第一章8 『黒の少女』
「残念だけど私、この後予定がありますの。貴方がここに来なければすっぽかせたのに……。じゃあまた、縁があれば」
いくつか形式上の会話をした後、王女を名乗る少女、レイア・トールライトはお辞儀をしてそう言うと、少女の従者であるフラジールに肩をに抱かれその場から姿を消した。
ユウの目では能力を見ていなかったが、おそらく瞬間移動があの従者の能力だろう。
レイアは去る前に「少ないけど、今回の迷惑料ですわ」と言って、袋に入った金を置いていった。
ボロボロになった服と体だけが残されたユウは、嵐のように去って行ったレイアに貰った金で身なりを整えるためその場を後にした。
この世界の通貨はよくわかっていないが、袋の中にある金はかなりの重さがある。有り難く使わせてもらおう。この奮発した金から見てもレイアは本物の女王様で間違いないようだ。
そう思いながら高笑いするレイアの顔を思い浮かべた。
ユウは大通りに戻るとそれらしい店を探す。少し街を外れると人通りがまるでなかったが、ここには通行人が多い。
さっき絡まれた憲兵にまた絡まれないよう顔を隠そうと思ったが、この人通りの多さがあれば心配ないはずだ。
たしか、街を見回っているときに武具屋を見た気がする。中には服や武器もあったはずだ、と記憶を頼りに店を探す。
少し歩くと鎧を外に並べたいかにもな店を見つけた。あまり大きな店ではなかったが、服くらいはあるだろうと考え中に入る。
カランカラン、と鳴る店の扉を開けて中に入るとまず一番に目を引いたのは、頭にハチマキを巻いたイカツイ店主と口論をする女の子だった。女の子は百四十センチほどの身体で黒いマントを羽織っている。背中には少女の身長程の、二本の長剣を指している。まるで、どこかのアニメで見た剣士のようだ。
(あの子、どこかで見たような気がするな)
個性的な格好をした少女を見てユウは今までのことを振り返る。こんなにも特徴的な格好の存在を忘れるはずはないが、何故か心当たりがあった気がする。しかしゆっくりと思い返す間も無く、店主の怒声が聞こえた。
「だから、金が無いと売れねえんだよ!」
「今は……ない。でも、いつか払う」
「さっきから言ってるだろ! いつかじゃ駄目なんだよ! 金が無いと物は買えないの、わかるか? なんなら、その体で払ってもらおうか?」
店主の口調から口論は長い間続いていたようだ。呆れた様子でそんな提案をした店主に少女は、
「本当? なら喜んで」
と、予想外の言葉を口にした。店主を見つめる少女の目はキラキラと輝いて見える。
予想外の返答に困り顔をする店主と何故か顔をきらめかせる少女を見かねて、ユウは思わず声をかけた。
「おいおい、自分の体は大切にしろよ。てゆーかお前、意味がわかって言ってんの?」
「? 今、私の腕が認められた。この剣で、お金を稼ぐ」
少女は頭にハテナを浮かべた後、背中の剣を指差して誇らしげに答えた。
「違うだろ! 体で稼ぐっていうのは……」
そこまで言いかけて口を止める。どこかで見たと思ったら少し前にトンネルから出てきた女の子だ。さっきはこんな厨二臭い装備ではなかったが。この異界とも呼べる環境が彼女を変えたのだろうか。
「体で稼ぐっていうのは?」
ユウは言葉を繰り返す少女を見て考えた。倫理的に考えてこんな小さな子どもに説明するのはまずいのではないか、と。そもそも、人前で男女の営みを説明するなど、もはや不審者そのものだ。
「キミみたいな子どもが、剣で稼げるとは思えないんだけど?」
早速、軌道修正。説明はまずいと判断したユウは説得をやめ、少女の意識を彼女の剣の腕へと向ける。
「今の言葉、聞き捨てならない」
カチャリ、背中にかけた剣の持ち手を掴む少女を見て背筋が寒くなる。二度も三度も続けて騒動はごめんだ。
緊張した空気の中ユウがゴクリ、と唾を飲み込むと少女はゆっくりと剣を抜き始めた。
「やめてくれ! それ売り物だから! せめて買ってからにしてくれ!」
「私は漆黒の剣士、キリコ」
店主が悲痛な声を張り上げるが、少女は気にする様子はない。自身の名を名乗りながらサーッと鞘を走る鉄の音を聞き、ユウと店主の顔からは汗が噴き出す。しかし、剣を抜ききる前に少女の腕はピタリと止まった。
すると、少女は神妙な顔付きで、
「これ以上、抜けない。手伝って」
思いがけないセリフを口にした。背中の剣はかなり長く、少女の身長ほどの丈がある。自分の背中の鞘からこの剣を抜くのは少女一人ではどう見ても不可能だ。
あまりの事態に頬が緩み体の力が抜ける。ユウは歪んだ笑顔で少女に、
「ぷふっ、なにしてんだよ。凄んで見せてもやっぱりまだ子どもじゃねーか。漆黒の剣士(笑)。ぷぷぷっ」
「っ……!」
抑えきれない衝動を顔に出し嘲笑った。漆黒の剣士(笑)は恥ずかしさか怒りで顔が真っ赤になると、プルプルと震え出す。少女の顔をよく見ると、目は既に涙目だ。
「もういい、帰る」
カチン。と剣から手を離して鞘に剣を落とす音が聞こえた後、少女は小さな声でそう呟いた。
少女はくるりと体を回すと、背中の二本の剣をズルズルと床に引きずりながら店を出て行った。
少女がドアを勢いよく閉めた事を見届けると、ユウは「ふぅ」と一息ついて、
「なんだったんだ……あいつ。まあ、これでようやくゆっくりと買い物ができるな」
店内を見渡し、手頃な上下セットの服、黒色のマントと一本の短剣を店主の前に差し出した。
値札から全部でおそらく一万ゴルドくらいか。レイアに貰った金はざっと見ても十万ゴルドはある。残りの金で今晩は何を食べようか、と考え始めたユウの頭は店主の声で我に帰った。
「98500ゴルドだ」
「へ?」
「だ・か・ら、冒険者の服とマント、短剣が一本。それと闇のローブに、黒闇の剣二本で98500ゴルド」
「ええええええええ!!」
悲痛な少年の叫びが店の周囲に響き渡る。そんなユウの事態を漆黒の剣士は知りもせず、頬を膨らませながら背中の剣を引きずり街を歩いていた。
後三話でプロローグの場面に繋がる予定です。
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