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5) アズールの街で迷子になる


 アステル 12歳(見た目は20歳)の冬。


「ロアン、いくらなんでも、もこもこすぎない?」

「熱いよお」

 もこもこアステルは半泣きだ。


 夏にアズールの家の結界をルーキスに見てもらい、家の中ならアステルの魔力を隠せることがわかってから、3人はアズールの家によく帰っていた。しかし、教会や聖騎士支部のある『アズールの街に出る』ことは、アステルにとって危険だと感じていたので、ロアンもリアも慎重だった。


 アステルがルーキスと練習して、だいぶ魔力を隠せるようになり、ルーキスからも「これならよいのではないでしょうか」と許可がおりたので、今日は、アズールの街にアステルとはじめて出かける日だ。

 ロアンが仕事をおやすみしたので、人が少なそうな平日の午前中にでかける予定だ。


 しかし、ロアンはアステルにものすごく暖かい格好をさせている。長い灰色のコートに耳当てのついたもこもこの灰色の帽子、そして赤いマフラーがぐるぐる巻きになって顔を半分隠している。

(冬とはいえアズールの街はそんなに寒くないのに……逆に目立つんじゃないかしら?)

 リアはロアンの過保護っぷりに呆れている。まるでウィローのようだ。


「ねえロアン、こんなに厚着させる必要があるの? 雪男みたい」

「顔があんまり見えないようにしたいんです。アステル様はお美しいから、それでトラブルに巻き込まれないようにしたい」

「アステルに自分の顔を変えて貰えば良いんじゃない?」

「偽るのは嫌だよ、偽るのは魔物はしないよ」

「貴方は人間よ、アステル」

 リアは背伸びしてアステルのほっぺをむにむにする。せっかくロアンが巻いたマフラーがほどける。

「シンシア、やめてよ〜」

「そうですよ、リア、もっと敬意を払ったほうが良いですよ」

「私はアステルの婚約者であって、ロアンみたいに従者じゃないもの」

「でも、もう、タフィ教徒でしょう?」

「アステルは魔王じゃないもの」

 リアはアステルのほっぺたをむにむにし続ける。アステルは嫌がっているがリアの手をとって止めようとはしない。

「やめて〜」


ーーーーーーー


 アステルは嬉しそうに、冬のアズールの街を歩く。もこもこ男すぎてやはり人目を引いている……とリアは思う。

 ロアンは、アステルよりもリアに向けられている目が気になるなあと感じる。14歳、もうすぐ15歳。あのリアも、年頃の娘さんなのだ。

(リアも、もこもこにしてくればよかった……)


 アステルはお店を指さす。

「ルアン、シンシア、本屋さんがあるよ! 行ってもいい?」

「もちろんですよ、アステル様」

 ロアンはアステルが嬉しそうで嬉しそうだ。

 リアも、アステルが楽しそうなので楽しい。



 アズールの街のちいさな書店で、物語の本の棚で立ち止まり、アステルは熱心に本を見ている。

 ロアンは仕事で使う本を探している。リアが隣に立ち、ロアンの仕事について質問している。アステルは見える範囲にいるので、ふたりは物語の本棚の前からずーっと動かなさそうなアステルを放っておく。


 しかし、物語の本を見ているうちに、アステルは急に焦る。

(シンシアが、いなくなっちゃった!)

 アステルは駆け出して、本屋からでていく。

(!?)

 ロアンとリアは少し遅れて、アステルが走って本屋を出て行ったのに気づく。ロアンは見ていた本を置き、全力で駆け出し、追いかける。リアはちょっと迷った末にロアンが見ていた本を棚に戻して、慌てて後を追う。


 外に出てリアは、合流しようと戻ってくるロアンと出会う。ロアンは焦燥した顔をしている。

「見失いました」

「アステル、明らかに様子がおかしかったわ。どうしたのかしら……」

「何か思い出したんでしょうか?」

「そうだとしたら、アズールの街の中で、アステルが行ったことのある場所にいるんじゃないかしら?」

 ロアンがひどい顔をしているので、リアはロアンの背をぽん!とたたく。

「大丈夫よ、ロアン! アズールの街って基本良い人だらけだから。一緒に探しましょ!」

 リアは、ロアンに笑いかける。


ーーーーーーー


「シンシアー?」

 もこもこアステルは口(を隠している赤いマフラー)に手をよせてシンシアを呼んでいる。

「シンシアー どこにいるのー?」

 迷い猫でも探すようにアステルはシンシアを探している。

(シンシアを探すのに、何か買わなきゃいけなかったような)

