。リアはルーキスに言った。


「お父様、そのことは、しばらくアステルに秘密にしてくださらない?」

「何故ですか」

「アステルは、自分のことを人間だと思っているし、今、幸せそうだから」

「不可解ですが、まあ、私からすすんで(あるじ)にお話することはございません」




 ルーキスの書斎をでたあと、ロアンとリアは屋敷の廊下を歩きながら、話す。

「どうしよう」

 リアがつぶやく。


 ふたりのなかには(やっぱり)という思いもあった。アステルはもう、魔物なのだ。そのうちに人間の世界を離れて、魔物の世界で生きていくことだろう。おそらくは、魔王として。


 けれど、ふたりは、アステルと一緒に居たかった。アステルと離れ離れになるなんて絶対に嫌だった。アステルも、何も知らないとはいえ、ふたりと一緒に居ることを望んでいるようだった。しかし、ふたりは「ずっと」はアステルと一緒にいられない。


「アステル様にいつ、話しましょう」

 さすがにアステルも、いつかは気づくだろう。髪も爪も伸びないどころか、何年経ってもまったく容姿が変わらないのであれば。

「12歳に話したって、うまく消化できっこないわ」


 しかし、話すことをのばしのばしにして……自分で気づいてしまったとき、アステルはどう思うのだろうか? 

 リアの頭に、ウィローにロアンの魔病を隠していたときのことが浮かぶ。あれは正解の選択だっただろうか、とたまに思う。

(でも、あらかじめ明らかにしたとしても、ウィローのことを説得できたとも思えない……ロアンが魔病にかかった時点で、今の……魔物のアステルはどうあがいても『生まれてた』気もする)

 それは、リアがそのことを考えるたびに頭をよぎることだった。


「……アステルに人間として接するなら、16歳になったら、なのかな」

「……16歳までアステル様が気づかなかったら、そのときにお話ししましょうか」


 そんな話をしながら、ふたりは夜道をテイナの家まで歩く。



 夏の終わりの夜の空気だ。

 タフィの村は灯りが少なく、いつもならカンテラを持ってくるのだが、ふたりは持って出てくるのを忘れてしまった。ロアンの背中を見て歩きながら、空を見上げて、タフィの村は星がよく見えるとリアは思った。

 星あかりを頼りに、暗がりを歩いて無事にテイナの家に着いたとき、リアはホッとした。テイナは少し眠そうな、でも明るい笑顔でロアンとリアを迎えた。


「大丈夫でしたか?」

「大丈夫よ。ごはんをすごくよく食べたわ。魔王様がうちに来るなんてって言って家族がタフィの郷土料理をはりきっちゃったの……お祭りのお供えものみたいになってたけど、食べたことのない料理だって喜んで、たくさん食べてくれたから父も母も嬉しそうだった。

 おばあちゃんがずっとアステル様を拝んでるから、そこはすごく嫌そうだったけど……弟たちと一緒に遊んで、さっき寝ちゃったわ。寝る直前は『シンシアとルアンに会いたいよ、まだ帰ってこないのかなあ』って少し、心細そうだったけど」


 リアは、アステルを起こして帰ろうと思うが、アステルは高さの低い大きなベッドにぐっすり眠っていて、テイナの弟たちがアステルの両隣りにひっついて寝ていて、起こせない。

