表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜

 絢爛豪華なパーティ会場。


 煌びやかな装飾、有名シェフが腕によりをかけた色彩豊かなご馳走、各地から取り寄せられた上質なワイン。参加する令嬢令息も眩いほどのドレスや礼服に身を包み、キラキラ賑やかな社交の場。


 そんな華やかな場所で、私―――マリリン・モントワールは壁際に一人佇んでいた。

 片手にはウェイターから貰ったワイン、もう一方の手にはお気に入りの扇を持って静かに会場を見回す。


「ほら、見て。またマリリン様ったら『壁の花』になっていらっしゃるわ」

「うふふ、もはや装飾の一部のようですわね」

「今日も随分地味な装いですこと」

「お一人で寂しくはないのかしら」


 いつものように私を見て小馬鹿にするご令嬢達。十八になるが、パートナーを連れずにパーティに参加していることも馬鹿にされる要因の一つなのだろう。


 今日の私のドレスは淡いピンクベージュ。この会場の壁紙と同じ色。もちろん事前に会場の装飾をリサーチした上で選んだのだけれど。

 そして私の薄い栗色の髪と茶色の瞳も王国ではよく見る色で、景色に溶け込むにはうってつけ。


 お淑やかに微笑みながらお皿に取った料理を味わっていれば、コソコソ此方を見て笑っていた令嬢達もすぐに興味を無くして別の集団に溶け込み様々な話に花を咲かせ始める。影の薄い私の存在はすぐに記憶から消え去っていることだろう。


 私は、『甘やかされて放任されている自由気ままな末っ子令嬢』として知られている。

 社交の場ではいつも兄様にエスコートをしてもらい、兄様が得意客の対応をしている間、私は『壁の花』として静かにひっそりと佇む。もちろん豪華で美味しい食事はしっかりと楽しませてもらう。



 ―――だって、今日は特に自信があるのだもの。



 今日はワイン好きな侯爵家主催のパーティだけあって、他国の珍しいワインやそれに合わせたおつまみに料理が沢山用意されていた。



「うぅん、このワイン絶品ですわ〜」

「本当、少し酸味があってこちらのチーズとよく合いますわぁ。ハーブが入っているのか爽やかな風味がするわ」

「このオリーブと生ハムのマリネとの相性も最高ですわ。噛み締めるたびに旨味が口の中に広がって…うーん、いくらでも食べられそうです」



 ほぅ…と頬を赤らめながらワインと料理の相性を絶賛する声が耳に届く。


「ふふ、そうでしょうそうでしょう。その取り合わせは特にお勧めなのよ」


 その声に思わず口元がニヤけてしまう。



「あら、ローズマリー様…そのドレスとっても素敵ね」

「おほほ、ありがとう。今日のために特別に作らせたの。初めて頼む専門店だったけれど、凄く良い仕事ぶりだったわよ」

「そうなの?良ければ我が家にも紹介してくださらない?」

「ええ、もちろんよ」



 別の集団では、侯爵令嬢のローズマリー様がドレス自慢を始めたご様子。無類のドレス好きで何十着ものドレスを所持していることは社交界では有名だ。今日のドレスは上質なレースや装飾の宝石がふんだんに使用された非常に高価なドレス。派手な顔立ちのローズマリー様の魅力を存分に引き出している。


「ローズマリー様のことだから、実物を見せれば必ず購入されると思ったわ、予想通りね。彼女に憧れるご令嬢も多いから、あの様子だとあの高価なドレスにも少なからず需要はありそうね」


 私の笑みは深まるばかり。計算したことが思い通りにいくと本当に気持ちが良い。



「リーナ様、今度のお茶会楽しみにしてますわ」

「ええ、今回もまた異国の珍しいお菓子を揃えようと思っているの。きっと初めてご覧になるものばかりよ。是非楽しみにしていてちょうだい」

「まぁ、それは楽しみですわ。お菓子に合う紅茶も用意されるのかしら?」

「もちろん、一緒に探しているところよ」

「それは楽しみですわ。前回のお菓子も大変美味しゅうございましたもの」



 またまた別の集団では、伯爵家のご令嬢であるリーナ様が近々予定されているお茶会の話題で盛り上がっている。


「うふふ、あのお菓子は私も気に入っているわ。今度はどんなお菓子を取り寄せようかしら。そういえば東の国からの商人が色々紹介してたわね。資料を見返さないとね」



 あちこちの話題に耳を傾けながら、私はボソボソ独り言を呟く。これはもう癖のようなものだ。

 私はバサリと扇を広げてニヤける口元を隠した。淑女にあるまじき表情をしている自覚はある。


「さて、今回も収穫は上々というところでしょうか」


 目的は十分に果たしたので、そろそろ退席したい。会場を見回し、マリウス兄様の姿を見つけた私はギョッと息を呑んだ。


「あれは…エドワード殿下…?」


 兄様がニコニコ話している相手はなんとこの国の第二王子だった。青みがかった銀髪に蒼碧の瞳は宝石のように煌めいている。この国随一の美女である王妃様の特徴を継いだ第二王子は、大変に見目麗しかった。


 未だ婚約者を置かないエドワード殿下に、あわよくばと色目を使うご令嬢は星の数ほどいる。実際に今も虎視眈々とエドワード殿下にお近付きになろうと獣のような目をしたご令嬢が機会を窺っている。


「見て、エドワード殿下よ。はぁ…今日も麗しいですわ〜」

「どうにかお近づきになれないかしらねえ」

「私は遠くからご尊顔を眺めているだけで幸せです〜」


 実際に近くの集団が殿下に熱視線を向けている。

 それにしても…


「…はぁ、みんな外見ばかり見ているのね。あの見目じゃ仕方ないでしょうけど…大事なのは中身でしょうに。エドワード殿下は外見よりもそのお心のほうがずっと美しいわ」


 エドワード・ルージュ・オリベスタ殿下。

 この国の第二王子。兄のアーノルド殿下と共に将来の国を背負って立つお方だ。


 あまり知られていない話だが、エドワード殿下は慈善事業に力を入れている。特に孤児院や貧困層の子ども達への学習支援に惜しみがない。

 この国に住む子ども達には、平等に将来を選ぶ権利を与えたいと懸命に動いていると聞いている。開けっ広げにしてしまうと、興味本位で孤児院を覗きにくるご令嬢もいるらしい。孤児院に迷惑をかけるからと、このことは内密にされている。


