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第一章29 『告白』


「結局、シャルは来ませんでしたね」


 ユウはステア、テイシアとホールで遅めの夕食を済ませた後、流しで食器を洗い終えると元いたテーブルに座りながら辺りを見回した。


 ユウの失態でシャルルとはお昼に喧嘩のような別れ方をしてしまったため、できれば今日は顔を合わせたくはなかった。


「もしかしたら、深夜に食べに来るかもしれませんし、料理はこのままにしておきましょう」


 テーブルには大皿にパスタが四分の一と綺麗な小皿が二つ。ティーセットには冷えた紅茶が入っていたが、残しておいても悪くなると考えて、三人で飲み干した。


 ユウがステアに聞いたところ、この紅茶は神父がいれたものらしい。教会にあった甘い香りの花と似た匂いのする紅茶だ。昨日も飲んでいて味は美味しかったが香りを嗅ぐと昼間見た冷たい神父の顔を思い出すため、今日のユウはあまり飲まなかった。


 時計を見ると長い針が九の数字を指している。外は曇っているせいかホールの中も肌寒い。膝にテイシアを乗せたステアと握っている手だけは彼女の高めの体温を感じて暖かかった。

 そろそろ風呂にでもいくか、と思い始めたユウが口を開こうとした瞬間、ステアが先に提案をした。


「もう夜も遅いですし、そろそろお風呂に行きませんか?」


「俺も今言おうと思っていたところだ。どうする? 先に入るか?」


「いえ、私は後で入るのでテイシアと先に入ってください」


「わたし、ユウサンにいより、ステアねえと入りたい」


 顔を上に向けて悲しい意見を述べるテイシア。ステアは幼女の言葉に嬉しそうに頬を緩ませるが、


「実は、私はこの後ちょこっとだけお仕事が残ってるんです。それを終わらせたら行きますので先に入っちゃってください」


 覇気のない声で言うと繋いでいたユウの手を、膝の上にいるテイシアの手に当てた。


 もう夜の九時を過ぎた今からまだ働くなんて、引きこもりのユウからしたら信じられない行動だ。


「その仕事って俺に手伝えないか? それか明日やるんじゃダメか?」


「明日でも別に構わないんですが……。この子も眠そうですし、早くお風呂に入れてあげて一緒に寝ていただけると、私も助かります」


 空いた手で眠そうに目をこする小さな女の子を見てそう言った。

 テイシアは不満そうに口を曲げたが、ステアの膝からピョンと飛び降りるとユウの顔を見上げる。


「ユウサンにい、ここはおことばにあまえろよ」


 どこで覚えたのか貫禄のある言動でユウの同行を促す。予想もしなかったテイシアの発言にフフッと笑みがこぼれる。テイシアといると頭の中の暗い気持ちがまるで一掃されるようだ。


「悪いな、じゃあ先に行かせてもらうよ」


「はい。別に急がなくても大丈夫ですからね?」


 ステアにそう告げてユウはイスから立ち上がると、不思議そうに顔を見つめるテイシアの手を引いてお風呂場を目指した。






**********







 広い湯船に入ったテイシアはまるで水を得た魚のようだった。さっきまで眠そうにしていたのが嘘のように、浴槽の中をバシャバシャと元気よく泳ぎまわり水面に波紋を立てている。状態異常の影響で手を繋いだテイシアに体を引かれるユウは、ついていくのでもうクタクタだった。


 昼の出来事も忘れてしまうくらい年相応の無邪気さを見せてはしゃぐテイシアに、ユウは内心感謝をしていた。もしあしたら今は何も考えたくない気分だ、という表情で湯船に浸かっていたユウの気持ちを汲み取った彼女なりの優しさかもしれない。


