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10) 2周目 12歳 ギルドの依頼


「ねえウィロー お願いがあるんだけど〜」

 ある日の朝食の席で、リアがちらちらとウィローの様子を伺いながら話しかける。パン、ゆで卵、サラダ……美味しそうな朝食はロアン作だ。


「私も、ギルドに行ってみたいなあ〜って」

「ダメ」

 ウィローは即答する。


「アズールのギルドには酒場と宿屋もついているし、危ないひとたちもいる。子どものリアが行くのは、ダメ」

 ウィローはパンにジャムを塗りながら言う。

「じゃあ、なんでロアンは良いの! 私はダメなの?」

「私はもう子どもじゃないですから」

「子どもよ! 一緒に海で遊んだじゃない」

「それはリアが!」

 ロアンはサラダを食べようとしながら、顔を赤くしている。


「リアがやってみたいことは、ぼくは、なんでもやらせてあげたい。

 でも、危ないことはダメだよ」

 ウィローは食べる手を止めて、真剣に、リアに伝える。 


「じゃあなんで、ギルドは危ないところなのに、ウィローとロアンは行くの?  

 危ないところに、私はふたりに、行ってほしくないよ」  

 しゅん……とするリアに、ウィローは微笑みながら伝える。

「ぼくがお金を稼ぐには、魔石に魔法を込めてギルドで売るのがいちばん手っ取り早いからね」


「私も魔法が使えたら、ウィローと一緒にお仕事できたのになあ あーあ」

 リアはテーブルに突っ伏して、ため息をつく。


 ロアンは疑問なようだ。

「そんなに仕事をしたいんですか? リアは?

 お小遣いが欲しいなら、ウィローに言ってみたらどうですか?」

「お小遣いじゃ意味ないの」 

 ふてくされるようにリアは言った。 

 ロアンは(全然わからない)という顔だが、ウィローはそんなリアを微笑ましく見つめている。


ーーーーーーー


 ウィローとロアンは街道を急ぎ足で歩く。リアに留守番させているので、用件を手短にしようと話し合ったためだ。

「お留守番が嫌だったから、あんなふうに言ってたんですかね?」

「どうだろう?」


「リアのために家の仕事をたくさん残してきましたが、そういうことではないんでしょうねえ」

「そうだろうねえ……」

 ロアンのため息に、ウィローは苦笑いをする。

 ふたりは軋む扉を開けて、ギルドの中へと入る。


 アズールのギルドは広く、入って手前が酒場になっている。右の壁に依頼掲示板が。奥に依頼や宿泊受付のカウンターがある。その奥に納品や検品、商談などに使われる小部屋がふたつ。

 酒場の2階部分は吹き抜けとなっている。左手奥に階段があり、宿の部屋につながる2階の回廊から1階の様子を見渡すことができた。


 酒場には、朝から飲んだくれている初老の男が1人と、仕事を終えた冒険者のパーティー4人組。どちらもガラが悪そうだった。その他に奥のテーブルで、娼婦らしき女と冒険者らしき男が朝食を食べている。


 ウィローが魔石の納品と、新しい魔石の依頼を奥の部屋で受けている間、ロアンは依頼掲示板を眺める。自分でも受けられる依頼を探すためだったが、ロアンが受けられるものは限られていた。


(聖騎士への依頼が多すぎる)


 アズールの街はキアノス国の南方に位置している。キアノスは旧魔国カタマヴロスに近いため、魔物も魔の属性値が高いものが多い。そのかわり魔石の採掘も盛んで、魔石がたくさん流通に乗るような土地だった。


 依頼となると、ただの剣士でもこなせる依頼は極端に少なく、小さな魔物を狩ることすら聖騎士であることが求められる。普通の剣士であれば少々苦戦する魔物も、聖騎士なら一瞬で屠ることができる。魔属性の敵に相対する場合、神聖力は必須のスキルなのだ。そもそも神聖力がなければ、魔の属性値が高いかどうかも見ることができない。


 聖騎士とは試験に合格して、教会から神聖力を授けられた剣士や騎士を指した。


(たしかにできることが限られるのは、嫌ですね、リア)

