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自分の未来

 ロイク王子との婚約が決まった。私は自分の持つ情報網からそうなることはおよそ想定が出来ていた。


 一度袂を分かった相手とはいえ、彼は私の考えを理解している。私が尻尾を見せない限りは干渉しないだろう。


 だから婚約者としては申し分ない。プリンセスという立場は国政にもある程度は影響を与える事が出来るし悪くない。


 だが、父から正式にそれを告げられた時、予知視が私を襲った。


 これまでの殺人、脅迫、夥しい程の罪が私の上にギロチンの刃として乗りかかり、そしてロイク王子の隣には見知らぬ女がいる。



 捨てられた? この私が? ありえない。



 確かにロイクの事は嫌いではなかった。荒唐無稽と切り捨てられても当然の予知すら、躊躇なく私を信じて、行動した。その思い切りの良さは私の隣に立つにふさわしい。


 私の言うことを聞く人間はたくさんいる。それこそ命を差し出すくらいの人間が山といる。だが意志薄弱な彼らは私の生み出した流れに流されているだけで、ロイクのようにその流れに乗っているわけではない。これには天と地程の違いがある。


 ロイクと袂を分かってから私は大勢の人間を殺してきた。無論彼らは生かしていてもしょうがない程の極悪人ばかりだ。


 大抵は私が言葉巧みに誘導して自ら命を絶たせ、どうにもならないクズは憲兵や正義感の強い人間をその気にさせて処刑させた。私は効率よく悲劇を防げるようになっていた。ロイクと一緒にいた頃なら絶対に出来なかったやり方だろう。


 だが一方でどうしても回避出来ない悲劇も生まれていた。


 火事や天災、不可抗力による事故。人が故意に起こす事件は犯人を始末するだけで済むが、複雑に混み合った状況が生まれる悲劇はいつだってイレギュラーな事が起きる。


 これは公爵家として人を派遣してもどうにもならない。対応させる人間に一から十まで説明しても彼らに理解させる間に他の悲劇にかける時間が無くなる。


 もしロイクがいれば、異常な程の即興対応力で解決出来ていただろう。彼はまるで一度経験していたかのように最適な動きをする。あの"地震"と呼ばれるようになった、地面が揺れる現象に対し、起こると分かっていた私でさえ恐慌に駆られたというのに、彼は異常な程落ち着き払って私の肩を抱いていた。


 だが彼はどこまで行っても普通の人間だ。未来が見えないからこそ、絶対に決定された出来事があるということを理解できない。私を神のように崇める、自分の使命を定められた喜びに酔う愚か者達に出来る事が出来ない。



 …………それはいい。もう彼とは道を分かったのだから。


 たが、彼が私を捨てるという事が理解できない。許せない。この悲劇を避けるために彼を殺すべきだろうか。


 だがまだ罪を犯していない人間を裁くべきでないという彼の主張は一顧だに値する。彼の罪は私に対する裏切りのみであり、私の処刑理由は彼の行いとは関係の無い私自身のものだ。人を救うためとはいえ、実際に大勢の人間を間接的に殺しているのは確かなのだから。


 そしてこれまで私は浮気をしたというだけの人間を処断したことはない。もし私が私でない人間がこの様に死ぬ未来を見たとしてどうするだろうか。




 ……喉がカラカラに乾いている。


 私は間違っていない。そうでなければならない。あるとすれば虐待する母親を逃したあの件以外に存在しない。



 この未来を避ける方法が一つだけある。



 ロイクが私を裏切らないこと。私を好きでい続けること。



 歯の根が合わなくなり、カタカタと音が聞こえる。簡単なことだ。誰もが私のことを好きになる。初対面で私は彼をオトした。そして彼は私の相棒であり、数多の悲劇に立ち向かってきた。


 私は死ねない。私が救わなければならない人間がたくさんいる。なぜ私がこんな目に合わなくてはならないのだ。


 私の脳裏に余命宣告を受けた人間の死の受容の5段階が浮かんだ。否認、怒り、足掻き、憂鬱、受容。


 下らないことにばかり働く自分の脳に腹が立つ。無駄な足掻きだとでもいうのか。



※※※※※



 数年ぶりに会ったロイクはまるであのときの対立が無かったかのように超然としていた。私は何を言うべきなのか全く思い浮かばない。長い沈黙のあとに出たのは、好かれようと思っている人間のものとは思えない言葉だった。


「……どうして婚約を受けたの?」


 私が絞り出した言葉に対して、ロイクは自分が言うべき事が事前に決まっていたかのように自然に答えた。


「君を放っておくべきではないと思って」


 私の心がさざ波うつ。悲劇の未来の回避の話だと分かっていても心が揺らぐ。そうだ、彼は本当に完璧な答えを即興で持ってくる人間だった。


「疲れた顔をしているね」


 ロイクは憐れむように静かにつぶやいた。その優しい言葉が私の荒んだ心に染み渡る。


 だが彼は誰にでもこういう言葉を吐く。相手が求めている言葉を巧みに探し出してぶつける。当然それは私以外の誰にでもであり、そうして浮気相手を作り出していく。


 彼は積極的には浮気をしない。だが彼の虚無的な態度が他の女を惹きつける。誰にでも相手に都合の良い言葉を吐き、自分にだけ優しいのだと錯覚させる。


 私のやり方と似ている。私は相手を魅了するために自分から働きかけ、彼は周囲の人間を蟻地獄のように引きつける。私と彼は表裏一体の存在であり、互いに同じ方向を向くことがない。


