歴史は語る
今月のアフタヌーンティーは殿下の部屋で行った。
本日も変わらずスイーツタワーにはかわいいお菓子が並べてあった。ウサギの顔のドーナッツ、花の砂糖漬け。クマのチョコレートは何個かウィンクをしているのがあった。
(かわいい…かわいすぎる!)
私はときめきを隠せず、殿下がいるのも忘れて打ち震えてしまった。殿下付きの侍従が「んんっ」とのどを鳴らしたことで意識が戻り、慌ててソファーに座る。四角いテーブルを挟んで、対面しながらお茶会は始まった。
「殿下、今日は大事な話がありますの」
紅茶でのどを潤し、挨拶も終わったところで私は今日の本題を切り出した。
侍女に預けていた3冊の分厚い本を私はテーブルの上に置いた。殿下は「ずいぶん分厚い本を持ってきたんだね。中身も難しそうだ」と言って本を1冊手に取り、パラパラとめくる。
「内容は我が国の歴史書になります。しかしこれは、手習いの範疇を超えて更に具体的な内容が記されているものです」
難しい単語の意味も分かるようになった私は、大人向けの本も少しずつ読むようになった。大人向けと言ってもいかがわしい本ではない。子供には教えられない歴史の裏側や、知らない方が幸せとも言えるような類いの本だ。
「大事な話って、この本と関係があるの?」
「はい。私達のこれからについて考えるのに、とても関係があると思いました」
「……私達…?」
続きを促すよう殿下が私を見る。私は「失礼します」と言ってテーブルを回り込み、殿下の隣に座った。
「まず、この国の創始者である英雄ロイ様。周辺諸国をまとめ上げ、農地解放・重さと距離の統一。彼の功績は計り知れないものです」
「そうだね。私もそう習った」
該当するページと文章をなぞりながら、私は更に続けた。
「『英雄ロイは、王妃キーラの他に3領主の娘達も娶った。』と習いましたでしょう?」
「あぁ。『昔らしい婚姻による同盟。人質の意味もあり、政略的にしょうがないもの。』だろう?」
「はい。私達が習うのは英雄ロイの戦の話や政策の内容で、王妃キーラや3領主の娘は名前ぐらいしか出てきませんでした。しかしこれには……」
私はこちらを見る殿下の視線もよそに、ページをめくる。
「これです。王太子アッシュの兄弟姉妹が事細かく書いてあります」
いつもはポーカーフェイスの殿下の顔もさすがに少し崩れた。
そこに記されていたのは『王妃』と『3領主の娘』が産んだ子供の他に、『愛妾』の子供も記載されていたのだ。『王妃』と『3領主の娘』の子でさえ10人もいて、(昔の人は凄いな)と思っていたのに、実は『愛妾』も数人いて、更に子供が8人足されて総勢18人もいたとは驚いた。
「英雄ロイだけではないんです。そのほかの歴代の王も…」
私は賢王アッシュのページ、3代目の王のページも殿下に見せた。どれもそうそうたる人数であった。3領主の娘の子供は庶子だが、母親の実家の分家に婿入りや養子になったと習った。その後の歴史では国王と王妃しか公の記録では出てきていない。だが、この本にはそれぞれの王の愛妾の名前と本当の子供の人数がしかと書かれているのである。
なんと言うことだ、真実は子供達から隠されていたのだ。
「私、今までの国王と王妃様も、婚約期間中に少しずつ愛を育んでいたんだと思っていました。不仲であった王と王妃もいましたが、婚姻した仲なのだしやっぱり愛し合っているんだって」
ユージーン殿下との婚約が決まったとき、はっきり言って私は不安でしかたなかった。何を以てたった1度の邂逅で将来の伴侶を決めたのかと何度も疑問に思ったが、度重なる殿下との交流で不安は徐々に薄れていった。この友愛だか親愛だかの気持ちが、いずれは愛に昇華するのかと漠然と思うようになっていた。
しかしーーー
「ここです『3代目の王ミシェイルは愛妾ジルを特に愛しーーー』こちらも『愛妾ニケは寵愛を受けーーー』とあります」
3冊目の比較的新しい王の事例も、該当ページを開いて殿下に見せる。ユージーン殿下は顎に手を当て真剣に考えている様子だった。
(殿下が真剣に考えてくれる人でよかった)
そう思った私は、考えついたことを話した。
「私、これを読んで分かったんです」
「うん? どう分かったの?」
ユージーン殿下は本から顔を上げ、のぞき込むように私を見た。
私は殿下の瞳を見ながら意を決して発言した。
「はい。王と王妃の結婚は愛のない『政略結婚』で、王が本当に愛しているのは『愛妾』なんだって!」
子供心に何となくおかしいと思っていたのだ。
この国も周辺諸国も一神教で『一夫一婦制』なのに『そうではない』人たちがたまにいる。その事を大人に聞けば、「まだ知らなくて良い」と言って詳細は教えてくれない。
なんてことはなかった。
汚い大人達は、汚い抜け道を昔から作っていたのだ。
何が一夫一婦制だ。夫婦の誓いもあったもんじゃない。
大いに幻滅した! 神はこの世にいなかった!