 ともあれ、この国の王子は二人ともとても優秀だ。

 第一王子のアーノルド殿下は既に公爵家の令嬢との婚約が決まっており、国王に付いて国政に関わる執務に就いている。手の回らない細やかなところは第二王子が俊敏に動いて対応している。誰にでも分け隔てなく接する彼らは国民の支持も厚い。


 その上、この国の王子達はとても兄弟仲が良い。お互いの得手不得手を補い合い、共に手を取り合い国の未来を見ている。よく聞く派閥争いもなく、本当に心から信頼し合っている。


 うん、この国は安泰だ。おかげで我が家も存分に商売ができるというものだ。ありがたい。


 私は神に拝むようにエドワード殿下に手を合わせ、兄様が来るまで馬車で待とうと会場を後にした―――




 その少し前。



「あちらの壁際に佇んでいるのは君の妹君だよね?」

「ん?ああ、そう。可愛い妹のマリリンだよ。実は今日のワインと料理は彼女が手配したんだよ。見たところ…大成功みたいだね、あはは、みんな満足そうだ」

「ふぅん。『地味』だとか『壁の花』だとか酷い言われようじゃないか。放っておいていいのか?」

「ああ…全く、マリリンの実力を知らないくせによくそんなことが言えるものだよ。否定して回りたいところだけどね、妹がそれを望まないから」

「へぇ…」



 ―――まさかエドワード殿下と兄様が私のことを話題にしていただなんて、つゆとも知らずに。




◇◇◇


「おお、マリリン。おかえり。パーティはどうだった?」

「お父様、ただいま戻りました」


 屋敷に帰るといつものようにお父様の執務室に向かう。長身で姿勢も良く、後ろに撫でつけた茶髪は今日も艶やかだ。顔には年相応に皺を刻んではいるが、我が父ながらかなり男前だと思う。


 ソファに腰掛けた私に執事のセバスチャンが素早くお茶の用意をしてくれる。

 今日は仕入れたばかりの工芸茶を淹れてくれた。東の国の特徴的なお茶で、蕾のような小さな丸い茶葉にお湯を注ぐと、ゆっくりと茶葉が開いてカップに美しい花が咲く。ちょうどリーナ様のお茶会用にどうかと考えていたお茶だ。うん、やっぱり華やかで香りも良くってお茶会にはうってつけだわ。


「お父様、この工芸茶に合うお茶菓子も仕入れておりましたよね?後で一覧を見せていただいても?」

「ああ、もちろんだよ。また何かいい情報を仕入れたんだね」

「うふふ、まあそうですわね。ああ、先日専属契約したドレス専門店ですが、ローズマリー様にとても好評でしたわ。きっとあのドレスに魅入られた他の令嬢方もこぞって注文を取り付けるでしょうね」

「ふむ、ローズマリー嬢を広告塔にするというマリリンの企み通りだな」

「まあ、企みだなんて人聞きの悪い。今日の料理とワインも評判でしたわ。ワインは今後少し多めに仕入れても在庫を抱えずに売れるのではないかと」

「ははっ、お前がそう言うならすぐに手配しよう。他にも遠国の変わった酒も合わせて仕入れてみよう。この国には酒好きが多いからな」

「そうですわね。お酒ごとに合うおつまみやお菓子も忘れずにお願いしますね。おすすめの取り合わせとしてセットで売り込みましょう」

「もちろんだとも。抜かりはないさ」

「おほほほほ」

「はっはっは」


 お父様と二人で、うふふあははと盛り上がっていたら、呆れた顔をしたマリウス兄様が顔を出した。


「二人とも、すっごく悪い顔してるよ」

「おっと」

「あら」


 兄様に指摘され、私とお父様は口元を隠した。


「いやぁ、今日のパーティも盛況だったね。主催者のアリスト侯爵様もご満悦だったよ。またパーティをする際は我がモントワール商会に一任したいとね」

「おお!よくやった!これもマリリンのおかげだな」

「そんなことはありません。私はただ『壁の花』となり、あらゆる会話に耳を傾けているだけですもの」

「はっは、まさか日常会話から様々なニーズをリサーチされているとは皆思いもよらんだろうな」

「うふふ、商売において重要なのは『信頼』と『情報』ですから」

「まったく、優秀な妹を持って俺は鼻が高いよ。それだけにマリリンが小馬鹿にされているのは我慢ならないんだがなあ」

「あら、私は気にしていないわ。それぐらいの方がみんな油断して色々美味しい情報を溢してくれるじゃない?私はそれをありがたく拾い集めているだけよ。どこに商売の種が転がっているか分からないもの」


 そう、私にとって社交界は絶好の情報収集の場。壁の花となり、話が盛り上がっているところへ静かに近づき、今の流行りやちょっとしたニーズを探る。


 私の実家であるモントワール伯爵家は、王国随一の商会を有している。市井に出回っている雑貨や調味料に家具、服飾、そして王城の調度品から貴族のパーティや茶会で扱う食材や装飾品まで、幅広く取り扱っている。

 商会長は父のマクベル・モントワールが務めており、後を継ぐのは長男のマリウス兄様。次男のマリク兄様はお城務めで財務部に配属されている。次期財務大臣と名高く非常に優秀な兄だ。長女のマーガレット姉様は、すでに侯爵家に嫁いでいるが、社交会での流行や噂話などがあればすぐに私に知らせてくれる。

 そして末っ子の私は、『壁の花』として商売の種となりうる情報を拾い集める。そしてその種に十分に水をやり、綺麗に花を咲かせるのだ。


「流石は我が家を支える縁の下の力持ちだな。全て良しなに取り計らおう。マリリンの好きなように動くといい」

「よろしくお願いしますね」

「ああ…マリウスの気持ちがよく分かる。お前がこれほど優秀なことを声を大にして言いふらしたいぞ」

「ふふ、ありがとうございます。ですがそうすると今のような情報収集はしにくくなりますので」

「そうさなあ…」

「それに、私は見せかけだけの評価には興味がありませんから。しっかり私のことを見て、理解してくれる家族がいますもの」


 社交の場には仕事柄よく足を運ぶ。色んな話に耳をそば立てているからこそ、謂れのない噂話や風評などもいやでも耳にしてしまう。上辺だけの付き合いは気苦労が絶えない。私は今の立ち位置が気に入っているし過ごしやすくていい。


