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第一章2  『邂逅』

 

 何もない黒い空間。見渡す限りの暗闇はどこまでも続いている。

 ユウが意識を取り戻した時、いつのまにかこの空間にいた。


「ここは……どこだ?」


 怪しく光る足元を確認しながら、ユウは思考を巡らせる。この広い空間は明らかにさっきまでいたクローゼットの中ではない。

 つい数秒前までは燃え盛るクローゼットで熱に耐えていたはずなのに。ユウはある可能性を考え、活き活きとした声を上げた。


「これはもしかして……異世界転生ってやつか!」


 ユウの姿が生前の姿である以上、正確には転生ではなく転移にあたるのだが、これがどちらであるかは大きな問題ではない。突然この不思議な空間に移動した不安より、いつもと違う非日常な出来事に喜ぶようにユウは大きく声を上げた。


 コンコン、と床を叩いてみると水のように波紋が広がる。しかし、触れた感触は水とは異なる硬く形容しがたいものだった。


 寒さも暑さも感じない、何もない空間にポツンと佇みしばらく辺りを見渡していると、うっすらと前方にゆらめく影が現れた。


「やだなぁ、転生なんて大それた事ボクにはできないよ」


「! 誰だ?」


 ユウは突然声が聞こえてきた方向に慌てて振り返る。


「ようこそ、ボクの世界へ! 歓迎するよナルセユウくん」


 そう言いながら、闇の中から何かが近づいてくる。ユウが目を凝らすと白い髪、赤い瞳の少女が瞳に映った。少女といったがその真相は定かではない。その見た目は少女とも少年ともとれる中性的で綺麗な顔立ちで、彼女の発する声は男の子にも女の子にも聞こえる声だった。


 服装はといえば、白い一枚の大きな布をマントのように羽織っている。膨らみのない白い体で時折布の隙間からチラリ、と綺麗な肌が見える。頭には可愛らしい花飾りをつけている。身長は百三十センチくらい、ユウと比べるとかなり小柄な少女。見た目だけで判断するのなら小中学生くらいの年齢だ。


 少女はユウの数メートル前で立ち止まり何かを呟くと、突然ユウの視界から姿を消した。すると今度はユウの背後から楽しげな声が聞こえてきた。


「こっちだよ、ユウくん」


 ユウが振り返ると目の前には少女の顔。少しでも動くと唇が当たってしまいそうな距離だ。


「うわっ!!」


 いきなりの事態にユウは驚くと、まるで後ろに向かって走るかのように後ずさりしたあと、つまづいて尻餅をついた。


「アハハハハ!」


 楽しそうに笑う彼女だが、その発する雰囲気は明らかに彼女が普通の人間ではないということを物語っていた。


「ここが何処か……なんてつまらない事、気にしなくてもいいじゃないか! それよりも、さっきキミはなんでもするっていったよね? ボクからお願いしたいことがあるんだけど」


 急に出てきて何言ってるんだこいつは、と内心では思ったが何も言い返せない。そもそもひきこもりであるユウがいきなり現れた他人、それも女の子と話すなんてレベルが高すぎた。


 ゆっくりと立ち上がったユウが答えられずに黙っていると少女は続けた。


「ああ、驚かせてしまったようだね。ボクの名前はティア。キミが理解できる言葉で表すなら……うーん、そう! 神様! そんなところかな!」


 彼女の言葉を聞きながら高鳴る心臓をなんとか落ち着かせると、ユウは小さく口を開いた。


「……そのカミサマとやらが、部屋で焼け死ぬ筈だった俺を、助けてくれたって訳か?」


「理解が早くて助かるよ! ちょうど退屈してたところに、ボクを呼ぶ声がしたからね。気になって見てみたらこの通り、助けてあげたって訳さ!」


「妹は!? 俺の部屋にいた妹はどうなったんだ?」


「あの子がどうなったかは知らないよ。ボクには必要なかったからね」


「え……?」


 全身の力が抜けたユウがヘタリ、と座り込むとティアはそれを見て嬉しそうに、


「フフフフ! うそうそ、キミ以外全員無事に避難したみたいだよ。ま、妹はサービスでボクが助けてあげたんだけど」


 ティアがまた何かを呟き手を振ると、何もない空間からユウの住んでいた家が映し出された。家はユウが思っていたより激しく燃えていて、家の形を保っているのが不思議なくらいだった。家の前には泣き叫ぶ妹と、それをなだめる母の姿がある。


