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第一章9  『はじめてのくえすと』


「帰りたい……」


 ユウは険しい山道を歩いていた。頭上には照りつける太陽、辺りには木々が生い茂り、見渡す限りの森が広がっていた。





************





『特技もないし、彼女もいない。おまけに住むところも金もない。そうだクエストに行こう!』


 そう思いついたのが昨日の夜。エリシオン初日の夜に、路地裏で地べたに寝そべるユウが考えた計画であった。


 この世界で最初の夜を過ごすユウが持つ物は、レイアにもらった金で買った服と一本の短剣しかなかった。


(これも全部、あの女のせいだ。)


 たしかに貰ったはずの大金は、ほとんどが見ず知らずであった少女の装備になって消えていった。まったく、飛んだ災難だった。


 RPGでの金策といえば思いつくのはモンスターを狩ることか、クエストの二つしかない。ゲーム脳の真っ盛りの頭であったが、その考えはこの世界の常識と一致していた。


 早速次の日に、大通りで見つけたギルド協会に赴いた。この世界では、冒険者の仕事に必要な物は大抵ここで揃うらしい。


 中に入り掲示板を覗き込むと、『アストレア高原! 夏の山菜集め』のクエストの紙を取る。

 掲示板には他にも『洞窟のゴブリン退治』など魔物退治のクエストがあったり、『大海・航海・大後悔』のようなふざけた名前のものもあったが、中でも一番簡単そうな山菜採取を選んだのであった。


 紙に書いてある文字は異国の文字のようにグニャグニャとしていてどう見ても日本語ではなかった。ユウにとって初めて見る文字であったが、ティアから得た知識か瞳の力のおかげか内容は理解することができた。


「このクエストを受注したいんだが」


 掲示板から取った紙を渡し、目を細めてにこやかな笑顔を作る受付の女性に声をかける。彼女の頭から生えているヒクヒクと動く耳は、猫のそれと似ている。


 他にもギルドの中を見渡すと、働いている人には女性が多い。それも若い女性だ。受付の女性も、例に漏れずギルドの制服である緑の衣装に身を包んだ若い女性だった。


 ネコミミの女性はユウの差し出した紙に目を向けた。


「こんにちは〜。こちら、レベル1のクエストっスね〜。お兄さん『リング』を付けてないみたいっスけど、もしかしてギルドに来たのは初めてっスか?」


 崩した敬語を使う女性は、フレンドリーな明るい声でユウにそう問いかけた。


「最近ここに来て冒険者になったんだ。もしかして、何か手続きがいるのか?」


「はぁ〜。初めての方っスか……。めんどうっスね〜。」


「せめて聞こえないように言ってくれるとありがたいんだが」


 受付の女性はユウに聞こえないように小声で呟いたが、目の前のユウには丸聞こえだ。しかし、受付の女はユウの返答に気にする様子もなく、受付の下から大きな機械を取り出すとシステムの説明を始めた。


「じゃあ、簡単に説明するっスね。まず、ここ『ギルド協会』では困り事を持つ依頼者とそれを解決する冒険者の仲介をしてるっス。いわゆるクエストの管理所みたいなものっスね。でもでも、クエストにもお兄さんみたいな駆け出しの冒険者でもクリアできるものや、すっごく強いベテランの方にしかできないあっぶなーいものもあるんスよ」


「それをわかりやすく表してるのがそのランクってやつか」


「そうっス! ものわかりがいい人、お姉さん好きっスよ。冒険者のレベルとクエストのレベル、それぞれ一から五まで五段階があってクエストは自分のランクかそれより低いものしか受けられないって訳っス」


 それを聞きユウは視線を壁に向ける。壁には黒、金、銀、銅、赤、青の順に色のついたリングが六つ、並べてあった。六種類あることに気がついたのか頭にハテナを浮かべるユウに女性は説明を続けた。


「ああ、レベルは一から五までなのに、六種類のリングがあるのが不思議っスよね。一番上にある黒のリングは通称レベル6っス。神話級の強力な能力を持ち、かつ優れたステータスの冒険者にしか渡していないレア物なんスよ! 噂ではレベル6の冒険者さんは世界で七人しかいないと言われているんスよ。まあ冒険者になんてならないで、自分の力を知らずに生活している方もいるかもしんないっスけど」