「……私たちも、ここにいてもいい?」

「もちろんよ、リアちゃん」


 リアは、眠るアステルの髪を撫でる。絨毯に座り込み、アステルの近くに頭を寄せて、眠る。明け方、ふと目を覚ますと、ロアンがいないことに気づく。


 ロアンはテイナの家の玄関先に座りこんでいた。家の外壁にもたれながら、空の移り変わるのを見ていたようだ。リアは目をこすりながら声をかける。

「寝てないの?」

「ですね」

「寝なきゃだめじゃない」

「ですね」


 眠れずに、アステルのことを考えていたんだろうなあとリアは思う。リアは(今、考えたって仕方がない、なるようにしかならない)と思ったが、ロアンはそうではないようだ。


「どうすれば、アステル様がこのあとも幸せに暮らせるのかなって考えておりました」

「アサナシア教会と関わらせないことよ」

「それは、もちろんですけれども」

 ロアンは目を伏せたあと、リアに軽く微笑んだ。

「……私たちがアステル様にできることは、ウィローが私たちにしたことと一緒ですね。普通の暮らしを、アステル様と送ることです」


 リアは家の壁を背に、ロアンのとなりに立つ。

「魔物たちは、今からアステルと暮らしたいのかしら?」

「そうかもしれませんが……でも魔物たちにとって、私たちとアステル様との時間なんて、きっとほんの一瞬ですよ」

 ロアンは、悔しそうに話す。


「のちに魔物の王になるとしても、人間だったときのことを、アステル様にちゃんと覚えていてほしいです」

「そうね」


 リアは、ロアンに宣言する。

「私はこれからもアステルに『貴方は人間よ』って言い続けるつもり。だって、ウィローは人間で居たがっていたものね。『ぼくは魔物じゃない』『魔王の役なんてやりたくない』って言っていたもの」

 リアは頑ななウィローを思い出して、すこし笑う。ロアンは、リアとは違う意見をだす。

「私はそこはどちらでも……自分を人間と思うか魔物と思うかは、アステル様が楽なほうで良いと思いますが。でも、一緒に居てくれることは願いたいと思っています……アステル様が魔物の中で暮らすよりも、そのほうが良いと思われるうちは」


「私は、魔物と暮らしたいって言われても『ダメ! アステル! 私といなさい!』って言って『えー?』って言わせるつもり。たくさん困らせてやるわ」

「リアは、強いなあ」

 ロアンは、苦笑する。


「とにかく、あんなに危なっかしい人を、このまま置いていけないので。私たちの寿命の間に、危なっかしくない人にしないといけません」

「そうね。アステルは、まだ赤ちゃんとか雛鳥って感じだもの。私、魔物の赤ちゃんを人間に育てるつもりだわ」

「赤子とまでは言いませんが……本当に、見ていて心臓が飛び出そうなことが多々で。ウィローを見ているときは胃が痛かったんですけど、今のアステル様は心臓だったり胃だったりで」


 リアが(よーし、長生きするぞー!)と両手をぐーにしているとなりで、なんだか長生きできなさそうなことを、ぼそぼそとロアンは言っている。

 リアはロアンの背をたたく。


「ねえ、ロアン、ひとりで抱えなくて大丈夫よ!」

「リアに言われてもなあ」

「なんですって」

 リアはロアンをにらむ。

「冗談ですよ……リアがいてくれて、心強いです」


 そのとき、ふたりのもとに走ってくる足音が聞こえた。アステルが目を覚ましたようだ。

「シンシア!」

「きゃ!」

 アステルは玄関からとびでてきて、リアに肩の後ろからぎゅーっとハグをする。

「ルアンも! おかえりなさい!」

 アステルはふたりが帰ってきて、ホッとしたような笑顔だ。


「ただいま、アステル」

 リアは自分の肩にまわされたアステルの手に手を添えて、笑顔をみせる。

「ただいま、アステル様――おはようございます」

 ロアンも立ち上がると、アステルに微笑みかける。アステルの青い瞳は朝の光にきらきらとして、リアとロアンをかわりばんこに、嬉しそうに見る。


「ぼく、ふたりのことを待っていたよ! ねえ、テイナの家の料理をもう食べた? すっごく美味しいんだよ」

「テイナが朝食もごちそうしてくれるそうだから、朝食にいただくわ、アステル」


 リアは、アステルのことをすごく可愛く思っている自分に気づく。

 リアは、ウィローのことが男の人として好きだった。最初は、背伸びした恋心だった。でも、まるっとは叶わない恋でも、一緒に居たいと思ううちに愛情も抱くようになっていった。


 アステルへの気持ちは、ウィローへの純粋な恋心や愛情とは少し違う。もっと複雑だ。


 ウィローは昔、ちいさなリアに「子どものようにも思っているし、妹のようにも思っているし、それから――とにかく、いちばん大切な人ではあるよ」と言った。

(私も、そんな感じ、ウィロー)

 アステルを子どものように思ったり、弟のように思ったり、それから――……といった気持ちだ。

 世界で一番大切な存在には、違いがなかった。


(愛しいアステルを――絶対に、教会にも関わらせないし、魔物たちにも渡したりしないわ)

 そんなリアの胸中はつゆ知らず、テイナ家の朝ごはんを楽しみにしてごきげんなアステルに、リアは微笑みかける。


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