表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/53

第6話 皆でアパートへ

 午後のHRの時間が終わり、生徒達はバラバラに教室を去っていく。


 鞄の中に勉強道具を詰め込んで、優紀達に捕まらないように帰ろうとする。


 陰を潜めて静かに帰ろうとする春陽の腕を、優紀が掴んでニヤリと笑う。


 優紀の近くにいつもいるはずの香織の姿がない。



「今日は香織に頼んで先に帰ってもらった。俺も春陽と一緒にいる時間はたっぷりある。ゆっくりと語り合おう」


「優紀殿から緊急招集がかかるなど珍しいこと、只ならぬことが起こりましたな。拙僧も知りたく思う」


「なんだか春陽が俺達に秘密ごとをしてるって聞いたぞ。俺達フェチ同盟の中で秘密ごとは許せないな。早く吐いて楽になれ」



 優紀、和尚、信二の3人に囲まれてしまった。


 優紀に腕も掴まれている。これは諦めるしかない。


 優紀が爽やかに微笑んで話始める。


「春陽って、独り暮らしを始めてから、俺達に家の場所も住所も教えなかったじゃん」


「そういえばそうであったな。拙僧も不思議には思っておった」


「なるほど、家に秘密があるわけか」



 また信二が勘違いなことを言っている。家の中に秘密なんてない。


 優紀は信二を見てやれやれという顔になり、首を横に振る。



「家の中が問題じゃない。春陽の部屋のお隣さんが問題だったんだ」


「ほほう、妙齢な美女でも住んでおられたかな? それを春陽殿が隠していた」


「そんな大人な美女なら俺達にも見るぐらいの権利はある。春陽だけズルいぞ」



 さすがは和尚、近からずとも遠からずの答えを出してくる。


 優紀がビシリと和尚を指さす。



「和尚、おしい。隣に住んでいたのは、なんと3年生の来栖絵理沙クルスエリサ先輩だ。そのことを春陽はずっと隠してた」


「なんと、高校生でありながら、大人の女性の色香を放つ、我が校の至宝を独り占めしていたと、それはいかん、いかんですぞ」


「絵理沙先輩が同じアパートで隣の部屋なんて、なんて羨ましい状況だ。春陽、1発叩かせろ」



 優紀がとうとう絵理沙先輩のことを和尚と信二にばらした。


 和尚は不動の心で受け止め、信二は頭を叩く真似をしている。


 優紀はさらに話を進める。



「隣に住んでいる絵理沙先輩が、春陽の勉強のお世話や、夕飯のお世話をしたいと、本人から言ってきたんだ。春陽のこの状況をどう思う? 信二、和尚」


「なんて羨ましいんだよ。絵理沙先輩から誘われるなんて、1度でいいから俺も経験してみたいわ」


「うむ、相手が春陽殿でなければ浮かれ喜ぶ所であるな。しかし春陽殿としては困ったことになり申したな」



 さすがは和尚、春陽が心情的に困っていることを察したらしい。


 優紀が不思議そうな顔で和尚を見て、首を傾げる。



「どういうことだよ。絵理沙先輩にお世話になるのに、何の困ったことになるんだ?」


「そう優紀殿も焦って答えを出す者ではない。人の心とは上手くゆかぬのが人の世の常よ。浅慮はいかん。もっと深く春陽殿のことを見抜けばわかろう」



 優紀もさすがに和尚に諭されては、困った顔になって春陽の腕を離して、腕組して考え始めた。


 信二も首を傾げて考えたフリをしているが、どうせ全く考えていないだろう。


 和尚がクリクリした大きな瞳を輝かせ、右手で剃ったツルツル頭を撫でている。



「焦った心や、急な行動は、人の心を曇らせる。それでは心眼で見通すことはできませぬ。春陽殿の心情を考えるのだ」


「春陽と言えば年上フェチだよな、優紀」


「わかったぞ信二。春陽は年上フェチだが、今は綾香先生一筋だ。だから絵理沙先輩に言い寄られても困るんだ。そういうことだろ、和尚」


「さすが優紀殿、ご明察」



 優紀のいう通り、昼休憩後からずっと春陽は1人で悩んで考えている。


 絵理沙先輩は高校生では珍しく、大人の色香を持っている美少女である。


 しかし、絵理沙先輩の美は完成に近づいている。


 どちらかというと京香先生に近い部類に入るだろう。


 春陽は大人だけど、不完全というか、アンバランスな魅力を持つ綾香先生に心惹かれている。


 これほど春陽の心を虜にした女性は今までいない。


 しかし、生徒と先生という立場。


 綾香先生からも直接に生徒と先生は付き合えないと聞いている。


 生徒と先生の間には深淵まで続く溝がある


