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夢現の想恋歌~現代に転生した巫女姫と騎士が紡ぐは夢の恋物語~  作者: 桜羽 藍里
[ 番外編 ]

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03.風に光る春告草ー後編ー

 家庭教師(カテキョ)の授業が終わったあと、半ば強引にお母さんに連れ出される形で私はお茶の準備をしていた。


 たぶんお父さんが類に何か大事な話があるんだろうというのは、何となく察したけれど、それはそれとして気になることがもう一つ。お茶を蒸らしながら、箱からケーキを取り出すお母さんを見る。箱に箔押しされているのは『フルール ドゥ ソレイユ』という文字と向日葵の花――私の大好きなケーキ屋さんのロゴマークだ。それ自体は別に何もおかしいところなんてないんだけど。


「ねぇ、お母さん」

「ん~なぁに?」


 小ぶりのいろんなケーキをお皿へ移しているお母さんの返事は、鼻歌混じりでどこか楽しそうだ。


「何かいいことでもあったの?」

「あら、どうして?」

「だって、ソレイユのケーキは予約しておかないとなかなか買えないじゃない。だから何かお祝い事でもあるのかなって」

「うふふ、わからない?」


 わからないから聞いてるのに、と口を尖らせつつ、どうやら私が知っていてもおかしくないことらしいと、最近あったことを思い返す。


 眠り病が治ったこと……については、快気祝いをこの前したばかりだ。学年末考査も終わったのは半月ほど前の話だし、お父さんやお母さんの誕生日でもない。バレンタインだってとっくに終わってる。


 砂時計を見つめながら、他に何かあったかと首を捻る中、ケーキをお皿に移し終えたお母さんが悪戯っぽく笑った。


「ヒントは、どうして栗原くんの分もあるのか」

「え? それは今日が家庭教師(カテキョ)の日だからついでじゃなくて?」

「それだと半分正解で半分外れね」


 その言葉に私の頭の中にはますますはてなマークが増える。家庭教師(カテキョ)の日だからというのが半分当たっているということは、類がいる日だからということかと、思い至りかけたときだった。


「莉音さんをオレにください!」

「ふえっ!?」


 突然、類の声が響いた上に、自分の名前が出てきたことに変な声が出る。何事かと思って書斎の方を振り返ったら、間を置かずにまた類の声で聞こえてきた。


「本当に真剣に莉音のことが好きなんです!」

「栗原くん!」


 どこか焦ったように類を呼ぶお父さんの声が聞こえたあとは落ち着いたのか、打って変わってシンと静かになる。でも、しっかりと聞こえてしまったそれに、顔がどんどん熱を帯びていく。


「あらあら。だいぶ熱烈な告白だったわね、莉音?」


 お母さんの言葉に思わず両手で顔を覆う。


 私に聞こえたんだから、当然お母さんにも今のは聞こえたわけで……。お父さんの前でもしっかりと好きだと言ってくれたのは嬉しい反面、何もあんな大声で言わなくてもとか、伝えるなら先に一言教えてほしかったとか、今の私の頭の中は大混乱の極みだ。


 指の隙間からお母さんをそーっと伺い見れば、頬に手をあてて微笑むばかりで、その内心は読めない。


「その……お母さんとお父さんは……反対、する?」


 私と類にとっては本気でも、お母さんたちにとっては、受け入れられるものなのかがわからない。高校生と大学生だから年齢もそこまで離れてないけど、類にとってお父さんは大学の先生でバイト先の雇用主だ。教師と生徒という関係が世間的によろしくないのは何となく知ってるけど、家庭教師(カテキョ)の教師と生徒でも同じなのかはわからない。


 もし二人が反対する場合、どうしたらいいのかもわからなくて、不安に俯く。そんな中、お母さんは小さく息を吐いた。


「反対なら、彼の分のケーキは今ここになかったでしょうね」

「へ……?」


 予想のどれでもない言葉に、思わず目を瞬かせる。お母さんの言葉を言い換えれば『反対じゃないから類の分のケーキがある』ということだ。そこまで辿り着いてやっと、お母さんはお父さんが類とどういう話をするつもりか、最初から知っていたんだと気付く。もっと言えば、それに類がどう返すかもある程度予想もできていたわけで、隠していたつもりで隠せていなかったことにまで気付いてしまった。


