第一章20 『フォスターハウス』
少女の様子を不思議に思いながら、ユウは山道を歩く。見えないはずの文字が見えている、というステアに対して、さっきはどう対応していいかわからずについ気が動転してしまった。
「もうっ。消えちゃってたかと思って心配したんですよ! こんなに深く掘ってあるから、簡単には消えるはずがないじゃないですかっ」
「まじかよ……疲れてるのかな、俺」
ユウは目をこすりながら名前の位置があると思われる箇所を優しく撫でるステアの指を、怪訝な目で眺めていた。
(ステアの奴、真面目、巨乳、天然、無垢、大食い、ときてお次は病み系か!? さすがに属性を盛りすぎだろ!)
と若干失礼なことを考え、それ以上は追求しなかった。
道は段々と険しくなるが少女の歩くペースは全く変わらない。元引きこもりのユウにとって山道の移動は辛かった。
そんなユウにステアは元気な声で彼の手を引きながら、
「ユウさん! もうそろそろつきますよ、頑張りましょう! れっつらごー!」
と古臭い呪文を唱えた。無邪気にはしゃぐ彼女を見て、ユウはいつしか不安な疑問を忘れていた。
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途中昼食を兼ねた休憩を取りつつ、二人はようやく目的地にたどり着いた。
険しい山道を登りきった二人の前には、大きな白色の壁の教会がそびえ立っている。隣に見えるのが孤児院だろうか? 石造りの大きな家で、教会の五倍ほどの大きさの建物が見える。まるで、大きな図書館のような風貌だ。
ようやくたどり着いた孤児院であったが、ユウのスタミナは限界に達していた。
疲労で足が震えると、ユウは建物の前でしゃがみこんだ。
「とうちゃーく! 到着ですよ、ユウさん! しおれてないで、顔を上げてください!」
「ハアハア、悪い。ハァ、少し……ハァ、休憩させてくれ……」
「もうっ、家の真ん前で休憩なんてありえません! せめて中に入りましょう!」
「嫌だぁ、もう歩きたくない! これ以上動くくらいなら俺はここで野宿する!」
駄々をこねる元引きこもりに対して、汗ひとつ見えないステアが元気づけるが、いくら彼女が励ましてもユウの体力は回復しない。
大の字になって寝そべるユウを見兼ねてか、ステアは悪戯な笑みをうかべると、
「もう、しょうがない人ですね。じゃあ、あと少しがんばれたらご褒美をあげましょう!」
「そんな安い文句に乗るほど子どもじゃねーよ! ……一応聞くだけは聞いとくけど、ご褒美の内容は?」
「うーん……、ちゅーとかですか?」
「おーけー、行こうか!」
ユウはいきなり立ち上がると、ステアの手を引いて孤児院の入り口へと向かう。
「あれ? ユウさん? 急に元気になり過ぎじゃないですか、おかしくないですか!? 今のは冗談、冗談ですよ! ちょっと、ユウさーん!!」
隣で騒ぐステアは顔を赤くしながら、先程の自分の発言を必死になって否定したがユウは聞こえないフリをして直進を続けた。
二人はまず教会へは寄らず、孤児院に入るトビラを開けて大きなホールに入った。
「ようこそ、私達の家『フォスターハウス』へ」
ステアは中に入ると微笑んでこの家の名前を告げた。来る途中で聞いた話だが、『フォスター』というのは育てるや世話をするという異国の言葉らしい。ここの園長がつけたらしく、孤児院らしい素敵な名前だと感じた。
ホールの内装に目を向ける。中は思っていたよりもシンプルで壁にいくつかの落書きがある。部屋の隅には子どものおもちゃか、木でできたブロックがいくつも転がっていた。足に何かが当たりハッとして周りを見ると、二人の周りを小さな群勢が囲んでいた。
「姉ちゃん、おかえり! 昨日は帰ってこなくてオレさびしかった!!!!」
「こいつだれー? かれしー?」
「あっ、ステア姉さんだ! あれれ、ステア姉さんが男と手を繋いでる! フフッ、もしかして昨日帰ってこなかったのってそういうこと?」
「わたしとあそぼう、ステアねえ」
「……。」
五歳から十歳くらいの年齢の子が九人。ぱっと見だけでも色々な種族の子どもがいた。ヒュム族はもちろん、亜人、獣人、ドワーフ、そしてエルフ。どちらかといえば女の子が多い。小さな子ども達は疑問に思ったことを好き放題に問いかけてきた。
