第一章22 『トウメイな少女』
「シャルルはどこにいったんだ?」
「たぶん自分の部屋にいると思いますよ。あの子、いっつもお祈りの後は部屋で横になっているんです」
協会を出たユウ、ステア、テイシアの三人はシャルルを探して孤児院の中に入っていた。
お祈りの後、眠そうに目を擦っていたテイシアを子ども部屋に寝かせてきた。今は十六時くらいか。夕飯まではまだ時間があるようだし、ゆっくり眠れることだろう。
ステアに案内され孤児院の中を歩く。廊下はそれほど広くはないが、おばさんの家と比べると綺麗な印象だ。床には茶色の絨毯が敷かれ、壁は汚れが少なく等間隔で机と花の入った花瓶が置かれている。
園長のエドワーズは子どもの為ならお金は惜しまないのか、と彼の子どもへの気持ちが伝わってくる。
茶色のドアの前でステアが立ち止まりユウの方を振り向いた。どうやら、ここがシャルルの部屋らしい。
「ここがシャルの部屋です。私とシャルはみんなと違って一人部屋を貰ってるんです。年頃の女の子は一人の空間が必要だろう、っていう園長の優しさのひとつです!」
「やっぱりあの園長、見た目通り子どもには優しいんだな」
ステアに微笑み返すと二人はドアの方を向いた。コンコンコン、ドアを手の甲で叩いたステアは、
「シャルー! お仕事をお願いしたいんですが、いますかー? 返事しないといつもみたいにまた、勝手に入っちゃいますよー?」
大きめの声で問いかけるが返事はない。少し待った後、ステアは空いた方の手でドアを開けた。
部屋の中は甘い匂いがした。ステアの匂いとはまた違う、女の子特有の匂いだ。
部屋を見渡すと小さなベッドがひとつ、丸い机がひとつ、ぬいぐるみが置いてある棚がひとつある。自作のぬいぐるみだろうか、棚の上には犬と猫を混ぜたような可愛らしいぬいぐるみが置かれていた。中を見る限りシャルルは居ないようだ。
ステアは部屋を見た後、ユウに視線を移すと、
「シャルは部屋にいますよ。あの子能力で姿を消せるんです」
「便利な能力だな」
姿を消す能力。男なら誰もが憧れたことがあるはずだ。そんな能力があれば女湯を覗いたり、店の物を好きに食べたり欲望のままに生きられる。
ユウが不純な妄想をしていると、ステアは部屋の中を探るように歩き出した。
見えない少女をどう探すのだろうか。ステアの後ろをついていきベッドの近くにたどり着くと、布団が少し沈んでいることに気がついた。
(これ、間違いなく上に何か乗ってるよな?)
確かめるべく手を伸ばすとマシュマロのような柔らかな感触がある。
なんだこれ? 不思議に思いユウがそれを何度か揉むと、何かに腕を振り払われた。
(この後の展開、おそらく俺は知っている……)
背中を流れる汗を感じ、ユウはこの後に降りかかる理不尽な暴力に備えて固く目を瞑る。すると、ゴチン! と顎に強い衝撃を感じた。
「なに触ってんのよ、この変態!!」
大きな怒声と共に痛みを感じて目を瞑る。そのあと、ゆっくりと目を開いていくと、何もない空間の中からスーッと真っ赤な顔の少女が現れた。長い黒髪の中からアホ毛がピンと伸びている。
ステアの言っていた能力を使ったのか。どうやら少女は能力で自分の姿を消していたようだ。
「勝手に入らないでっていつも言ってるでしょ、ステア姉! それになんでコイツがここにいるのよ!? また手なんか繋いで!」
「シャルはいっつも呼んだところで返事しないじゃないですか。それに、ユウさんは園長からのお願いがあってここに来たんです!」
「いつもは用も無く、私の部屋に来るくせに……。」
シャルルは目を伏せて呟くとステアに聞いた。
「で、お願いっていうのは一体何? ステア姉にできないことなんて、私もできないんだけど」
「えっとですね、言いにくいんですが……その」
チラリとユウと繋いだ手を見たステアは言葉を詰まらせる。それを見兼ねたユウは自分から話を切り出した。
