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第一章25 『年の功』

 

 朝起きると知らない天井が見えた。窓から見える太陽は、真夏のように輝いている。


 ユウはまだ覚めきらない頭を起こし考えた。


(昨日お風呂に入ったあとから記憶が曖昧だ。あの後どうしたんだっけ? ファロムに神父のことをお願いして、この部屋に戻ってきた。で、気が付いたらこの状態……か)


 ユウの横でスヤスヤと寝息を立てている少女を見つめる。黒髪の耳の長い少女がユウの手を両手で握りながら、気持ちの良さそうに眠っている。とりあえず、寝ている間に手が離れなかったことに安堵した。


「これが大人のお姉さんなら良かったのになあ。いや、この子が嫌なんて贅沢は言ってない。ただ昨日と比べると何かもの足りな……」


「……聴こえてるわよ」


 片手を離し、大きく伸びをする少女は不機嫌そうな様子で目をこする。どうやら途中から起きていたようだ。少女はまだ眠り足りないといった風に大きく欠伸をした。


「こんなに可愛い美少女の隣で寝た癖に文句を言うのね……と、寝起きの顔をジロジロとみないでくれる!?」


「悪い、つい見とれてた」


「なっ……」


 目を点にして、固まる少女。そんな少女を見てユウは思う。


(昨日から感じてたけどこの子、チョロすぎないか? お兄さん、この子の将来が心配だよ……)




 


*********





 着替えた後、シャルルと小指を繋いでホールに行く。着替えは神父の物を借りる事にした。シャツは思いのほかサイズが大きく、何度も腕まくりをするハメになったが。


 ホールには机の上にいくつかのパンが置いてあるのが見えた。朝食だろうか? 机の前でイスに座ってパンを頬張るテイシアがいるが、他の子は見当たらない。


「おふぁよう、シャウねえ、ウウサンにい」


 パンを口に入れながら挨拶をする幼女は相変わらず無表情だ。テイシアの隣の席に座るとパンを一つ取り口に入れる。少し遅れてシャルルもイスに座った。


「おはよう、テシア。今日はみんなと一緒じゃないのか?」


 口に詰めたパンをゴクリ、と飲み込んだテイシアはユウの質問に答える。


「おきるじかんは、みんなちがう。ごはんのじかんもみんなちがう」


「夕食とお祈り以外は大抵自由なのよ、ここ。たまに勉強もさせられるけど」


「このあとべんきょう、あるよ?」


 テイシアの言葉にギョッとした表情でシャルルは幼女の顔を見る。明らかに勉強が嫌そうな表情だ。


「おもしろそうだな。俺も参加してもいいか?」


 ユウの突然の言動にシャルルは驚いたようにユウの顔を見た。テイシアはコクリ、と頷くと「こっち」と言ってパンを加えたままホールの奥へと駆けて行った。


「ちょっと! 私まだ朝ごはん食べてない!」


 隣で空腹に怒りを示す少女の声がしたが、走る幼女を追いかけるためパンをひとつシャルルの口へ押し当てて、ユウは席を立った。





*********






 テイシアの後を付いてきたユウは孤児院の中の一室、勉強部屋と思しき部屋に入る。中を見ると床の上にベージュのカーペット、足の短い机が六つ。机の前には二人づつ子ども達が座り込んでいる。


 教師役と思われるステアが一番前で、何故かメガネをかけて立っていた。メガネに隠れて少しクマが見える。疲れているのだろうか。


 ステアはユウとシャルルを視界に入れると、入り口の二人に近づき声をかけてきた。


「シャル! 今日はサボらずに来てくれたんですね! ユウさん、連れてきていただきありがとうございます!」


「ここの勉強に、興味があったからな。って、シャルルはよくサボってるのか!?」


 ユウの前半部分の発言を不思議に思ったのか、しかし言及することはなくステアは首を少し傾けて、


「この子、勉強があまり好きじゃないみたいで……。計算の勉強の日は、いつも何処かに逃げちゃうんです」


「別に逃げてるわけじゃない。必要に思わないから来てないだけ。計算ができなくても、こうして生きていけるんだし」


 シャルルは相変わらずの仏頂面でステアに言い返す。たしかに、ここまで勉強嫌いの子どもに教えるのは骨が折れそうだ。


 疲れた様子のステアを見てユウはある提案を考えた。


「今日のシャルルの勉強は俺が教えるよ。俺もそれほど頭が良いってワケじゃないけど、二人の方が捗るだろ?」


「本当ですか? これだけの人数に加えてシャルに教えるのは、一人だと大変だったんです。手伝っていただけるなら私、すっごく嬉しいです!」


 ステアは思わずユウの手を握り、跳ねながら喜んでいる。ここまでお世話になったからには、何か彼女の役に立ちたい。そう思っていたユウはステアの喜ぶ姿を見て、笑みを浮かべた。勝手に話が進んだせいか、不機嫌そうに二人を見つめるシャルルの隣で。