 ポカンとしたり、真っ赤になったりする私に、お母さんがクスッと笑う。


「莉音は想定外のことになると顔に出るんだから、そりゃわかるわよ。反対するか否かに関しては、そもそも栗原くんを家庭教師にしたのはお父さんなんだから、元々あの人のお気に入りなのよ? 反対する要素ないじゃない」

「そ、それは何となくわかってはいたけど……」


 一つずつ説明されると、納得はできるけど何だか釈然としなくて目を逸らせば、ちょうど砂時計が落ちきるところで。慌ててティーポットの中身をカップに注ぎながら、口を開いた。


「お母さんは類先生とそんなに話したことないのに、それでもお父さんが信用してたらそれでいいの?」

「そんなことないわ。お父さんだって間違うこともあるし、実際何度も間違えてきた結果が、莉音の医療系男子嫌いなんだから」


 それはそう。お父さんはあくまでも、私の知るタイプばかりが全てじゃないからと会わせようとしてきたんだって、今は知ってる。お父さんが連れてきた人がお父さんの目論見から外れて、月村総合病院(うち)の跡取り気取りで接してきただけ。それを知ってからは、お父さんの紹介で来る人は、お父さんにいい顔をして甘い汁を吸おうとする要注意人物と思ってきた。


 そんな中で出会った類のときは、二人とも顔合わせのあとすぐ仕事に戻っちゃったから、とにかく先手必勝と自衛した結果が大後悔に繋がったのだけど……。お母さんもお父さんと同じ考えだと思っていただけに、その言葉はかなり意外だなと思いながら、お茶を注いでティーポットを置いたときだった。


「患者さんに真正面から向き合う子だし、遊びや軽い気持ちで莉音を害するような生徒じゃない」


 不意に言われた言葉に振り返れば、お母さんが穏やかに微笑んでいた。


「そうあの人がキッパリ断言するくらいの人じゃなかったら、私は断固反対してたわ。仕事とは言え、いつ眠ってしまうかもわからない娘を年頃の男の子と二人きりなんて心配だもの」


 お母さんの言葉に、暖かい気持ちがじんわりと胸に広がる。そんな私を前に、お母さんはカップをお盆に乗せながら続けた。


「これ言うと莉音は怒るかもしれないけど、家庭教師の初日はね、実はこっそり私だけ裏口から戻って、隣の部屋で話聞いてたのよ」

「……えっ?」


 じーんとしていたところに、これまた想定外の爆弾を投下されて固まる。話を聞いていたとは、一体どこからどこまでの話なのか。あの日交わした会話の全てを思い出そうと記憶をたぐりよせながら、思わず睨めばお母さんは小さく肩を竦めた。


「さすがに、いくらお父さんが言い切るほど太鼓判押してる生徒さんでも、初めて来る成人男性と娘を家に二人きりで放置なんてできるわけないでしょ」

「それなら最初からそう言ってくれたらよかったのに……」

「だって、私たちがいたらあなた猫被るじゃない」


 私の文句に動じる様子もなく、お母さんにさらりと返されて思わず唸る。実際そうだったからぐうの音も出ない。お母さんもお父さんの味方なんだと思ったから、それなら自分で本性を暴いてやろうと躍起になったのは確かにあった。


 でも、お母さんがこっそり居てくれたかどうかで、あのときの私の心持ちだって違ったのにとは思わずにいられなくて。納得しきれない私に、お母さんは静かに続けた。


「それに知りたかったのよ。これまで莉音を傷付けてきた人のように、(私たち)のいない場所で豹変しないかどうか」


 その言葉にハッとして顔を上げる。そんな私に苦笑を返したあと、お母さんは書斎の方を見て穏やかに微笑んだ。


「でも、彼は莉音の失礼な振る舞いに怒ることもなければ、状況を聞いた上で、男である自分を傍に置くリスクを自ら言って聞かせた。その上、莉音のことを考えて代替案まで提示してたから、お父さんの判断を信じようと思ったのが半分」

