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夢現の想恋歌~現代に転生した巫女姫と騎士が紡ぐは夢の恋物語~  作者: 桜羽 藍里
[ 番外編 ]

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05.迷う恋心と月の銀冠-後編-

 お母さんがお茶菓子と一緒に運んできてくれたお茶を飲んでいると、左手の指輪が目に入る。お盆を受け取るときに、お母さんが『あらあら』とにまにま笑っていたあたり、思ったよりも指輪というのは目立つらしい。渡されてまだ間もないのになぁと思いながら、銀の指輪に刻まれた三日月を眺めた。


 類はどちらかと言えば、きちっとしたものを好むイメージだったから、芸術的な感じの歪な三日月のデザインを選んだのは正直意外だ。何か理由があるのかと眺める中、三日月を見ていたら、最近何度か頭を過っている考えが顔を覗かせた。


 それを振り払おうと、ティーカップの中身を一気に呷って飲み干す。それでもこびり付いて離れなかったから、緩く首を振ったときだった。


「で、今度は何を考えてるんだ?」


 不意にかけられた声に顔を上げると、隣に座った類の瞳が真っ直ぐ私を見ていて、思わず身体が強張る。何もかも見透かしそうな緑の瞳を思わず避けたけど、それは悪手だったとすぐに気付いた。


 ワンチャン、まだ誤魔化せるかなと視線を戻してみたけれど、類の目はさっきよりも少しだけ鋭い。まるで一挙一動を見落とさないとばかりに、ジーッと見つめていて。前世でもたまーに、何故かやたらと鋭いときに見せていたのと同じ表情を見て『あ、これ無理だ』と誤魔化すのは早々に諦めた。


 じゃあ、簡単に口にできるかと言われると、それはまた別問題なんだけど。


 無言で『言わないとダメ?』と伺いを立ててみれば、『言って欲しい』と言わんばかりに眉根を寄せる彼に、思わず小さくため息をついた。


「これは本当にもしもの話だけど。記憶がないまま出会っても、類は莉音()を好きになってくれたのかなー、なんて……」

「……え?」


 できるだけ言葉を選んで告げたそれに、類は目を瞬かせたあと、訝しげな顔で黙り込む。表情は変わらないけど、何かいろいろ考え込んでいるらしい彼に、慌てて手を振りながら補足をした。


「その、ほら……最初の最初、私かなり失礼だったじゃない? 類はあの時点で記憶あったって言ってたけど、なかったらどうしてたのかなって思って」

「なるほど、そういう……」


 嘘ではない表向きの理由に、納得したように呟いた類は、腕を組んで宙を見上げるとおもむろに口を開いた。


「まず、一度引き受けたことだから、莉音がいいと言うなら家庭教師は続けただろうな。それで眠り病のことを聞いたら、どちらにしても同じことはしたと思う」

「記憶がなくても?」

「なくても、だ。多少熱の入り方は違っただろうけど、あのときだってまだ、絶対そうだって言い切れるほどの根拠や確信があったわけじゃないし」


 予想していなかった答えに思わず言葉を失う。それと同時に、陸先輩から聞いた類のファンクラブというものに参加している患者さんたちの気持ちがわかった気がした。今思い出してもかなりツンケンしていた私にすらそうなのだから、入院が必要なほど大変な人たちにどう接してるかは何となく想像できる。


 ただそれはそれとして、本題の言葉選びは変わらず難しくて、悩む私に類は続けた。


「そこから先は、莉音次第なとこもあるけど、記憶がなくても好きになった可能性は高い。むしろ、記憶ないままの方が案外拗れなかったかもな」


 柔らかい笑みで告げられた言葉に、少し頬が熱くなる。前世では、好きと言って貰えるのがただただ嬉しかったのに、どうして今世ではこうも気恥ずかしくなるのか。とりあえず、顔を熱を冷まそうと手で扇ぎながら、誤魔化し笑いを浮かべた。


