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第一章35 『かいしんの一撃』

 

 一、二、三、四……、四秒程無重力を味わって、背中から地面に激突した。


 ユウはまともに受け身も取れずに、摩擦熱を背中に受けながら教会の中程まで吹き飛んだ。

 ここに来て吹き飛ばされるのはもはや何度目かわからない。


 まるで自動車にでもぶつかったような衝撃だった。胸の辺りに感じる激痛は肋骨が折れたためだろうか。

 地面に叩きつけられたユウは、全身の力が抜けていくのを感じた。


 痛みで閉じていた目をどうにか少し開くと、隣にはシャルルの姿。頭を強く打ったのか頭上から赤い血を流している。

 かろうじて意識はあったのか、ユウの視線に気がつくと辛そうな顔で力無く微笑んだ。


「お前、どうして手を離さなかったんだよ!? そうすればお前まで傷つくこともなかっただろ?」


「私が手を離したら、ユウは死んじゃうんでしょ? 何もできない私だけど、そんな私にユウは助けられたって言ってくれた。私が体を張る理由なんてそれで十分、お釣りがくるくらいよ」


「それだけの事で……」


 予想外の少女の回答に反論をしようとするが、言葉に詰まる。ユウ自身、ステアを助けた時の理由は逃げる自分が許せない、という他愛もないものだった。

 それに、彼女は何度か自分の価値に疑問を持っていた。その事を思い出すと、自分を必要としているユウのために尽くす彼女の気持ちにも頷けた。


「いや、シャルルのおかげでどうにか首の皮一枚繋がった。ありがとな!」


 今はただ、彼女に感謝するだけでいい。

 シャルルはふふん、と嬉しそうに鼻を鳴らすとユウの手を強く握った。


「別れの挨拶は済んだか? 安心しろ、殺すのは貴様だけだ。そういう命になっている」


「相変わらずのロリコンヤローだな。その趣向、早く治さないと近い将来ブタ箱行きになっちまうぞ!」


 立ち上がるまで少しでも時間を稼ごうと、相手と会話をつなげる。

 そして、ゆっくりと起き上がりながらも左手を握りしめる。とりあえず体は動くようだ。


 ユウは片手を杖代わりに地面について震える足で立ち上がる。シャルルも頭やら膝から流血こそしてはいるが、ユウに手を引かれてなんとか立ち上がった。


「まだ抗うか。私もこれ以上、いたいけな少女を傷つけたくはないのでな。ここからは少し、趣向を変えよう」


 彼の言った言葉は嗜好ではなく趣向だ。一瞬、ユウの忠告を受け入れて性癖を買えたのかと思ったが、両手に持つ無数の十字架を見てそんな考えは消え失せた。


 風による吹き飛ばしの攻撃では手を離そうとしないシャルルまでが危険だと考えて、一点のみを狙う十字架による投影へと切り替えるつもりだろう。


 銀に光る十字架を見て、シャルルが震えたのを繋いだ手から感じた。以前あの部下が足に刺さった事を思い出しているのかもしれない。


 防ぎ難いあの攻撃はユウにとって中々に厄介だ。何か策を練るため、ユウはこれまでの情報・状況全てを見て、手に入った事象を元に考える。


(あらゆる概念をゼロにする俺の能力と他人からの認識を阻害するシャルルの能力。それと執拗に俺だけを狙うアイツの攻撃。こっちの手の内はほぼバレちまったし、相手には拘束と防御をする技もあるみたいだ。もう近づいての不意打ちはできそうにない。考えろ、考えろ、考えろ! まだ俺の手も足も動かせる。この状況を打開する手段はきっとある!)


 丁度少し空が白んできたようで、入口の外からは光が差し込み鳥の鳴く声が聞こえた。


「うっ……」


 その光景を見たロイリーが、何故か呻き声を上げて膝をつく。

 それと同時にユウは一つの“勝機”を見出した。


 ロイリーの様子がおかしくなった理由はわからないが、シャルルに作戦を伝えるには絶好のチャンスだ。


「シャルル、聞いてくれ。いまから俺がどうにかして時間を稼ぐ。その間に少しの時間……数秒でいい、お前の能力で俺とお前の姿を消してくれないか?」


「え? その体で隙なんてどうやって作るのよ! それに、私の能力で他人の姿を消すなんてできっこない!」


「いいや、シャルルならできるはずだ。能力は持ち主の過去や感情によって発言する。人の役に立ちたいなんて思ってる優しい性格のお前だ。そんなお前の能力が、自分だけひとりぼっちになるような悲しい能力なはずがないだろ? 大丈夫、俺の目が保証する」


 ユウに確信があるわけではない。しかし、頭の中にある能力発現の原理と賢者の瞳で見たシャルルの能力からこの予測には十分な合理性があった。


「もしそうだとしても、どうしたらできるかなんて、私にはわからない!」


「俺達、二日間もほぼ毎日手を繋いで一緒にいたんだぜ。俺はもうお前の体全部、俺の一部みたいに思ってる。心配すんなって、お前ならできるさ」


 まだ何か言いたげな様子のシャルルの頭をクシャクシャと撫でて黙らせると、ロイリーに向き直る。まだ具合が悪そうに額に手を当てていたが、ユウ達を血走った赤い目で睨みつけている。


