第一章 エピローグ 『一度目』
子ども達が遊ぶ孤児院の外にある広場からテイシアを見つけて、ユウは教会の裏手にやってきた。
人気のない場所をテイシアに聞いて、小さな手を引きここまで連れてきたところだ。
ステアには「少し用事がある」と伝えておいて広場で別れてきた。
「こんなところまできて、なにするの?」
キョトンとした顔で言ってユウのあとを歩くテイシアだったが、その顔はなぜか嬉しそうだ。
「こっちのほうはだーれもいないし、ほんとうになんにもないよ?」
「そっちの方が都合が良くてさ」
「もしかして、わたしにへんなことするつもり? こんなこどもによくじょーするなんて、ユウにぃって、やっぱりへんたいさん?」
「ぶっ!!」
予想外の返答に息を吐き出すユウ。そして自身の頬に手を当てて体をくねらせながらそう言って、ユウを見る幼女。
もちろんユウにはそんな気持ちはさらさらなかったが、意表を突かれた問いかけに思わず声を上げて反論した。
「俺ってそんなに信用ないのかよ! てかそんな言葉、一体どこで覚えたんだ?」
「まえにシャルねぇにおしえてもらったよ?」
「こんな小さい子に何教えてんだ。アイツ、後で説教しとかないとな……」
「それで、わたしにどんないたずらをするの?」
テイシアはまるでそれを期待しているかのような表情でユウの顔を見つめるが、当のユウはというと引きつった顔で少女の顔を見下ろしていた。
「テイシアに変なことするつもりで呼んだわけじゃねーって。ていうか、俺に幼女をどうこうする趣味はない!」
「ぶー、じゃあどうして?」
怒ったような仕草で口を尖らせてみる幼女。そんな姿を苦笑いでやりすごして、
「ちょっとだけ二人で話しがしたくてさ」
と、ユウは連れてきた目的を伝えると、自身の服の前側の襟を引きその中を覗き見た。ユウの胸には異世界に来た際に自称カミサマに付けられた三画の刺青がある。
胸元の刺青が示す意味は単純だ。
今ユウがいる世界での神様との隠れんぼ、その回答権がこの刺青だ。
与えられたチャンスは三回。恐らく、一回ごとに刺青の画が消えていく。三回の失敗でゲームオーバー、死ぬ寸前であった元の世界にそのまま戻されて文字通りお陀仏だ。
三回しかないチャンスではあるが、ユウはどうしてもテイシアで試さずにはいられなかった。
なぜなら彼女の容姿があの神様“ティア”と酷似しているからだ。さらには彼女の名前までもがあの神様と似ている。
これはもはや、偶然と呼ぶには程遠いと感じるほどに。
「ふふふ、そうなんだ。じゃあ、なんのはなしをしようか?」
考え込んで押し黙ったユウに対して、テイシアは顔を輝かせると、繋いでいない方の手までもをユウの手を握りしめた。無表情な表情も心なしか笑顔に見える。
「そうだな、じゃあ俺から一つ質問だ」
ユウはそう言ってテイシアに問いかける決心をした。
「お前が神様なのか? テイシア」
――ユウが言葉を発した瞬間、世界が静止した。
正確にはユウ以外の世界が、だ。
辺りが急に薄暗くなり、不穏な空気が充満していくのを感じる。
「なんだよ……これ!?」
空を飛ぶ鳥は、まるでその場に貼り付けられたかのように微動だにしない。
頬を優しく撫でるように吹いていたそよ風は、今はまったく感じられない。
ユウの手を握ったテイシアは、石にでもなったかのように動きを止めていた。
異変の中で思わず身震いをしたユウの頬に冷や汗が走る。
そして、胸の刺青が次第に熱くなるのを感じた。
熱くなる胸元とは裏腹に、頭の中が白く冷たくなっていく。だんだんと遠のいていく意識に対抗するように、ユウは目を見開く。
そんなユウの耳元に声が訪れた。
『違う、“ソレ”じゃない』
聞こえてきた声は、落胆と不安と憎悪を混ぜ込んだような弱々しくか細い少女の声。
声に篭るその感情は直接ユウの脳を揺さぶって、彼の目頭に涙が浮かぶ。
今すぐこの声の主に駆け寄って、寄り添って、安心させたい。そんな衝動を呼び起こすかのような、悲痛な声だった。
ユウの意識がハッキリしていたのがここまでの間。
声が聞こえた後、ものの数秒でユウの意識はプツリと途絶え、闇の彼方へと沈んでいった。
**************
「ユウにい、ユウにい。おきて」
耳元で囁かれるのは聞き慣れた声。さっき聞こえた声とは打って変わって、可愛らしい少女の声だ。
なぜか苦しそうではあるが。
ユウがゆっくりと目を開くと、目前にはフワフワとした白色の髪の毛がある。
止まっていた時間はもう元に戻っているようで、ヒュウヒュウと風の走る音が聞こえてくる。
「ぐぅ……ユウにい、おもい」
耳元の声と現在の体勢から分析すると、意識を失う際にテイシアの体に寄りかかるように倒れたらしい。
ユウはテイシアの上に覆い被さるように、うつ伏せで倒れ込んでいた。
「わ、悪い! すぐにどくから!」
慌てて腕に力を入れて地面を押し上げる。
そうして自分の体を起こして、倒れ込んだテイシアの腕を引いて彼女を起き上がらせた。
「もう、きゅうにおしたおされて、びっくりしたゃった。ユウにい、だいじょうぶ?」
「ああ、テイシアの方こそ大丈夫だったか?」
「わたしはへいき。それで、なんのおはなしするの?」
「そうだな、じゃあ昨日の俺の武勇伝でも聞かせてやろう」
「え、なになに!」
期待を込めた目でユウの顔を見つめるテイシアを横目に、彼女の軽く頭を撫でるとユウは口を開きながら倒れる前の事を思い返した。
一度目のチャンスはうまくいかなかった。
でも、あのとき聞いた声を忘れないで胸に刻もうと思う。それだけが今のユウが持つ、たった一つの神様への手がかりなのだから。