 常識的に考えれば、高校生の時の良い思い出として、天女様は崇めるのみしたほうがいいのだろう。


 そして普通に彼女を作るのが学生としての本筋な暮らし方ということも理解している。


 絵理沙先輩はそういう意味では最高の彼女になってくれる可能性が高い。


 しかし、いきなり綾香先生を諦めろと言われても、今すぐには無理だ。


 はぁーと優紀の横で俯いて、ため息をつく。



「随分と春陽殿も深くまで悩まれているご様子。そう答えを焦りますな。焦れば隙ができまする」


「ありがとう、和尚。俺を可愛い後輩としか見ていないということもある。気を楽に持つよ」



 優しい絵理沙先輩のことだ。その可能性も否定できない


 優紀が肩を竦めて首を横へ振る。



「絵理沙先輩から声をかけたっていう噂を今まで聞いたことがあるか?」


「それは聞いたことがないな。俺の情報網にはそんな記録はない」



 信二は特技を持っている。その1つが情報収集。


 桜ヶ丘高校の小さな出来事のゴシップでさえ、信二はどこからか情報をキャッチしてくる。



「信二殿の情報を鑑みると、絵理沙先輩殿は春陽殿に好意を抱いていると思ったほうが良いと拙僧は思う」



 和尚、そんな困った状況を言わないでくれ。


 これが信二や優紀が言うならスルーするが、和尚の勘は良く当たる。


 それだけに和尚の勘が厄介だ。



「どうなされますかな?春陽殿の本心はいかに?」


「生徒と先生の間での恋愛が絶対に禁止なことは知ってる。だから綾香先生から近寄ってくれることがないことも」


「うむ」



 初めから春陽の答えを知っているように和尚が頷く。



「でも綾香先生を諦めきれない。割り切りのいい俺の心が割り切れない。諦めきれない」



 春陽は俯いて、拳をギュッと握りしめて答えた。


 そんなに簡単に綾香先生への想いを割り切ることなんてできない。



「よくぞ申した、春陽殿。それが人の世。心とはそういうもの。だからこそ、人生は楽しくもあり、苦しくもある」


「……」


「しかし、その無垢な心は、いつかは綾香先生にも伝わるであろう。幸せは忘れた頃にやってくるもの」



 和尚がホクホク顔で笑っている。



「それで何が決まったんだ? 俺には全く理解できないんだけど?」



 何も決まっていない。自分の本心を確かめただけだ。


 絵理沙先輩を綾香先生の代理にしてはいけない。それは不誠実だ。


 だから絵理沙先輩とは一線を引いた先輩と後輩の関係でいたい。


 しかし。春陽も多感な17歳。絵理沙先輩が本気で迫ってきたら、理性が飛んでしまうと思う。


 その時は、場の雰囲気に流されないようにしないといけないと、春陽は誓う。



「とにかく絵理沙先輩とはお隣さんとして、先輩と後輩として節度のある付き合いを目指すよ」



 さっきから和尚と春陽のやり取りを眺めていた優紀が口を開く。



「今日はせっかく香織と離れて単独行動できるんだ。春陽のアパートだけでも確かめに行こうぜ」



 「「おう!」」



 やっぱりアパートの場所は教えるしかないのか。春陽は俯いてため息をついた。


 教室の中には西日が差し込み、教室の中を真っ赤に染める始めている。


 3人に囲まれた春陽は校舎を後にした。





◆◆◆





 薄ピンク色の壁に赤い屋根、「ほのぼの荘」の前まで春陽達4人が歩いてくる。


 見慣れない黒のセルシオが「ほのぼの荘」の駐車場に入って、停車する。


 セルシオの運転席から出て来たのは、なんと京香先生。鼻にかかった甘い声が聞こえる。



「あら~! 皆で春陽君の所へ遊びにきたの~!」



 京香先生が白のツーピースのスーツを着て、黒のストキングに高いヒール靴を履いて降りて来た。


 そのスタイルはまさに美。


 ポッテリした唇が濡れ、顎の色気黒子が艶めかしい。


 茶髪のロングヘアーのカールが風に揺れている。


 和尚の目がクワっと見開き、春陽の腕を万力の力で掴む。



「どうして春陽殿のアパートに京香先生が来ておられるのかな? そして、なぜ春陽殿が住んでいることを知っているのか、今すぐ白状せい!」



 最悪のタイミングでの京香先生と登場だ。


 たぶん親友の綾香先生の部屋へ遊びにきたんだと思うけど、間が悪すぎる。



「この和尚、毎日、修行の日々ではあるが、まだまだ未熟な身。京香先生のことがあっては冷静ではいられぬ。春陽殿、今すぐ吐け!」



 和尚の目が尋常でない。いつもクリクリと黒い瞳が充血して真っ赤に染まっている。


 目が赤くて怖い!



