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2) ケーキづくり 日記帳


 アステルの13歳の誕生日の朝、アズールの家の居間でロアンはアステルに蝶結びを教えている。

「できた!」

 アステルはリアのエプロンのリボンを腰のところで結ぶ。上手に結べて、嬉しそうだ。

「ウィローは蝶結びがすごく下手だったわ」

 アステルの方が上手なので、リアは感心する。


「人にものを教わらないから、そうなるんだよ。ぼくは、ぼくにはなにもわからないって自覚があるから、なんでもルアンやシンシアに聞くことにしているんだ」

 アステルは得意げにそう話す。


 リアはアステルにも水色のエプロンをつけて、うしろで蝶々結びをする。アステルはもう魔石を持ち歩く必要がなくなったからなのか、寒いとき以外、ローブを着なくなった。なので今日は白い襟付きのシャツに、薄茶色のズボンに、水色のエプロンだ。

 リアは赤いワンピースに白いフリルのエプロン姿だ。ロアンは白い襟付きの半袖のシャツに黒いズボンだ。腰に紺色のエプロンを自分で巻く。


 アステルは目をきらきらさせる。

「ルアン、ぼくが結んであげる!」

「え、いや、大丈夫ですよ、もう結べたので……」

 アステルはがっかりしたあと、首を横に振って気を取り直す。


「それで、ケーキをつくるんだよね。ケーキづくりもぼく、なんにもわからないよ」

 リアとロアンは顔を見合わせて、目配せする。


「ちょっと、やってみて、アステル」

「え!? シンシア、いまのぼくの話、聞いてた!?」

「アステル様はもともと、ケーキづくりは得意だったんです。ですから、リアと話して、もしかしたらケーキをつくっていただいたら、何か思い出すことがあるかもと私たちは思っているんです」

「それに、魔術の記憶はあるってことは技術的な記憶はあるのかなあって思うのよ。ケーキづくりも技術的なことだわ」

「うーん、わかっ……た」

 アステルは目を閉じて腕を組んだあと、納得はしていないようだが、ケーキづくりのために手を洗いはじめる。


 ロアンとリアは、アズールの家の青いソファーに腰掛ける。渡したレシピを頻繁に見ながら、しばらくガチャガチャと調理に取り組むアステルの姿を眺めていて、思う。

(こりゃ、ダメだ)

 アステルはたまごを割り入れるが、殻が半分くらいボウルのなかに入っている。


 アステルは焦り、たびたびロアンとリアに助けを求める視線を送っている。こらえきれなくなったロアンが立ちあがろうとする。リアはロアンの膝に手を添えて止めようとするが、このままだとアステルが泣き始めかねないと感じたので、やめる。

 ロアンもリアも助け舟をだして、アステルを間にはさみ、となりに立ち。ああでもないこうでもないと言いながら、3人でケーキを作る。


「ケーキづくりって、むずかしいんだね」

 アステルは嘆く。


ーーーーーーー


 出来上がったケーキはそれなりに形にはなっていたが、ひと口食べてロアンは思う。

(昔のアステル様のケーキと、味が違う)


「これ、おいしい?」

 アステルも首を傾げている。

「おいしいわ、アステル。でも、昔のアステルのケーキと味が違うわ」

「そっかあ、そうなんだね」

「これはこれで、美味しいですよ、アステル様」

 ロアンは、たくさん食べるのをアステルに見せる。アステルは嬉しそうだ。


「でも、レシピは私とロアンの記憶どおりに書いたのに、なにが足りないのかしら?」

「隠し味があったんですかね? でもそれは、アステル様に思い出していただくしかないですね」


「ぼく、ケーキをつくったの、はじめてだよ……」

「まあ、まだ浄化していない魔石にヒントがあるかもしれないから……」

 眉毛をハの字にしたアステルを、リアはなぐさめる。



 アステルに誕生日の贈り物を渡す時間になり、リアは綺麗な装丁の物語の本を渡す。アステルはとっても嬉しそうだ。リアに満面の笑みでお礼を言う。リアは頬を少しだけ赤らめる。


 ロアンも綺麗な装丁の青い本を差し出す。本をめくり、アステルは不思議そうな顔をした。

「何も書いていないよ?」

「アステル様、これは、日記帳ですよ」

「日記帳? 書けるかな?」

「ぜひ、書いてください。アステル様が、アステル様の日々をこの日記帳に書いたら、きっとそれはアステル様の生涯の宝物になりますよ」

「そっか。記憶を失ってからぼく、毎日起こることも、よく忘れちゃう気がするからね。良いアイデアかも」

 アステルはロアンに微笑みかける。

「ぼく、がんばってみるよ」


 リアは――リアも、ロアンのアイデアはとってもいいな、と思った。リアもアステルに『シンシア』と『ルアン』との日々を宝物にしてほしかったからだ。

 もう、忘れないで欲しかった。

「応援するわ、アステル」

 リアは、アステルに微笑みかける。



 アステルは夜、アズールの家の『ウィロー』という人の部屋――今はアステルの部屋で、ごろごろしながら日記帳を開く。12歳のときにあった面白かったことも、書いておこうかな、とアステルは思う。アステルは1ページ目に、シンシアとルアンの似顔絵を描いてみる。

 ふふ、と笑いながら、アステルは大切なふたりの絵を眺める。思いたって、アステル自身のことも、描いてみる。やさしい人間のふたりのあいだに、黒くてぐしゃぐしゃしたアステル。3人家族の絵だ。


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