 ユウは胸を撫で下ろしティアを嫌悪を込めた目で睨むと話を続けた。


「こんな悪戯好きなカミサマが俺なんかを呼んだところで、アンタの退屈を紛らわせるとは思えないんだが……」


「そんなことはないよ、全能であるボクにとって、君みたいなニンゲンとの交流は他の何よりも楽しい遊びだからね」


 まあ、簡単にはできないんだけどね、と付け足すように言うと綺麗な白い長髪をいじりながら、神はそう答えた。


「それにしてもこの空間は一体なんなんだ? どうしてこんな所がある?」


 会話に慣れてきたのか、ここに来て一番に感じた疑問をユウは問いかけた。


「うーん、難しい質問だね。ここに名前はないんだ。あっ、キミの好きなゲームでいうチュートリアルみたいな感じかな」


「チュートリアル?」


「そうさ! さっきも言ったんだけど、ボクはお願いがあってキミをここに呼んだんだ。もちろん聞いてくれるよね? ナルセユウくん!」


 相変わらず楽しそうに話す神様。なんでもすると言ってしまったうえに助けてまでもらった手前、断るのも申しわけない。ユウはそう考えると静かに縦に頷いた。


「ありがとう! まあ聞いてくれるまで話は進まないし、ここからは出られないんだけど。お決まりのパターンだよね!」


(結局聞かなきゃ進まないのかよ! よくあるRPGの無限ループじゃねーか!)


 心の中でツッコミを入れるユウに、悪戯な笑みを浮かべてティアは話を続ける。


「これからキミに起こる事はキミが想像している通りさ! これからキミはボクの住む星に行ってもらうよ! もちろん向こうで困らないよう、ボクからキミにプレゼントもしてあげるよ」


 そう言ってティアが小さな左手を突き出すと、眩い光がユウを目掛けて飛んできた。


「うおっ!」


 いきなりの事に驚きながらも、ユウは自身に向けて飛んでくる光を回避しようと体を捻らせた。

 しかし、そんなことは関係なしに光は軌道を変えてユウの目を貫くように飛び込んできた。

 あまりの眩しさに尻餅をつきながら思わず目を閉じる。


「いきなり何するんだよ!」


「ボクからのプレゼント、気に入ってくれるかな。キミにピッタリの力だと思うんだ」


 尻を払いながら怒り気味に立ち上がると、さっきまで見ていたものと、明らかに違う光景が金色になったユウの瞳に映った。


 ティアの周りには黄色の淡い光が彼女の体を覆うように包み込んでいた。その姿は、まるで昔見た映画の中の神様のようだった。目線をティアの突き出したままの左手に移すと、そこには体全体を覆うものよりも更に大きな光があった。


「その目は”賢者の瞳”。これからキミの行く場所にある、あらゆる魔力(マナ)、異能力を見極めることができるよ。かつてボクにあった、“全知”の力の一部さ! おめでとう、ぱちぱちぱちー」


 おもちゃを買ってもらってすぐの子供のようにはしゃぎながら、ティアは口で擬音を発し無邪気に手を叩く。突然魔力とか能力とか言われても何が何だかわからない。答えを求めて、ユウはティアに問いかける。


「マナに異能力?」


「そっか、キミ達の星には魔力も魔法もないんだっけ。簡単に説明しよう! 魔力(マナ)は能力を使うためのエネルギー、大きな能力を使えばすぐになくなるし、マナがないと異能力は使えない。キミの世界にあった車の燃料みたいなものかな。対して異能力は誰もが持ってるその人固有の能力。あらゆる物理法則を超越した不思議な力を起こせるし、世界には二つとして同じ能力は存在しないんだーっ」


 ティアは続けて説明する。


「これは普通の人形だけど、ボクの能力を使えば……」


 ティアはどこからともなく等身大の人形を取り出し、宙へと浮かべる。彼女は人形と言ったがどう見ても、見た目は本物の人間にしか見えない。だが、生気はまったく感じられない、不気味な人形だ。


 その人形に目を向けるとティアは呪文を唱えた。


“神様の言うとおり”(ルールオブティア)……木偶の坊よ、弾けろ!」


 ティアが言い終わった瞬間、ユウの視界には人形の頭の部分が歪んで見えた。歪みは徐々に大きくなり突然、ゴウッ!! という轟音が響き渡る。とてつもない風圧にユウは目を閉じて顔を逸らした。彼が再び目を開いた時には、宙に浮いた人形が跡形もなく消え去っていた。そして人形の残骸か、辺りには血しぶきと無数のチリが漂っていた。


 あまりの事態に脳の処理が追いつかず、思わず目を丸くする。対して人形からの返り血で服を赤く染めたティア。あまりにスプラッタな光景に絶句していると、ティアは口角を少し上げた後、


「でもでも、こっちの力を使えば……」


 ティアは再度呪文を唱える。


“神様の言うとおり”(ルールオブティア)……あるべき姿へ!」


 驚くほど眩い光が、ティアの白い手に集まっていく。

 ティアが手をかざし力を込めると、あたりに散らばったチリや血が一点に集まりだした。それらが人の形に集まると、まるで何もなかったかのように元の人形が出来上がった。血で真っ赤に染まっていたティアの体までもがすっかりと元どおりになっている。


