*宝石病
ねえあなた、私が死んだら。
……なあに? どうしてそんな顔をするの?
私は死ぬのよ、もうじき死ぬの。あなただって分かっているでしょう?
……不思議な病気よね、宝石病……。体がだんだん硬くなって、しまいに人型の宝石になって、美しくひび割れて死んでしまう……こんな病気になったのも、この身の不運とあきらめましょうか。
……けれど、あなたが私のとなりにいてくれて良かったわ。あなたが私を愛してくれて良かったわ。
幼なじみの私たち……あなたはいつでも、私に優しくしてくれた。一日に何度も美味しい珈琲を淹れてくれた。
あなたのコーヒーは何だか独特の香りがして、他の誰が淹れるものより美味しかったわ。
硬い体でベッドの上、もうじき私は完全な宝石になるけれど……私が死んだら、このまま二人で暮らしていた部屋に飾ってね。
あら、何だか苦しそうな顔をして目をそらすのね。
まるであなたがもうじき死んでしまうみたいに。どうしてそんな顔をするの?
……ねえ、本当は分かっているの。あなた、私に毒を盛っていたのでしょう?
宝石病は、本当は人間の造った病。秘密裏に開発された「宝石の素」を毎日人間に飲ませれば、飲まされた者は内部からだんだん硬くなっていき、しまいに美しい宝石と化す……。
その宝石を趣味の悪いお金持ちが手に入れて、豪華な部屋に飾って愛でる、本当はそういう病気でしょう?
あなたはお金に目がくらんで、お金持ちに未来の私の死体を売ったのでしょう?
毎日淹れてくれる、あの美味しいコーヒーに、「宝石の素」を少しずつ混ぜていたのでしょう? あの独特の風味がする、特別に美味しいコーヒーに……。
私がそのことに気づいた時には、もう私の体はほとんど宝石になっていたの。もう手遅れだったのよ。
……そんな目をして私を見ないで。
私はとっくの昔から、あなたのことを許しているの。嫌いになんてならないわ、憎んだりしないわ、宝石になって死んでもずっと愛しているわ。
けれど死んでから引き離されて、見知らぬお金持ちにたった一体で愛でられるなんて、考えるだけで嫌なのよ。
……だから私は、あなたにも宝石になってもらおうと思ったの。
私が毎日淹れた紅茶は、美味しかった?
あなた、ちゃんと私の目の前で、おかわりまでして飲んでくれた。何だか独特の風味がして、不思議に美味しかったでしょう?
「何だかこのごろ体が重い」って、しばらく前からあなたは言っていたでしょう?
……ええ、そうよ。あなたももう手遅れなのよ。あなたが鈍くて良かったわ。あなたももう宝石になりかけているのよ、お分かり?
愛しているわ、恨んでなんかいないわ、あなた。
私があなたを売ったのは、あなたが私を売ったお金持ちと同じ人。
だから私たち、死んだら同じお金持ちの同じ部屋に飾られて、ずっと一緒にいられるの。
このまま二人で美しい人型の宝石になって、硬い体でこの星が太陽に焦がされて無くなるまで、永遠に一緒にいましょうね……。
* * *
何度も口を開きかけて、そのたび何も言えなくて。
恋人に微笑みながら告白されて、綺麗な青年はぐっと大きくのどを鳴らす。美しい瞳が水面のようにふるふる揺らいで、塩辛い水が後からあとからあふれ出る。
青年はぽたぽた涙を流し、流しながら恋人の硬いひたいへ口づけた。
「……違う、ちがうんだよ、お前……! 僕だってとうに気づいていたんだ、お前も毒を盛っていること……。その上で僕は身に染みて分かってしまっていたんだ、お前がいないと、僕は生きられないってことに……!」
青い目を見開いた恋人に、青年はもう一度すがりつくようなキスをする。
「でも気づいてしまったところで、お前はもう助からない……もうその時点で、お前はほとんど宝石になっていたんだから……! だから僕も宝石になって、一緒に死ぬ道を選んだんだ……!!」
美しい女の目から、冷たそうなしずくが落ちた。女は最期のさいご、ありったけの力をふり絞り……男のほおを、ひっぱたいた。それからぎしぎしきしむ体を、甘えるように男にあずけた。
死ぬまぎわの恋人たちは、声もなくきつくきつく抱き合った。お互いの白いほおにぴしりぴしりと亀裂が入り、乙女の顔は珊瑚色に、青年のほおは水色の結晶にひび割れた。
ぱりり、ぱりりとひびの入る音ばかりが狭い部屋に軽く響いて、後は空気の眠るように静かになった。
二人はもう物言わぬ美しい宝石と化して、硬くかたく抱き合っている。
窓から秋の日がさしている。
その透き通る日の光に、二体の人型の宝石は照らされて、黄ばんだ床にさらさらときらめく光を落としている。
古びてあちこち穴の開いたレースカーテンが、風に揺れて秋の日をゆらゆら泳がせる。赤と水色の透ける光もゆらゆらと、甘く清らに絡まり合って、永遠のように揺れている。
今この時を待ちかねて、ひっそり扉の向こうで息をひそめていた影たちが、静かに中へ入って来た。金持ちの家来が、人型の宝石を回収に来たのだ。
黒服の男たちが手を伸ばしたその瞬間、赤と水色の宝石たちはぱん、と大きな音を立て、みるみる内にひび割れて、無数のくず宝石になって黄ばんだ床に散らばった。
――愛し合う二人の「永遠」は、美しいまま砕け散った。
貧しく愛しいせまい部屋は、秋の日のゆらりゆらりと揺れる中、どこかの水底のようだった。