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第一章15 『ピンク色の小悪魔』

 

「うおおお! こいつはすげぇな!」


 おばさんの家の裏手にある大きな露天風呂を見て、ユウが感嘆の声をあげた。


 いくつもの大小様々な石に囲まれた中には、緑色に濁った湯がゆらゆらと白い煙を浮かべている。


 一流の旅館のような景色に喜ぶユウに対して、桃色の髪の少女は覇気のない声で、


「そうなんです。おばさんの家に来た時の楽しみの一つだったんですけど……」


「そんな悲しそうな顔するなって。確かに冴えない俺との混浴なんて嫌だろう、悪かった! でも俺達も今日は色々と大変だった! 俺もなるべく見ないようには努力する。だから、ゆっくり疲れを癒そうぜ!」


 落胆した様子で呟くステア。それを嗜めるユウに、ステアは小さく「別に、ユウさんが嫌って訳じゃ……」と蚊の鳴くような声を出すが、辺りに吹く風の音にかき消された。


 温泉の側には木でできた屋根のある吹き抜けの建造物がある。どうやらあれが脱衣所のようだ。木の籠がいくつか置かれており、中には白いタオルと紺色の薄手の服が入っていた。


 おばさんの準備の良さにユウは感謝し、ステアに向かって、


「いつまでもこのままじゃ風邪を引いちまう。早いとこ入ろうぜ」


 と言うと、ステアの手を引いて脱衣所に上がった。籠の前でふとステアを見ると、彼女は恥ずかしいのか頬を染めるも、覚悟を決めたような表情を見せていた。


 男が先に脱がないと彼女も脱ぎづらいだろう、とユウは考え自分の踵をステアの足に当て背を向け上着を脱ぎ始めた。後ろでは「わわわっ!」と可愛らしい声が聞こえる。姿は見えないが、ステアの恥ずかしがる顔が頭に浮かぶ。


 服を脱いだ後ユウは怪我のため固定具を付けていた右腕に触れると、何故か痛みがない。不思議に思ったユウが布で縛った固定具を外すと、折れた腕は完全に回復していた。


「おお、腕がもう治ってる! ステアの力のおかげだな、すげー助かっ……」


 そう言いながら上半身が裸のユウが体を百八十度回転して後ろを振り返ると、彼の言葉が終わる前に片手でスカートを脱ごうとしているステアと目が合った。


 丁度紐が解けたようで、ストン、と地面の重力に引かれた服が彼女の足元に優しく落ちてユウの足へと当たる。その結果彼女の張りのある引き締まった白い太ももと、リボンのついた可愛らしい下着がユウの瞳に映った。加えて屈んだ彼女の姿勢によって、シャツと首の隙間からは豊満な胸の谷間が見える。

さらに谷間の真ん中辺りには円形の黒い刺青が見えた。大人しいと思っていた少女には意外なものだったが、この世界では刺青も普通なことなのか?


 一瞬、二人に流れる時間が止まった後、ダムが決壊するようにステアの口から震えた声があがる。


「ユ、ユウさん! なんでこっちを見るんですか! そんなにまじまじと見ないでください! ユウさんのばか、えっち、変態!」


「ち、違うんだ聞いてくれ! 俺は決して女の子の裸が見たかった訳じゃなくて……。いや、見たくないと言ったら嘘になるんだが、とにかく! 事故なんだよ信じてくれ!」


「いいから早く後ろを向いてください!」


 ユウの必死の弁明も虚しく、ステアの怒声を聞き、ユウは機敏に反対に体を向けた。


 不純な気持ちで振り返った訳ではないが、信じてもらう手段は思いつかず、ユウは静かに残りの服を脱ぎ腰にタオルを巻いた。


 背後からシュルリ、と布の擦れる音と、時折服を脱ぐためユウに触れる位置を変え直す感覚だけが彼の頭を支配した。

 準備が終わったのか、いつものように手を握られ背後から声が聞こえた。


「私はぜ、全部脱ぎ終わりましたよ。ユウさんも準備はいいですか?」


「お、おう。じゃあ行くか」


「……でも、やっぱり私、ユウさんの事まだ信用できません! だから……」


 急にステアの手を握る力が弱くなる。そしてユウの腕に沿って上がってくる指の感触を不思議に思っていると、背中にフニっとした温かいものを感じた。


 すると次の瞬間、腕に当てていた少女の手が離れ、ユウの視界は暗闇に包まれた。


「えいっ! ふふん、これならいくらえっちなユウさんでも何もできないでしょう!」


「ちょっと、いきなり何を……」


 鼻を鳴らし嬉しそうにはしゃぐステアの声が耳のすぐ近くから聞こえる。その声で、ユウは彼女の手で目を塞がれたのだと理解した。


 背中の後ろから抱きしめるように手を回しているのか、と今の状況を考え、彼は背中から感じる天使のような温かさに意識を向ける。


 むにゅり、と背中に当たる物体は艶やかな感触で中にはまるで水風船に入れたお湯のような温もりがある。また、柔らかさとは別に中心に少し硬いものを感じる。もの凄い弾力のある謎の物体がユウの体に密着していた。


 服を着ている時からわかってはいたが、少女の胸はかなりの大きさだ。背後から目を隠すほど近づけばこうなるのは当然の事だった。


 予期せぬ展開に口をワナワナとさせ言葉がでないユウに対してステアは、


「ユウさん? どうしたんですか、体が固まっていますよ。早くお湯に入りましょう?」


「どうしたって、ワタクシの背中にアナタのものが……その、当たっているのですが……」


「わわわっ。申し訳ありません! 不快だと思いますが少しだけ、お湯に入るまで我慢してください!」


 そういった知識が乏しいのか、ユウが触れ合う肌を不快に感じていると判断した少女は、彼の背中に体を押し付けるようにして前方にある温泉を目指した。


(ヤバいヤバいヤバい──これは本気でヤバい!!)


 色々な意味で体を硬くしたユウは、背中に当たる快感に耐える事に必死だった。少しでも気を抜くと少女に襲いかかってしまいそうになる程だ。ユウの理性は歩みを進めるごとに、背中の物体と連動するように揺れていた。


「あ、そこ段差になってますよ。気をつけて下さい」


 湯まであと一歩の所で、誘導するようにステアは言った。しかし「ふーっ、ふーっ」と鼻から熱い息を出しながら、煩悩で頭を埋め尽くされたユウに、その声は届かなかった。


 ユウが足に痛みを感じたときにはもう遅く、彼の意思とは関係なく体が前のめりになる。もちろん後ろにいる少女も。温泉に入る直前で、二人はバランスを崩して正面に倒れこんだ。


 バッシャーン!! と大きな水しぶきが上がり、二人の体がお湯の中へと沈んでいく。


 腹から倒れたユウは体を百八十度回転させると、必死に水中から出ようと明るくなった視界で上に覆い被さる何かを抱きとめ、勢いよく体を起こした。ユウが目を開くと腕の中にステアを抱きしめていることに気がついた。


 抱きとめたステアの背中は、男の自分とは違う質感で触っているだけで気持ちがいい。


「いったーい! びっくりした! って…… ユ、ユユユユユユウさん??」


 ユウは目の前で沸騰したマグマのように赤くなる顔の少女を見て苦笑いを浮かべる。

 頭にハテナの記号が出てきそうな少女は、情報の処理が追いついていないのか、目を泳がせている。しかし、自分の太ももに当たる硬い感触を受けて、我に帰ったステアは思い切り叫び声を上げた。


「きゃあああっ!」


 悲鳴とともに辺りに轟音が響き渡り、後に残ったのはユウの頬にできた五枚葉の模様だけだった。


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