*その恋は成就しない
はあ? 嫌だな、なんでそんな顔するんです?
すれ違いざま、初対面の相手にそんな妙な顔つきして……! 失礼ですよ、旅人さん!
「――ああ、いや、申し訳ない! あなたの抱えたその花束が、あんまり珍しかったので……!」
え、花束? ああ、なるほど……この花を見てそんなお顔をしてたんですか! それはこちらこそ失礼しました! ついけんか腰の口をきいてしまって……!
「いやいや、こちらこそどうも……! どうも大変おかしな表情をしていたみたいで! これでも花には割と詳しい方なのですが、こんな花は初めて見ます……!」
はは、そうでしょう? ……ねぇ、怖いくらい綺麗でしょう? 白い花びらに赤いまだら模様が点々と散って、血飛沫のようにも見えるでしょう? ……実はこの花は、ここらあたりの特産でしてね。他の地方で種を植えても、まったく芽吹きもしないんですよ。
「へえ、それはなおさら珍しい……! あの! この花に何か逸話があれば、ぜひおうかがいしたいです!」
へぇ? なかなか妙なことをおっしゃいますね! ちょっと見は「美しい女性」にも見えますが、あなたは男性なのでしょう? 男の方でそこまで花に興味を持たれるとは……。
「はは、お褒めにおあずかりどうも……! いや、何を隠そう、私は『花の詩人』というやつでして!」
花の詩人、ですか? それはどういう……?
「いえ、ようはあちこち旅して回り、その土地土地の花の逸話を詩にするのです。出来た詩を『翼を生やした手紙』で自国の出版社に送り、それで路銀を稼いでは、またふらふらと旅するんです!」
へええ、それは面白い! 花の逸話はお仕事のお詩の種なのですか! ……なるほど、それで分かりました、それでは一つお話しましょう。
……その昔、この国にわがままなお姫様がおりました。お姫様は何でも欲しいと思ったものは、手に入れなければお気が済まない性質でした。
ハート型の宝石の実のなる翡翠の木。生きていて泳ぎ回るガラス製の水海月。小さな白いライオンの子を産む獣人の娘……。お姫様は欲しいと思ったものは、父王の権力に甘えきって全て手に入れていたのです。
もちろんのこと、お姫様の評判は良くありませんでした。
かげで「あんな出来の悪い姫など、罰が当たって死ねば良い」とまで民衆に言われていても、姫様は気にもかけません。
欲しいものは欲しい。そして自分には手に入れるだけの力がある。だから手に入れる、何が悪い?
そんな信念を持ちながら、姫は嫌われて生きていました。そしてたまたま悪口が自分の耳に入ったら、言った市民を娘に甘い父王にねだって処刑し続けていたのです。
そんな姫も人間です。「根っこでは独りぼっち」のそんな暮らしが、本当は淋しかったのでしょう。……姫はある日ある時、初めて恋に落ちました。
片想いのお相手は、異国から来た青年でした。青年は姫に命じられ、しばらくお城にやっかいになっていましたが、そんな日々はそういつまでも続きません。青年は城を出入りして何かしていて、旅の目的を果たしたのでしょう……姫様に「私はもうじき旅を終え、故郷に帰ります」と告げました。
初めて人に恋した姫は、やっぱりいつものように「彼が欲しい」と考えました。しかし彼はこのままでは故郷に帰ってしまう……一体どうすれば良いのだろう?
珍しく強行突破を踏みとどまったお姫様は、思いついて命じました。
「お前に一つ命令する。お前、この種を芽吹かせて見事に花を咲かせてみよ。花が咲くまでこの国を出てゆくことを許しはせぬぞ!」
そう言い放ち、お姫様は一つの石ころを旅の青年に渡しました。もちろんそれは石ころですから、芽を出すはずがありません。こう言えば青年は一生自分のそばにいると、お姫様は確信していたのです。
青年は大きな手のひらに小さな石を受け取って、何やら一心に念じていました。
……すると何ということでしょう! ただの石ころが芽を吹いて、見る間に葉と茎を伸ばしてつぼみをつけて、美しい花が咲いたのです!
