6) 大雨の日
アステル12歳(見た目は20歳)の秋。
嵐が吹き荒れ、陰鬱屋敷の窓を揺らしている。ごうごうびゅうびゅうと風が鳴り。大粒の雨が、窓を強く叩く。
まだ雨が弱いうちに、アステルはリアと一緒に庭にでて、リアのお花に保護魔法をかけに行った。久しぶりに『ウィローのローブ』をふたりとも着た。雨を弾く魔法をかけるのに最適だからだ。そのあとアステルとリアはローブを脱ぎ、部屋の中で過ごしている。ロアンがなかなか帰ってこないので、ふたりとも心配している。
アステルは椅子を窓に寄せて、外の様子を眺めている。
「外ではとても遊べないね」
「ロアン、遅いわね。心配ね」
アステルは椅子に座り、窓をたたく雨をぼんやり見つめている。リアは茶色のソファーに座って記憶に関する書物をぱらぱらと読んでいる。
アステルが急にリアの足元にかがみ込み、リアの左足を触った。左足を軽く持ち上げて、小傷に触れて、なでる。魔王の呪いが当たったところだ。
「な、なにするの!」
足を急に触られて持ち上げられて、リアはとっさに片手でスカートを抑えて、アステルの頭を軽くこつん、とする。
アステルは何かまずいことをしたらしいと気づいて手を離す。しかし、リアをまっすぐな目で見上げた。
「触りたかったから」
「触りたかったら触って良いわけじゃないのよ! じゃあアステルは、触りたかったら胸とかも触るの?」
「そんなとこ触らないよ」
「そんなとこってなに!」
リアはもう一度、今度は力をこめてアステルをたたく。アステルは(なんで?)という顔をする。
リアは気づく。アステルは元気がない。
もう一度、冷静に聞く。
「アステル、なぜ足を触ったの?」
「痛いかなって思ったから」
アステルは、しゅん……としている。
「ぼくがシンシアに傷をつけちゃったんだ」
「?」
「大雨が降ると、痛いかなって思ったんだ」
「アステルのせいじゃないわ、私が無理に動いたからついた傷なのよ。それにすごく小さな傷だから、雨が降ったって何も痛くないわ」
「でも……ぼくのせいでもあるよね。ごめんね、リア」
そのとき、ちょうどロアンが雨にびしょ濡れで帰ってきた。バタバタとメイドがタオルを山盛りに持っていき、玄関が騒がしくなった。
(今、リアって言わなかった?)
リアは胸がドキッとしたが、アステルはすぐにロアンのところに駆けて行ってしまって、それ以上追求することができなかった。
リアは、アステルが魔王城でのことを覚えていたことに驚いた。でも、何度も考えたことだがーーあれはウィローが記憶を触媒として使用した、後の出来事なのだ。
(記憶が代償となった後に、何かがあって、さらに失われた記憶があるんだわ)
リアはもう確信に近く、そう思っていたが、その『後から失われた記憶』はどこにあるのかが不明だった。おそらくはーーアステルの中にある、とリアは思っていた。
(魔石に残った記憶は、アステルに直接は戻せない。せめて、アステルが自分のなかに封印している記憶だけでも、戻せないかな)
そのためにどうすればいいかを見つけたくて、リアは、記憶についての勉強を重ねている。