 ロアンがウィローやリアの役に立ちたいように、リアも、ウィローやロアンの役に立ちたいと思っているのだろう。


 依頼掲示板の端に「聖騎士試験のお知らせ」というものが貼ってある。紙は新しく、聖騎士はどうやら足りていないようだ。



〜聖騎士試験のお知らせ〜

魔物や悪魔の力に対抗するため、神聖力を身に付けたいものへ告ぐ。

講習ののち、筆記・実技 試験合格の者に、神聖力を授ける。

毎月 月初めに聖なる街クレムにて試験を行なっている。


以上



 クレムは、アズールから乗合馬車で4日行ったところにある街だ。

(行けなくもないが、ウィローとリアを残していくと思うと、遠いな……)

 聖騎士と名乗れるようになれば、もっとウィローやリアの助けになれると思うのだが。


 ロアンが貼り紙をまじまじと見ていると、くいくい、と後ろからシャツを引く者がいた。

 つばのある帽子を深く被った少年が立っている。見覚えのある背格好だ。嫌な予感がする。

 少年はチラッと帽子から顔を見せて、ロアンに向かって舌を出す。男の子の格好をしたリアがそこにいた。

「リ……!」

「私でもできそうな依頼があったら、受けて来て!ってロアンに言うの忘れちゃったから」

 ロアンはリアの肩をつかみ、揺さぶる。

「絶対怒られますよ、絶対に怒られます!」

「でもみてみて、男の子にみえるでしょ!」

「ううーん……」

 よく見ると変な格好だ。おそらくリアはロアンの服を着てきたのだ。ぶかぶかのズボンを、なんとか紐でくくって履いているようだ。


「それでね、これとかどうかなって」

 リアは、森での薬草の採集の依頼を指さす。特に職種の指定はなく、誰でもできる依頼だ。報酬額は低い。

「まあリアひとりではなく、私も一緒なら可能でしょうか……」

「でしょ、でしょ!!」

 リアは思わず声を上げて飛び跳ねる。


「うるせーな!」

 近くにいた初老の飲んだくれが、怒鳴る。リアはビクッとなって固まり、ロアンはリアを守るように前へ出た。

「ここは子どものくるとこじゃねえんだよ」

「弟が、失礼いたしました」

 ロアンは飲んだくれに頭を下げるが、泥酔した男には見えていないのか? 男は、リアを叱り続ける。

「おい!おまえ! 人前では帽子を脱ぐのが礼儀ってもんだろうが!」

「えっと……」

 ロアンは困惑する。リアはロアンの後ろで怖がっているようだ。

「早く脱げって言ってんだろうがっ」

 酒瓶がリアに向かって飛び、ロアンはとっさにリアを庇おうとする。2人に当たるまえに、酒瓶は一時停止し、急スピードで飛ばした人間の頭に戻っていく。ゴッと音がして、男は倒れる。

 瓶が飛んだ風でリアの帽子が飛び、おだんご頭があらわになる。


「なんだ、何が起きたんだ?」

 すこし離れたところでパーティーの一団が騒ぎだす。

「じいさんなんで倒れたんだ?」「あのガキが強いのか?」「ひとりは女の子じゃないか」

「このギルドにあんな可愛い子がねえ」「おれあのくらいの子でも全然いける」「肌の白さが良いよなあ」

 彼らのテーブルでも異変がおきる。2人の男が突然苦しみ、もがき出す。テーブルの食器がすさまじい音を立てて床に落ちる。他のメンバーがあわてた様子で2人を見る。

「ど、どうした? 苦しいのか?」

「おぼ、溺れる……」「ゴホッ ガハッ」


「まずいですよ……」

 ロアンは蒼白になった。人が3人も死にかけている。1人は頭から血を流して倒れ、2人は窒息しかけている。 

(ウィロー、どこですか!?)

 リアはギルドの2階、宿屋の回廊の上から1階の混乱を眺めるウィローに気づく。ローブを脱いで腕に持ち、ウィローは笑っている。 


 ほどなくして2人の冒険者は息を取り戻し、ぜーぜー ひゅーひゅーと呼吸をしている。何が起きた、だれに攻撃された、とパーティーのメンバーが聞くが、まだ喋ることができない。


 ウィローは階段からそしらぬ顔でおりてきて、ロアンとリアのところまでやってくる。ローブを脱いだウィローは、ただの宿泊客のように見え、とても攻撃していたような空気感はない。