ステアは群がる彼らを諭すように、
「ただいま帰りました! この人はユウさんっていいます。か、彼氏さんではその……ま、まだないです! あっこら、ファロム! ユウさんを叩かないで!」
忙しそうに早口でそう言うと、ファロムと呼ばれた少年とユウの間に割って入った。
いつのまにか背後からユウの膝の裏を叩いていた赤毛の少年。ファロムと呼ばれた少年を加えると子どもは全部で十人のようだ。
ユウは彼らに軽く自己紹介をすると、子ども達は「ユウサン」とからかうように名前を呼び、ホールを走り回り始めた。
そんな彼らをステアが優しく叱っているのを横目に見ていると、こちらを見ている碧眼の視線に気がつく。この中では年長の、おそらく十歳くらいの髪と耳の長いエルフの少女だった。頭上にあるちょこんと力なく伸びたアホ毛が目立っている。黒い髪と白いワンピースを着て清楚な雰囲気を醸し出している。
目つきは鋭く、睨みつけるように遠くからユウに向けて嫌悪感を放っていた。
ユウは自分を睨むエルフの少女に近づいて軽い口調で、
「俺はナルセユウだ、よろしく。君の名前は?」
と空いた手で握手を求めるが、エルフの少女はユウを無視して目線をステアに移すと、小さな口を開いた。
「ステア姉はいいよね、外に出られて。それでこんな男と遊んでるなんて。私も外に出て自由に遊びたいな」
「私は別に遊んでいた訳じゃ……。そもそも外出を禁止しているのだって、私たちの身を案じて園長さんと神父さんが決めたんです。それに、私だっておばさんの所までしか行ったことがありません! って、そんなことよりユウさんを無視しないであげてください! 手を出したまま固まっちゃってるじゃないですか!」
エルフの少女はアホ毛をピンと張り目の怒りを強くして怒鳴るように、
「あんな変態神父と嘘つきの園長の言葉なんて信じない! 男と大人はみんな敵!」
と言った後、ステアに肩をぶつけ足早にホールを去っていった。
「もう、二人の事をわるくいわないだください!!」
騒がしいホールには消えていくエルフの少女に向けて叫ぶステアの声が木霊した。
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「ユウさん私、少し仕事があるので、失礼しますね」
ステアは最後にそう言って入ってきたトビラから出て行った。残されたユウの手には小さな手が残っている。
ユウにとってはステアの手も小さかったが、今ある手はさらに小さい。ユウの指を一本掴み、反対の手の指を咥えた四歳くらいの幼女がユウの顔を無表情で見つめていた。
「お嬢さんお名前は?」
先程のリベンジよろしく、ユウが優しく問いかけると、幼女は「テシア」と小さく答えまた黙ってパチパチと大きな赤い瞳でユウの顔を見つめた。
少しウェーブのかかった白い髪の少女は沈黙を破ると、
「ユウサンにぃ、遊ぼう」
ユウの指を引き、仲間の待つブロックの山へと誘導した。地球にいた妹と近い年齢の少女の頼みだ。懐かしい気持ちになったユウは、少女を抱きかかえるとダッシュで遊び場を目指した。
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カーン、カーン!!
室内に鐘の音が響き渡る。三時間ほど経っただろうか。仕事を済ませたステアが戻ってきたとき、うつ伏せに倒れ真っ青になったユウの顔を見て驚愕した。
顔色が悪いという意味ではない。ブロック遊びに飽きた幼女は貪るようにクレヨンを握り、手当たり次第にその筆を走らせていた。
結果、壁に新たな青いトカゲのような壁画が完成し、ユウの顔にもその余波が襲いかかったのであった。
ユウの上には遊び疲れたのか一人の幼女が体を預け寝息を立てている。他の子どもは見当たらない。
「テイシア起きてください、ユウさんも。お祈りの時間ですよー」
少女に肩を揺すられユウとテイシアは「うーん」と唸りながら同じ仕草で目を擦る。
「お祈り……? ああ、そういえばここは教会だっけか。顔洗ったらこの子と行くから、先に行っててくれ」
「わかりました。もうみんな集まってます、急いでくださいね、園長と神父さんも待っていますから!」
少女に伝えた通り、テイシアと洗面所で顔を洗ったユウは幼女の手を引き教会のトビラを開いた。
 




