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第一章38 『勝利の報酬』

 


 暗闇の中を彷徨って、どのくらいの時間が経っただろう。柔らかいベッドの上で目を閉じていたユウは、自分の手を包む暖かい感触に気がついた。


 その感覚を皮切りに意識を取り戻したユウが目を開くと、そこには見慣れた天井があった。


 木目調の天井が窓から差し込む太陽の光に照らされている。この部屋はたしかここ最近お世話になっていた孤児院の一室だ。


(シャルルの部屋じゃないみたいだな)


 布団から漂う甘い匂いは、倒れるまで一緒にいたはずのシャルルとは違った匂いだ。


 どれほど眠っていたかはわからないが、口元についた乾いた涎から長い間眠っていた事はうかがえた。


 ユウは何気なく寝返りを打とうとして横を向くと、桃色の髪の少女がベッドの横で椅子に座っているのを見つけた。


「ユウさん! よかった、ようやく目を覚ましたんですね。どこか具合は悪くないですか?」


 少女はユウが起きた事に気付いたようで、普段通りの優しい口調で声をかけてきた。

 相変わらずの大きな瞳と整った顔立ちが、愛らしさを感じさせている。

 彼女は僅かに涙目になった目で、安心した表情を見せていた。


 ユウはこの状況に疑問を覚えて、寝起きの重い体で上半身だけを起こすとステアの問いに答えた。


「痛みも吐き気も疲労もなし! なんでかすっごい空腹だけど。あれ、そういえばさっきまで俺、教会にいたはずじゃ……?」


「あの後、ユウさんは急に倒れてしまったんですよ。体中傷だらけで出血も酷くって。神父さんに聞いたらあの時立っていたのが不思議なくらいだったって。それで、倒れた後は丸二日も眠っていて。もう起きないんじゃないかって、みんな心配してたんです」


 この状況に疑問を持つユウに対して、ステアが丁寧に説明をする。それを聞いたユウは照れくさそうに頭を掻くと、


「悪いな、みんなにはかなり迷惑かけたみたいだ。ってか二日は流石に寝すぎだろ、俺……いや、そんなことよりもステアの方こそ大丈夫なのか? それにアイツらは?」


 倒れる前に満身創痍だった他の二人の事を思い出し、食い気味に問いかけるユウ。そんなユウに対してステアはベッドの上で再び左腕を強く握りしめる。その暖かい手の感触にユウは安心感を覚えた。


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。私もシャルも神父さんも、みんな元気です。あのとき、ユウさんが一番危ない状態だったんです。それで、あの場で応急処置をした後に、神父さんがここまで運んでくれたんですよ」


 そうだったのか。ユウとステアだけでなく他の二人もかなりの怪我を負っていたため、不安はあったがステアの返答を聞いてホッとした。


 ユウ自身も腕に穴が開く大怪我をしていたが、腕を見ても傷は綺麗に無くなっていた。

 掌を何度か開いて閉じてを繰り返した後、ユウはステアの目を再度見つめると、


「で、ファロムはどうなったんだ?」


 目覚めた後、一番に感じた疑問をステアに問いかける。


 ステアは目を伏せて暗い表情になった後、小さく口を開いた。


「あの夜、ファロムは姿を消しました」


「マジかよ……」


「でも、大丈夫です。神父さんが昨日捜索に出ましたので、きっと解決してくれるはずです」


「そっか」


 ステアの話を聞いていくらか安心した。あの鬼のように強い神父が探しているなら、ファロムが見つかるのも時間の問題だ。


「それで、神父さんからユウさんに手紙を預かっているんです」


 そう言って懐から白い封筒を取り出すと、ユウに差し出した。封筒に目を向けると、その表面には『親愛なるナルセユウへ』と、普段の神父からは考えつかない気味の悪い文面が綴られている。


 警戒しながらもステアから手紙を受け取ると、白い封筒を破り中の手紙を取り出した。手紙を開くと、隣からステアがそれを覗き込む。


 手紙にはこう書かれていた。


『とりあえず、君には礼を言うとしよう。ファロムと彼に操られた私を止めた事は賞賛に値する。操られていたとはいえ、私に強烈な一撃を与えたのは君が初めてだ。私でなければ確実に即死していただろうな。おかげであの後は本調子とはいかず、片腕を失ってしまった訳だが気にすることはない』


 出だしから辛辣な内容であった。こんな文章が大きな紙に二枚も書かれているようで、読み進めるのは気が重い。


 手紙の半分以上を占める軽口を軽く読み飛ばすと、後半部分には


『ファロムの事については私が対処する。どこに逃げたとしても、必ず見つけ出してその罪を懺悔させると約束する。奴もかなりの怪我を負っていたからな。それほど遠くへは行っていないだろう。

 それと、ファロムの件に肩が付いたとしても私は当面そちらには戻らないつもりだ。私が付いていながら、易々と彼の侵入を許してしまった後悔もある。彼の捜索のついでに昔の感を取り戻すまでは、我々の家の安全は君に任せるとしよう。何、君は世界で七人しかいない超越者を倒したのだ。何も問題はないだろう? 仮に誰かを失うような事があれば、君に腹を切ってもらうだけだ。介錯は私がしよう。では、次に会うときを楽しみにしている。

 子ども達の教育の面で私の代わりを用意しておいた。引っ越しの準備ができ次第、そちらに向かうだろう。癖のある方だが、君ならすぐに打ち解けられるはずだ。

 最後に、この手紙は読み終わると自動的に細切れになるようにしてある。優秀な“眼”を持っていながら、最後まで真相に気がつかなかった罰だ。少しくらい痛い目にあったほうがい……』