「キミの姉さんがここの手伝いをしている間、俺と繋がってて欲しいんだ」
「はっ?」
信じられない、といった顔で目を丸くする少女。事情を知らない人からみたらユウのお願いは、まさに変質者のそれだった。
「ユウさんは特別な体質でして、女の子と触れていないと死んでしまうんです。信じられないかもしれませんが、私の代わりにどうか、ユウさんと一緒にいてくれませんか?」
「ステア姉がそんな冗談言うなんて、知らなかった。何かそいつに弱味でも握られてるの?」
「本当なんですよ! 信じてください!」
このままでは話が一向に進みそうもない。ユウは信じてもらう方法が思いつかず、シャルルの手を握りステアの手を離した。
「ちょっと! 何勝手に触ってんのよ! このケダモノ!!」
シャルルは腕を振ってユウの手を離そうとする。しかしユウが手を開いて握る力を無くしても、手は少女の体とくっついて一ミリも離れない。空いた手を使ってユウの腕を掴んで引き離そうとするが、今度は掴んだ方の手が離れない。
「なによこれ……。ステア姉! 見てないで助けてよ!」
ユウの腕を掴んだままステアを見て叫ぶ。それを見たステアは意地悪そうな笑みを浮かべて、
「ほら、私の言った通りでしょう! 私のここでのお仕事がある間、ユウさんをお願いしますね」
「絶対、イヤよ。なんで私がこんなヤツのために……。私が男を嫌いな事、ステア姉も知ってるでしょ?」
酷い事を言われているが、頭に血が上っているシャルルを前にユウは何も言えない。ステアは今にも暴れだしそうなシャルルの頭を撫でて言う。
「もちろん知っていますよ。でも、いつまでもこのままじゃダメだと、私は思います。それに手を貸してくれれば、園長さんが何でもお願いを聞いてくれるそうですよ?」
「それ本当!?」
今までの態度と打って変わってシャルルは目を光らせステアの顔を見る。餌を前にした犬のように笑顔を見せるシャルルは、
「なら私、街に行きたい! 街に行かせてくれるならこんなヤツのお世話でも、私頑張れる!」
「本人を前にして、こんなヤツって……」
「ありがとうございます! 許可がでるかはわかりませんが、園長さんにはなんとか私からお願いしてみます!」
シャルルは少しだけ嬉しそうにふん、と鼻を鳴らすと落ち込むユウの指を一つ、優しく掴んだ。
「いい? アンタから私に触れるのは絶対に禁止。私から触るのもこの指だけだから」
「ああ、助かるよ。ありがとう」
お礼を聞き、シャルルはぷいっとそっぽを向く。そして「よろしく、ユウ」と小さく呟いた。ステアは安心したようだが名残惜しそうな顔をして、新たにユウに繋がれた手を見る。
「それでは、ユウさんをお願いしますね。お仕事が暇な時は私が代わりますから! あ、それともしものときのためにコレを渡しておきますね」
ステアは懐から三十センチ程の棒を取り出してシャルルへと手渡す。
「なによ、これ?」
「雷獣の尻尾でできた護身用のお守りです。もしユウさんに変なことされそうになったら、横に付いているスイッチを押してペシンと叩いちゃってください!」
「俺は躾の悪い子犬か何かか?」
シャルルがカチカチと棒の持ち手に付いたスイッチを押すと、先端からバチバチと白い電流が火花を散らした。スタンガンのようなものだろう。
「ありがとステア姉。なるべく使わない事を願うわ」
その後ステアはまだ仕事があると言い残して、くるりと足を回転させるとシャルルの部屋を急いで出て行った。
シャルルは二人きりになった部屋で、
「それじゃあ少しの間よろしくね、ユウ?」
そう言ってステアに貰った棒の先端をユウの腹に押し付けた。
嫌な予感を察して全身に鳥肌を立てた直後、強烈な電撃がユウの体を襲った。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
耐えがたい痛みを受け意識が飛ぶ瞬間、最後に悪戯に笑うシャルルの顔を見てユウの意識は闇へと落ちていった。