「……あと半分は?」

「もう半分は莉音が楽しそうに彼の話をするようになって、今は毎日楽しくて仕方ないって顔してるから」


 そう言って、お母さんは私の額を人差し指でツンと優しく小突く。そこまで私はわかりやすかったのかと首を捻れば、お母さんは楽しげに笑みを深めた。


「手放しでお父さんの言うことを鵜呑みにするつもりはないけれど、自分で見聞きした彼と莉音の変化は信じてるつもりよ」

「……そう、なんだ」


 前世では、お母さんを早くに亡くしていたせいか、どうにも落ち着かなくてこそばゆい。お父さんは前世でも、ここまで何でも見抜く感じじゃなかったから余計にだ。


 お父さんとお母さんがいないことを、リオン(前世の私)が寂しいと感じた記憶はあまりなかった。始めから居なくて、それが当たり前だったから。でも莉音(今の私)は、もし今お母さんが死んだら、悲しいし寂しい。怒ると怖いけど、それは大切にしてくれてるからだし、悲しませることはしたくないと心から思う。


 そんなことを考えていたら、気付けばテキパキ動くお母さんの背中に抱きついていた。


「あら、急にどうしたの?」

「お母さん、ありがとう……」


 いつも受け止めてくれるお母さんの声に、ちょっとだけ泣きそうになりながら、伝えられないことも含めたたくさんの『ありがとう』を詰めて伝える。それに少し戸惑ったようだったけど、それでもお母さんは何も聞くことなく『どういたしまして』と言って、私の手を撫でた。


 そのまましばらくくっついていると、思い出したようにお母さんは口を開いた。


「あ、そうそう。ちなみにさっきの正解だけど、ケーキは彼へ手始めの賄賂よ」

「賄賂……?」

「彼みたいなタイプはきっと浮気とかもしないだろうし、一途ないいお婿さんになってくれそうじゃない?」

「はぁっ!?」


 ケーキは賄賂になるのかとか、そもそも類に賄賂を贈って何をするつもりなのかと思っていたら、想像以上の理由が返って来て堪らず声を上げる。


「な、ななな何言って……私まだ高校生だよ!?」


 思わず後ずさりながら訴えたけど、動揺を隠すことはできなかった。


 そりゃいつかはと思う気持ちはあるけど、どう考えたってまだ先の話だし、気が早すぎる。というか、それは先に親が言い出すのが普通なのか、お母さんだからなのかがわからないし、一度引いた顔の熱もぶり返してプチパニックだ。


 恥ずかしさで狼狽える中、そんな私に対して、お母さんはしれっとした顔で小首を傾げた。


「あら。籍を入れるだけならあと一年半もすれば可能じゃない」

「それは、そう……だけど……」

「何なら婚約は今からだって可能よ?」

「婚や……っ!?」


 とんでもない話に私の方がついていけないというか、顔はもはや火を噴けそうなほど熱い。絶対に真っ赤になってるだろう頬を押さえていると、ぷっと小さく噴き出す声が聞こえて顔を上げた。


「まぁ、まだ付き合い始めたばかりみたいだし、婚約となると栗原くんのご両親ともお話が必要だから、現実的な話をするにはもう少し先だろうけどね」


 お盆で口元を隠してクスクス笑う姿を見てようやく、お母さんに揶揄われたことに気付いて、思わずそっぽを向く。現実的な話としてちゃんと考えてくれてるらしいのは嬉しいけど、娘を揶揄って遊ぶのは止めてほしい。


 むくれる私に『ごめんごめん』と謝ったお母さんは、時計を見ながら言った。


「そろそろお父さんの話も終わる頃合いかしら。莉音、迎えに行って来てくれる?」

「……わかった」


 これ以上、お母さんに揶揄われる前にとサクサク書斎の方に向かおうとしたときだった。


「莉音」

「な、何?」


 後ろから呼び止められて、今度は何を仕掛けてくるのかと身構えながら振り返ったら、そこには嬉しそうに微笑むお母さんがいた。


「いい人に出会えてよかったわね」


 揶揄う気配のない言葉に肩透かしを食らって、何を言われたのか私の頭が理解するまで数秒。でも、理解したらただただ嬉しい気持ちしかわいてこなくて、自然と頬が緩むまま、『うん!』と返して、私は類とお父さんを呼びに居間を出たのだった。