「それ、月神さまが聞いたらショック受けそうだね」

「……かもな。理由は知らないけど、記憶が戻るように仕組んだのは月神で間違いなさそうだし」


 類はほとんど確信を持って言う。


 折りを見て陸先輩や咲良先輩も交えて話す中でわかったのは、私たちの事故があった日は重陽の節句――五節句の最後の縁起のいい日だったらしいこと。それらが月神さまにどう影響を与えるかはわからないけど、月巫女が生まれるのもスーパームーンの夜だったから、関連があってもおかしくないというのは聞いてる。そうでなくても、こんな奇跡を起こせるのは前世の世界では月神さまくらいだと、二人とも断言していた。


 だけど類が確信に近い何かを感じているのは、どちらかと言えば、私の精神世界の中で月神さまと行動を共にしてたからかもしれない。


 自分の精神世界とはいえ、夢の中で起きていたときのことは覚えていても、正直眠っている間のことは朧気だ。何となく覚えてるのは、凍えそうなくらい寒い暗闇の中で、類が抱きしめてくれて『莉音は莉音のままでいい』と言ってくれたことくらい。


 他に何があったのか気になるけど、類は『大したことはなかった』の一点張りで、朧気なこと以外結局わからないままで。類と月神さましか知らない秘密に、少しだけモヤッとしたときだった。


「ただ、眠り病がなかったら、オレが莉音の家庭教師になることもなかっただろうし。夢を見てなかったら、陸のことも何も気付かないままだっただろうな」


 告げられた彼の言葉に思わず目を見開けば、類は苦笑した。


「正直に言えば、記憶なんてなければ、と思ったことは何度かある。けど、例えあの日あの場所に導かれたのが月神の力によるものだったとしても、あの事故があったからオレは莉音と出逢えたし、陸のことも気付けた。だから今は、記憶が戻ってよかったと心から思ってる」


 それは今一番欲しくて、でも信じるのが怖い言葉でもあって、少し戯けて本当の理由を口にした。


「そう、思わされてる可能性もあるかもしれないよ? 私を好きになるように仕向けられてる可能性だって……」

「さすがにそれはないだろ」


 私の予想に反し、類は即座にばっさりと切って捨てる。思わず戸惑う私に、彼はまるで天気の話でもするかのように続けた。


「オレたちが出会うように、ある程度仕組んだところはあるんだろうし、()()なるのを月神は望んでたんだろうなとも思う。でも心をどうこうすることができるなら、家庭教師として初めて会ったとき……、何なら街中ですれ違ったときに一目惚れでもさせれば済む話だろ?」

「それは……そう、かも?」


 言われてみて考えれば、確かにそうだ。眠り病が落ち着いた今は元の生活リズムに戻してるけど、それでもコンビニやスーパーでばったり行き会うことがある。そのくらい、今の私たちの生活圏は被ってるから、私も類も異性に興味がなさすぎて気付かなかっただけで、すれ違ってても全然おかしくない。


 ようやく気付いたそれに驚く私に、類は少しだけ呆れ混じりのため息をついた。


「仮に好きになるように仕向けていたとしてもだ、そのためにはオレだけじゃなく、莉音だってそうならなきゃ成り立たないわけだけど。そんな人間があの塩対応するか?」

「……まぁ、それは、うん。その節は本当にごめんなさい」

「理由があったのも知ってるし気にしてない。ただ、それはそれとして、あれを初対面の人間相手にやるかはもう少し慎重にな?」


 もはや私にとって、今世一番の黒歴史を引き合いに出されて思わず謝れば、苦言を呈された。あれは初対面でやるには印象が最悪すぎるから、確かにそうかもと考え込んでいたら、類の口から大きなため息が洩れる。


「オレだからよかったようなものの、逆上して襲ってくるようなヤツだったら、二人きりの部屋で何されたかわかったもんじゃないだろ」


 そう言われて初めて、あの対応の危うさを理解したと同時に、それを想像して血の気が引く。思わず自分の腕をさすれば、落ち着けとばかりに、暖かい大きな手に頭をポンと優しく撫でられた。