「すげぇ……」


「でしょ? これがボクの異能力“神様の言うとおり”(ルールオブティア)だよ。この能力はボクが言ったことが現実になる全能の力さ! キミがこれから行く惑星、“エリシオン”ではそこにいるみんながこんな力を持ってるんだ! どう? 楽しそうでしょう?」


 ティアが今までで一番楽しそうな表情を見せる。その顔を見ていると、見る者まで頬が緩んできそうな程の笑顔だった。


「うっ!」


 突然、ティアを見つめていたユウは耐え切れない頭痛を感じて、自分の手で金色に輝く目を抑える。すると、頭の中に頭痛と共に彼女の情報が押し寄せてきた。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 名前:▲・◯?#_!◎ア

 種族:薇◯也+@

 力:?

 体力:?

 早さ:?

 魔力:EX

 状態異常:なし

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 頭に入り込んできたのはおそらく彼女のステータスだ。しかし、そのほとんどはノイズがかかっているようで内容はよくわからない。ユウは頭痛に耐え切れずに目を閉じる。そして再び目を開くと、頭痛は治まって視界もいつものものに戻っていた。


「ああ、その瞳は映した者のステータスを意図せずとも見る事ができるんだ。でも、すっごく強い力を持った人を見ると、とっーっても危ないんだ。目が力を分析しきれず壊れちゃうから、注意してね! まぁ、ボクくらいの力を持った奴なんて、エリシオンには両手の指ほどもいないだろうけどね」


「それは先に言ってくれよ!」


 ウィンクをしておどけた様子で言う神様からは反省の色は微塵も感じられない。彼女の話の通りなら、とにかくヤバそうな奴は見るなってことか。目の前にいるのは思い通りに何でもできる神様だ。向こうではこんな能力の奴には合わないように祈りたい。


「さっきアンタがくれたこの目が、俺の異能力ってことか?」


「ううん、違うよ。言ったでしょ、それはボクからのプレゼント。だからキミの力は別にある」


(不思議な力が二つあるなんて、まるでアニメや漫画の主人公みたいだな)


 ユウはティアの話を振り返り、分析する。


 神様の話はゲームに例えるとこうだ。“異能力”がキャラクターごとが持つ、レベルアップで覚える特技のようなユニークスキル。そして魔力、マナと呼ばれるものがエムピーと言ったところか。さながらこの瞳の力はイベントスキルのようなものだろう。


 ユウは良い意味でゲーム脳である今時の少年だ。突然の事でも理解は早かった。ユウは高ぶる気持ちが抑えきれず、ティアに再度質問した。


「なら俺の能力はなんなんだ?」


「うーん、それは自分で見つけるまでのお楽しみってことで! というより、向こうに行くまではボクにもわからないんだ。向こうにある大気に漂う魔力に触れて、初めて能力は開花するからね。その人の本質を表す固有の能力がね。それより、ユウくん。さっきからキミ、質問ばっかりで少し飽きてきちゃった。そろそろ本題に入ってもいいかな?」


 ティアの言葉を聞き、これまで質問攻めだったことを思い出し反省する。たしかに聞きすぎではあったが、急にこんな場所に連れてこられたんだから仕方がない。


(少し聞きすぎたか? 久しぶりに他人と話したからかな、会話の感覚を忘れちまった。でも、死んだと思ったら実は生きてて、いきなり魔法みたいなものを見せられて。さらにはまるで異世界みたいな”エリシオン”? とやらに行ってこいとなると、疑問がないなんてやつは頭がおかしいだろ!)


 誰に言うでもなく、頭の中を整理するため状況を確認する。


(それにしても、神様の言う“お願い”というのはなんだろうか? まあどこかの星に行ってこいって話だし、「勇者になって魔王を倒して!」とか「世界に隠された、伝説の秘宝を見つけて欲しい」とかそんな感じだろう)


 何もない空間に少しの沈黙が続き、ユウの額には緊張のせいか汗が走る。その間にティアの雰囲気が少し、変わったような感覚を覚えた。ただの気のせいだろう、と不安な気持ちを一掃するが、ティアは依然として何も答えない。


 沈黙に耐えきれず、ユウはティアに問いかけた。


「それで、アンタの言う“お願い“って?」


 俯く女神はユウからの問いに数秒の沈黙を挟む。その後、顔を上げて小さな笑顔を作ると少女の姿をした自称神様、ティアは答えた。


「それじゃあ言うね。ボクからのお願いはね、エリシオンにいるボクを見つけて、そしてーー」


 一瞬の間の後、この神は耳を疑うような言葉を言い放った。


「そして、ボクのお婿さんになってよ!」


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