「私、お父様やお母様のように、生涯でただ1人愛しい方がいれば良いと思っておりましたが……どうやら、王族との結婚ではそれは望めないと分かりました」
殿下は視線を彷徨わせながら何かを言おうとしたが、言葉は出てこなかった。私は話を続けた。
「殿下のお爺様にも愛人がいらっしゃいますよね。子供はいらっしゃらないとか……。国王陛下にも良い人がいるんですよね。噂では子供が3人……」
私は今回のことで悟った。
歴代の王が愛妾を抱えていたのだから、ユージーン殿下もそうなるだろうーーーと。
「知らなかったとは言え、今までは『愛人を作るなんて、なんて不誠実なんだ!』って思っていました……。ですが、違かったんですね……私が、間違っていたんですね」
私は本を1度テーブルに置き、ユージーン殿下の顔がよく見えるよう居住いを直した。殿下の膝の上にある手に手をそっと重ね、私はこれからのーーー結婚後の円満な夫婦生活を送るために、この日のために考えてきた言葉を告げる。
「殿下、結婚した後の離婚は認められていませんから、結婚した後に気に入った方が出来た場合、その方は愛妾になってしまいますからね?」
「……」
「もしこの先、殿下が私より身分の高い令嬢を好きになった場合は、私との婚約は解消してください。罪滅ぼしに愛妾として迎えるなんてしないで下さいね。また、私より身分の低い令嬢を殿下が気に入った場合は、その方を愛妾として迎えることになります。相手の方には重々話をよく聞かせておいて下さいね。……子供は庶子になるけど良いかとか」
「……」
「私のことなどお気になさらないで下さい。この婚約は政略結婚ですもの。私十分理解しましたわ」
殿下が特に口を挟まなかったので、私は矢継ぎ早に話をしてしまった。殿下は眉間にシワを寄せながら下を向いた。
「殿下が私に遠慮することは何もありません。私には……そうですね、たまにおいしいお菓子を差し入れて頂ければ、それで十分ですわ」
そうだ。愛のない政略結婚をしたとしても、この素晴らしいスイーツ達を糧に、私は頑張ることが出来るだろう。菓子職人に感謝し、材料の生産者に感謝し、調理器具では鉱業者を思いだし、調理場では建築者を、配達人、清掃人、給仕してくれるメイドに執事……
スイーツのおかげで、私は王妃としての心構えを忘れることなく、いつまでも職務を全うすることが出来るだろう。
なんて素晴らしい!
ありがとうスイーツ!!
スイーツ万歳!
心の中で盛大にスイーツ達を讃え終えた私は、ゆっくり殿下から手を離した。殿下はテーブルにある本を手に取って、
「少し、この本を見ても良いかな?」
とおっしゃった。私は「はい。どうぞご随意に」と言った後、もとの席に戻る。殿下は思いのほかしっかり読み始めた。あまり見ては失礼かと思い、すっかり冷めてしまった紅茶を飲み一呼吸ついた。控えていた殿下の侍従が新しく紅茶を淹れてくれる。ガラス製のポットの中にはバラの花びらが浮かんでいた。甘い香りにすさんでいた心が癒やされる。