第一章6 『帝都の警備兵」
「ボウズ、おかしな格好をしているな。お前が来ている服は異国のものだろ? どこの国から来た?」
ジャージ姿のユウの前に、熊のような大男が現れた。この辺りでは一風変わったユウの服装を不審に思ったのかジリジリと近づいてくる。男はユウから五メートルくらいの距離で立ち止まった。
身長は二メートルくらいで、鷹の紋章がある鎧を身につけた男が立っていた。背中には大振りの剣を指している。年は三十代くらいか。
街を回った感じでは、あの鎧と同じ物を着た兵隊のような男が何人か歩いていた。おそらく憲兵の類だろう。
身体は屈強ではあるが、ずる賢そうな男の顔を見てこいつは絶対に性格が悪いな、とユウは推測した。
黙ったまま何も答えないユウに男は、
「見ない顔だな、言葉はわかるか? 色々嗅ぎ回っているようだがまさか、街で悪さしようってんじゃないだろうな?」
と荒んだ目をユウに向けた。黙ってやり過ごそうと思ったがこいつは無視はできそうにない。
「おっす、オラ、ユウ! 死んだばっちゃんの遺言で知らない人とは話すなって言われてて。それじゃあ俺、急いでるんで!」
「おいおい、つれないなあ。ちょっとばかり、俺に付いてきてくれないか? 平和すぎてお兄さん、退屈しててな」
話から男はどうやら本当に憲兵らしく、街を見回りしている途中のようだった。ユウの前を塞ぐように立ちはだかり、鞘に入ったままの剣を手に持ち、逆の手にバチンバチンと何度も打ち付けている。
「俺、またなにかやっちゃいました?」
「それをこれから調べるんだよ」
鎧の男はニタニタと笑いながらユウに近づく。
どうやら悪い憲兵のようだ。
「……プルプル。僕、悪いニンゲンじゃないよ!」
身体を震わせ小声で呟くユウだが、鎧の男は反応しない。彼は冗談が通じない男らしい。
(どうする? 逃げるか?)
ユウは幸い逃げ足にだけは自信があった。ここに来て確認した自身の早さのステータスは並の値だった。しかし相手は油断しきった男、それも重そうな鎧を着た相手なら簡単に逃げられるだろう、と判断した。
ユウは鎧の男が少しづつ近づくのを見ながらゆっくりと後ずさりを始める。
「おいおい、変なことは考えるなよ?」
男が問いかけると同時に、ユウはポケットから強烈な匂いの放つ果物グレフを男の顔目掛けて投げつけた。それが男の顔に当たるのを見た後、反対方向に向かって弾丸のように走り出す。
「……このガキ!」
ぶつかった果物が破裂し、中の液体が男の視界を奪う。鎧の男は顔を一度だけ拭うと、目を薄く開けユウを追って走り出した。
急いで大通りから離れて、細い路地を全力で走る。
「ヤバいヤバいヤバい! あの鎧男、思ったより速い!」
ユウは時たま後ろを振り返りながら必死で走った。重い鎧を身につけているはずなのに、明らかに男の方が走るスピードは速い。はじめは二十メートルほどあった距離がみるみる縮まり、今や二人の距離は十メートルもない。
「あいつ、どうなってるんだ! バケモノかよ!」
「諦めて止まれ、俺からは逃げらんぞ! このクソガキが!」
怒声を上げる男にビクつきながらも、ハッと、ユウは思い出したように自身の目に力を込める。神様から貰った力”賢者の瞳”。瞳の力を発動し、男の能力を確認した。
ユウの瞳が金色に染まり、同時に頭に男のステータスが飛び込んできた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
名前:ジョズ・アイギス
種族:ヒューマン
能力:同調成長
力:A
体力:B
早さ:C
魔力:C
状態異常:怒り
《同調成長》
自身と対象の相手のステータスを一つ決め、同じ数値だけ上昇することができる。
対象は使用者が目視する必要があり、一度に一つ、一人のステータスしか変動できない。
変えられる数値は使用者の能力値に依存する。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「やっぱり、バケモノじゃん!!」
ユウは自分とは比べものにならないステータスを目にし、絶叫しながら死ぬ気で走った。
逃げ出す前に確認しておくべきだった。
どこかのハンターが言ってたっけ。「凝を怠るな」と。今になって反省するがもう遅く、後は逃げるしか道はない。
必死で走ったせいか気がつかなかったが、いつのまにかユウは人気のない路地裏に迷い込んでいた。後ろからは素早い足音とガシャガシャと鎧の揺れるが聞こえてくる。
曲がり角を勢いよく曲がると小さな小屋が目に入った。
(一か八か、あそこに隠れるしかない!)
中を確認すると家畜の餌か、山のように積まれた大量の藁が目に付く。ユウは中にあった藁の山にやみくもに潜り込んだ。
「きゃっ……んぐっ……!」
近くでネズミが鳴いたような声がしたが今は気にしてはいられない。
(どうか、どうか見つかりませんように!)
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音が聞こえなくなって数分後。小屋から次第に離れていった鎧の音を聞いて、激しく波を打っていた心臓が落ち着きを取り戻してきた。ユウはようやく安堵の息をついた。
「どうにか逃げ切れたか?」
額から落ちる汗を片手で拭い、ユウは藁の山を力強く抱きしめた。
藁を抱きしめると少しの暖かさを感じる。昔母親に抱きついたときに感じた暖かさはこんな感じだったかな、と思いながら藁を見ると、隙間から張りのある白い物体が見える。少し赤みを帯びたそれは不思議な魅力を放っていた。
「なんだこれ? 大根か?」
見慣れない物体を疑問に思い、ユウはそれをツーっと撫でた。それには凸凹は一つもなく、今までに触れたことのないような弾力のある柔らかさで、いつまでも触っていたくなる不思議な感触だった。
目の前の藁を少しずつどかしながら、それを指先で撫で続ける。白い物体の付け根までを指でなぞると、さらに白い布切れが”それ”を覆っている事実を発見。
「……んっ…………あっ」
「ああ。これ、見ちゃいけないやつだわ」
局部を覆う白い布と艶めいた何かを我慢するような声で、ユウがその正体に気づいたときにはもう遅く。次の瞬間、その“白い足”がユウの顔面目掛けて勢いよく飛び込んできた。