「では、もう夜も遅いですし、そろそろ寝支度をいたしますわ」

「ああ、おやすみ。マリリン」

「おやすみなさい。お父様、お兄様」


 一仕事終えてとても気持ちいい眠りについた。翌朝とんでもないことが起こるだなんて、誰が予想できただろうか…





◇◇◇


「い、今なんと…?」


 翌朝、呆然と立ちすくむ私の前でにこやかな笑みを浮かべているのは、第二王子のエドワード殿下。


「うん?僕と結婚してくれないか、と言ったんだよ」


 私は目を物凄い速さで瞬かせてもう一度目の前の麗しの王子を見上げる。


 落ち着いて…まずは状況整理よ…


 ふぅぅと深く息を吐いた私は、今朝のことを振り返った―――




 いつものように起床し、侍女のアイリスに身支度を整えて貰って自室を出ると、なんだか屋敷の中が妙に慌ただしかった。


「?どなたかお客様でもいらしているの?」


 アイリスに尋ねるも、彼女はずっと私といたので同じく状況が把握できていない。アイリスは困ったように眉根を下げた。


「まあいいわ、応接室に参りましょう」


 モントワール家の者として、客人には挨拶すべきだろう。そう思って我が家で一番豪華な応接室に入った私は、開いた口が塞がらなくなってしまった。


「おお!マリリン!ちょうど呼びに行こうと思っていたところだ!」

「おはよう、マリリン。よく眠れたかい?」


 応接室には、興奮した様子で頬を上気させるお父様と、困ったことになったと遠い目をするマリウス兄様がいた。


 そして来客用のソファに優雅に腰掛けているのは―――


「でっ、殿下!?」

「やあ、おはよう」


 爽やかにティーカップを傾けながら、私にとびきりの笑顔を向けるエドワード殿下だった。


「ちょ、ちょちょちょ!どうして殿下がこんなところにいらっしゃるの!?」

「いやぁ…俺も急な展開についていけてないんだが…はぁ、まあ本人に聞いてみてくれ」


 とりあえず近くに来た兄様の胸ぐらを掴んでブンブン揺すりながら問いかけるも、兄様の返事は要領を得ない。一端の伯爵家に王子殿下自ら足を運ばれるなど聞いたことがない。

 ちなみに昨夜帰りの馬車で聞いたことだが、エドワード殿下と兄様はかなり気安い仲らしい。最近エドワード殿下の慈善事業のバックアップを兄様が受け持っているらしく、よく一緒に打ち合わせや視察に行くんだとか。「聞いてない!」と驚く私に「まあ、秘密にしてたからな」と兄様は笑ってあしらった。私の情報網をすり抜けるあたり流石は兄様と舌を巻いた。


 再びエドワード殿下に視線を向けた私は、ご挨拶をしていなかったとハッとして慌ててドレスの裾を摘んで恭しく頭を下げた。


「殿下。ご機嫌麗しゅうございます」

「ああ、楽にしてくれ」


 挨拶が遅れた無礼な私にも優しい笑みを返してくれる。やはりエドワード殿下は神様かしらと思わず考えてしまう。

 呆けている間にも、エドワード殿下はカップを置いて立ち上がり、私の前まで歩み寄ってこられた。


「回りくどい話はよそう。単刀直入に言う、マリリン嬢、僕の婚約者になってはくれないかい?」

「……………はい?」


 本当に随分と単刀直入で突拍子もない話で、私は素っ頓狂な声を上げてしまった。その様子を楽しそうにくすくす笑いながらエドワード殿下が見つめてくる。


「い、今なんと?」

「うん?僕と結婚してくれないか、と言ったんだよ」


 ―――うん、脳内でここまでの出来事を整理するも、理解は到底及ばない。何がどうなって第二王子に求婚されることになったの!?


 私は助けを求めるべくお父様と兄様に視線を投げる。お父様は我が子が王子に求婚されてテンションが上がりきっているらしく、ふんふん鼻息を荒くしている。


「とにかく、俺たちもさっき話を聞いたばかりで驚いていたところさ…ともかく詳しい話を聞きたいし、みんなソファに座ろう」


 困り顔の兄様の提案により、立ったままだった私たちはいそいそとソファに腰掛けた。そしてなぜか私の隣にエドワード殿下が座る。ひぃ、緊張するのですが…。


「ごほん、えー、それで…どうして娘を婚約者にとお考えで…?」


 一番落ち着きがないお父様が、ウズウズした様子でエドワード殿下に問いかけた。殿下はにこやかな笑みを崩さずに答えた。


「僕はマリリン嬢の手腕に惚れたんだ。聞いたよ?昨日のパーティの諸々の手配をしたのは君なんだって?物凄い盛況だったね。僕も随分と楽しませてもらったよ」

「…殿下にそう言って頂けて光栄でございます」

「実は、僕は以前からマリリン嬢のことが気になっていたんだ。立場上、社交会にはよく呼ばれるからね。君はいつも壁際に佇んでいて物静かだったけど、その目は獲物を狩る獣のように煌めいていて、この子は一体何者なんだと気になり始めたんだ」

「…」


 なんということだ。恥ずかしすぎる。

 え?私ってそんなにすごい顔していたのかしら?


 チラッと兄様に視線で問うと、兄様は深く頷いた。


 知っていたなら教えてくれればいいのに…!


「まあ、それだけじゃないんだけどね。マリウスには話しているんだけど、僕は人より随分と『耳がいい』んだよ。パーティ会場内の話は全部耳に入ってくると言ってもいいくらいに。ふふっ、上辺ばかりの浅い会話の中で、君がブツブツ溢す独り言は異質で興味深いものだった。その内容から君がモントワール商会のキーマンであることは薄々察していたんだ。この子は只者ではない、とね」


 やだ!独り言まで聞かれていたなんて!