 そのあと、どこかぎこちない類とお父さんを引っ張って来て、四人でケーキを食べたのだけども。


「類……先生は、ソレイユのケーキ食べたことある?」

「ああ、ある……ります。友人がここのプリンが好きなので」


 お父さんとお母さんがいるからか、類はさっきから口調が敬語と普段の口調を行ったり来たりしている。いつもはその辺きっちりしている方なのに、どうしたんだろうと見ていると、頬に視線を感じた。振り返れば、どこかニヤニヤした感じで微笑むお母さんとお父さんがいて。


 それにちょっと嫌な予感を覚えて身構えた。


「何か私の顔についてる?」

「ううん、大丈夫よ。微笑ましいなぁと思ってただけだから」


 何が微笑ましいのかわからなくて首を傾げる。そんな私に、お父さんが言った。


「私たちの前で無理に呼び方や話し方を変えなくても構わんよ」

「え……?」


 思わず声を上げたら、類の声もほぼ同時に重なり、お互いに顔を見合わせる。そこには戸惑う類がいて、自分だけじゃないことにホッと息を吐く。類も同じような反応を見せていたけど、私よりも立て直しは早かったらしい。


「では、お言葉に甘えてそうさせていただきます」


 そう言って、類はぺこりと頭を下げたところで、私も遅れてやっと意味を理解した。私も二人の前で類先生と畏まって呼ばなくてもいいんだ、と。それなら気楽だと気を抜いたときだった。


「若いっていいわねぇ。まさかこんな早くに娘をくださいって言葉を聞けるなんて思わなかったわ」


 お母さんの言葉を聞いた瞬間、肩を大きく跳ねさせてた類は、ガバッと上げた顔を瞬間湯沸かし器かと思うほどに、みるみる真っ赤に染める。そして、口をパクパクさせたかと思えば、今にも死にそうな声を絞り出して問いかけた。


「き、聞こえて……?」


 その目は『聞こえてない』と言って欲しそうだったけど、あんな大声で聞こえないわけがなく、隣で小さく頷き返せば、類はキャパオーバーしたらしい。首まで真っ赤に染めてピシッと硬直してしまった類に、思わず小さく息を吐く。


 彼の反応を見るに、あれは元々用意してきていた言葉ではなくて、何かの拍子に勢い余ったのは何となく察したけど、おかげでこっちまで顔が熱くてしょうがない。


 そんな私たちにお母さんは、頬に手を当てて上品に笑う。


「お義母さんって呼んで貰える日が楽しみだわ」

「もーお母さんっ! 類まであんまりからかわないで!」

「ごめんごめん。嬉しくてつい、ね」


 二人が類を受け入れてくれるのは私も嬉しいけど、類と居合わせる度にこれはさすがに困る。こういうときばかりは、羞恥心というものとの縁が薄かったというか、感じにくかったリオンの頃の方がよかったかもしれない。特定の感情に乏しかったのが良かったとは思わないけど、このこそばゆさのやり過ごし方がわからなすぎる。


 しまいには私も黙り込んでしまうと、お母さんもお父さんも顔を見合わせて苦笑するばかりで、今からでも類と二人で私の部屋に逃げようかと思い始めたときだ。


「娘のこと、これからもよろしくね。()()()


 ずっと笑顔は浮かべていたし、今も笑顔を浮かべているけれど、真剣な声音にハッとして類を見れば、ちょうど硬直が解けたところだったらしい。慌てて居住まいを正した類は、背筋を伸ばして真っ直ぐお母さんを見た。


「はい、こちらこそ!」


 そんな少し不器用だけど真っ直ぐな類の返事に、お母さんとお父さんはニコニコで。私は二人のいる手前、類に抱きつきたい気持ちを抑え、胸に渦巻くこそばゆさをお茶で流し込んだのだった

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