 テイシアは遊び疲れたのか次第に大人しくなると、湯船の中で息切れするユウの横に座り込んだ。二人揃って石の壁に背を預けると、テイシアが小さな口を開く。


「ユウサンにい、なにかいやなこと、あった?」


 ユウの暗い雰囲気を察したのか、首を横に向け綺麗な赤い瞳でユウの顔を下から覗き込む。

 昼間の騒動の際にテイシアの姿はなかった。気がついたのは女の勘かはたまた彼女の能力か。丁度シャルルのことを考えていたユウは、その問いを聞き無理に笑顔を作る。


「そんな風に見えるか? 別に何もなかったけどな」


「そのかおは、うそついてる。ほんとのこと、わたしにおしえて?」


 テイシアには何か確信があるのだろう。小さな手でユウの手をギュッと握りしめ心配するように顔を見つめてくる。

 誤魔化しきれないな、と判断したユウは観念して昼間の出来事を話した。


「今日の昼、シャルルと喧嘩してな。アイツは何も悪くないのに、俺は酷いことしちまった」


 ゆっくりと口を開けると、ユウの中に抑えていた感情が次々と湧き上がってきた。


「実は俺、この世界の人間じゃないんだ。キミに似た神さまに、助けてもらってここに来たんだ。それで助けた替わりにこの世界で自分を探して欲しい、ってお願いされてな」


 突然のユウの話にまるで内容を理解していないかのように、テイシアはぽかんと口を開けている。それを気にせずユウは続ける。


「元の世界でただ生きていただけの俺にとって、ここでの出来事は何もかもが新鮮だった。見たことのない街、初めて見る食べ物、野蛮な憲兵に気の強い王女サマ。頭のネジが数本飛んだ執事もいたな。それにここには異能力なんていう、魔法みたいな力まである」


 言いながら手で湯船のお湯をすくって持ち上げる。そして手の隙間からこぼれ落ちるお湯に能力を発動し温度をゼロにした。すると空中を漂うお湯は、一瞬で氷柱のような形となって固まった。


 その様子を見て「おお〜」と感嘆の声を上げるテイシア。ユウはテイシアの顔を見て、


「非日常の連続に、俺の手に余るほど強い能力。こんな世界に来て俺はまるで小説の中の主人公にでもなった気でいたのかもしれない。この力に酔いしれて、自分はなんでもできると思い込んでいた」


 心の中にある本心を述べる。今日うまくいかなかった理由なんていくらでも思いつく。まだ慣れないところに来たばかりだったから。シャルルと手を繋いでいて動きにくかったたから。今まで一人になれる時間がなくストレスが溜まっていたから。ユウは言い訳が得意な自分が昔から嫌いだった。


「この状態異常になってシャルルには助けてもらっていたのに、助けてもらわないと俺は生きられないのに。神父との戦いでアイツが邪魔だと思ったんだ。本当に俺が思わなきゃいけなかったのは、アイツに感謝することなのに」


 ユウは歯をくいしばり、手に力を入れて氷柱を握りつぶす。氷を握った手には氷片が食い込み湯船には血が滴る。


 赤い血は風呂場の水に溶けていき、やがて見えなくなる。テイシアは苦虫を噛み潰したようなユウの顔を見て声をかけた。


「むずかしいことは、わたしはよくわからない。でも、わるいことをしたら、あやまらないと。シャルねえと、なかなおり、したいんでしょ?」


 テイシアは相変わらずの無表情な顔で、途切れ途切れだが頭の中にある言葉を必死に伝える。


 ゆっくりと話すテイシアの言葉を聞いた。自分がやらないといけないことは簡単だった。話の内容は理解されなかったようだが、テイシアの言った通りだ。


「今俺がやるべき事は、失敗の言い訳を探す事じゃない。シャルルに会って今日の事を謝る、そして今まで助けてくれたお礼を言う事だ。謝って許してもらえるかはわからない。けど、許してもらえるまで、俺にできる事はなんでもする! アイツにはあんな悲しそうな顔はしていて欲しくない。悲しませた俺が言うのも、おかしな話だけどな」


 ユウは久しぶりに見せた笑顔で言うと、テイシアの頭に手を置いて白い髪をクシャクシャと撫でた。テイシアは目を瞑ってそれを嬉しそうに受け入れる。


 テイシアの顔を見るとほのかに赤みがかかっている。彼女の反応から照れている、のではなさそうだ。


「ユウサンにい、わたし、なんだかあたまが、ぼーっとする」


「長いこと話しすぎたみたいだな。ステアも待ってる事だし、そろそろあがるか」


 湯船からあがりのぼせたテイシアの手を引き、ぺたぺたと歩いて風呂場の出口を目指す。


 出口の引き戸を開け外に出ようとした時、ユウの背中にコツンと何かがあたり背中の水滴がはじけた。ユウは何かを感じて振り返ったが、そこには誰の姿も見えなかった。

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