「あくまで可能性の話だし、今後気をつけてくれたら十分だから、それはともかくとして、だ。きっかけはどうあれ、莉音の想いもオレの想いも、オレたち自身のものだと思う」


 実はまだ怒ってた可能性も考えていたけど、本当にただ心配だっただけらしい彼が続けた言葉に目を見開いた。


 本当に不安でぐるぐるしていたそれを口にすることだけは避けてたのに、どうして本当にほしい言葉をこの人はくれるんだろう。ご褒美に強請ったあれそれをデートだと気付いてなかったり、私が好きな人を聞いたりした理由とかもさっぱりわかってなかったくらい、今世も普段はものすごく鈍いのに。


 どうしてこういうときばかり、類は余裕たっぷりなのかと、悔しさにも似た気持ちで見つめれば、苦笑が返される。その苦笑に少しだけ、ホッとしたような色が見えたことで、やっと彼が余裕そうに見える理由に気付いた。


「……もしかして、類も考えたりした?」

「落ち着いて冷静になったときに一度は、な。莉音が先に退院したあとは、授業のノートを写す以外、暇をもて余してたし。人間、暇を持て余すと考えなくてもいいことを考えるものなんだろうな」

「そっか……」


 一度は考えたというけど、どんな気持ちで類は隣にいてくれたんだろう。私が暢気に笑っていたときに、悩んでいたのだとしたら……と沈みそうになったときだった。


「莉音は初対面のときのあれを黒歴史とでも思ってるみたいだけど、あの塩対応のおかげでオレは早々に払拭できたから、助かったくらいだ」

「……ふっ、何それ」


 塩対応されることに惚れ込むようなドSの人だったらどうしようかと思ったことはあったけど、違う意味で感謝される日がくるとは思わなかった。思わず洩れた小さな笑いだったけど、『大真面目だ』とばかりに胸を張る類の姿に、それは止まらなくなって。気付けば、どうしてあんなに悩んでいたんだろうと思うくらい、気持ちはスッキリしていた。


 類の普段の鈍さには『気付いてよ!』って言いたくなることもあるけど、こういうところは前世と変わらず敵わない。そんな彼の肩にポスッと体重を預けて寄りかかれば、戸惑うでも慌てるでもなく、受け止めてくれた類の声が頭上から降ってくる。


「落ち着いたか?」

「うん、もう平気。ありがとう」


 たぶん、私たちが記憶を持って生まれ変わったのは、リオン(前世の私)がそう願ったんだろう。何のためにそれを願ったのか、関係する記憶は今のところまだない。だからこそ、怖かった。


 今までずっと、かなり筋金入りの男性嫌いだった自覚があるだけに、類にだけ違ったのはリオンの願いの影響がないと言い切れるのか。一度そう考え始めたら止まらなくて。


 もしも、類に伝えた気持ちがまがい物だったら、私は隣にいてもいいのか。隣にはいたいけど、類を苦しめずに済む素敵な人が他にいるんじゃないか。そう考えずには居られなかった。


