第一章5 『帝都と鎧と不思議な少女』
「うおおおー! すっげえぇぇ!」
ユウの目の前には見慣れない光景が広がっていた。レンガ造りの家に、石の道路。まるで中世の街にタイムスリップしてきたかのようだった。
街には多くの露店が並んでいる。販売している品は果物や魚、肉などの食べ物が多く、辺りは活気に溢れていた。
帝都“アストレア”。周りにある情報から、ここが国一番の大都市だということがわかった。
「本当に別の星に来たのか、俺は。となると、まずやるべきは……」
今置かれているような非日常の世界のことを今までに何度も妄想していたユウは、一番の懸念点を晴らすため辺りを見回した。
見渡すかぎりユウと同じヒューマンと、亜人族と呼ばれる種族の姿が多い。リンゴに似た果実を売る全身毛むくじゃらの狼のような大男や、まるでコスプレのような衣装を着たネコミミの少女が街を歩いている。
ここが舞台の上だと言われても、まともな人間は誰も疑わないだろう。突然ミュージカルでも始まりそうな雰囲気だ。
ユウは自分の体を見ると、部屋で着ていた青と白のジャージに包まれていることに気がつき、周りとの違いに頬を染めた。辺りの風景は明らかにここが令和の日本ではなく、本当に異なる文化を持つ世界であることを主張していた。
街を歩いている温厚そうな初老の男性を見つけ、ユウは声をかけた。
「なあ、この辺りで神様見なかった?」
男性はユウの姿を見て一瞬不思議そうな顔をした後、自分の立派に伸びたヒゲを撫で「うーん、私は知らないなあ」と言い残し、その場を去っていった。
「よし! どうやら言葉は通じるみたいだ。ついてる、俺!」
唸るように叫んだユウは、右手でガッツポーズを決める。
「言葉はオッケー、おっさんの反応から、身なりに少し違和感はあるっぽいな! まあいいか。さっそく迷子の神様探しでもはじめるか!」
神様と名乗る少女ティアは『私を探して』と、言っていた。絵本に出てくる少女のように、自分の前に現れる王子様に憧れでもあるのだろうか? それなのに、自分の王子様がこんなに冴えない自分で大丈夫だろうか。とユウは心を曇らせる。
他人の、ましてや神様の心中などわかるはずもないが、女性からの必死のアプローチならば断るわけにはいかない。ユウはそう考えると、バチン! と自分の頬を両手で叩き喝を入れた。童貞のユウは童貞であるが故に、女の子には優しかった。
とりあえずにと、手当たり次第に辺りの人に聞き込みを始めたユウであったが、その成果は芳しくなかった。街中で得られた情報といえば以下の通りだ。
「ウフフ。あなたの背中に髪の長い女が見えるわ。相談一回三万ゴルド、ローンも可よ」
「女の子を探してる? そういえば、アストレアの王子ソロイド様も婚約相手の女の子を探してるんだって! アタシ、立候補しちゃおうカシラ」
「その子の事は知らないが道具屋の二階に住んでた女の子、魔族だったんだってなぁ。いやぁ、俺が襲われる前に憲兵が退治してくれてよかったよ」
「小さな子どもならここから北の教会にたくさんいると思うわよ。けど……あそこは近づかないほうがいいわ。なんせ夜になるとその、出るらしいのよ、幽霊が。私の友達の妹の親の恋人が、あの近くで真夜中に女の叫び声を聞いたんだって! あーこわいこわい!」
「あら、ずいぶんと熱いわねぇ、アナタ。何? 神様に興味があるの? よかったら私の入っている宗教に入らない? アナタみたいに熱い子、私だぁい好き」
「カミを探してる? 俺だって十年前からずっと消えたカミさんと頭から無くなった髪を探してんだよ! あぁ? 何笑ってんだ? バカにしてんじゃねえぞ!」
「兄ちゃん、その女の子ならうちの店にいるよ、一発五千ゴルドだ。チェンジはできねえぞ。はあ? 金がないだと? おとといきやがれ!!」
占い師の格好をした金に汚そうな年配の婦人、硬い鱗を持った三十代くらいの亜人族の女性、立派な口髭の亀のような老人、噂好きな金髪の男性?、艶っぽい美女、禿頭、厳つい顔のタンクトップを着た男、と街を歩く様々な人種に話を聞いたがまともな情報は得られなかった。
だが、どうやらどこの世界でも人という存在は変わらないらしい。ユウは元の世界と変わらない考えを持つ街の人々にひとまず安堵した。
途中で優しそうなおばさんに貰ったブドウに似た形の果実を右手に掴みながら、今後のことを考える。
ユウが何の情報も得られないことには理由があった。何しろ、神様に関する情報をユウはほとんどもっていない。
ユウにある情報は探しているのが“ティア”という名前と、十代くらいで長い白髪の女の子ということくらいだ。この惑星の人口はわからないが、何人がこの情報に該当するかもわからない。
それに、あの空間での姿は仮の姿とも言っていた。もし、ティアの言う通りにあの姿がニセモノだったとしたら、彼女を見つけるのはもはやお手上げだ。
神様から与えられたチャンスは三回。ここに来た後に気がついたが、ユウの胸にいつのまにか刻まれた三画の痣。おそらく間違えるたびにこれが減っていくのだろう。全て失敗で残念無念、ゲームオーバーだ。
エリシオンに来たばかりのユウは、感触のある情報をつかめずに俯きながら街を歩いた。
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五十メートルほど先にトンネルが見える。この星とユウのいた地球を繋いでいたトンネルだ。
街を一周してどうやら元の場所まで戻ってきてしまったらしい。トンネルの入り口までたどり着いたユウは、歩くのに疲れ付近の壁に寄り添った。
「まっず……」
街で貰った果物を一つ摘んで食べると、桃とキャベツを混ぜたような味がした。さらに匂いも凄まじく、顔に近づけるだけで目が痛くなる。これをくれたおばさんから聞いた話ではグレフという果実らしい。
吐きそうな顔をしながら果物をポケットにしまい賑やかな街を眺めていると、トンネルから小さな少女が顔を出した。おそらく十歳くらいの、黒髪を肩まで伸ばした可愛らしい女の子だ。黒髪に黒いジャージのような服に身を包んでいるせいか、まるで影が擬人化したような存在感を放っている。
ユウはトンネルから出た後、オドオドとしながら周りを不思議そうに見回しているその少女を見て、
(トンネルの中は行き止まりで何もなかったはずだ。もしかしてあの子、俺と同じ転移者か? だとしたら、だ。ティアはあの小さな女の子にも求婚したってことか?)
転送者が自分以外にいるかもしれないという喜びよりも、神様が見境なく転移させている可能性を考えて、「ハハッ」と、乾いた笑いを出す。
ユウはその考えを払拭するべく、少女に声をかける。
「あのー、もしかして人を探してたりする?」
小さな女の子にニヤニヤと笑いながら話しかけるユウの顔は、まるで不審者のようであった。そんなユウを見てか、少女は前髪に隠れた怯えた目を見せて、
「私は……を探している」
と蚊の鳴くような声を振り絞った。小さくてよく聞き取れなかったが、彼女もまたユウと同じく何かを探しているようだ。
ユウが続けて質問するため口を開こうとすると、少女は何かを恐れる目をした後、猫のようにユウとは反対方向に向かって突然走り出した。
「お、おい! ちょっと待ってくれ!」
ユウは少女を呼び止めるべく、声を上げ追いかけようと体の重心を前にするが、自分の後ろに大きな気配を感じ慌てて後ろを振り向いた。
振り返るとそこには一人の大男がユウを威圧するように立っていた。