第4話 使い方
集会場のほうから話し声が聞こえてきたので見ていると、建物から数人が出てきて、その中にエルライの姿もあった。
僕が立ち上がって近づくと、気がついたエルライは一緒にいる人たちに声をかけて、こちらへ駆け寄ってきた。
その嬉しそうな笑顔と、僕のことを慕うように見つめるキラキラした金色の瞳は、最後にアンバの工房前で別れた時と何も変わらなかった。
「久しぶり、エルライ」
少し緊張しながら片手を軽く上げると、エルライは頭の先から爪先までを見て
「ナシラが無事で本当に良かったよ」
そう言って、安心したように笑った。
僕はエルライもミモザと一緒に助けてくれたことをすぐに思い出してお礼を言った。
「ミモザとふたりで助けてくれたって聞いたよ。ありがとう」
「うん。でも、倒れているナシラを見た時には、正直心臓が止まるかと思った」
「心配かけてごめん」
エルライは小さく首を振った。
「すぐに無事な姿を見せてくれたから安心したよ。あの時の……」
話の途中でエルライは、先ほどの人たちに呼ばれた。そちらに顔を向けると人が増えていて、何かを確認しているようだった。
「ごめん。夕方までさっきの協力のお願いをこの地区のみんなにするから、今は時間がなくて……。もし夕食を一緒にできるなら、その時にまたゆっくり話したいんだけど、どうかな?」
「もちろん大丈夫だよ。じゃあ夕方にまたここに来るね」
「ありがとう」
エルライは安心したように笑うと、「またね」と言って去っていった。
その後ろ姿も、背が伸びただけで何も変わらない。
僕は自分の中にあった緊張が、いつの間にか無くなっているのに気がついた。
*
夕方になり、僕は急いで仕事道具を片付けると工房を後にした。
工房では今日の出来事がずっと話題に上がっていて、どこかに過去の精錬技術が彫られた石板でも埋まっていないかと、盛り上がっていた。
新しい風をこの山霧の大都市に運んできたエルライが、自分の友達だと思うと不思議な気分だ。
広場へ足を向けると、午前中僕が座っていたベンチに、小さく発声しているエルライが座っていた。
近づいてみると声が枯れているようで、少し咳払いをしては「あー、あー」と、ガラガラの声を気にしていた。
僕は早足でエルライの前まで向かった、
エルライは僕が突然目の前に現れたことに目を丸くしていたが、構わず身をかがめた。
「喉、痛めたんだね」
話をしたいところだけど、まずは治療することを優先して、手のひらをエルライの喉にかざした。
エルライは大人しくされるがまま座っている。
手のひらから光が溢れる。
その柔らかい光が消えるまでかざし続けて手を離すと、エルライは嬉しそうに
「ナシラ、ありがとう」
と澄んだ声でそう言った。
「じゃあ今から僕のおすすめの食堂に案内するよ」
僕の言葉にエルライは、「うん」と笑って元気よく立ち上がった。
案内した食堂では、すっかり有名人になったエルライに声をかける人が絶えず、あまりゆっくり話せなかった。
仕方がないので、最初に注文した分を食べ終えると、すぐに僕の家へ場所を移すことにした。
僕の家は数人で住める広さがあるけど、今はひとりで使っている。ここにいる間、良ければ僕の家を使ってもいいよと誘ったら、エルライはすぐに宿屋を引き払ってきた。
旅の荷物を僕も半分持って家に向かっていると、エルライは大通り沿いのまだ開いているお店を見て立ち止まった。
「ナシラの家って調理器具や油ってある?」
「もちろん。自分で作ること多いし、大体のものは揃ってるよ」
「じゃあちょっと待ってて」
エルライはもう閉まりかけの野菜売り場に駆け込んでいった。
そして何か買ってから、上機嫌で戻ってきた。
「何買ったの?」
「じゃがいも」
「あれ? 食べたことないの?」
確か以前の手紙にじゃがいも農家に滞在しているような文言があった気がしたので、首を傾げた。
「ううん。あるよ。ただナシラにも食べてもらいたくて」
「もしかして、新しい料理なの?」
「うーん……。まぁ」
少し歯切れの悪い返事をして、エルライは頬をかいた。
「じゃあ楽しみにしてるよ」
僕はエルライの新作の料理と聞いて心が躍った。
そして我が家に辿り着くと、エルライはすぐに調理に取り掛かった。
それはスライサーを使う料理で、僕の作ったスライサーでじゃがいもを次々と薄切りの山に変えていく。
これだけの量を薄くナイフで切るのは確かに大変だ。僕は薄切りされたじゃがいもの量に驚きながら、その様子を眺めた。
エルライのやりたかった事がこれだったのなら、スライサーが必要なのも頷ける。
そして、丁寧に水気を拭き取ったじゃがいもを油で揚げていく。
すると香ばしいいい香りが部屋中に広がった。
「塩ってある?」
エルライは次々と揚げていきながら尋ねた。
「あるよ。お皿に出せばいい?」
「うん」
「じゃあ、テーブルに置いとくね」
「ありがとう」
そうして、用意した分を揚げ終えると、エルライはそれを乾いた葉っぱに乗せてテーブルに運んだ。
「どうぞ。お好みで塩をつけて食べてね」
そう言われて、僕は一枚それをつまんで、まずはそのまま食べてみた。
パリッとした食感と、普段の煮て食べるじゃがいもと異なる香ばしい味に目を見開いた。
「これって……?」
エルライも一枚つまんで食べると、「うん。ちゃんと揚がってる」と頷いた。
「ポテトチップスって言うんだ。プアナムで売ってるよ」
「それってもしかしてあんこ餅の時みたいな?」
「うん。最初は私が売っていたんだけど、北の遺跡に行くことになったから権利を売ったんだ」
それを聞いて僕はガッカリした。
「プアナムは遠いよ」
ポテトチップスを食べるために行くには、プアナムは遠すぎる。
こんなにも美味しいものなら、ぜひ山霧の大都市にもお店を出してほしい。しかし、バジのあんこ餅のように、きっとこれもプアナムの名物になっているのだろう。
「慣れるとそこまでじゃないんだけどなぁ」
「それはエルライが旅慣れてるからだよ」
おかしいなぁと言っているエルライを横目に、僕は今度いつ食べられるかわからないポテトチップスを次々と腹に収めていった。