 ――なのに、当の本人は私の滅茶苦茶なヤキモチを普通に受け入れるし、私の不安まであっさり払いのけるのだから、全く規格外にも程がある。


 そんなことを考えていたら、類は例の笑顔――恵茉ねえ曰く、花が飛んでいそうなふんわりとした笑みを浮かべた。


「また不安になったときは、遠慮しないで言ってくれ」

「うん。類も、ね?」


 今度からはちゃんと相談しようと心に決める中、待てど暮らせど類からの返事がない。じーっと見つめても笑顔を浮かべるばかりで無言の彼に、もう一度繰り返す。


「る・い・も・ね?」

「……わかった」


 如何にも不承不承という感じでため息混じりに返事をした彼に、思わず口を尖らせた。


「私に相談するの、そんなに嫌? 年下だから頼りない?」

「嫌とかではなくて、オレとしては陸ほどじゃないにしろ、莉音には頼られる側でありたいというか……」

「なんでそこで陸先輩?」


 急に出てきた陸先輩の名前に首を傾げれば、類は『あー……』と何やら口重そうにまごまごした末に、ポツリと言った。


「陸の名前が割と出てくるし、その……彼氏としては負けたくないというか……」


 どこか気恥ずかしげに告げられたそれに、思わず目を瞬かせたけれど、合点がいくと嬉しくて頬が緩んだ。すると、恥ずかしそうにしつつもジトッと睨まれ、緩んだ頬を掻く。


「考えること同じなんだなぁって思ったらつい……」

「同じ……?」

「私も彼女だから、類が困ったときに頼ってほしいんだよ」


 一番に、なんて大それたことを言うつもりはない。それこそ、類が抱きそうな悩みに対して、いいアドバイスができるのはきっと陸先輩や、八剣先生だろうとはわかってる。だけど――。


「大学のこととかは私じゃ役に立てないけど、でも二人のことで悩んだときは言って欲しいの」

「……わかった」


 少しだけぶっきらぼうな返事だったけど、さっきみたいな不承不承ではなくて、ちょっと照れくさそうだ。そんな彼へ小指を立てた右手を差し出す。


「約束、ね」


 そうして、類の左の小指と絡めて、指切りをしたところで、やっとペアリングのプレゼントの喜びに浸れそうだと思ったときだった。


「あれ?」


 ちょうど類の指輪の三日月が目に入ったのだけど、それはちょうど私のつけた指輪と線対称の向きをしていて。少し歪なそれが一瞬別のシンボルに見えた気がした。


「ねぇ、類の指輪、ちょっと借りてもいい?」

「……な、なんでだ?」

「少し気になることがあるの。ダメ?」


 両手を合わせて頼み込むと、類は少し逡巡した末に指輪を外して渡してくれた。


 自分の指輪も外し、受け取った彼の指輪の三日月と線対称に重ねる。そうして現れたのは、青い刻印が描くハートだった。


「類、これ……!」


 思った通りの発見に、逸る気持ちを抑えられないまま振り返れば、類は顔を真っ赤に染めていて。予想と違う反応に首を傾げれば、彼はボソボソと口を開いた。


「だから言っただろ、重くないかとかいろいろ考えてたって」

「気付いてて選んだの?」

「……それが売りだったし」


 その言葉でやっと、類に感じていた違和感の正体に気付く。どんな気持ちでこれを選んだのかとか、いろいろ想像したらなんだかこそばゆくなって、頬が熱い。あまりの嬉しさに言い表す言葉が見つからずにいると、類はどこか焦ったように口を開いた。


「お、重かったら別のを今度一緒に――」

「これがいい!」


 彼の言葉に思わず食い気味に返せば、エメラルドのような瞳が呆気に取られたように瞬く。戸惑うように指輪と私を交互に見る彼の前で、まずは自分の左薬指に一回り小さい指輪を嵌める。それを固唾を呑んでみている類の左手を取って、私のよりも大きなそれを嵌めて告げた。


「私は類の気持ちが篭もってるこれがいいよ」


 そう伝えれば、『な、ならよかった』と呟いた類は、真っ赤な顔を視線を彷徨わせながら真新しい指輪を撫でる。


 月神さまや前世の私が、何をどう願っていたのかはわからない。それでも、目の前にある関係が私たち自身の意志で選んで得たものだと断言できる今となっては、もう些細なことだ。


 乙女心には鈍感だけど、変なところで察しが良くて。すぐ真っ赤になって照れたりする姿は可愛くて。そんな生真面目で不器用な類のことが、どうしようもなく好きで仕方ないのだから。きっと、それ以上でも以下でもない。


 類に身体を預けるように寄りかかれば、そっと肩を抱きしめてくれる。その温もりと幸せをただただ噛みしめる私たちを、窓から差し込む夕日と夕月の光が照らしていたのだった。

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