第6話 そして日常へ
エルライが淹れ直してくれたお茶を一口飲むと、やっと落ち着いた。
そして、目の前に座るエルライを見て、ふと気になった。
「そういえば、エルライは再融合できたの?」
世界各地を人々のために旅をしているのだから、自分のやりたいことなんて何も出来ないだろう。
「まだなんだ」
エルライはポツリと答えた。
「それじゃあ、再融合できた人がこの役割をやったほうが良いんじゃないの?」
寿命が長くなったのなら、その分色々とできるはずだと提案してみると、エルライは静かに首を横に振った。
「これは、私がやりたいと思って始めたことだから、出来るところまでやりたいんだ」
そこには動かしがたい決意のようなものが感じられた。
やはり何かエルライの気持ちを大きく動かす出来事が、旅の間にあったのだろうと思った。
「それにこうやってナシラともまた会えたし、旅をするのも良いものなんだよ」
僕を見て、ニコッと笑うと、「そういえば」と北の大都市での出来事を教えてくれた。
なんと適合者の第一号はアクベンスだったらしい。
アクベンスは同じ誕生の家の出身で、北の大都市で狼の研究をしている。一緒に生活していたわけではないが、何度か会ったことがあり、饒舌で色んなことに興味を持つ人だった。
エルライはあまりにもあっさりと適合者が現れたので、この先も次々と適合者が現れるのではと期待したらしい。しかし、その後は全く現れなくて、かなり苦労したのだという。
ただ、アクベンスが最初の適合者だったことは、エルライにとってかなり理想的なものだったらしく、心から感謝していた。
面白かったのは髪の話だ。
この旅の出発を決めた時、エルライはなんとなく伸ばしていた髪を短く切ろうとしたのだという。
どこで切るといいか相談すると、リリーに無言の圧力で止められたらしい。
しかし、こんなに長いのは何かと面倒だからと、渋るリリーをなんとか説得したという。
結局、お互いに妥協してこの長さになったんだよと、後ろで髪をまとめていた紐を解いて、肩くらいの長さの髪を指で持ち上げてみせてくれた。
僕はそれを聞いてリリーは相変わらずだなぁと笑ってしまった。
リリーは僕と同じ時に生まれて、同じ誕生の家で暮らした仲間だ。
もうひとりハマルもいて、リリーとハマルはアクベンスを師匠として、ずいぶん早くに誕生の家を出た。
ハマルは絵が上手でアクベンスにスカウトされたのだが、リリーは違った。
ぶっきらぼうなリリーは可愛いものが好きで、北方に生息しているらしい狐の絵を見せてもらって、それが可愛いという理由だけでアクベンスについていってしまったのだ。
確かにエルライの髪は神秘的で柔らかくて綺麗だから、切ってしまうのは惜しいと思うだろう。
僕でさえそう思うのだから、リリーは血相を変えたんじゃないかと想像してしまう。
そんな懐かしい人たちの話を聞きながら、楽しい夜を過ごした。
*
翌朝早くにエルライは荷物を抱えて出掛けて行った。
僕もどうせ早く起きたからと、さっさと支度をして、工房へ向かった。
昨日、エルライから聞いたことを思い出すと足取りも軽く、見慣れた街並みが新鮮に見えた。
「おはようございます」
そう工房へ入ると、中からバタバタと鬼気迫る顔をしたミモザが走ってきた。
僕はびっくりして後ずさると
「あ、あ、あれ……、どこ……」
何か言おうとしているミモザは、僕の肩をガシッと掴んだ。
「ど、どうしたの?」
興奮状態のミモザを落ち着かせようと、平静を装って笑顔で聞くと、肩を揺さぶられた。
「あれ! あの鉱石! どこにあったの⁉︎」
そう言って、研究室の方を指差した。
「あの鉱石?」
「ナシラが倒れた時に地面に散らばっていた鉱石のひとつよ!」
僕はそれを聞いて、あの時のことを思い出した。
崖から落ちた時に、背負子も倒して集めていた鉱石が散らばってしまったのだ。
しかし、あの中で珍しい鉱石はあの崖の上のものだけだ。
「ああ、あれ。ちゃんと集めて運んでくれたんだ」
「ええ、持って帰って、色々調べてみたわ! そしたら今まで見たことのない鉱物が含まれていたのよ! だからもう少しサンプルが欲しいのだけど、どこにあったの⁉︎」
「ああ、あれはね……」
新しい発見に興奮しているミモザを見て、僕は散々なあの日の出来事が無駄にならなかったことを知った。
そして、今すぐにでも採りに行こうとするミモザを引き留め、崖の脆さを説明して、安全に採取するために足場を作れるように何人かで一緒に行こうと説得した。
少し落ち着いたミモザは、「おはよー」とあいさつをしながら入ってくる工房の仲間を捕まえては、今日の予定を聞いていた。
何事かとミモザから解放された人が、僕のところにきて「何があったの?」と尋ねてくる。
僕はそれに答えると
「なるほどねー。しかし、あの状態のミモザを引き留められるなんて、さすがナシラだね。ボクにはできないよ」
そう笑って、作業場へ消えていった。
僕はそれを聞いて、出来ることがないと勝手に決めつけて、ひとりで卑下していたことを反省した。
こんなにも自分のことを認めてくれている仲間たちに対し、危うく酷いことをするところだった。
そしてその事を気づかせてくれた、大切な友人を思い浮かべて窓の外を見た。
今日もきっと声を枯らして帰ってくるんだろう。
今から山に入るのだから、喉にいい薬草もついでに採ってこよう。そして、明日は薬草茶を水筒に入れて渡そうと決めた。
「ナシラ! 人数揃ったから出発準備するわよ!」
その言葉に工房内へ視線を戻した。
あれを持っていこう、これも必要なんじゃないかと、賑やかに準備をはじめる大切な仲間たちのもとへ、ナシラは笑顔でむかった。
了
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。