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未来が見える王子

 公爵令嬢リアーヌ・ベネシュという女性について、一言で表すなら傲岸不遜な女神と言ったところだろう。


 14歳という年齢にそぐわない完璧な美貌に、常に浮かべている不敵な笑み。手に届かない星のような存在感を放っておきながら、あなたにだけは本心をさらけ出していますという空気を醸し出す。それが本当に自分に対してだけなのかということは別として。


 間違いなく彼女の術中に嵌っていると分かっていながら俺は人を使って彼女のことを調べさせていた。


 あらゆることを一度見ただけで覚え、それは勉学や行儀作法に限らず、人の特徴や話していた内容の細部でさえも正確に把握している。


 誰にも懐かない猛犬を視線だけで屈服させたという話から、強盗を企んでいた人間を刃物を懐から出した瞬間に取り押さえた等、どこまで尾ひれがついているかは分からないが、どの噂も真実かもしれないと言える程の迫力が彼女にはあった。


 何よりもあの人を奥底まで見通すような瞳。


 彼女に言われるまで、他人に求められたことを完璧にこなすことは当然のことだと思っていた。


 誰かに失望されるというのはあまり良い気持ちがすることではない。誰だって生きていく上で後悔はしたくないもののはずだ。


 もし後悔をなかったことにできるのなら誰だってそうするだろう。


 だからそうしているだけの話だ。


 俺は時間を巻き戻せるのだから。



※※※※※



 過去に戻れると聞くとどんなことでも出来ると思うかもしれない。


 だがどんなことでもできるということは何かをしたいという欲求を失わせる。


 一国の王子という立場でこれ以上何を求めろと言うのだろうか。


 金と名声と権力は生まれついてあり、能力は繰り返しによりカバーできる。


 だが使いみちのない力は贅肉のように身体にしがみつき、健全な心を蝕んでいく。


 気づけば俺は日々を完璧にこなすだけの機械に成り下がっていた。



 そんなときに現れたのが彼女だった。


 自信に満ち溢れた表情で、未来が手に入らないと言われた時は虚をつかれた思いがした。


 過去を巻き戻しながら生きる俺にとって、未来だけは普通の人と同じ手に入らないものだ。


 だが一度経験してしまえばそれは過去になる。


 俺は時間を巻き戻し、彼女の言葉を先取りした。だがそこでも相手の求める通りに振る舞うだけの卑しい人間だと図星をつかれた。


 そこでようやく彼女は俺のような時間を巻き戻す小手先だけの経験では絶対に届くことのない星のような存在だと理解した。


 過去を何百回と繰り返そうと過去の偉人のような本当の知恵は手に入らない。


 だから俺は彼女という星を追いかけることを始めた。



※※※※※



 二度目に彼女と出会ったのはベネシュ家の屋敷の中だった。彼女は玄関で私を出迎えると、一言も話さずに目線だけでついてこいと促した。


 無礼極まりない態度だが、それを許す魅力が彼女にはあった。


 部屋に彼女と二人きりになると、彼女はまるで二人だけの秘密であるかのように自分は未来が見えると告白した。


「私は未来が見えるの。ただそれは非常に断片的なもので未来全体を見通すことは出来ない。ただ、今から日が落ちるまでの間に屋敷の近くにある宝石店が強盗に入られて、店主とその妻、客に来ていた二人の女性が死ぬことはわかる」