 アステルはアズールの大通りに戻る。街並みを眺めながら歩くうちに、(このドア、見覚えがある!)と思う。


 アステルは、軋む扉を開けてアズールのギルドの中に入る。



 ギルドでは数人の娼婦と、アズールの街の娼婦の元締めの男が、仕事終わりに遅い朝食を食べていた。すごくもこもこした男が入ってきて、一行はギョッとする。

 もこもこ男は、なぜか階段を登っていく。二階にある宿屋の受付は一階なので、奇行だ。


「アレ、お客さんになると思う?」

 ひとりの娼婦が言う。

「異国の人ですかね?」

「わからんが、おまえ、一応聞いてこい」

「えー 私ー!?」

 元締めに言われて、茶色い髪を編み込んでひとつ結びにした娼婦が嫌そうな顔をしながら、階段を上がる。

 娼婦は、二階の回廊の上から一階を見ているアステルに声をかける。


「ねえ、なぜ、そんなに厚着なの? あつくない?」

「熱いよ……熱いけど、とっちゃダメだってルアンが……」

 娼婦は手を伸ばして、アステルの赤いマフラーをとる。あらわれたアステルの顔を見て、娼婦はびっくりする。そうそうお目にかからない顔の良さだ。娼婦はアステルの帽子もとる。

 アステルは、ふー……とため息をつく。『もこもこ状態』というバッドステータスからの解放だ。

(ぼくがとったわけじゃないから、ルアンも許してくれるかな?)

「ありがとう、熱くなくなった」

 汗だくのアステルはニコ!と娼婦に微笑む。

「コートも脱いだら?」

「脱ぎ方がわからないんだ」

 娼婦はアステルがコートを脱ぐのを手伝う。

(わからないって嘘でしょ、これは脈ありかな?)

 『もこもこ』を脱いで、白い襟付きのシャツと茶色のズボン姿になったアステルは、本当に顔が良い。金髪碧眼で、魔物のような顔の良さだ。

(逆に、この人が男娼だったりしない?)