「話が終わるまで待ってくれるなんて、随分と優しいんだな」


「何、少し具合が悪くてな。それと……万一にも貴様が逃げられぬようにと準備をしておいただけだ」


「は?」


 足首に違和感を感じて、顔を下に向けて確認した後前に踏み出そうと試みる。しかし、まるで透明な腕に掴まれているような感触で身動きが取れない。


 逃げるつもりなどはさらさら無かったが、Sランク様の能力ならこんな事もできるらしい。


「さあ、これで幕引きだ」


 チャキリ、と音を立ててロイリーが十字架を構える。


(どうする? 屈んで足に触れて、拘束を解除するか? いや、屈む前に十字架で串刺しになるのがオチだ)


 集中して考え込んで、攻撃を避ける可能性をしらみつぶしに探していくが、逆転のアイデアは何も出てこない。


 仕方なく羽織るマントに手をかけて、昼間のように能力で固定して弾くことを選択する。が、この行動でシャルルに怪我をさせた事を思い出して動きが止まる。


「まずは二本」


「くそっ! シャルル、能力を!!」


「――――ッ!」


 一縷の希望を持ってシャルルに叫ぶが、体が消える様子はない。


 狙いを定めたロイリーが腕を振ると、二本の十字架が目にも留まらぬ速さで、ユウ目掛けて真っ直ぐに飛翔した。


「があっ!!」


「きゃあッ!!」


 十字架は一瞬でユウの右手に到達すると、腕の肉を押し進めながら突き刺さった。

 そしてあっという間にユウの腕に二本、十字架の墓標が出来上がった。


「結局、最後は他人任せか。やはり貴様はここで死ぬのが正解だ」


(熱い、熱い、熱い!)


 怪我による痛みは覚悟していた。しかし、想像していた以上の痛みはユウの思考を覆い尽くす。


 右手には力が入らず、握っているはずのシャルルの手の感触もわからない。


 二の腕に突き刺さった十字架は骨まで到達しているようで、少しでも動かすとまた別の激痛が体を襲った。


 腕からは血が滴り落ち、手の甲を伝ってシャルルの腕へ手まで到達する。


 霞む視界の中で心配そうにユウの顔を覗き込み、言葉を発しようとしているシャルルに気がついて、飛びそうになる意識を体内に抑え込む。


(ここが踏ん張りどころだ、耐えろ俺! この程度の痛みなら、シャルルの泣き顔を見るより百倍マシだ!)



「お前の言う通り、俺はいつも人任せだ。シャルルがいなかったら、すぐに呪いで死んじまう。確かに俺一人じゃお前に勝てる可能性はゼロだった。でもな、俺は最初から一人で戦ってるんじゃねぇ! 初めっから全部人任せなんだよ! 人任せの何が悪い? 俺はシャルルを信じてるんだよ。シャルルがいたから、ここまで来れた。シャルルがいるから、お前に勝てる!」


 自らに語りかけるように、奮い立たせるように他人任せの本心をユウは叫ぶ。


「ふん……恥ずかしげもなく痴態を晒すとはな。ほら、次は三本だ」


 必死で吠えるユウの事など気にもせず、ロイリーは再度腕を構える。


 彼が次の十字架を投影した直後、世界がスローモーションのように感じた。

 ユウの視界には十字架を投げる動作までもがハッキリと見えて、彼の投げるフォームの美しさに感動すら覚えてしまう。


 三本の十字架はユウの額、首、胸を狙っており、さっきの威力から見てもどれか一つ当たれば天国に達するような速度。

 次に訪れる痛みを想像するが不思議と恐怖はない。あるのは確かな信頼だけだ。



「――駄目ぇぇぇ!!」



 突然腰あたりに少女が飛びついて、バランスを崩したユウは後ろに倒れた。

 予想外の展開に、体の反応が追いつかず地面に後頭部をぶつける。


 ロイリーの能力で拘束された部分は動かせず、足をくの字に曲げて横たわるユウの上、そこに何か重みを感じるが姿が見えない。それだけではない。自分の体があるはずの場所にすら、その存在が見えなくなっていた。




 ―――――――――――――――





「――どこに、消えた……?」


 教会の中、ただ一人になったロイリーは狐につままれたような顔で辺りを見渡す。しかし、二人の姿はおろか気配すら感じない。


風の結界(アル・ヴァーユ)


 ユウ達を警戒して周囲に風の障壁を作り出し構え直すが、二人の姿が見えない以上攻撃はできない。闇雲に攻撃を行えばシャルルまで傷つける恐れがあるからだ。


 ユウは倒れた体勢からゆっくりと起き上がり、まずは状況を把握。体を包むのは不思議な感覚。今の状態はまるで夢の中にでもいるような感覚だ。以前シャルルに聞いた話では能力発動中ならば、大きな音を立てない限り外に居場所がバレることはない。