 私は思わず両手で顔を覆ってしまう。


「決め手は昨日の一言。君は僕の外見ではなく、心が美しいと言ってくれた。人目を引く外見をしている自覚はあるが、外側だけで僕に近付いてくるご令嬢ばかりで正直うんざりしてたんだ。僕の人となりを見ているわけじゃない、この母親譲りの美貌と王子という肩書きにみんな近づいてくるんだ、ってね。でも君はそんな人達とは違う、そう思ったんだ。商会を支える手腕もあるし、陰口を言われても動じない凛とした強さと信念を持っている。そういうわけで、俄然君に興味が湧いたというわけさ」


 真っ直ぐに気持ちを伝えてくれるエドワード殿下。そのお言葉は素直に嬉しい。もちろん一国民として殿下のことは心から尊敬している。だけど…


「殿下、お気持ちは大変ありがたく、身に余る思いでございます。ですが、私は目立たず静かに我が商会のために動きたいのです。もし殿下の婚約者となれば、自ずと注目の的となり、私は今までのように生きることはできないでしょう。……その、このお話をお断りするのは、不敬に当たりますでしょうか?」


 おずおずとそう答えると、お父様は顔を真っ青にし、兄様はやっぱりかとため息をつき、エドワード殿下は…変わらずに爽やかな笑みを浮かべていた。


「うん、君ならそう言うんじゃないかと思っていたよ。返事はすぐにとは言わない。実は、今日はもう一つ大事な話があって来たんだ」


 依然として楽しそうに目を細めるエドワード殿下は、一枚の紙を取り出した。目で内容を確かめるように促され、恐る恐るその紙を手に取る。


「…これは!」


 サッと内容に目を通した私の目は、エドワード殿下の言葉を借りるならば、獲物を狩る獣のように煌めいたことだろう。

 私はお父様に素早く紙を手渡し、中身に目を通したお父様も驚き目を見開いている。だが、その目の奥には商売人のギラギラした鋭い光が宿っていた。


「…へぇ、エドワードの誕生パーティの装飾から食事の手配まで、モントワール商会…いや、マリリンに一任するという依頼書か」


 お父様の手からひょいと紙を奪い取って目を通した兄様がニヤリと口の端を上げた。お父様も兄様も、殿下がいらっしゃるというのになんて悪いお顔を…私も人のことは言えないのでしょうが。


「ああ、二ヶ月後に王城で僕の二十歳の誕生日を祝うパーティが開かれるんだ。是非ともその全ての手配を君に任せたい。頼めるかい?」

「もちろんですわ!やらせてください!」


 私は頭で考える前に殿下のお話に飛びついてしまった。でも仕方がないと思う。だってこんなに大きなお仕事に関われるなんて!モントワール商会の力を総動員して素敵なパーティにしてみせるわ!


「あはは、君ならそう言ってくれると思ったよ。本当はそのパーティで僕のパートナーも務めてくれると嬉しいんだけど…これから二ヶ月間、準備で色々と顔を合わせるだろうし、その中で少しずつ僕のことを知ってほしい」

「っ、で、殿下…」


 曇りのない真っ直ぐな瞳に見据えられ、頬が染まらない女の子なんてきっといない。だから私が今赤い顔をしているのも他意はないし仕方がないこと。


「ああ、今まで誕生パーティは煩わしいばかりだったけど、今回ばかりは本当に楽しみだ。よろしくね、マリリン嬢」

「…よ、よろしくお願いいたします」


 台風のようにやってきたエドワード殿下は、書類にしたためた私のサインを確かめると、満足げに外で控える従者を引き連れて帰って行った。


 こうして誕生パーティに向けた準備の日々が始まったのだ。




◇◇◇


 そして三日後、早速エドワード殿下は私を訪ねてきた。ちょうど会場となる王城の大広間の広さや過去のパーティでのレイアウトなどを確かめていたところだったので、応接室にお通しした。


「殿下、わざわざ我が家までご足労いただくのは申し訳がございません。今後は私が登城いたしますので、打ち合わせができるように会議室などをお貸しいただけないでしょうか?」

「そんなこと気にしなくてもいいのに。僕は城の外に出るのが好きなんだ。君が暮らしている場所がどんな場所なのか詳しく知りたいしね」

「はぁ、しかし…」

「当日が近づけば城での仕事も自ずと増えるだろう?マリリン嬢が気にするなら、打ち合わせ段階は城とモントワール伯爵家を交互に行き来するというのはどうだろうか。入城の手続きは既に手配しているから安心してくれ」

「そう、ですね…承知いたしました」


 王子に家まで来てもらうのは恐れ多すぎるのだが、先日と今日と僅かな時間であるが、エドワード殿下は一度言ったことは簡単に取り下げないお方だということはよーく分かったため、提案内容に頷いた。それにしても護衛を数人しか引き連れずに随分と不用心ではなかろうか。我が家の使用人はみんな腕が立つため、万一不審者が侵入するようなことがあっても簡単に取り押さえることができるし、殿下の身を守る自信はあるが、随分と自由なお方だ。


「そうだ、僕のことは気軽にエドワードと呼んでくれないか?」

「そっ、そのようなことはできかねます!」

「僕がいいと言っているんだから、お願い。ね?」

「うぅ…え、エドワード様?」


 そんな捨てられた子猫のような切ない目で見られては…頷くしかなかろう。私はじわじわ頬が火照るのを感じながら、小さな声でお名前を呼んだ。

 すると、エドワード様はパァッと花が綻ぶような美しい笑みを浮かべられた。殺傷力が高すぎる。ミーハーなご令嬢方であれば卒倒間違いなしだ。

 と、とにかく、私は任された仕事を全うせねばならない。ごほん、と咳をして私は仕事モードに頭と表情を切り替えた。この方はご依頼主でありお客様。そう、それだけ。


「まずは当日のテーブルのレイアウトですが、中央はダンスができるように広くスペースを確保し、周囲を囲うように丸テーブルをいくつか設置するレイアウトでよろしいでしょうか?」

「ああ、そうだね。それが一番歓談もしやすいだろうしね。異論はない」

「かしこまりました。装飾するにあたり、ご希望のお色味などはございますか?」

「一応僕の誕生パーティだし、この髪や瞳の色に近い方がいいかな」

「では青を基調に取り揃えましょう。装飾品については、最近国交を樹立した北のモンテ小国の名産品であるガラス細工を使用しようかと考えております。新たな友好国として来賓の皆様に認知いただくことも叶いますし、何よりあの国のガラス細工は大変美しいです。会場を上品に彩ってくれること間違いございません」

「それはいい、是非そうしてくれ。…それにしてももうモンテ小国にツテがあるのかい?驚いたな」

「ふふふ、国交樹立前から我が商会とモンテ小国は取引がございましたから。王城でのパーティに使用すると伝えれば、腕によりをかけた素晴らしい作品を用立ててくれるでしょう」

「それは楽しみだ」


 その後も私たちは会場の装飾についてみっちり話し込んだ。エドワード様は、商売の話となり少々前のめりな私に嫌な顔ひとつせず、とても楽しそうにしていらした。私もつい楽しくて夢中で話し込んでしまった。エドワード様はとっても聞き上手らしい。