 娼婦はやや疑いつつ、アステルに声をかける。


「お兄さん、私たちと遊ばない?」

「あそ……? 何して?」

 アステルは首を傾げる。

「もちろん、いいことよ」

 娼婦はアステルの腰に手を回す。アステルは、ぞわわ!として、娼婦の手をぱし!と払う。

「ぼく、したくないことはしないよ」

「えー 脱がさせたのに、したくないの?」

 娼婦はふくれる。しかし、アステルが一階を見下ろして、ぼんやりとして変な感じなので心配になり、手を引いて朝食を食べていたテーブルにアステルを連れて行く。


「きゃー! 可愛いー!」

「え? もこもこ男の中身?」

「すごい綺麗 いいなー 私も一緒に寝るー」

「この人、寝ないんだって なんかね、迷子みたいなの」

 娼婦たちはアステルを空いている椅子に座らせて、髪を触ったり腕や背中に触れたりする。

 アステルはされるがままだが、嫌そうだ。


 元締めは客にならなかったアステルを見ながら、ぼやく。

「迷子ぉ? 成人しているように見えるが……まあ、貴族のぼんぼんっぽい雰囲気だからお忍びでアズールに来て迷子になったってところか?」

「なんか初心な感じよね。手ほどきしてあげたいわ」

「あーあ。最近、俺たちの稼ぎも少ないし、身代金でももらえねえかなー」

「ボス、さすがに冗談でしょ?」


 アステルは娼婦たちの会話に飽きたようだ。

「おなかすいたなあ」

 アステルはテーブルに頬をくっつける。

「おなかすいたの? ごはん食べる? はい、あーん」

「あー」

 娼婦が差し出したスプーンに、アステルは口を開ける。

「可愛い〜! 子どもみたい!」

「雛鳥みたい!」

「まじで何歳だ? プライドがないのか?」

 元締めは呆れる。


 娼婦はお金をだして、アステルに朝ごはんのパンとスープをごちそうする。アステルは喜んでお礼を言い、朝ごはんを食べる。

 娼婦たちと一緒に朝ごはんを食べているアステルを見て、午前中から娼婦を選びにきたひとりの初老の男性が、元締めに聞く。

「美しい青年だね、いくらだね?」

「いや、男娼ってわけじゃないんだ。偶然、一緒にいるだけだよ」

「そうか、残念だ」


 アステルは木のスプーンと木の器で、お行儀良くスープを飲んでいる。育ちが良さそうだと元締めは再度思う。


 初老の男性は、アステルに住所を書いた紙を渡す。

「もし、きみになにか困ったことがあれば、ここにおいで。力になるからね」

「? ありがとう」

 男性が娼婦を選び、共に去った後で、元締めはアステルからその紙を奪う。

「あのじいさん、あんまり評判がよくないから、やめときな」

「え? うん。なんの評判?」

 アステルはパンを手に、首を傾げている。


「なんかこの人、本当に心配になってきた。世間知らずすぎない? 生きていけるのかしら」

「綺麗で頭が弱いっていうのは、まあ、だいぶ心配ではあるな……」

 娼婦たちと元締めはアステルを心配する。


ーーーーーーー


 ロアンとリアは一度アズールのギルドに行ったのだが、そのときはアステルを捕まえられなかった。しかしウィローがよく行っていた場所といえばギルドもそのひとつなので、もう一度アステルを探しに来て、発見する。

 綺麗な娼婦たちにキャッキャと囲まれながら、のんきに朝ごはんを食べているアステルのことを。


「あーー!!!」

 リアはアステルを指差し、わなわな、と震える。

「シンシア!」

 アステルはガタッと立ち上がる。ニコニコしてリアに駆け寄る。

「ぼく、すっごく探したんだよ」

「すっごく探した、はこっちのセリフよ! アステル、あなた何し、何して……」

 リアはもう娼婦の仕事をなんとなーくは知っているので、顔を真っ赤にして震えている。


 ロアンは事情を聞くために一行に近寄る。

 娼婦たちはすぐに察する。この背の高い青年も男前だが、この青年は『私たちの仕事』をよく思っていないと。隠そうとしているようだが、嫌悪と怒りを感じると。


 なのでロアンが口を開く前に、元締めは言う。

「そのぼんぼんには、何もしてねーよ」

「ただ、心配して保護してただけだわ。ねえ?」

「朝ごはんをごちそうしただけよ」

「なんでルアンはこわい顔してるの?」

 アステルもなぜか一行に加わり、一行の味方をする。


「お前、こいつの身内だろ?」

 元締めはロアンに言う。

「しっかり見ておいたほうがいいぞ、こいつ」

「……はい、ご迷惑をおかけしました」

 ロアンは、一行にお礼を言う。

「ありがとうございました」


 ロアンはアステルが食べた朝ごはんの代金を払う。「いらない」という娼婦に「借りをつくりたくないので」と言う。娼婦たちは「いくら男前でもこっちの話をきいてくれない男はねー」と、こそこそ話をする。

 ロアンはカチンとくるが、無視をする。


 元締めはリアを上から下まで眺めたあと、連絡先の紙を渡す。

「お嬢ちゃん、可愛いな。こういう仕事に興味があったり、何か困ったことがあればいつでも俺をたずねてきてくれ」

 ロアンは頭に血がのぼるのを感じ、リアから紙を奪ってつっ返そうとするが、その前に、アステルがさらっと連絡先の紙をリアからとる。

「シンシアは、ぼくの婚約者なんだよ」

「そうか、じゃあ、難しいな」

 元締めは笑い、アステルから紙を受け取る。

(え、え!? 今、アステル、私のことを守ってくれたの?)

 リアは半信半疑だ。


 娼婦たちはロアンとリアにはニコリともしないが、アステルには「またきてねー」「今度は遊んでねー」と笑って手を振っている。アステルもニコニコと手を振りかえしているので、リアはムッとする。

(やっぱり、守ってくれたのは偶然かも!)