「それでは私は今日の分の問題を配りますね」


 ステアはそう言うと、前に戻り用意してあった紙の用紙を全員に配り始めた。


 空いていた一番後ろの席に座り待っていると、ステアから問題用紙を一枚手渡された。シャルルにこれを教えろ、ということだろう。


 渡された用紙には十問の問題が記されている。問題の大半は小学校で習ったような、足し算と引き算だった。


 ユウは用紙に目を通すと、あまり難しくはないな、と率直に感想を述べた。ただ、足し算は普通の○+□のような短いものではなく、○+○+○+○+○+○のようにいくつも同じ数を足している。かけ算という、小学二年生もびっくりな計算方法を使えば一瞬で答えにたどり着ける問題だ。


 隣に座ったシャルルに問題用紙を手渡すと、唸りながら親の仇を見るように受け取ったそれを睨んでいる。


「まさかこれができない、なんて子どもみたいな事言わないよな?」


「このくらい簡単にできるわよ。いつも適当に数字を書けば一問くらいは当たってるし」


 何故か自慢気に自らの不真面目さを語る少女。足し算の問題でゼロ点を連発するどこかの小学五年生と比べれば、彼女の方が優れているのかもしれないが、考えずに答えるだけでは勉強しているとは言えない。


「問題の右から順番に足していけば答えにたどり着けるだろ? 八と八を足したら十六。十六と八を足したらどうなる?」


「途中までは上手くできてるはずなんだけど、最後の方はよくわからなくなるのよね……」


 少し苛立ちの入った声で言うと、ユウと繋いでいる小指の力が強くなる。


 シャルルがやる気になってくれる何か良い方法はないだろうか。目を瞑り険しい顔でユウが考えていると、一つの案を閃いた。


「なあ、かけ算って知ってるか?」


「カケザン? なによ、それ」


「ここにあるような同じ数を足す問題を一瞬で解けちまう、魔法のような方法さ」


「何言ってるの、そんなのあるワケないじゃない。さては私のやる気を出そうといい加減なこと言ってない?」


 ユウの言葉を疑ってかかる少女に対し、ユウはささっと九九の表を用紙の空いたスペースに素早く書いた。


「まずはこの表を見てくれ。今やってる問題は八を五回足している。普通に計算したら、四回計算が必要だ。だけどこの表にある八かける五の部分を覚えれば、答えを出すのは一瞬だ」


「そんな簡単にできるわけ……」


 シャルルは怪訝な表情で問題を解き始める。ペンを走らせる音が何度か響くと、自分の答えとユウの書いた表に交互に目をやり、


「……ホントだ、同じ答えになった! でも、このバツ印は何なの? どこか間違えてるの?」


「これはかけるって意味の記号だ。これがあると、前の数字が後ろの数字の分だけあるってことになる」


「すごい! この表を覚えればすぐに計算ができるじゃない! ユウ、アンタ天才ね!」


 興奮してしゃべるシャルルの声を不思議に思ってか、周りの子どもがシャルルの用紙を覗き込む。たしか、名前はラルだったか。ラルは誰よりも速く問題を

解き終わったシャルルの用紙を見て、


「ユウサンすげえ! オレにもこれ教えてよ!」


「だめだ、ユウは私の先生なのよ。アンタらはステア姉にでも教えてもらえば?」


「シャルねえだけずるい!」


 自分より年下の少年と口論をする少女。そんか彼女らをなだめるようとステアが二人に詰め寄ると、二人の話を聞いてユウのかけ算の表に目を向けた。


「ユウさん、なんですかこれ? 見たことのない式がたくさん書かれてますが」


「もしかして知らなかったのか? これはかけ算といってだな……」


 シャルルにしたように、ステアにも同じ説明をする。ステアは驚いた顔をした後、革新的な方法に感心してユウの書いた表を全員に紹介しはじめた。


 いたるところからユウに対する賞賛の声が上がるが、褒められ慣れていない少年は恥ずかしそうに頭を掻いた。


 勉強の時間が終わると、一人の少女を除いて全員が尊敬の眼差しでユウを見る。


「もう! みんなにあの方法を教えちゃったら、私が自慢できなくなるじゃない!」


 不満の声を上げる少女の顔は、勉強を始める前よりも楽しげな表情を見せていた。

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