◇◇◇


 それから一週間後、私は王城の厨房にお邪魔していた。


 エドワード様が私のことは既に周知してくださっていたらしく、王城務めの皆様には快く受け入れていただいた。


「マリリン嬢の声がすると思って来てみれば。約束の時間はまだだよね?」

「エドワード様!いえ、少しこちらの厨房に用がありまして。ちょうど料理長様とのお話が終わったところです」


 なんと、私の声を聞きつけてこちらにいらしたらしい。『耳がいい』と言っていたのは本当のようだ。


 私は料理長様に異国の珍しい食材にレシピを提示して、万人に受けるようにどうアレンジを加えるか、料理のラインナップはどうするかなど色々なことを話し合っていた。料理長様はエドワード様の誕生パーティに向けて気合十分で、非常に積極的に意見を出してくれた。


「そうだったんだ。料理の準備はもっと後にするものだと思っていたよ」

「とんでもないことでございます!食材の調達は私どもで行いますが、王城でのパーティの料理はこちらの皆様に作っていただきませんと。直前に申し入れるのは失礼ですし、試作のためにも早いに越したことはないのです」


 料理の手配をすると言っても、実際に調理するのは王城のシェフたちだ。お城で出す料理は何よりもまず安全でなければならない。外部のシェフを入れるわけにもいかない。料理の内容や食材の手配はモントワール商会が請け負うとしても、それらを活かしてくれるのはここのシェフ。お城の料理を任されたプロ。私は彼らに敬意を持ってご依頼に来たというわけだ。


「そうか、なるほどね。ところでその格好は?」

「ああ…こちらは…」


 エドワード様はまじまじと私の服装を観察していらっしゃる。それもそのはず、私は今王城のメイド服を身に纏っている。言うまでもないが、この服も我が商会が王城に卸しているものなので手に入れるのは容易い。

 王城に出入りするとなるとどうしても人目についてしまう。パーティ準備のためとはいえ、エドワード様と何度もお会いすることになる。私たちが一緒にいるのを見た人がどんな噂を流すか分かったもんじゃない。だから私は王城に最も溶け込むことができる服装で訪れたというわけだ。


「ふふ、いかがでしょうか?」


 普段袖を通さないメイド服に気が大きくなっていた私は、スカートの裾を摘んでひらりと一回転してみせる。


「…すっごく可愛い。僕の専属メイドとして連れて帰りたいぐらい可愛い」

「〜っ!ご、ご冗談を…」


 だが、エドワード様の返り討ちにあい、私は顔を真っ赤にして俯いてしまった。




◇◇◇


 料理の打ち合わせの後、エドワード様と共に会議室へと移動した。今日は元々会場に飾る花の打ち合わせを予定していたのだ。私はカタログとともにいくつかのサンプルをテーブルの上に並べた。折角なので極力エドワード様のお好きな花をふんだんに使おうと考えている。


「エドワード様はお好きな花はございますか?」

「そうだな…僕が好きなのは、かすみ草かな」


 かすみ草。主役の魅力を際立たせる愛らしく健気な花。

 第二王子としてのご自身を投影されているのかしら…


 私もかすみ草は大好きなのでその旨をお伝えすると、エドワード様は嬉しそうに目を細めて、見本に用意していた青い薔薇の花を一輪手に取り私の髪に差した。


「うん、よく似合ってる。マリリン嬢は整った顔立ちをしてるのに、わざと地味な化粧をしてるよね?」

「目立ちたくありませんから」

「ねぇ、目一杯おしゃれをして君を小馬鹿にする人達を驚かせてみない?僕の誕生パーティでさ、僕のパートナーとして」

「…目立ちたくありませんから」

「残念。気が変わったら教えてね」


 エドワード様は、引くところは引いてくれる。私が困っているのを感じ取っているのだろう。あるいは今の状況を楽しんでいるのかもしれないが。


 私は話題を変えるべく、ずっと気になっていたことを尋ねてみた。


「エドワード様は『耳がいい』と仰っておりましたが…どれ程のものなのでしょう?」

「うーんそうだなぁ…やって見せた方が早いかも。ちょっと窓際のカーテンに隠れて小声で何か言ってみてくれる?」

「はい」


 私は椅子から立ち上がると、大きな窓に歩み寄り、美しいレース地のカーテンの影に隠れた。片側は日差しを取り入れるためにカーテンが開けられており、よく磨かれた窓ガラスに小さくエドワード様が映っていた。光を浴びてキラキラと特徴的な銀髪が輝いており、何とも神々しい。

 私は窓に向かって、できうる限りの小さな声で呟いた。


「エドワード様は本当に…神様みたい」

「ははっ、僕は神なんかじゃないよ。一人の女の子の気を引こうと頑張るただの男だよ」

「す、すごい…聞こえていたのですね…」

「どう?これで少しは分かってもらえたかな?」


 会議室とはいえ、王城の一室だ。中央に置かれたテーブルと椅子から窓際まで数メートルは離れている。声になるかならないかというほど小さく発した言葉であったが、エドワード様の耳にはしっかりと届いていたらしい。私は驚きを隠せぬままエドワード様のお隣へと戻った。


「羨ましいです。その聴力があれば私はもっと色々な情報を聞き取ることができるでしょうに…」

「ふふ、そうだね。情報収集にはもってこいだ」

「ですが……エドワード様のお耳は、聞きたくないことまで拾ってしまうのでしょうね。今までお辛い思いもされてきたのでしょう?」


 思わず発してしまった私の言葉に、エドワード様は静かに目を見開いた。


「君は本当に…はぁ、そうだね。僕の耳は聞きたくないことまで聞き取ってしまう。無意識に溢した言葉にはその人の真意が漏れ出るんだよ。どんな人にも仄暗い感情はあるものだ。それを全て受け止めてしまうと心が持たなくなってしまう。何より、内心どう思っているのかって相手に対して疑い深くなってしまうことが罪悪感を生み、心を苛む」

「エドワード様…」


 なんと言葉をかければいいのか。いつも明るくどんな人にも分け隔てなく接するエドワード様。その笑顔の下に多くの葛藤や傷を抱えていただなんて。


 上辺だけの言葉が意味をなさないことはよく分かっているつもりだ。私は何も言えずに、ただエドワード様の少し震える手に自らの手をそっと添えることしかできなかった。そんな私に、エドワード様は優しい笑みを向けてくださる。


「…だが、マリリン嬢、君は違った。君が漏らす言葉に表裏はない。そう、人には少なからず表裏があるが、君からはそれを感じない。僕はきっと君のそんなところに惹かれたんだ」