「なるほどな。で、俺のレベルはどうなんだ?」


 自身のステータスを思い返しそれほど高くはないだろうな、と思慮していると女性は先程取り出した大きなパソコンのような機械を起動し始めた。


「それはこの“鑑定機”で調べることができるんスよ! これさえあれば鑑定士いらず! 冒険者のランクやステータスがわかる優れものっス。世界に五つしかない貴重品なんスよ! これで希望者のステータスを読み取って、総合的に冒険者のレベルを決定する、って感じっス!」


 バンバンとパソコン型の鑑定機を叩く女性。

 貴重品の機械をそんな雑に扱って大丈夫なのだろうか、と怪訝な目で準備を進める様子を眺めていると、準備ができたのか鑑定機に繋がる一本の黒いケーブルに繋がれた台を渡された。


「この台に手を当てて力を入れて欲しいっス。測定中は少し気持ちいいんスけど、ビックリしないで欲しいっス」


 黙ってその台に手を乗せると、台の表面から発する何かに体内を弄られるような感触。


 そして、ぐっと手に力を入れるとまるで蛇口から水が溢れるように、体から力が抜けた。鑑定機の画面が大きく光を発して別の機械から紙の書類がスーッと出てきた。まるで現代のプリンターのようだ。


 女性は書類を確認すると、嘲笑うかのように口角を上げた後ユウに差し出した。


「あれ? 機械の故障っスかね? うーん、まあたぶんレベル1っス。ま、初心者ならこんなものっスよ!」


 励ますように言う女性の言葉を聞き流し書類を確認すると、所々が不自然に黒く塗り潰された内容に、賢者の瞳の力で見たものと同じデータが書かれてあった。


 唯一、違う点はレベルの記載があるくらいだが、肝心な部分は大半が黒く塗りつぶされている状態だ。辛うじてレベル1の文字が見える。能力欄も真っ黒に塗りつぶされている。


「予想していたとはいえ、こうも現実を突きつけられると悲しくなるな」


「そう落ち込まないで欲しいっス。お兄さん若いみたいだし、まだまだ伸びると思うっスよ。希望していたクエストは受けられるみたいだし、良かったじゃないっスか。あ、それとこのリングを腕につけて欲しいっス」


 女性が手に持つ、銀のメッキに青色の線が入ったリングを受け取る。どうやら冒険者のレベルはこれで判別しているようだ。


「じゃあナルセユウさん、『山菜集め』のクエストを登録するっスね。ではこれで説明は終わりっス。またのお越しを〜」


「あっ、一つ聞いておきたいんだが」


「何っスか? スリーサイズは教えられないっスよ」


 豊満な体をくねらせ、軽口を叩く受付の女性。それを冷めた目で見たユウは、


「このクエスト、魔物とかは出ないよな?」


 魔物の出現を恐れ確認を取る。女性は少し考えるそぶりをした後、


「その範囲の山ならたぶんきっと大丈夫だったはずっスよ! もう他にはないっスね。では次の方〜」


 半端強制的に会話を終了させ、次の相手を呼ぶ。

 次に受付に来た男に怪しい目を向けられると、ユウは受領したクエストの紙を握りしめ、急いでその場を後にした。





************





 そんな訳で、周りの景色を確認しながら、受付で貰った地図に描かれた目的地を目指して歩みを進める。目的地まではもうすぐだ。


 しばらく歩いていると、前方から水の匂いと共に水が流れる音が聞こえてくる。

 ゴクリ、と乾いた喉に唾を流し込み、ユウは音を目指して走り出した。


 木々の間を抜けると二十メートルほどの大きな滝と、滝の流れの先にある湖が視界に入る。


「うおおおおお!! 湖だ!!」


 奇声を発しながら湖に飛び込み、ユウは一心不乱に水を飲んだ。びちゃびちゃになった服に気がついたのは陸に上がった後だった。


(天気もいいし、少し眠るか)


 服を乾かす目的も兼ねてユウは空に輝く太陽を見上げ、木陰の草むらで横になった。


 ユウが寝転んだ木の裏側でカラスに似た鳥の群れが飛び回っていたが、彼がそれ気がつく事はなかった。



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