 そう言って彼女は俺を見つめた。


 試されているとすぐにわかった。彼女のためにどこまでの忠誠を誓えるか。


 凄まじい悪女だ。


 この屋敷の使用人の統制具合を見るに、人を操って事件を起こすことは彼女にとってわけないことだろう。嘘かどうかは分からない。


 だが、俺はあいにく恥や後悔とは無縁の存在だった。


「捕まえてこよう」


 彼女はその答えを予期していたかのように微笑んで頷き、クローゼットを開けた。そこには大量の変装用の衣装があった。


 二人の正義執行の日々が始まった。



※※※※※



 それから俺達は街中の悪事や事故を防いでまわった。その全ては彼女の『そう言う未来をみた。私達ならそれを変えられる』という言葉で始まった。


 もちろん未来予知なんて能力の存在を信じてはいなかった。全ては彼女の超人的な情報収集能力と観察力、想像力がなせる技だと言うことは分かっていた。


 設備の劣化具合や犯罪組織の動向、風や雲の流れ。そういった常人には理解できないような何かをを見極めて事件を予測しているのだろう。


 だから地面が揺れるなどという神話のような現象を言い出したときも対して驚きはなく信じた。俺よりも彼女の方が狼狽えていたくらいだ。それでも適切な対応をして大量の家屋の倒壊にも死傷者は殆ど出なかった。


 未来予知だなんて特徴をつけなくても彼女が特別な人間だということは十分に分かるが、あえて水を指す真似はしなかった。



 だがある日彼女が見たと言う事件で俺達の関係は終わりを告げた。


 彼女が持ってきたのは一枚の女性の写真だった。そして、


「彼女はこれから一年間、自分の子供を虐待し続けた末に殺す」


と言った。


 写真の中の女性も遠くから見たその女性も、疲れてはいるが、とても自分の子供を虐待するようには見えなかった。


「子供を彼女から引き離さないと……あるいは彼女を……殺すか」


 正気の提案とは思えなかった。これまでの火事の始末や現場の殺人鬼を取り押さえるのとはわけが違う。


「……まだ彼女は何もしていない。様子を見るべきじゃないか」


 口をついて出たのはそんな後ろ向きな発言だった。だがそんな妥協を彼女が許すことはない。


「彼女はもうじき街を出る。今やらないと間に合わなくなる。子供の父親と別れた彼女は、別の家に移り住むけど環境に馴染めずに子供に当たるようになる。それは徐々にエスカレートして熱湯をかけるようになる。火傷でグズグズになった皮膚を見たくない彼女は子供を蔵の中に閉じ込める。子供は火傷が痛くて横になることすら出来ない。そこで数ヶ月過ごしたあとに、母親は食事を与えるのを数日忘れて子供は餓死する。死んでいるのに彼女は微塵も気づかずに新しい男とよろしくやっている。そんな人間を許して置けるとでも言うの?」


 彼女の瞳はまるでその光景を見てきたかのように憎悪に染まっていた。


 俺は改めて彼女は時間を繰り返している凡人である俺には決して届かない凶星であると分からされた。そして手に届かない星を追い続けるという行為がどれほど狂気に満ちた行為であるかを痛感した。


「それは可能性の話だ。まだそうなるかは分からない」


 彼女の言っている話はあまりに具体的すぎる。殆ど妄想の域だ。虐待するという予想は出来てもどういう行動を取るかは決定出来ない。


「ロイク、私が今まで間違ったことがあった? 未来と言うものは些細な部分を除いては決定されているの。それを変えられるのは私達だけなの」


 違う。未来と言うものは常に不確定でたくさんの選択肢の枝葉の上に成り立っている。決定されているというのなら過去に戻って別の選択肢を取ることなど出来るはずがない。


 だが俺は自分が過去を繰り返すことが出来ることを証明出来ない。彼女は些細な変化を読み取って違う言葉を放つ。だから届かないと分かっていても至極一般的なことを言うしかない。


「まだ罪を犯していない人間を、これから犯すかもしれないという理由で罰することは出来ない」


 彼女の瞳の中の狂気がさっと引いた。もうこの凶星が俺を気にかけることはないのだろう。


「そう、終わりね。わたしたち。私は起こるとわかっている悲劇を見逃すことは出来ない。そんな私を許すことはできないから。でもこの件だけはあなたの言うとおりにする」



 一年後、火傷跡まみれで衰弱死した子供の写真が送られてきた。俺は時間を巻き戻さなかった。戻したところで子供を拉致したり、罪を犯す可能性が高いというだけの人間を罰することは出来ない。


 遠くで彼女の活動を人づてに聞くだけになった俺の元にリアーヌとの婚約の話が舞い込んできた。俺は即座に了承した。


 共に走れないとしても彼女を見ていたいという気持ちは残っていた。

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