「ごはん、美味しかったよ。ありがとう!」

 ロアンとリアに連れられての帰り際、アステルは一行ににっこりと笑う。

「またね!」


 アステルが去った後、テーブルの朝食が豪華になっていると一行は気づく。昨夜の稼ぎも倍に増えている。

「なんだなんだ……」

「幸運の妖精か何かだったのかしら……」



 ギルドを出たあと。リアはぷんすかしており、ロアンも静かに怒っている。アステルにはよくわからないが……。

(なんか、ふたりともすごく怒ってる! こわい!)

 3人はひと気のないところへ行って、帰還の魔法でアズールの家に戻る。だれにも追跡されないようにするために、徒歩では帰らない。



 家に戻ったあと、アステルはふたりにお説教される。


「アステル様、そばを離れないでくださいって言いましたよね?」

「そうよ! あんなところで、綺麗なお姉さんたちといちゃいちゃと」

 アステルだけが椅子に座り、ロアンとリアはアステルの目の前に立っている。

「だって、シンシアがいなくなっちゃったんだ」

「私、ずっと、本屋さんにいたわ!」

「えー?」

 アステルは眉毛をハの字にする。


「それに、マフラーや帽子やコートを脱がないでくださいと言ったじゃないですか」

「ぼくが脱いだんじゃないよ! 親切なひとが脱がせてくれたんだよ」

 ロアンもリアも唖然とする。

「ア、アス、アステル、ほ、本当に信じられない」

「お城のメイドだってぼくの着替えを手伝ったりしていたよ、ね、ルアン?」

 ロアンからの返答はない。

 その辺りは、あとでもう少し冷静なときに教えないといけない、とロアンは思う。


 ロアンは静かに言う。

「……知らない人に、しかもあんな連中にごはんをもらうなんて。一服盛られたらどうするつもりだったんですか? もう二度とお家に帰れなかったかもしれませんよ」

 しゅん、としながらもアステルは口答えする。

「ぼくに毒は効かないよ、ルアン」

「効くものもあるかもしれないでしょう」

「それに、ぼくはなんだってできるのに」

「アステルは自信がありすぎるのがダメだって、私、いつも言ってるわ」

 リアもロアンに便乗する。


 アステルはまっすぐにロアンとリアを見つめる。

「あの人たちは良い人たちだったよ。ぼくには、そういうことがわかるんだ」

「わからないでしょう」

「わからないわよ」

「わかるよ」

 アステルの目は、嘘はついていなさそうだ。

 ロアンはため息をつく。


「アステル様、知らない人からものをもらってはいけません。食べ物もですよ。親しげに近づいてくる人には、警戒してください」

「昔、ウィローがそっくり同じことを私に言ったのよ」

 アステルは口をへの字にしている。

『ぼくには本当に人の良い悪いがわかるのに』と思っていそうな顔だ、とロアンは思う。


 リアは勇気を出す。

「アステル、それから……そ、それから、私以外の女の人といちゃいちゃしないで!」

「わかったよ、シンシア」

 あっさりと、アステルは頷いた。

「婚約者は大事にしないといけないよね。ぼく、もう、シンシア以外の口にキスしないよ」

「本当? ほんとに本当?」

「本当だよ」

「キスより大人なことも、もちろん、ダメだからね」

 リアは顔を真っ赤にしながらアステルに言う。だって今日、アステルは娼婦に囲まれていたのだから。しかしアステルは、きょとん、とした。


「キスより大人なことって、なに?」

「え?」

「え?」

 ロアンとリアは困惑する。

 アステルが本気なのか冗談なのかわからなかったからだ。しかし、アステルは本当に何もわかっていないようだった。まるで性的なことについての知識全般を忘れているようなーー

「それも、シンシアとだけすることってこと?」

「え、えーっと えーっと……」

 リアはどんどん真っ赤になり、限界になって逃げ出した。タフィの腕輪に触り、「もう、帰りたい!」と叫んで。

「あ、リア!」

 ロアンが呼ぶ声は、間に合わず。

 忽然と姿を消したリアを見て、アステルはぽかーんとしている。

「……アステル様、私たちも帰りましょうか」

「???」

 アステルは疑問だらけな顔をしながら、ロアンの提案に従う。


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