「…買い被りすぎです」

「そんなことはない。君と会話を交わすようになってまだ日は浅いが、君との時間はとても楽しい。飾らなくていいし、警戒もしなくていい。心が楽なんだ。願わくば、ずっと一緒にいたい。会うたびに君への気持ちは膨らむばかりだ」


 エドワード様の手に添えていた私の手は、いつの間にかギュッと強く握りしめられていた。いつにない真剣な眼差しで、どうしても私の心拍数は上がってしまう。


 私は、商会の仕事が好きだ。優しい家族と共に、時に悪い笑みを浮かべながら今の生活を続けたい。エドワード様に好意を寄せていただけるのは本当に幸せなことだ。でも…


「君はどうしてそこまでして商会の仕事に携わるんだい?」


 私の心の内を覗いたかのように、エドワード様が問いかけてきた。


「…その答えは簡単です。単に楽しいからですわ。ふとした会話から商売の種を見出し、自ら手配した品物がお客様に喜んでいただける。…ふふ、そうですね。私はきっとお客様の驚く顔や喜ぶ顔が見たいのです。自分の目で。お客様の反応が私の心を満たすのです。…だから私は周りに何を言われようとも社交界に通うのでしょうね」



 ―――そうだ。私はお客様の笑顔や楽しげな表情を見るのが好きなのだ。だから今の生き方をやめるつもりはない。



「そう、それは素敵だね。ああ、やっぱり君は魅力的な女性だな。ところで僕の奥さんになる決心はついたかい?」

「そっ、それは…」

「あはは、君は困り顔も可愛くてずっと見ていられるね」

「っ!!」


 真剣な表情から一転して、おどけて見せるエドワード様。やっぱり引くところは引いてくれるのだが、本当にエドワード様には翻弄させられっぱなしだ。仕事に集中しなくては気持ちが揺れてしまいそうになる。気を引き締めないと簡単に絆されてしまいそうだ。




◇◇◇


 それからも定期的に王城、あるいはモントワール家で打ち合わせを重ねた。会場のレイアウト、花やガラス細工といった装飾品、当日のお召し物、料理にお酒などなど、順調に手配は進んでいる。


 エドワード様はお仕事の合間を縫って、必ずご自身で私と打ち合わせをする時間を作ってくれる。私とは比べ物にならないほどお忙しいだろうに…マリウス兄様に聞いたところ、慈善事業にも休まず取り組まれているらしい。


 準備の日々は本当に楽しい。準備の全てを任せてもらっており、必ず素敵なパーティを演出してみせると息巻く私をお父様も兄様も陰でしっかりと支えてくれている。


 私とエドワード様の関係も相変わらずだ。エドワード様は会う度に、もはや挨拶のように口説き文句を口にする。


 エドワード様は知れば知るほど素敵な殿方だ。

 いつの間にか、エドワード様と会える日を心待ちにしている自分がいることには…気付かないふりをした。一方で、誕生パーティの当日が近付いているということは、この素晴らしい日々の終わりが近付いているということ。そのことも考えないようにして、私は日々の仕事に没頭した。



 そして、誕生パーティを二週間後に控えたある日、私は侯爵家主催のパーティに出席していた。

 エドワード様の誕生パーティの準備期間中であるが、本業の社交界でのリサーチも怠ってはいけない。いつどこに商売の種が転がっているか分からないからだ。

 いつものように壁際にひっそりと佇んで周囲を観察する。


「エドワード様もいらしているのかしら…」


 ぼんやりしながら辺りを見回す。そしてハッとして慌てて頭を左右に振った。何を考えているの!リサーチリサーチ!


 雑念を祓い、静かにご令嬢方の輪に近づく。輪の中心はカリーナ・リュクス伯爵令嬢らしい。金遣いが豪快でとっても良いお客様だ。いつもご贔屓にしてくださり、ありがとうございます。


「まあ!カリーナ様、そのアクセサリー素敵ですわ!淡いブルーから深みのあるブルーまで、コントラストが美しいわぁ」

「おほほ、そうでしょう?宝石商に特別に作らせたのよ。もうすぐエドワード殿下の誕生パーティがあるでしょう?」


 ゴフッ


 私は思わず口にしていたシャンパンを吹き出しかけた。エドワード様の瞳の色のアクセサリーを着ける、その意味が分からないわけではない。

 確かカリーナ伯爵令嬢は、エドワード様に熱を上げるご令嬢の一人だったはず。エドワード様のこととなると周りが見えなくなり、少々傲慢で暴走気味なところがあるようだ。


「まあっ、確かにエドワード殿下の瞳の色にそっくりですわね〜まさか、カリーナ様…」

「うふふ、今青いドレスも作らせているところよ。エドワード殿下の隣に立つのは私よ!」


 おーっほっほと腰と口元に手を当てて高笑いをするカリーナ様に、まあ!と取り巻きのご令嬢達はうっとり頬を染めている。


「どうやってお隣に立つつもりか分からないけど、一応気を付けておいた方がよさそうね」


 私はカリーナ様の名前を心の中の要注意人物リストにしっかりと書き留めた。


 警戒しつつ、そっとその場を離れて他の集団に近付く。先日手配したリーナ様のお茶会の話題だ。東の国の工芸茶と茶菓子はずいぶんと評判らしく、商会を通じて注文が殺到していた。私はニマニマと緩む口元を扇で隠しながら、その後もいくつかの集団に近付いて行った。






「そういえば、最近エドワード殿下がお忍びでよくどなたかのお屋敷に足を運んでいるようですわね。ご存じですか?」

「なっ、なんですって!?どこのどいつよ!」

「わ、分かりませんが…兄が王城でお勤めをしているのですが、お城にも度々どなたかがメイドに扮してエドワード殿下を訪ねていらっしゃるようで…」


 カリーナ伯爵令嬢は爪を噛みながら顔を真っ赤にした。


「〜〜〜っ!どこの馬の骨かは知りませんが、エドワード殿下に色目を使う女がいるのなら…ふふ、排除しなくてはなりませんね。わたくしの情報網をフル活用して必ず阻止してみせますわ…!おーっほっほっほ!!」


 私が離れた後、カリーナ様と取り巻きが物騒な話をしている頃にはすっかり会場の反対側まで来てしまっており、唯一その高笑いだけが耳に届いたのだった。






◇◇◇


「おかしい」


 パーティから三日後、私は手配状況の確認のため、自室で書類の山と向き合っていた。既に必要な品は全て注文が済んでおり、誕生パーティの一週間前までには揃い、一気に会場の飾り付けを行う予定だったのだが…