 それと、シャルルの能力内にいは者同士なら姿は確認できるようだ。


「これ、私の力? 嘘……本当にできるなんて」


「ははっ、また助けられちまったな。信じてたぜ、シャルル! さぁ、これでアイツをぶっ飛ばせる!」


「そんな大怪我した体で何ができるのよ! 今ならアイツも動揺してる。外に出て助けを呼べば誰かがステア姉を助けてくれるかもしれない!」


 これまでの戦いを見ていた第三者からすれば、このままここに残れば命を失うことは明白だ。

 全身はボロボロで片腕はもはや使えず、多量の出血で立っていることすら不思議なユウが一矢報いる可能性など微塵も存在しないだろう。


 ただ気配を消して姿が見えなくなっただけ。それだけの事で圧倒的な実力差を補える訳がない。


 ステアが囚われているが、ロイリーのこれまでの行動からすぐには殺されることもないはずだ。今はこの場から逃げ切って体制を立て直し、増援を連れて仕切り直した方が賢明だ。


「逃げるってのもアリだよな。少し前までの俺だったらこの状況、一目散に逃げ出してる」


「なら――」


「シャルルは俺の事をたくさん助けてくれたよな? けど、俺は一度だってお前を助けてやれてない。年上な上に男の俺が、女の子に借りを作りっぱなしじゃカッコつかないだろ?」


 能力で足を縛る魔力をゼロにして再び立ち上がる。


「まあ、後は任せとけって! お前の姉ちゃんは俺が絶対に助け出してやる」


 ユウが考えた勝利へのプラン。今その全てが揃った。


 風の結界の存在から近づくことはままならない。残された方法はユウの能力による高速を超える投影、それだけだった。


 ユウは自身の腕に突き刺さった十字架を見つめて軽く深呼吸。


(ようやく、攻略法をつかんだぜ。攻撃のための弾はココにある。コイツを手に入れる事と、狙いを定める隙をつくる事。アイツに勝つためにはこの二つが必要だったんだ)


 ユウは左手で腕に刺さる十字架を一つ掴むと、それを勢いよく引き抜いた。

 傷口から血が吹き出し、痛みに顔が歪む。床に落ちる血はシャルルの能力の範囲内にあるのか、外の世界には映らない。


 手に持つ十字架の質量を能力でゼロにすると、ロイリーを見つめて狙いを定める。

 いつもとは違う真剣な表情のユウの顔を見て、シャルルは息を飲み込んだ。


「―――」


 音も無い、軽い動作だった。

 手を少し降っただけ。たったそれだけの動きで十字架はユウの手を離れ、進む先の空間を切り裂いた。


 物体が持つエネルギーは質量と速度の積で決まる。更に、投げられた物体が持つ速度は加わった力と質量に反比例する。

 しかし、質量のない物体がどんなに速く動いたところで、物体が持つエネルギーはゼロのままだ。

 だが、ユウの手から離れた物体からは能力が解除され、本来の重みを取り戻す。

 そうする事で無限のエネルギーを持った物体が出来上がる。


 どんなに強力な盾があったとしても、その攻撃を防げはしないだろう。



 ――相手が規格外の化物でもない限りは。



 十字架は最短距離で直進して一瞬でロイリーの体に到達する……はずだった。

 しかし、進む途中でまるで見えない壁に触れたかのように突然軌道を変え、教会の横の壁に向かって直撃した。


 石でできた壁はガラガラと音を立てて崩れ去り、穴からは外の光が差し込む。


「この風の結界がある限り、貴様の攻撃は決して届かんよ」


 風の結界による絶対防御。もはや成す術はないように思われた。だが、


(アイツの妨害は想定通り。今のは牽制の一撃。能力による防御は想定内。後はこれで――チェックメイトだ!)


 ユウは腕に残った最後の弾を引き抜き、痛みを堪えてニヤリと笑った。

 同時に瞳の色が黒から金へと変わる。金の瞳は世界の全てを見通した。


 瞳を通して見た光景から、壇上のロイリーを囲むように乱気流が無数に流れているのがわかった。


 後はその風の隙間を縫うように。


 ユウは再び十字架を構えて投げる姿勢を整える。

 力はもう必要ない。ただ正確に、黄金色へと変わった瞳に映る風の隙間を狙うだけ。


 一秒を何倍にも感じる緊張感に包まれて、ユウは最後の一投を放った。


「いっけぇぇぇぇぇぇ!!!」


 十字架は周囲の風に揺られて不自然な軌道を描くが、ロイリーの肩に一直線に吸い込まれた。


 投影の直後、瞳がロイリーの魔力を視認して再び激痛を感じた時、ユウの意識とは関係なくロイリーの能力が頭に流れ込んできた。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 名前:ロイリー・ライル・レイロード

 種族:ヒューマン

 能力:神の見えざる手(テンペスト)

 力:A

 体力:A

 早さ:B

 魔力:SS

 状態異常:催眠

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


次回24日9時頃更新予定です。

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