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出逢い

~ラララ・今夜も夢見る少女が来ました

 今晩もこんばんは ワールド・オブ・ドリームス!~


 まずはいつものように、声の限りに歌ってみる。


「……うん、歌える」


 確認のための歌声は、自分でも美声とは言いがたい。病弱な体が「この世界」にも多少影響してしまうのか、歌声は揺れてかすんでしまう。


 でも構わない、この儀式は歌えることの確認だから。ここは夢の中なのだから、現実にはベットからほとんど動けない自分でも、すこしは元気にふるまいたい。


 病弱な少女、タルト・タタンはそう考えて、くるりとまわりを見渡した。


「――いつも同じね、いつもとおんなじ」


 薄もやのかかる視界と思考、広い空間に自分だけ。あやふやな感覚、ほっぺをつねっても痛くもないおぼろな世界。「夢の世界」はつまらないほど、いつもと何も変わらない。


「……ただ、いつものこのエプロンドレスが嬉しいな」


 タルトはひとりつぶやいて、満足そうにうなずいた。身にまとった水色のおちゃめなドレスが目に嬉しい。


 七歳の誕生日に買ってもらった、おとぎ話のアリスの着るようなこの衣装。ろくに身につけもしないうちに、タルトは一日のほとんどをベッドの中で過ごすようになってしまった。


 ベッドの中でドレスは着れない。現実にいつも着ているのは、飾りけのない薄ピンクの綿めんのパジャマ。ひらひらのレースもふわふわのせんも弱くなった肌をいじめて、赤くただれてしまうから。


 だからこの水色のエプロンドレスは、夢の中だけの特権だ。十三歳になった今、タルトは夢の中では必ずこのドレス姿だ。現実ならば小さすぎるこの服を当たり前に着ていることが、夢の夢たるあかしだろうか。


 七歳の時と同じデザインの服は、十三歳の自分にも嬉しい。

 子どもっぽい? 恥ずかしい? 幼稚なデザイン? そんなこと他の人が思うこと、自分にはそんなこと思う余裕はない。


 ……ただ、辛い現実から夜だけ逃げ出して、パジャマじゃない服を着られることが嬉しい。


 タルトは胸の内でしみじみつぶやき、独り大きくうなずいた。そんなタルトの耳もとで、ふいにねっとりと濃厚な声がささやきかける。


「――綺麗な目だね」

「……えっ!?」


 びっくりして声のする方へ目を向ける。いつの間にかすぐそばに、知らないお兄さんの顔。


 ほっそりしたお魚みたいに、しなやかに背の高いその身体。こっちと目と目が合うように腰をかがめて小首をかしげ、切れ長の目でっている。


 黒い絹糸の束みたいな長い髪。映画でしか見ないようなえんふくをいかにもあっさり着こなして、その両目は赤と青のオッドアイ。


(……綺麗な目? どっちが?)


 内心で思わずそう問い返し、タルトはうっとり夢の瞳に見入ってしまう。

 濡れたみたいに輝いて、じっと見ていると吸い込まれそう。「生きている宝石」ってこういうことを言うのかしら?


(右目は紅玉ルビー、左目は蒼綺石サファイアみたいだわ……)


 きらきらしてる。

 そうして初めて見た美しさのはずなのに、どうしてか妙に懐かしい。


 そのことを不思議に思いながら、タルトはじっと青年の目を見つめ続ける。しまいに青年の方が何だか気まずくなったらしく、ふいとその目をそらしてしまった。


 それから少し目をそらしたまま、天然に赤いくちびるであやかしじみて微笑んだ。ついとなめらかに腰を上げ、つやっぽい声でこう告げる。


「……君、ここが夢の世界だって分かってる? ぼくは夢喰いのスグリ。スグリ・スグル・スダマっていうんだ。ぼくはオスのなんだよ」

「……夢魔?」

「そう、夢魔。いろんな生き物の夢を喰らう悪魔の一種……。夢のついでに生き物の精気も少しもらって、そのエネルギーで夢の世界で生きているんだ。で、君のお名前は? いったい何て言うんだい?」

「……タルトよ。タルト・タタン・ターブルっていうの」

「タルト? へぇえ、美味しそうな名前だね!」


 夢魔と名のる生き物は、やけにはしゃいでまた笑う。笑った後にちょっと考えるそぶりを見せて、口もとへ手をあててオッドアイをぱちぱちさせる。


「……ねえタルト、ぼく君が気に入っちゃった。そのもえの瞳は春の芽ばえを結晶させたみたいだし、クルミ色の二本のおさげも可愛いし!」


 おさげのことをほめられて、タルトが()()と口ごもる。何か言おうとする先に、夢魔は少女へ誘いをかける。


「――ねえタルト! 今夜一晩ぼくに付き合ってくれないかい? いいかげん独りで夢をむさぼるのにも飽きたんだ。たった一晩、ぼくの夢喰いの旅に付き合ってくれないかい?」


 ついと骨ばった大きな手をさし出して、夢魔の青年は妖しく微笑う。

 どうする? 断る? 断らない?