「予定より随分と到着が遅れているわね」


 モンテ小国のガラス細工の到着がまだなのだ。当日の装飾のメインであるため真っ先に手配をし、先日全て完成し出荷したと連絡が入っていた。間もなく王都に届くはずなのだが…


「何かあったのかしら?」


 うーんと顎に手を当てて思案をしていると、コンコンっとドアをノックする音がした。


「マリリンお嬢様」

「あら、セバスチャン。どうかした?」

「お嬢様にお客様です」

「分かったわ、通して」


 セバスチャンに案内されて私の部屋に入って来た人達を見て、私の目は鋭く眇められた。






◇◇◇


 そして訪れたエドワード様のパーティ当日。


 シャンデリアに淡い水色のガラスの玉飾りをいくつも吊るしていることで、ほのかに会場が青みを帯びている。キラキラ反射する光は水面のように美しく、湖畔や海辺を想起させる。

 窓に嵌め込むようにステンドグラスが取り付けられており、会場の雰囲気をよりロマンチックに演出している。


 各テーブルには青い薔薇とかすみ草がガラスでできた花瓶に美しく飾り付けられている。テーブルごとに王国と国交を結ぶあらゆる国の料理が提供され、それに合わせたお酒や果実水も用意されている。


「まぁ…なんだか幻想的な雰囲気ですわね…美しくて見惚れてしまうわ」

「会場の装飾も料理も何もかも、これほどに素晴らしいパーティは初めてだ」


 第二王子の誕生を祝う場として申し分がないほどの装いに、参列客は皆感嘆の声を上げていた。あちこち料理や装飾についての話題で持ち切りだ。



「な、ななな何なのこれは…!どうして…!」


(エドワード様に近付くのがモントワール伯爵家のあの地味女だって分かった時は腑が煮え繰り返る思いだったけど…無事に妨害ができたようね。ああ、あの女はこの事態にどう対処したのかしら。うふふ、あとはこの私がエドワード殿下に見初めていただくだけ)


 カリーナ伯爵令嬢がそう思って会場に入ったのがほんの数分前。期待に反してパーティ会場は今まで見たこともないほど幻想的で素晴らしかった。思わず言葉を失い、見入ってしまうほどに。


(くっ…あの女が仕事もできない女だと幻滅されるように、何人もの商人にお金を握らせて手配された荷物が届かないようにしろと言ったのに…!どうして…!)


「あら、カリーナ様。ご機嫌麗しゅう」

「なっ…あんたは…!」


 私は入り口付近で呆然と立ちすくむカリーナ様に話しかけた。


 今日の私は髪を編み上げてカチューシャのように結い上げ、いつもの地味な化粧ではなく、この場に相応しい上品かつ華やかな化粧を施していた。淡い水色のドレスは縦糸に銀の糸が用いられており、動く度にキラキラと上品に光を放つ。エドワード様の髪が想起されるドレスだ。


「なっ、なな…」


 カリーナ様はプルプル震えながら、悔しそうに歯を食いしばっている。


「ふふふ、下卑た賄賂で我が商会お抱えの商人達が寝返るとでも思いましたか?商人を舐められては困ります。私たちは固い信頼関係で結ばれているのです。そう、商売に大切なのは『信頼』と『情報』。あなたが接触した商人達はみんな私のところに報告に来てくれましたよ。お陰様で迅速に対処することが叶いました」

「ぐ…あの役立たずども…!」

「商人は他人を貶めるための道具ではありません。お客様の喜びのため身を粉にして働いています。四方八方を走り回り、交渉や仕入をし、そんな彼らがいることであなた達の衣食住は支えられているのです。そんなことも分からないだなんて、一から教育を受け直しされてはいかがでしょうか?」

「〜っ!!!!」


 醜く顔を歪めて地団駄を踏むカリーナ様。何も言い返すことができないのかギリギリと歯が擦れる音がする。


「ああ、お預かりしていた賄賂は先程事情を説明した上であなたのお父様にお返ししておきました。ふふっ、知らなかったのですか?伯爵様は我が商会に大きな恩があるのですよ?真っ青な顔をしてあなたを探していらしたわ」

「あ…」


 私の言葉の意味が理解できないほど馬鹿ではないらしい。真っ赤だった顔はサッと青くなり、途端に目が泳ぎ始めた。


「やあ、マリリン嬢」

「エドワード様」

「で、殿下っ…!」


 その時、本日の主役であるエドワード様が現れた。ピシッと髪を撫でつけて華やかな礼服に袖を通している。試着の時に拝見しているが、会場の雰囲気も相まって一層輝いて見える。エドワード様に気付いた周囲のご令嬢方の目がハートになっている。


 そんな視線を気にする様子もなく、エドワード様は私に微笑みかけた後、厳しい表情でカリーナ様に向き合った。


「リュクス伯爵令嬢。あなたのご友人が兄君と共に僕の周りを嗅ぎ回っていることにはすぐに気付いたよ。君達の悪巧みはしっかりと()()()()()()()()()

「そ、そんな…私は…ただエドワード殿下と…」

「名前を呼ぶ許可を出した覚えはない。よくもそんなつまらない理由で僕のパーティを台無しにしようとしてくれたね?まあ、そんなことよりも僕の大切な人を貶めようとした方が許せないんだが……追って沙汰を出す。今日は大人しく家に帰るといい」


 エドワード様に一蹴され、カリーナ様は項垂れながらパーティ会場を後にした。


「さて、マリリン嬢。行こうか」

「はい。エドワード様」


 カリーナ様が去ったことを確認すると、エドワード様は蕩けるような笑みを私に向け、胸に手を当てて恭しくお辞儀をした。そして差し出された手に、私はそっと自分の手を重ねた。


 エドワード様にエスコートされながら私たちは会場の中心へと向かう。参列者はみんなエドワード様の隣に立つのは誰かと話しているようだ。


「みんな君に見惚れているね」

「違いますよ。エドワード様に見惚れているのです」

「いや、僕の耳には君の話題ばかり入ってきているよ」

「…さようですか」


 チラリと見上げたエドワード様は嬉しそうに頬を上気させている。


 間もなく会場の中心に到着し、エドワード様は会場を見回した。


「本日は私の誕生パーティのため、遠路はるばるご列席賜り誠にありがとうございます。本日の会場の装飾から料理、飲み物に至るまで全てこちらのマリリン・モントワール嬢が手配をしてくれた。自信を持って最高の誕生パーティになると宣言する。存分に楽しんでくれたまえ」