「ウィ、ウィロー」

 ロアンが動揺しながら声をかける。

 ウィローは平然と聞く。

「良い依頼があったのかな?」

「こ、これ……」

 リアがおそるおそる指を指す。

「じゃあ、ぼくが受けてこよう。ロアンはリアと外で待っているように」

 ロアンにローブを渡して、依頼の紙を掲示板からはがして手に取ると、ウィローはふたりに背を向けて歩きだす。



 ギルドからすこし離れたところにある石橋の上でウィローを待ちながら、リアは橋にもたれかかるようにしゃがみこんでいた。隣でロアンは立ち、ウィローが来るであろう方向を見つめている。

 2人とも表情は優れない。


「ウィローはどうしておかしくなっちゃったのかしら」

 いつも家の中であんなに穏やかなウィローだが。リアが危険な目にあうと、たびたびあんなふうにおかしくなる。

「ロアンは、小さなころからウィローを知っているのよね。昔はおかしくなかったの?」

「昔は……まっすぐな少年でしたよ。あんなふうに人を苦しめて笑って見ている人じゃなかった」 

 ロアンもリア同様ショックを受けているようだった。人を傷つけることに躊躇がないウィローの姿に。


 橋は行き交う人も多かった。リアは、帽子を深く被り直す。

「……ウィローが12歳のころ、突然、人が変わってしまったと思う時期がありました。元から魔術の才能があったのですが、それまで以上に魔術に傾倒していって」

 あのときの魔術への、のめり込みようは異常だった。思い出したくないくらいに。


「今思えば、ウィローはリアのことを知って、助けたいと思い、努力したんでしょうね」


 しゃがみこんだまま、リアはロアンを見上げて聞いた。

「どうやって?」

「え?」

「どうやってウィローは私のことを知ったの?

 私は、ずっと塔に閉じ込められていたのに」 


ーーーーーーー

 

 ウィローは依頼を受けたあと、ギルドをあとにしようとしている。


 酒瓶を投げられた初老の男が、目を覚ます。

「いってえ……あのガキ……

 ……?? 顔が思い出せねえ なんで なんでこんなに頭が痛えんだ……」


 パーティーメンバーも回復し、話し出す。

「あーあ 可愛い子だったのに」

「おまえが喉に豆を詰まらせたりしなけりゃ」

「詰まらせてなんかねえ! いきなり攻撃されたんだ! あのガキどもやべえぞ 呪われている」


 リアに酒瓶を投げつけようとしたなんて、何回でも焼き殺せる、とウィローは思った。リアに怒鳴った口も、焼いて閉じてやりたかった。 

 リアのことをいやらしい目で見た人間もそうだ、全員の目を見えなくしてやろうか、と怒りの瞬間には、思う。 

(でもそれでは、リアは喜ばない)

 なによりリア自身が『見えなくなる恐怖』を知っているのに、人の視力を奪うなど、リアは悲しむに決まっていた。


 パーティーのざわめきが大きくなる。

「おい! 酒が全部、泥水に変わってるぞ!」

「なんでだよ!」「そんな魔法聞いたことねえぞ!」


 ひゅー と口笛が聞こえて店の奥に目を向けると、娼婦と飲んでいる男がウィローにだけわかるように机の下で手を叩いて、ウィローの行いを称賛している。彼も魔術師なのだろう。

 ウィローは男に冷たい一瞥を投げ、ギルドの扉を押して出ていく。



 憂さ晴らしをしたところで、怒りがおさまりきるわけもなく。

 まだ昼前だというのに、気分は最悪だった。


 『家にカギをかければよかった』という思いが即座にわきあがるのが嫌だった。

 リアを家から一歩も出したくない、こういうことが起きるなら。しかし、それをしなかったのは『リアの自由を奪うこと』に抵抗感があるからだ。


(リアに自由を与えたい。ぼくから離れて欲しくない。ずっと一緒にいたい。こんなぼくから離れて欲しい)


(いっそのことリアがカゴの中の鳥であれば話は簡単だった。愛でれば良いだけの話だった。

 けれどリアは人間だ――今度の世界では、人間として生きてほしい。

 そしてぼくには『リアを人間にした』責任がある)


(でもぼくは、ぼくの願いだけをとれば、リアに鳥でいてほしいのかもしれない……)


 相反する想いが、ウィローの心に浮かぶ。

 暗い表情で歩いていると、ロアンとリアが心配そうに橋のところで待っているのが見えた。


(でも、リアの幸福と天秤にかけるなら、答えは決まっている。

『ぼく自身の願い』や『幸福』なんて――『心底、どうでもいい』ことだと)


 ウィローは目を閉じ、深呼吸して、つとめて冷静にふたりのもとへと急ぐ。 

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