第一章1 『俺の人生がこんなに短い訳がない』
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成瀬 有には特技がない。勉強は苦手だがあやとりと拳銃が得意だったり、友だちが少ないわりに女の子にもてたり、実は学校では評価されないスキルを持っていて、妹や周りの人たちに「流石です、お兄様」なんて言われることもない。普通の十六才の高校生。
彼についてさらに詳しく説明すると、彼は偽善というものが嫌いだ。街中で募金を集める人だかりを見ても「その時間でバイトでもして寄付しろよ」なんて思ったり、駅前の世界中の子どもを救いたいという演説を「ハイハイ、支持集めご苦労様」と思うような人間である。
小さい頃はテレビの中の誰でも助けるヒーローに憧れもしたが、歳を重ねるにつれ気持ちは薄れていってそんな気持ちは今はない。
身長は平均くらいで、顔だって悪いとは言わない。唯一普通でない点を挙げるなら、学校に行っていないということと、人一倍負けず嫌いなことくらいだろう。
そんな性格のせいか彼女だって出来たことはない。さらには女の子と話したのも、両手で数えられるくらいだ。
年の離れた妹を女子とカウントするのなら、その限りではないが。
妹の他に家には両親がいるが、ここ何年かは話をしていなかった。
最後に母親とした会話といえば、
「有くん、今ならまだやりなおせるから、部屋から出てきて?」
というお決まりの文句であった。これを会話と呼んでいいのかは疑問だがこれ以外は覚えていない。
ひきこもった原因は何だっただろうか。偶然始めたネットゲームが面白くてやめられなかったとか、眠くて学校に行きたくなかったとかそんな理由だったはずだ。
そんな理由でひきこもるほどの行動力を持っていることは、普通ではないのかもしれないが。
他に彼に特筆する点があるとするなら、他人と比べて目が良いということくらいか。彼の目は他人の行動や感情の変化を的確に読み取っていた。そのため、幼い頃から母の機嫌を悪い時や教師の苛立ちが見られるときには事前にそれを察知し、関わらないようにと努めていた。
ナルセユウに関しての説明はだいたいこんなところだろう。
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現在の時刻は午後四時。だが、ユウにとっては早朝だ。
ユウは今日も自室でやりたくもないソーシャルゲームのスタミナを消費しながら、ベットで暇な時間を潰していた。
「またレアドロ無しかよ、このクソゲー!」
気持ちのこもっていない悪態をつきながら、スマホをベットに投げ捨てる。
こんなにつまらないゲームを続けても仕方がないか、とユウは考えると部屋にあるクローゼットに目を向けた。
ゆっくりとベットから立ち上がると、部屋のクローゼットに近づきそのトビラを開ける。クローゼットの中には色とりどりの星が輝いていた。
昔とあるアニメで見た主人公を真似して作った蛍光ペンの自家製プラネタリウムだ。黄、ピンク、青、緑など色とりどりの安っぽい星で満たされた部屋であったが、ユウはこの空間をとても気に入っていた。
「そういえばあのアニメ、どんな結末だっけ?」
なんて言いながら狭いクローゼットに入り横になる。冷たい感触を背中に感じながら戸を閉めると、暗闇の中にいくつもの星が現れた。
『ーー何これ、つまんない』
当時五つだった妹をここに案内したときは散々だった。妹にとってはここはただの薄暗い押入れでしかなかったらしく、数秒で部屋を出て別の遊びを探しに出て行ったものだ。
物思いにふけながら静寂と暗闇が支配する心地よい雰囲気に包まれていると、だんだんとユウの瞼が重くなる。
今日はどんな夢を見るのかな、そんなことを考えながら、やがてユウの意識は深い闇へと沈んでいった。
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どれくらいの時間が経っただろうか。数時間の睡眠の後、目を覚ましたユウは静かに天井を見上げた。ゆっくりと意識が覚醒していき、歪んだ思考が次第にはっきりとしてくる。
(もう夕方か、少し寝過ぎたか?)
オレンジ色になった壁を見てそう思うと、ユウは異変に気がついた。
(ん? 確かクローゼットに入って眠ったはずだ。トビラは閉じたはずだし、外の光が入る筈がない)
それと同時に、ユウは全身に異常な熱さを感じた。
(なんだこれ? 熱い、熱すぎる……夢か?)
床に面した背中がチリチリと次第に熱くなる事に気がつくが、今は冬だ。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん、どこにいるの?」
部屋の扉を開ける音と共に、叫ぶような妹の言葉が耳に入る。
(せっかく寝てたのに、うるさい奴だな。まあ、そんなところも可愛いか)
ユウはしぶしぶと妹の呼びかけに応えようと、口に力を入れるが何故か言葉が出ない。
(これが俗に言う金縛りってやつか。初めて体験したが、不思議な感覚だ。それにしても熱い、いくらなんでも熱すぎる! エアコンでも壊れたのか? 本当に勘弁してほしい)
ウーーー! ウーーー!
動かない体のまま額から汗が垂れ目へと入る感触を不快に感じていると、両耳に聞きなれない音が飛び込んできた。
(いや、この音は……もしかして火事か? ヤバいヤバいヤバい、早く起きないと!)
遠くから聞こえてくるサイレンの音で意識が完全に覚醒する。しかし、手や足に力を入れても動く気配はない。
炎から出る煙を吸い込むと、意識だけ残って体は動かなくなる、と聞いた事がある。おそらくこの状況はそれが原因だろう。
背中が今まで経験したことのないほど熱くなっていることに気づくが、もはやユウ自身にはどうしようもなかった。
(熱い、熱い、熱い! 誰か助けてくれ!)
心の中で必死に助けを求めるが、誰にも聞こえるはずはなく、時間だけが過ぎていく。
(神様! なんでもするから助けてくれ!)
トイレに間に合いそうにないときか、テストのマークシートを塗り潰すときくらいしか信じていない神へと懇願するが、そんな人間を神が助かるはずがない。
熱さに耐えきれず体を出ようとする意識を必死に押し込めるが、それも長くは続かない。ユウはこの現状を受け入れ、ゆっくりと覚悟を決めた。
(ああ……いい事は何もない、女の子とも触れ合えない、短い人生だった。次は普通の人生だといいなあ)
不思議と死への恐怖心はなく、あるのは次の人生への期待であった。自分はかなりの小心者だったと思っていたユウだが、どうやら意外と肝は座っているらしい。
だんだんと薄れていく意識の中、成瀬有は最後の思考を頭に浮かべ、クローゼットの中から姿を消した。