16.自覚
少しずつ意識がはっきりとして、目を開けた。
そこには心配そうな顔で医術師が俺を覗き込んでいる。
「シャルル様!意識が戻りましたか!」
起き上がろうとすると医術師が背中を支えて起こしてくれる。
俺の部屋の寝台に寝かされていたようだ。
荒々しくドアが開いたと思ったら、父上が飛び込んでくる。
「シャルル!大丈夫か!」
「父上…ええ、大丈夫です。」
倒れた理由も今ならよくわかる。
数年前に仕込まれたミラージュの術が解放されたのだろう。
記憶もすべて戻り、意識もはっきりしている。
二十四歳の自分に戻っていた。
「そうか…ところで、シャルル。
倒れる前のことは覚えているか?
お前、子爵令嬢の一人を気に入ったんじゃないのか?
あの令嬢を呼ぼうと思うのだが、いいだろう?」
「いいえ。それはやめてください。」
「は?気に入ったんじゃないのか?」
「いくらなんでも十二、三歳の令嬢じゃ合いませんよ。
俺はもう二十四ですよ。
結婚するまで何年待つことになるんですか。」
「はぁ!?シャルル!お前、記憶が戻ったのか?」
「戻りましたよ…もう大丈夫です。
結婚相手は夜会で探してきます。
もう下位貴族を無理に教育させようだなんて思いません。
高位貴族の適齢期の令嬢から探してきますよ。」
「…あぁ、そうか。」
父上は信じられないといった顔でフラフラと部屋から出て行った。
今までの苦労は何だったんだとでも思っているんだろう。
俺だって、今こうして記憶が戻らなかったら、
また同じ過ちを繰り返していただろう。
ローズマリーもさっきの子爵令嬢も、
あの笑顔の良さというものは高位貴族にはないものだ。
だからと言って、公爵家に嫁いでくるにはそのままでいることは許されない。
淑女教育を受けるうちに型にはめられ、素朴なものは消えてしまうだろう。
そうしたら、俺が好きだったものも消えてしまう。
だとしたら、わざわざ苦労させてまで嫁がせる必要があるのか?
それに苦労して淑女教育を受けたとしても、
本人が下位貴族出身ということは変わらない。
俺の妻として表向きは受け入れられるだろうが、陰では一生悪く言われることになる。
少しでもおかしなことをすれば出身が悪いと責められることになる。
間違えることが許されない、堅苦しい生活を送らせることになる。
俺は公爵家としての家格の違いというものをよくわかっていなかった。
それを理解したのは、ローズマリーの遺書を読んだ時だった。
公爵家と子爵家の家格の差が、
命をかけなければならないほど違うとは思っていなかった。
もう二度と、あのような悲劇は繰り返さない。
六年ぶりに夜会に出席するようになったシャルルは、
お茶会で評判を取り戻してたこともあり、比較的すんなりと受け入れられた。
一年ほどかけて高位貴族の令嬢たちと会った結果、侯爵家の二女と婚約する。
その一年後に結婚したが、浮気することなく最後まで妻に寄り添ったという。
それでも、最後の最後まで妻にも本音を言うことは無かったが、
心にはローズマリーという想い人が存在していた。
あの時、最初から素直になればよかったのに、と。




