殿下の言い分
今日の重大案件は見事に終わったのだ。
殿下が本を読んでいる間はお菓子を堪能していよう。
むしろ目の前にあるこの可愛いスイーツ達を愛でずにして一体何を楽しめというのか。
私はいつものようにスイーツタワーにトングを伸ばした。
(ウサギちゃんは1個。クマちゃんは2個。お花の砂糖菓子は……いけない、皿がいっぱいだわ、後にしましょう)
弾む心を隠しながらお菓子を皿に盛った。始めの頃は可愛くて食べられないと悶えていたのだが、今となっては慣れたものだった。
ウサギのドーナッツをナイフとフォークで切り分けながら食べ、ウィンクをしているクマはパクリと1口で口に入れ、バラの香りの紅茶をゆっくり飲み……
(あら?)
皿の上にはウィンクをしていないクマ1匹のみ。しかし、どう言うことだろう。このクマの顔は無表情で尚且つ「よくも俺を1人にしたな……」と訴えているようだった。
1度そう思ったら、もうそういう風にしか見えなくなった。
(この無表情見たことがあるわ。殿下がたまに見せるあの顔にそっくり)
弾んでいた気持ちが急降下した。
(何を失敗したのか分からないままに注がれる無言の圧。思い出しただけで涙が出てきそう……)
皿から顔をそらして目をきつく閉じれば、本当に1粒だけ涙がこぼれてしまった。淑女らしくない態度を殿下に気づかれる。
「マタン? どうしたの?」
「い、いえ。どうぞお構いなく……」
素直に「殿下の怖い一面を思い出して泣いてしまった」なんて言ったら何をされるか分からない。ここは口を噤んでおかなくては。
(でも、これは大変だわ。政略結婚の本当の姿が分かった以上、殿下のあの無表情にはこれから沢山遭遇することになるんだわ。無関心、無感動になるくらい今から慣れておかないと…!)
そう思った私は、クマのチョコレートを穴が開くかの如く見つめた。
(大丈夫。これはクマちゃん。これはクマちゃん)
瞬きしないで見ていたせいか、無表情のクマの口が心なしか片方ニッと上がったように見えた。
(無表情なのに不思議。でも何というかーーー)
腹黒い。
このクマ、腹黒いわ。
しばし無言でクマと対峙していると、バタンッと強めに本を閉じる音がし、私の意識は現実に戻った。音のした方に目を向けると、ユージーン殿下は紅茶に口をつけていた。目が合うと、殿下はふっと目尻を下げ優しく微笑んだ。
「ねぇマタン」
「はい。殿下」
「私達は今、戦のない平和な時代を生きているよね?」
「そう…ですね」
実際は小競り合いがあるのだが、昔のような大規模なものはない。殿下の言うとおり「戦のない平和な時代」と言えるだろう。
「お祖父様は東の国との貿易のために同盟の証としてその国の王女を迎えた。父上は庇護下に入った西の国に女子がいなかったため、元王女を母に持つ我が国の公爵令嬢を娶った。これらは実益のある紛れもない『政略結婚』だ」
「はい、そうです。そして、その婚姻には愛がないんです…………政略結婚ですから」
そもそも王太子は他国の王族と結婚するのが定石らしい。同盟の強化を考え、婚約を打診した後は、第1王女にするか第2王女にするか王弟の娘はどうだと候補が集められ、その中から婚約者が選ばれる。臣下に下る事が決まった王族は、公爵家や侯爵家に降嫁や婿入り、封爵、爵位授与が当たり前だ。
「……もう1度言うね。私達は『戦のない平和な時代を生きている』よね?」
「はい。陛下や歴代の王様達のおかげです」
「うん。だからね、私達は『政略結婚』しなくて良いんだよ」
「え?」
政略結婚をしなくても良い?
「考えてみて欲しい。今回の王家とメイヴィル家との婚姻は、何かうま味があるのかな? 元々メイヴィル家は忠臣として名高いし、皆勤勉だ。盟約にも人質にもならない。となれば、どうしてこの度婚約をしたのか。答えは単純、ただ私がマタンを気に入ったからなんだ。お祖父様からも陛下からも、『お前は好きな人と結婚しても良い』と言われている」
「ええ?」
好きな人と結婚しても良い?
「私達の婚約は、はじめは仮の婚約だったんだ。私に人を見る目があるかどうか試す一環もあって、顔合わせは1度きりだった。王妃候補としてマタンはどれくらい資質があるか、どんな人となりなのかは、じっくり見させてもらっていたよ。私はマタンと一緒なら楽しく王の仕事をしていけそうだと思っている」
たった1度の顔合わせにそんな意味があったとは驚きだ。でも、それ位のことが出来なければ他国に馬鹿にされてしまうし、付け入れられてしまうのだろう。
(王族というのは、生まれたときから背負うものが違いすぎるのね…)
と同時に、もっと身を引き締めなければならないと思った。何故なら、王妃様から「思ったことが顔に出ています」と言われる回数が減らないからだ。私は、これからは出来ることをこなすのではなく、それ以上の事にももっと関心を持つようにしようと決めた。
「瞬きしないで見ていたせいか、無表情のクマの口が心なしか片方ニッと上がったように見えた。」→それゲシュタルト崩壊