2周目 呼ばれて、沈む 余談
ルアンは、悪夢を見た。
ルアンが湖に走っていくと、エルミス殿下が泣いていて。湖畔に引き上げられたアステルの体がある。ルアンがアステルの頬に触れると、恐ろしく冷たい。アステルは、息をしていない。
ルアンは、真っ青な顔で飛び起きる。ここがどこかがわからず、きょろきょろとする。ルアンは、たいへんふかふかのベッドの上に寝ていたようだ。
「おはよう、ルアン」
アステルが起きていて、ルアンに声をかける。
「ルアン、昨日は心配をかけて、ごめんね」
アステルはベッドの端に座っている。
ルアンは椅子で寝た記憶があるのに、アステルのベッドに寝ている。きっとアステルが朝、起きたあと、ルアンを移動したのだろう。
ルアンは手を伸ばして、アステルの頬に触れる。ぺちぺち。血が通っていて、あたたかい。
ルアンは、アステルの服にしがみつく。
「おねが、い、ですから、」
ルアンは、涙声だ。
「死なないでください」
小さなルアンはアステルを見つめる。
「アステル様が死んだら、おれはどうすればいいんですか?」
(ごめんね)
アステルは、自分にすがりつくルアンの手の小さいのを見る。アステルの手も、ひと回り大きいが、まだ小さい。アステルは小さいルアンを抱擁して、背中をとんとんとたたきながら、残してきた大きなルアンのことを考える。
ルアンは、生きているだろうか? 昨日の自分のように命を絶ったりしていないだろうか。
(でも、ルアンは、ぼくよりずっと強いから……)
生きていて欲しいという願いがあった。それを願う資格なんてないことはわかっていても。
アステルはルアンと一緒に育ってきて、生命力の強いのを感じることが多々あった。城に忍びこんで食べ物を盗んで生きていただけはあるのだ。
「ルアン。ぼく、おじいさまと話したよ。部屋の外に見張りをたてることになったんだ。それから、まだあんまり、部屋の外に行かない方が良いだろうって話になった」
「おれも、賛成です。アステル様、部屋の中にいたときのほうが元気でした」
「外に出るのは、まだ、時期じゃないんだね」
アステルはぼんやりと話す。
「それから、髪を切ろうと思う」
「ほんとうですか?」
「エルミス兄さんが――」
ルアンは、顔をこわばらせた。ルアンの表情を気にかけながら、アステルは話を続ける。
「兄さんは、ぼくの命を助けてくれたから。お礼を言わないと。そのときに、元気に見えたほうが良いなって思ったんだ。そうしないと、神聖医術院に入院させられてしまいそうだよ」
「でも、アステル様、入院しなくて本当に大丈夫なんですか?」
「入院させられてしまったら、たぶん、帰ってこられなくなってしまうよ。ルアンやおじいさまと引き離されるほうが、ぼく、悪化してしまうと思うよ」
ルアンは考え込む。
「おれもアステル様に会えなくなるのは心配なので、そうしたら、よいですけど……でも、今日みたいに心配かけること、もうやめてください」
アステルは、ベッドに仰向けに倒れ込む。毛布に包まれたルアンの足元から、上半身を起こしているルアンを見上げた。
「ぼく、部屋の外に出るときは、きみと一緒にでるって約束するよ」
「本当に約束ですよ」
「うん」
アステルは目をつむる。
ルアンは理髪師に連絡に行ったり、相談しながらアステルの服を決めたり、あれやこれやと準備に動いている。
アステルは、ルアンの後ろ姿を見て思う。
(ルアンは、まだ、小さいな)
「ルアンは、ちいさいね」
アステルは微笑んだ。
ルアンはムッとした顔で振り向いた。
「おれは、いつか大きくなりますよ」
ルアンの紺色の瞳は、窓からの光が反射して、きらきらとしている。
「アステル様より大きくなって、アステル様を守りますから!」
「うん、頼もしいね」
本当に大きくなるんだよなあ、と思いながら、アステルはルアンに笑いかける。
(ルアンの生命力の強さは、今のぼくとあまりにも違って、まぶしいな)