花はひらひらとたおやかな花びらを幾重にもつけて、白い牡丹の花を一回り小さくしたような姿をしていました。あっけにとられる姫様に、青年は会心の笑みを見せました。
「いかがです、お姫様? 実は私には故郷に恋人がいましてね……その恋人が魔法使いで、今回の旅に出る前に、魔力を分けてくれたのです。『旅で困ったことがあれば、一心に念じればちょっとした魔法は使えます』とね……」
青年はたっぷり三秒間をおいて、晴れやかにこう宣言しました。
「だから石くれに花を咲かせることも出来た。つまりはそういうことですよ!」
青年は得意でたまらないといった風に、腰に下げた袋の中から宝石を二粒取り出しました。それはこの国特産の、紅玉に似た赤いあかい宝石でした。
「私はこれを手に入れに、わざわざこの国に来たのです……。この土地でこの手で採った宝石が、彼女と私の指を飾る結婚指輪になるのです! それではわがままなお姫様、今世では永遠にさようなら!」
姫の薄ピンクのほおは、ごおっと煮え立つ血の色が透けて真っ赤になりました。それから一気に血が引いて、紙のように白くしろくなりました。
姫は血走った目を見張り、腰に下げている王族の短剣を抜きました。そうして立ち去る青年の背中に鞭打つように斬りつけました。
青年は物も言わずに倒れました。花火のようにぱあっと飛沫いた鮮血が、咲いたばかりの花に散って、美しいまだらの赤い模様になりました。
姫はその赤く染まった短剣で、全身の力を込めて自分の首を貫きました。
姫の血で、花はますます美しく、赤いまだらに染まりました。
不思議な花は枯れた後、赤い宝石の欠片にそっくりな種を残しました。王様が娘を偲んで植えたその種はすくすく芽吹いていって、まだらの花を咲かせました。
その子孫は年々に王の庭から市民の庭に、やがて野原まで分布を広げ、とうとうこの土地特産の珍しい花になりました。
しかしこの花は、そんな言い伝えのために、この土地では禁忌の花とされています。おめでたい場に、特に結婚する花嫁に送ってはならないと……そう言われているのです。
「……しかし、しかしそんな禁忌の花を、いったいあなたは何のために……?」
何のために? もちろん人にあげるためです。僕は友だちの結婚式に呼ばれて、教会に行くとちゅうなんです。この赤まだらの花いっぱいの花束を、花嫁にプレゼントしてやるんです。
「……そんなにも、憎い相手なんですか? その花嫁という方は……?」
いえ、とんでもない! 殺したいくらい好きですよ。
……僕と花婿と花嫁は、仲良しの幼なじみだったんです。けれど恋の三角関係と思っていたのは、どうやら僕だけだったようで……何だか僕は花婿にも花嫁にも、捨てられたような気持ちでしてね。
でも好きなんです、僕一人が二人のことを、どうしようもなく……僕一人が仲間はずれと言うのにね。
だから僕は考えたんです。「ただの幼なじみ、ただの仲の良い友だち」として生きていくより、こんな花束をプレゼントして心の底から憎まれても、二人にとって「忘れられない相手」になってしまう方が、少しはマシなんじゃないかとね。
だから僕は、この赤まだらの花束抱えて、結婚式へ向かうんですよ。
では花の詩人さん、僕もそろそろさよならを。あんまりのんびりしていると、式が始まってしまいますから……。
* * *
そう言い残し、恋に破れた青年はほろ苦い笑みを浮かべたまま、花束抱えて去っていく。
私は黙って彼を見送り、ほろほろと青年の背からはみでて揺れる花を見つめる。赤く鮮やかなまだら模様が、純な血のように目に染みる。
見上げた夏の青空に、まばたくたびに赤い点々の残像が散って目に映る……その景色はどこか「呪われた宝石」を思わせて、むごいくらいに美しかった。