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第1話 一通の手紙

「どうしようかなぁ……」


 ナシラは青い瞳で崖を見上げ、長くなった赤い髪を指でつまんで、それを引っ張りながら悩んでいた。


 同じ鍛治工房のミモザからはひとりで危険なことをしないようにと口酸っぱく言われている。

 しかし、見上げた先にある崖の一部が、今まで見たことのない色味と質感をしている気がするのだ。

 あれを持って帰ることができれば、何か新たな発見があるかもしれない。


「もし例の鉱石なら、みんなも喜んでくれるだろうし……」


 ──僕も少しはここで暮らしやすくなる……


 アンバの工房から、世界に四つしかない大都市のひとつである山霧の大都市へ来ることになった経緯を振り返り、ナシラは小さくため息をついた。




 はじまりはエルライからの手紙だった。


 エルライは同じバジの誕生の家で二年間一緒に暮らした年下の仲間で、僕の友達だ。

 柔らかな淡い紫色の髪と金色の瞳のその子は、孵化の森で生まれた当初、綺麗な瞳をいつも伏せて、物憂げな表情を浮かべる不思議な雰囲気の子どもだった。


 誕生の祝祭では、本当に倒れてしまうんじゃないかと思うくらい顔色が悪くて心配したけど、お披露目の時にはなんとか持ち直したのを見て、ホッとしたのを覚えている。


 いつも自信がなく謙遜ばかりしているのに、時々びっくりするようなアイデアを出すから、誕生の家で料理を担当していたミラクは楽しそうにエルライにあれこれ相談をしていた。


