知らない方が幸せなこと(ユージーン殿下視点)
三人称
マタンが馬車に乗るのを見送った後、ユージーンは自室へ戻る道をゆったりと歩きながら先ほどのやりとりを思い出した。
(マタンにこの婚約は『政略結婚』ではないと言ったけれどーーー)
王家の忠臣メイヴィル家。その歴史は王家より長く、3大公爵家、宰相家、2侯、4将軍家に太いパイプを持っている。王位継承者が周辺諸国の王族と婚姻を繰り返していたのと同様に、メイヴィル家は自国内の貴族達と婚姻を繰り返していた。その人脈は王家を遙かにしのいでいる。領地は王領・2公に挟まれているし、騎士の称号を得た親戚が辺境伯の養子に入っている。
辺境伯領は庇護下に入った西の国と、西南の国に面している重要な場所だ。最近の小競り合いは、西南の国との間で起きているから何かが起きてもおかしくはない。その際、貴族全員を動かせるだけの支持を得るためにはーーー
メイヴィル家の伝手が必要だ。
マタンが「自分は数合わせだった」と聞かされていたように、メイヴィル家にもそう言って茶会に参加させた。だが、本当は他の9家の方が数あわせだったのだ。英雄ロイの1の家臣である事を誇りにし、今まで降嫁でさえ拒んでいたメイヴィル家を納得させるためには茶番が必要だった。
『王太子殿下が気に入った』という茶番が。
案の定メイヴィル家はこの婚約に難色を示した。「婚約がなくとも自分たちの忠誠は王家にある」と訴えなかなか契約書にサインをしなかった。長時間の説得に対し最後はメイヴィル家も折れ、婚約を受け入れた。しかし『決して愛妾を迎えないこと』『娘を必ず幸せにすること』と言う条件をこの婚約に付けた。
『王太子殿下が真に娘を気に入ったというならば』、との事だった。
(あの頃の自分はまだ純粋で、大人達の思惑など気づかなかった)
ユージーンは子供ながらに宮殿の奥に『愛妾』が住んでいる事を知っていた。母を蔑ろにする父に毎日憤りを感じながら過ごしていた。そんな中言われた『お前は気に入った子と結婚して良い』という言葉。裏を返せば母を愛していないと言うことになりわだかまりが募ったが………その言葉を嬉しく思わない理由がなかった。ユージーンは、自分は父や祖父のようには絶対ならないと奮起し、あの茶会に臨んだ。
令嬢達は目を輝かせてこれでもかと自分をアピールしてきた。ユージーンが知っている子でさえいつもより着飾っていた。あまりの姦しさに辟易し、ユージーンは(もう政略結婚でいい…)と諦め始めていた。
その中で唯一目に止まったのがマタンであった。
年上の令嬢よりも落ち着いていて、笑い方も慎ましい。ただおとなしいだけの女かと思えばそうでもない。王太子殿下ではなくお菓子に夢中になり、いつの間にか給仕係とは目線だけで会話をしていた。自分の世界に入りながらも周りの話はしっかり聞いていたらしい。口の中にお菓子が沢山入っていると知っていてユージーンは意地悪に話しかけてしまった。気がつけば彼女に夢中になっていた。結婚するならこの子しかいないと盲目的に信じた。
後に、大人達の汚い思惑に踊らされていたと知り、腹が立ち物にあたった。しかし、ユージーンがマタンを真実気に入ったことは変わらない。婚約に付随する条件など、マタンと添い遂げられるのならユージーンにとって何の障害にもならなかった。
3歳年下の婚約者は、ユージーンに追いつきたいがために精力的に努力している。そのための一つとして、令息令嬢達との良好な関係作りが必要なことはユージーンも理解はしている。だがそれが、マタンの自発的な行動ではなく、メイヴィル家果ては宰相家に連なるもの達の計略であることがとても悔しかった。
(けれど、彼女を最初に見つけたのは私で、最後に笑うのも私だ)
これからマタンは醜い王侯貴族のやり方に否が応でも気づいていくだろう。それでマタンが酷く傷ついても拒んだりしても、ユージーンはもう一生彼女を手放しはしないし、逃がしてもやらない。
(狭い宮殿という鳥籠の中で嫌なことは全て忘れてしまうくらい、ぐずぐずに甘やかして私なしでは生きていけないようにしてあげる)
狂気に似た感情を隠す歩みはよどみない。ユージーンは確実に王としての道を進んでいる。その姿は数年後、必ず見ることが出来るだろう。隣にマタンを従えて。
ふと、ユージーンは思った。
「それにしても今日は良いことを知ったな。成人の15歳を待たずして婚姻や出産もしていたなんて……」
神の教えの中で女子は15歳、男子は17歳が成人とされている。
一般的には両者が成人してから婚姻を結ぶのが当たり前なのだが、血筋を大事にする王族では、男性側が成人していれば女子が10代前半であっても婚姻をしていたようだ。子だくさんの王妃のからくりには、初婚年齢が関係していたらしい。
ユージーンは素直でお菓子が大好きな婚約者の顔を思い出しながらほくそ笑んだ。
「マタンの成人まで待とうと思っていたけれど、どうしようかな」
ユージーンにとって、この気持ちが恋なのか愛なのか、はたまたもっと違うものなのかはまだ認めたくない。しかし、好意的であるものには変わらないだろう。
「来年が楽しみだ」
行く道は夕日で赤く染まっていた。
それは激情の赤か、滾る血の色か。
ユージーンだけが知っている。