 そこまで読んだ後、ユウは勢いよく手紙を丸めると図上高くへと放り投げた。

 すると次の瞬間、手紙の周りごと空間が捻じ曲がるような景色が見え、手紙はまるでシュレッダーに何度もかけたかのように切り裂かれて、天井から紙吹雪が舞いおりた。


「あの野郎、次に会った時は覚えてやがれよ……」


 ユウは布団から出した右の拳を、プルプルと震わせながら力強く握りしめる。


「フフッ、神父さんらしいですね。でも、良かったです。二人ともなんだか前より親しくなったみたいで」


「何もよくねーよ! 危うく手がクリームパンみたいになるとこだったよ!」


「大丈夫ですよ、怪我をしても私がちゃんと治しますから」


 唾を飛ばしながら悲痛な叫びをあげるユウに対して、優しく微笑みかける少女。その顔は、以前見た時よりも明るい表情だった。


「っても、俺の怪我治してくれたのはステアなんだろ? ありがとな」


 自分だけでなく触れた相手の傷までも癒すステアの能力。記憶していた限り、ユウの体は酷い怪我を負っていたはずだ。その怪我すら今は殆ど見当たらず、異常な回復力を見せている自身の体は、彼女の能力のおかげだと確信してユウは感謝の言葉を述べた。


 お礼を言われたステアは小さく首を振ると、真剣な表情でユウの顔を見つめ直した。


「お礼を言うのは私の方です。ユウさんは私を助けてくれました。偶然ここに来ただけのユウさんが私を、私の家族を命をかけて助けてくれたんです。ユウさんには感謝しても、しきれません」


 今まで生きてきた中でお礼など言われ慣れていなかったユウにとって、ステアの言葉は新鮮なものだった。


 こうも面と向かって感謝の意を述べられると、どう反応して良いかわからず返す言葉が見当たらない。


 そんなユウに対して、ステアは何かを決心するような顔をした後言葉を続けた。


「私には今、ユウさんに返せるものは何もありません。ですが……」


 そこで言葉が突然途切れ、ステアはゆっくりと椅子から立ち上がる。次に片足をベッドにかけるとユウのいる所まで体を寄せて、肩に手を伸ばした。

 白く華奢な手がユウの肩に触れると、耳までを赤くした顔をユウの顔へと近づけた。ユウの顔が彼女から発する熱を感じ取れる程、二人の距離が近づく。


 予想を超える事態に戸惑うユウを無視して、ステアの顔がゆっくりと接近する。


 そして、少女の髪色よりも色の薄い桃色の唇が、ユウの頬に触れた。


 想像にない柔らかな感触を肌に感じて、形容しがたい刺激がユウの全身を駆け巡る。

 遅れてユウはこの行為の意味を理解すると、自分の顔が驚くほど熱を帯びている事に気がついた。続いて、やけに熱い自分の手に意識を向けると、少女と繋いだ手はどちらの汗かわからないほどにびしゃびしゃに濡れていた。


 数秒間口付けをした後、ステアは唇を離すと先程よりも真っ赤に染まった顔で、


「このにきたときの、最初の『約束』でしたよね? 今はこのくらいしか返せませんが、いつか……いつかきっと、ユウさんに恩返ししてみせますね!」


 いつかした約束を形にして、青色に輝く真っ直ぐな瞳でユウの目を見て微笑んだ。


 ユウはバクバクと鼓動する心臓の高鳴りを感じながらも、口付けされた頬を撫でる。

 普段のユウであるならば、軽口の一つや二つで返しておどけて見せる場面だが、今はそんな余裕は消し飛んでいた。

 真っ白になった頭でユウはなんとか精一杯の知恵を振り絞ると、


「ああ、期待してるぜ」


 と短く返答して、照れ臭そうにステアに微笑み返した。


 完全に二人の世界に入り込んでいたユウとステア。しかしユウがふと、ステアの背後に目を向けると今まで閉じていたはずの部屋の入り口が開いている事実を発見。さらに扉の側に不機嫌そうなしぐさの少女が一人、不機嫌そうな顔で扉をコンコンと叩く姿が目に映る。


 慌てて二人が距離を取ると同時に、音に反応したステアも扉に目を向ける。扉の前では黒髪のエルフの少女が『何度もノックはしましたが?』といった顔で二人を冷たい目で見つめていた。


「……お楽しみ中のところ悪いんだけど、元気になったんなら助けて欲しいんだけど。チビ達がはしゃぎ回ってて私だけじゃ手がつけられなくてさ。それにしても、起きた途端に盛ってるなんてお熱い事。あーあ、心配して損したわ」


 少女はそう告げながら蔑んだ目で二人を見ると、部屋の扉を乱暴に閉めてその場を後にした。


 いつから見ていたのかはわからないが部屋の入り口にいたシャルルの位置からすると、さっきまでの二人の様子はまるで唇にキスしていたかのように見えたはずだ。

 その事に気がついたのか、ステアは顔から汗を吹き出して扉越しまで聞こえるような大声を上げた。


「シャル! これは違うんです! 口にしたんじゃないんです! 変な意味はないんですよ! だから、そんな目で見ないで……みんなに言わないでくださーい!!」


 ユウと手を繋いでいることも忘れて、出て行ったシャルルを追いかけようと泣きながら扉に手を伸ばした。


 いきなり椅子から立ち上がったステアの手に引かれて、不幸にもユウはバランスを崩してベッドから落ちそうになる。

 下手したらベッドから落っこちて痛い思いをする場面ではあったが、ユウの心は晴れやかだった。

 慌てふためくステアの様子を見ながらユウは一人、静かに笑みを浮かべた。



 ――いつも通りの平和な日常。この幸せな日常を取り戻せたのだから、これくらいの欠点も悪くはない。




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