 そして、そのエルライのアイデアが、今の状況に僕を導いたのだ。


 誕生の家を出て、隣町のアンバの鍛治工房で働くようになってから数年経ったある日、エルライから手紙が届いた。

 その頃、エルライは旅に出ていて、用事がある時は鳥の使いで連絡をくれていたのに、その時は荷運びの人に依頼したようで、分厚い封筒で受け取った。

 開封して納得したのだが、数枚に渡って色々と書かれており、鳥の使いでは運べない情報量の手紙だったのだと理解した。


 その手紙には、野菜を薄く切るための道具が作れないかという相談と、その道具のイメージ図が描かれていた。


 文章からも、刃の部分は薄く鋭い金属が必要なのが分かったので、鍛治工房にいる自分宛に相談している理由はわかった。


 しかし、スライサーと命名されているその道具の絵を見ながら、野菜ならナイフで薄く切れるのに、どうしてエルライがこんなものを欲しがっているのか理解できなかった。

 それでも今までこんなに小さくて薄い刃を作ることが無かったので、腕試しのつもりで取り組んだのだ。


「かなり細く薄くしないと、こうはできないよね」

「この絵だと、この部分だけ刃なんでしょ?」

「ある程度までこの形に近づけて、砥石を使ってみるか?」


 そんな風に工房のみんなと相談しながら、木工工房の人と協力して何とか形に仕上げ、試作品をまずは近所の食堂で使ってもらった。

 数日後に感想を聞いてみると、ぜひ売ってくれないかと言われ、さすがに試作品を売るわけにもいかずに、とりあえず注文を受けたのだ。

 エルライの手紙には、もしアイデアが形になり、欲しい人がいたなら売ってあげてくださいと書かれていたので、早速注文に応じて作成した。


 そこから口コミが広まって、ついには隣町のバジまで届いたらしく、ミラクが嬉しそうに買いに現れた時は驚いた。


「ナシラの友達はすごいね」

「そうなんです。これ以外にもバジのあんこ餅もエルライの発案なんですよ」

「そうなの⁉︎」

「あれすごく美味しいよね。好きなんだよー」

「あれ目当てでバジに行く人もいるよね」


 工房のみんながエルライのことを褒めるのを聞いて、なんだか僕も誇らしくなった。


 そしてそのエルライから、今度は鳥の使いで、もしスライサーが出来たのなら、ぜひプアナムに十個ほど送ってほしいと連絡があった。

 その頃にはすっかり作るのに慣れていたので、急いで準備してプアナムの指定された住所へ送ったのだった。



 そこまでは良かった。


 そのスライサーの評判が、いつしか遠方の山霧の大都市にまで届いたらしく、ぜひこちらに来てみないかと大都市にある鍛治工房から誘われたあたりから話が変わってきた。


「前から行ってみたいって言ってたし、良い機会じゃない?」

「こんな風に誘われるのは珍しいから、行ったほうがいいよ」

「でも、スライサーのアイデアはエルライが出してくれたものだし……」

「きっかけはそうでも、取り組んだのはナシラだし、この形に仕上げたのは間違いないのだから大丈夫だよ」


 工房のみんなにも背中を押されて、思い切って憧れの山霧の大都市へ向かった。


 山霧の大都市は『技術の都』と言われているだけあって、都市の中には今まで見たことのない道具や、初めて見る石で作られた建物や石畳などがあり感動した。

 鉱石もかなり採れるようで、都市の中にはあちこちに鉄で作られた看板や銅で作られた像などがあり、新鮮な街並みに心躍り、これからここで暮らすことに気持ちが昂った。


 しかし、誘ってくれた工房でいざ働き始めると、今までアンバで身に着けた技術は最低ラインだったようで、みんなの技術力の高さに愕然としたのだ。

 かといって新しいアイデアが浮かぶわけでもなく、何となく肩身の狭い思いをしていた。


 もちろん工房のみんなはひどい扱いはしないし、鋳造の技術も身につけていることを褒めてくれていたが、自分がここに呼ばれただけの成果をあげられていないような気がして後ろめたかったのだ。


 だから新しい知識を身につけようと、鍛治だけでなく、最近は山に入って鉱石を探したり、採掘した鉱石から新たな鉱物が含まれていないか観察したりと、幅広い作業をしていた。


「あの集会場の近くにある古代のポールの様な、ああいう不思議な金属の謎が解けたら、もっと色んな金属が精製できると思わない?」


 そう翡翠の目を輝かせて言ったのはミモザだ。

 一歳年上のミモザはここより南の都市で生まれて、金属に興味を持ってこの都市に移ってきたらしい。

 そして、現在はこの山霧の大都市に点在する、古代の金属の解明に力を注いでいた。

 今の技術ではそれらの再現が難しいらしく、もしかしたら今は採掘していない鉱石から作られているのかもと、それらの再現に取り組んでいるのだ。

 日々、採掘場や山へ足を運んでは、手に入れた鉱石や土の塊に色々混ぜて焼いたり、溶かしたりして実験を行っている。


 僕もその採掘に何度か付き合ったことがあり、段々と目が慣れてきたのか、多少違いがわかるようになり、少しは手伝えるようになっていたのだ。


 ただ、今日は北の大都市から珍しい宝石を持ち歩いている研究者が来るとかでミモザは出掛けてしまったので、僕ひとりで山に入ったのだ。

 落ちている鉱石などをハンマーで叩き割りながら、珍しいものがないかと探し回っていたら、あれを見つけたのだ。


 もう一度、崖を見上げる。


 怪我をしたら大変だから、登る時は絶対に二人一組だとミモザは言っていたが、あれくらいの高さなら前にも登ったことがあるけどとしばらく悩んだ。


 今日はそこまで成果もないし、もしあれが珍しいものだったらミモザも喜ぶだろう。でも怒られるかなとぐるぐる考えた。

 そして、確認用だからたくさん採らなくても良いし、サッと登って採集してしまおうと背負子を下ろして登る準備をした。


 手の汗を服で拭って、崖に手をかけていく。

 足先を置く場所に注意をしながら、徐々に高度を上げていく。時々脆い場所があり、それを避けたりしてお目当ての場所まで上がった時には、前腕がパンパンになっていた。

 急いで腰から鉄の道具で壁面を削ってみると、石の塊にいくつか別の石も混ざった状態で取り出すことができた。

 やはり今までに見たことがない石だったので、少し期待できる。


 それを腰の袋に入れようと少し体勢を変えた瞬間、踏み込んでいた足元の石が崩れた。


「……っ‼︎」


 そのまま、数メートル下まで滑り落ちた。


「ぐっ……!」


 息が止まるような衝撃を受け、体を縮めようとした瞬間、左足に激痛が走った。


 ──骨が折れている……?


 自分が今、どういう状態なのかわからないが、とても起き上がることはできない。


 身体中に痛みを感じながら、頬に地面をつけたまま目を開けた。


「誰か……」


 声をあげてみるが、ここに来るまでに誰とも会わなかったことを思い出した。

 このままこの場所にいても、助けてはもらえないが、この状態ではとても下の山小屋まで辿り着けそうもない。


 ──このまま消滅してしまったらどうしよう……


 そんな不安が胸をよぎり、僕はギュッと目を瞑った。

 あんなに注意されていたのに、こんなことになって……。

 もし消滅なんてしたらミモザに何を言えば良いんだろう……。

 合わせる顔もない。

 何とか身体を動かそうとしても、全身が痛くて起き上がることもできない。


 そんな不安と身体中の痛みを拒絶するように、意識はだんだんと薄れていった。

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