 だから私は彼を魅了しなければならない。蟻地獄の中心から引き摺りだし、逃げる私を追わせなければならない。


 だがこれまでの自分に疑念を持ち、疲れて飛べなくなった私には、彼を振り回すだけの翼がない。



 そして何より、


 私を裏切って別の女のもとに行くはずの人間を愛する事が出来るほど、私はプライドを捨てられない。



 私にとって予知視で見た出来事はあり得る可能性の一つではなく絶対的な未来だ。それは私か私達の働きかけによってしか変わらない。


 そうでなければ今まで殺して来た凶悪犯罪者達が無辜の市民になってしまう。そんなことがあり得て良いはずがない。



 だがその信念を突き通して彼を殺せる程の強さを私は持っていなかった。



「そう、私はあなたのことが好きだったから婚約したのだけどね」


 私は席を立ち、振り返らずに部屋を出た。



※※※※※



 私は自分の正しさに疑念を抱いていた。その精神状態が引き起こしたのか、これまで救えなかった人達の顔が夢に出てきた。


 その殆どは、焼死や水死でおぞましい姿をしていた。


 続けようと辞めようと未来を見続けるのは終わらない。そして救えなかった過去も、細部に至るまで覚えているので忘れることはない。


 見殺しにするかまだ何もしていない市民を殺し続けるか。


 私は生きる価値のない人間を言葉で死に追いやり続け、どうしようもない人間を陰で葬っていった。


 自棄になっていた私はロイクに自分の行いがバレるかどうか気にしなかった。



 案の定、証拠を掴んだロイクは私を呼び出して問い詰めた。


「なんでこんなことをしたんだ。村一つを消し去るなんて正気の沙汰じゃないぞ」


 私は突きつけられた写真を見る。私が防ごうとした悲劇と私が引き起こした悲劇のどちらが悪いのか。私にははっきりと分かっても、私以外の人間は誰も理解できない。


「この村の人間は怠惰でろくに畑の世話をしていない。豪雨で山が崩れて畑が台無しになった時、領主から貰った補助金のおかげで彼らは働こうとしなかった。そのまま冬になり飢えた彼らは子供を籠に入れて隣の村にいく。同じような境遇の人間と出会うと籠を交換し、中身を見ずに鍋に入れて食べる。やがて交換するものが無くなると、山賊になって麓に降りてくる。彼らはそれまでの怠惰さとは打って変わって勤勉に人を襲い続け、凄まじい大虐殺をする。だからそうなる前に処理した」


 ロイクは額に指をついた。


「補助金を受け取ったのは事実だが、それ以外のことは起きていない。なんでそんなことが分かるんだ」

「そういう未来を見たから」


 ロイクは鼻で笑った。


「そうか、なら俺は過去に戻ることが出来るんだ。今年の冬から戻ってきたがそんな事実は無かった」


 私はからかわれているのを分かった上で答えた。


「そう、なら彼らがどうしようもないクズだと言うことは分かったと思うけど。村にたった一人しかいない教師が子供達の教科書のために集めていたお金を巻き上げてサーカスに使ってたりしなかった?」


 ロイクは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「君の情報収集能力と観察力には恐れ入る。話している限り確かにそういうことをしそうな人間ではあった。それでも私達はまだ犯してもいない犯罪を裁くわけにはいかない」


 私は机を両手で叩いて立ち上がった。


「ならいつまで待つの? 子供が籠に入れられるまで? 殺戮が始まるまで? それまで憲兵にでも見張らせるの?」

「一つの村の全員が集団自殺するのは悲劇に入らないのか?」

「悲劇でしょうね。でも遭難船が海賊船になるくらいなら沈めてしまうほうが良いと思わない?」


 私は肩をすくめて言った。ロイクはくすりとも笑わなかった。


「それは可能性の話だ。未来というのは様々な要因が関わっていて、ほんの少し何かが変わると大きく変化する。蝶の羽ばたきが世界の果てでは竜巻になるように」

「そういう出来事もあるかもね。でもあなたが思っている以上に時間の流れというのはある種の潮流や運命というものがあって起こるべき事象はよほどのことがない限り起きる。犯罪者を呼び止めて思いとどまらせても、それは先延ばしにしているだけで根本的解決にはならない」


 私が自分の正当性を主張するたびに、その言葉が自分の首を締めていく。それはやがてギロチンとなって私の首を刎ねる。


「私の語る未来が間違ったことがあった?」

「未来というのは過去になって初めて理解出来るもので、それまでは可能性でしかない。君の言う予測が必ず当たるのは──」


 私は初めてロイクが逡巡する表情を見た。


「──君がそういう未来を作り出しているからだ」


 私の目の端から何かがこぼれた。あの頃の二人の未来に対する戦いが全て否定されたような気がした。


「…………そう、なら一つ賭けをしましょう。今から語る未来に対して私は絶対に干渉しない。もしそれが当たったら私の勝ち。私の言ってたことが正しかったということ。外れたら私は死ぬでも罪を償うでも何でもするわ」


 私の涙にロイクは困惑しているようだった。


「リアーヌ。俺はただ君に少しだけ大人になって欲しいだけなんだ。俺は君のことを愛しているし、全力で守りたいと思っている。償いなんて求めてない。ただ予言だなんて子供じみた真似はやめようと言ってるだけなんだ」


「あなたは私を裏切って別の女性と恋に落ちて、邪魔になった私を処刑する」


 私の言葉にロイクは唖然としていた。私は余命宣告を受けた人間のとる最後の行動、死の受容の段階にようやく至った。



「あなたの言ったことが正しいといいですね」



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