色のついた空気
中年男は今日つまらないことがあった。
気がつけば来たこともない部屋にいた。
声が聞こえる。
「今日面白くないことがあったのだろう?」
確かに面白くないことはあった。だが、そんなことをわざわざ得体の知れない存
在にいう必要はない。にも関わらず声が出た。
「はい」
「何があったのか話してみろ」
また自然と声が出てしまう
「わかりました」
男は語り始める。
男は今日マッチングアプリで知り合った女とカフェに行った。
楽しく会話をして楽しい時間を過ごしたはずだったのだが、いざ帰途につこうと
した時に事は起きた。女が、
「私ちょっと用事があって廓によるわ」
廓とはここいらの地域で割と大きな商業施設である。
男はピンと来てしまった。
そもそも今回は待ち合わせ時間が15時と中途半端な時間であった。この時間を
指定してきたのは女の方である。15時から暫く時間を過ごせば夕方に差し掛かる
頃になる。つまり、夕方から別の誰かと会う約束をしている可能性が少なからず、
ある。男は察して、
「ああ、そうなの」
「じゃ、私ここで」
男と女は別れた歩き出した。よくよく考えたら女の方は男と大差ない年である。
多くの時間があった若い時とは違う。そう考えれば、この行動は当然であろう。だ
がこれは、男の想像である。現実は本当にただ用事があっただけかもしれない。
メッセージアプリの交換はしていた。男が送ったメッセージはすぐには既読とつ
かず、日付が変わる前頃に既読がついた。
再び声しか聞こえない部屋に戻る。
「この既読がつくまでの間に何があったと思う?」
男が何か答える前に、声が続いた。
「こんなことがあったんだよ」
突如部屋が暗くなり、壁にスクリーンが映し出された。廓で今日会った女が見知
らぬ男と会っている。どことなく自分と会っている時より楽しそうだ。
「この男がマッチングアプリに登録しているプロフィールなんだが、年収が100
0万以上だ。ルックスはまぁ言うまでもないな」
言うまでもなく、こちらが悲しくなるぐらい顔はイケメンである。
男は自分は普通の顔だと思っていたが、女の嬉しそうな顔を観て現実を再認識し
た。
二人は楽しそうにウィンドウショッピングを楽しみ、食事に行った。これでは既
読が中々つかないのも納得である。既に男への興味を失っている。声だけが続く。
「女が何を考えているか知りたくはないか?」
男は断ろうとしたが、声は意に介さない。昼間に聞いた女の声が部屋に響く。
「いやー当たりやわ」
女はスマホを見て男からメッセージが来ている事を知る。
「適当にやり取りするか、ウザいメッセージが来たらブロックしよ」
早くも終了宣告である。
「意味のない時間を過ごした感想はどうだ?」
男は何も答えない。
「その後の事もついでに教えてやろう。いわゆる優しさだ」
女の喘ぎ声が部屋中に響き渡る。女は男と同じ年くらいである。いわば中年であ
る。新しい人生を手に入れるため、なりふり構わない姿勢は一定の評価がされても
おかしくはないだろう。しかし、男は心を失くしてしまいそうだった。
「どこの誰かは知らないが、こんなことして何がしたいんだ」
「強いて言うなら、スマホを無駄に見て憂う人間を救いたかったってところだ」
「そうか。余計なおせっかいだな」
気がつくと男は自室にいた。眠っていたわけではない。ごく自然に何の意識もせ
ず自然にそこにいた。というより元々自室にいたのだ。
「寝よう」
男は布団を敷いて、眠った。