 エドワード様の凛とした声が会場に響き、一呼吸遅れて会場中から、わぁっと歓声が上がった。エドワード様を祝う声と拍手が会場中に鳴り響く。


「嘘…あの『壁の花』が?」「美しい…彼女は本当はあんなに美しかったのか」「この会場の手配をマリリン様が…?」「是非今度の我が家のパーティもプロデュースしてもらいたい!」


 祝いの声に混ざってそんな声も聞こえてきた。少し気恥ずかしいが悪い気はしない。エドワード様の隣に立つのだ。精一杯飾り立てた甲斐があった。


「それにしても、まさか君が僕のパートナーを引き受けてくれるなんて思いもよらなかったよ」


 エドワード様は、しばらく来賓の挨拶対応に追われていたが、落ち着いた頃合いを見計らい私の側に来てくれた。

 私は私で、是非パーティや茶会のプロデュースをして欲しい、調度品を一新しようと考えているが商品を紹介してもらいたい、この料理はどこで食べられるのかなどなど様々な繋がりを得て満足していた。


「そうですか?…ふふ、考え直したのです。エドワード様の誕生パーティには国内外の重鎮がたくさんご列席されます。我が商会と取引のない方もまだまだいらっしゃいますわ。この場の宣伝効果は凄まじいものになるでしょう。手配を請け負ったのがモントワール商会であるとご理解いただくためにも私が表に立つのが最適だと判断したのです」

「ははっ、君らしいね。…そうだ、言い忘れていたけど、今日の君は見惚れるほど綺麗だ。普段の君も愛らしくて素敵だけど。贈ったドレスが無駄にならなくて安心したよ」

「ありがとうございます。エドワード様も素敵ですわ」

「ありがとう」


 エドワード様がウェイターから白ワインを受け取り、私に手渡してくれる。二人で料理が並ぶテーブルへ行き、今日のために王城のシェフ達が腕によりをかけてくれた料理を堪能する。

 そして一息つくためにバルコニーに出て夜風にあたった。

 会場からはガヤガヤと賑やかな声が響いてくる。みんなとても楽しんでくれているようで何よりだ。


「ねぇ、前から思ってたんだけど、僕の耳と君の商売魂はとても相性がいいと思うんだが」

「ふふっ、そうですわね」


 それは私も思っていたことだ。

 今回のカリーナ様の企ては、私の元に駆けつけてくれた商人達と、王城での怪しい話を聞きつけたエドワード様により未然に防ぐことができた。

 こうした社交の場でもエドワード様が聞きつけたことを私に教えてくれれば、そこから新たな商売が生まれうる。


「それで、そろそろ僕の奥さんになる決心はついたのかな?」

「ええ、そうですね」

「ははっ、そうだよね。まあ気長に口説き落とすとするよ……え?今なんて?」

「なんでもありませんわ」

「いやいやいやいや!え、ちょっと待って…あー…」


 目を白黒させて慌てるエドワード様が可愛らしい。いつも翻弄されるのは私ばかりだったから、少し意趣返しができたようで満足だ。


「エドワード様、心よりお慕いしております」


 信じられないというように私を見つめるエドワード様に微笑み返し、私は心からの言葉を送った。

 エドワード様は深いため息を吐くと、熱を帯びた瞳で真っ直ぐに私を見つめてくれる。


「はぁ…最高の誕生日だよ。マリリン、必ず君を幸せにすると誓おう」

「よろしくお願いします」


 差し出された手に、そっと手を重ねる。エドワード様の顔が赤い。


「あーー…最後の切り札にと取っておいたんだが、僕はいずれ公爵位を賜って王城を出るつもりなんだ。だから、例えば君が筆頭となり新しく商会を立ち上げる、なんてこともできると思うんだ」

「…それは魅力的すぎるお話ですわ」


 でも、そんな条件がなくても私はエドワード様の手を取った。この二ヶ月共に過ごすうちにゆっくりと育まれた温かな気持ち。『壁の花』として商売に携わってきたけれど、どんな形であれ商売は続けることができる。

 大切なのは『信頼』と『情報』。私がこれまで築いてきた信頼関係はこれからも根強く私を支えてくれることだろう。

 私は、真っ直ぐに私を愛して敬ってくれるこの素敵な王子様と未来を紡いでいきたい。彼とならきっと、今まで以上に楽しくて素敵な毎日が過ごせることだろう。





 その後、商会の仕事を妨害しようとした罰で、カリーナ様はしばらくの謹慎を言いつけられたらしい。ましてや王族からの仕事を請け負っていた私への妨害は、回り回って王族に害を及ぼすもの。そこまで気が回っていなかったらしいカリーナ様は顔を真っ青にして大人しく謹慎しているらしい。何でもお父上の伯爵様がひどくご立腹で、カリーナ様は辺境の地へと嫁がれることになったようだ。キツくお灸をすえられて、今後は血迷ったことをしないように祈る。


 ちなみに、罰が謹慎のみで済んだのは、私がエドワード様に嘆願したからだ。エドワード様は「そんな軽い罰でいいの?」と何度も確認されたが、「ええ、だってカリーナ様も我が商会の大事なお得意様ですもの。うふふ、実は伯爵様が今後全ての取引は我が商会を介して行なってくれると言うのです。しっかりと稼がせていただきますわ」とお答えすると、驚いたように目を見開いた後、大笑いをされてしまった。




 ―――数年後、モントワール商会と肩を並べる勢力が台頭することになる。その商会の名前はマリリン商会。とある公爵家の奥方が商会長を務める女性ならではの視点が光る商会である。

 奥方は目立たぬように変装して、今でもパーティで商売の種を拾い集めては綺麗な花を咲かせているらしい。

見つけていただき、そして最後まで読んでくださりありがとうございました!

もしよろしければ☆☆☆☆☆をポチッと押して応援いただけましたら次作の励みになります(*^o^*)

ブクマやいいねも嬉しいです〜!

誤字脱字報告ありがとうございます…!


10/17にこちらも更新しました!

併せてよろしくお願いします。

「精霊に愛されし侯爵令嬢が、王太子殿下と婚約解消に至るまで〜私の婚約者には想い人がいた〜」

https://ncode.syosetu.com/n8800hw/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