「浩平君、春陽君を許してあげてね。私は保険医なの。だから、独り暮らしの生徒の体調管理を見るのも仕事よ」


「なんと!」


「だから今日は絵理沙さんと春陽君がちゃんと家で生活しているかチェックしに来ただけ」


「その勤勉なお姿に身を正す思い。まさに先生の鏡でありますな」


「そんなに褒めないで~! 京香、恥ずかしくなっちゃう!」



 春陽が優紀と信二を見ると既に頬を真っ赤に染めて、昇天していた。


 和尚はさっきの姿が嘘のように平静な態度に戻り、京香先生を愛でてご満悦になっている。



「せっかくだから、皆で春陽君の部屋へお邪魔しちゃいましょう。絵理沙さんも呼べばいいわ」



 京香先生の口元を見ると「ごめんなさい」と唇が動いている。


 綾香先生の家を知られないように、とっさに嘘をついたのだろう。


 でも、春陽個人としては、絶対に他人を家の中へ入れたくなかった。


 全員でアパートの2階にあがって、春陽はゆっくりと鍵を解除してドアを開ける。


 その間に、京香先生は絵理沙先輩の部屋をノックしている。2人で口合わせをしておくつもりだろう。


 ドアが開いた瞬間に部屋の中から強い臭いが一帯に広がる。


 慣れている春陽は全く気にならないが、信二も優紀も和尚も顔を渋くしている。


 薄暗い部屋の中を入っていき、部屋の電気を点ける。


 部屋の中にはいくつも開けられていない、引っ越し業者の段ボールが山積みされて置かれている。


 そしてキッチンのテーブルの上には食べたカップラーメンの容器が重ねられている。


 テーブル横には大きな45ℓの透明なゴミ袋が満タンで3つある。


 その中にはぽかぽか弁当の容器や、コンビニ弁当の容器、大型のペットボトルが入っている。


 段ボールの間に布団が狭く敷かれ、そこで春陽が寝泊まりしていることがわかる。


 優紀と信二と和尚の3人は部屋の中に入ったのはいいが、座る場所もない。


 だから他人に部屋の中を見せたくなかったんだよ。



「イヤーー!」



「キャーー!」



 ドアのところから2人の女性の悲鳴が聞こえる。


 春陽が振り返ると、玄関に入ってきた京香先生と絵理沙先輩だった。


 2人共、両手で口元を押えて、信じられないモノを見るように春陽の部屋の中を覗いている。


 それでも2人は耐えて部屋の中へ入ってくる。


 一応、この部屋はアメリカンタイプではないので、2人共、靴を脱いでほしいが、春陽は言い出せなかった。


 京香先生と絵理沙先輩は部屋の中央に立ち、それぞれに部屋の中を見回っている。



「これは酷いわね!」


「こんな部屋は初めてです!」



 あまりの部屋の惨状に2人共、困惑している。


 何をしたらいいのか、思考が止まってしまったようだ。


 先に中に入った3人の男性陣も立ったまま呆然としている。



「ハワワ~! これは酷い部屋だね! 春陽君、先生との約束、破ってましたね」



 甘くて可愛い声が春陽の室内に響く。


 全員が振り返ると小さな天女様がニッコリと微笑んでいた。


 綾香先生は靴を脱いで、スルスルと部屋の中央まで入ってくる。


 全員が無言で驚いている状態もスルーする。



「男の子4人いれば、力仕事も、段ボールの開封もお願いできるね。女性3人はゴミ出しから、お掃除を開始しましょう。皆で頑張ろ―!」


「……」



 全員の目が、なぜ綾香先生がここにいる?と疑問の目を綾香先生に向けている。


 なんで今になって出てくるんだよ。京香先生と絵理沙先輩の苦労が水の泡じゃん。



「綾香、ちょっと来なさい!」



 いつになく、京香先生が大きな声をあげて、綾香先生の耳を引っ張って、玄関に連れていく。



「ハワワ、京香、ちょっと耳が痛い。私、何か間違ったことしたの?」


「いいから黙って! 話は外でするから、ついて来なさい!」



 京香先生と綾香先生が玄関から出て行った。


 微妙な沈黙が部屋の中を流れる。


 信二、優紀、和尚の3人の目が、疑わしそうに春陽を見ている。


 絵理沙先輩は額に手を当てて、目元を隠している。


 ドアが開いて、綾香先生が走り込んできた。



「何だかわからないけど、京香が怒っています。春陽君、助けて!」



 立っている春陽に綾香先生が涙目でしがみつく。


 あーあ、これで全てアウトだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