 ほんの一瞬考えた後、タルトは大きく夢魔に向かってうなずいた。


(……だって、あんまり綺麗だもの)


 誰に言い訳するでもなく、タルトは内心でつぶやいた。

 そう、あまりにも美しい、赤と青のオッドアイ! 柔らかな宝石みたいな二つの瞳が、いつかどこかで見た宝物のように、自分の心をしっかり掴んで離さない。


「ええ? 本当に付き合ってくれるのかい? 嬉しいなあ……!」


 くすぐったそうにはにかむ夢魔に、それでもタルトはまじめにこう訂正する。


「あのね、わたし一つ言っとかなくちゃいけないわ。……ほめてもらって嬉しいけど、この髪は本物じゃないの。これはわたしの地毛じゃないのよ」

「……うん? どういうことかな?」


 首をかしげるスグリの前で、タルトはおさげを引き下ろした。とたんにずるっと髪がずり落ち、つるつるの頭があらわれた。黙って両目をまばたくスグリに、少女は苦笑して打ち明けた。


「あのね、わたし七歳で病気になったの。今だって現実では病院のベットの中なのよ。んでる薬の副作用で、もうとっくに髪はなくなってしまったの!」

「……それが?」


 何でもなさそうにこたえるスグリに、タルトの方がかえって困った顔をする。そんな少女のカツラを受け取り、スグリは()()()と笑みを浮かべる。


「ここは夢だよ、夢の世界だ。そんな現実に縛られることはないんだよ……こんな風にね?」


 言いながら夢魔の青年は、カツラをふわりとタルトの頭にのせて、ぽんぽん軽くはたいてやった。その感覚に驚いて少女が頭に手をやった……わあ、何てこと! 引っぱっても何をしても、カツラはまったくズレもしない!


「わぁあ、すごいわ! わたしの髪が戻ってきたわ!」

「はは、そうだよ。ここは夢の世界なんだ……現実の病弱な体に縛られることもない、痛みに苦しむ必要もない。君は、ここでは自由なんだ」


 ゆるしの神のようにゆったりと告げる青年に、タルトはほとんど涙ぐみながらお礼を言った。


「すごい、すごいわ! ありがとうスグリさんっ!」

「……スグリで良いよ、呼び捨てで」


 また少し目をそらした青年は、照れくさそうにはにかんでもう一度手をさし出した。その大きな手に小さな手を重ねたとたん、タルトの感覚がボタン一つで切り替わるように反転する。


 身につけているエプロンドレスの、肌にかぶさる布の感触。さやさやと肌に触れる、ぼんやり涼しい()()の手ざわり。くらりとめまいのするような、どこか歪んだ空間の重み……。


 いつもほんのりあいまいだった夢の世界。その夢が、現実かともまがうほど今はリアルに感じられる。タルトは思わず、自分のほおを()()()()とつねる。


 ――痛い!!


 つねった場所から火の噴くように熱くなり、のどからきゃっと悲鳴がれる。指を離したほっぺたが現実みたいにじんじん痛む。


「……ど、どうして?」


 少女はなかばぼうぜんとしてつぶやいた。ここは夢の世界なのに、今までにない感覚だ。そんな少女の様子を、スグリはちょっとおかしそうに、困ったように見つめて微笑う。ぽんぽんとタルトの頭に手を置いて、なだめるように説明する。


「ぼくは一応夢魔だからね。ぼくにとってはここが『現実そのもの』なんだ。こうして手をつないだことで、ぼくの感覚を君も共有してるんだ……!」


 さらりと告げた青年の姿の生き物は、くいと優しくそばかす少女の手を引いた。そのとたん、二人の目の前に真っ黒な球体が現れた。


 びっくりする少女と手をつないだままで、スグリは黒いにこの生えた球体に空いた片手をさし入れる。入れた瞬間、二人の視界めいっぱいに、せこけた老人の顔が現れた。……

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