第51話 対面
この作品はフィクションです。
京香先生のセルシオに乗って春陽と綾香は、綾香の実家へと向かう。
セルシオは高速に乗ってから既に3時間が過ぎようとしている。
後、2時間ほど高速を乗って、一般道を走って綾香の実家へと向かう。
車に乗って走っている間に睦美さんから連絡が入り、父の敦と睦美さんも綾香の実家へ向けて車を走らせているという。
父の敦と睦美さんが相談した結果、できるだけ春陽と綾香の援護射撃をすることで意見が一致したという。
「たまには父らしいところを春陽に見せないとな」と敦が睦美さんに言ったということだ。
高速を降りて、一般道を走り、古い住宅街にある、武家屋敷のような大きな門構えの家が綾香の実家だった。
春陽もスーツを着てネクタイをしめて、今日は正装している。
綾香と京香先生もスーツを着ている。
綾香が大きな門を開けて春陽と京香先生を家の中へと通す。
大きな玄関があり、綾香が扉を開ける。
「ただいまー! お母さん!」
春陽と京香先生が玄関の中に入ると、和服姿の綾香のお母さん、真由美さんが和室から足音を立てずに歩いてくる。
「よく帰ってきたわね。おかえりなさい、綾香。隣の美女が京香さんね。そして男の子が榊春陽君。写真で見たとおりね」
「榊春陽と申します。いつも綾香先生にはお世話になっています」
春陽は丁寧に真由美へ頭を下げる。
「大学時代から友人をさせていただいております。坂本京香と申します。よろしくお願いいたします」
京香はニッコリと微笑んで会釈をする。
「玄関で立ち話しても仕方がないでしょう。さー奥へ上がってください。綾香、今日は父さんもいるから、一緒にお話をお聞きします」
綾香の父である昇も今日は家にいるという。両親2人で春陽達が来るのを待っていたようだ。
母の真由美の案内で、奥の和室に通されると、大きなテーブルの前で父の昇が厳めしい顔をして座っている。
「お父さん、ただいま戻りました」
「元気で何よりだ。さあ、そこへ座りなさい」
春陽と京香先生はそれぞれに父の昇に挨拶をして、綾香の隣に正座をする。
そして母の真由美が熱いお茶を3人の前に置いて、昇の隣に座る。
「まず、聞きたいことは諸星駿という男性のことだ。いきなり封筒で探偵の調査資料のようなものを送ってきたが、何者なんだね?」
父の昇がA4サイズの封筒を取り出して、テーブルの上に中身を取り出していく。
調査結果と書かれた書類と十数枚もある綾香と春陽のツーショット写真がテーブルの上に置かれる。
京香が背筋を伸ばして昇を見る。
「この件につきましては、同じ桜ヶ丘高校の者として私から話をさせていただきますわ」
京香先生が諸星駿の経歴、居酒屋騒ぎ、ストーカー騒ぎなどを時系列を追って説明する。
昇はそれを聞いて何度も頷く。
「では、教員同士で居酒屋に行った時に、綾香に酒を飲ませ、泥酔した所を諸星駿という教員が強引にタクシーに乗せて連れ帰ろうとした所を春陽君に助けてもらったことが、春陽君が関わる原因の1つとなったということか」
「左様ですわ。私の家で綾香を匿うとう案も私の中ではありましたが、私も狙われている1人だったものですので、春陽君の家に匿ってもらうのが良いと3人で話し合って決めました」
「わかった。そのことは理解した。しかし、この調査資料によると綾香と春陽君は付き合っていると書いている。この資料は正しいのか、間違っているのか?」
春陽の額から汗が流れ落ちるのを感じる。ここでウソを語っても仕方がない。
「今は綾香先生とは結婚を前提にお付き合いをさせていただいています」
「君はまだ17歳だな。若すぎると思わなかったのか。それに担任の先生と生徒という間柄で恋愛は禁止であることも理解できなかったのか」
「先生と生徒が恋愛をしてはいけないのが常識だという認識は持っています。俺が17歳で、若すぎることも理解しています。しかし、綾香先生に惹かれ、1人の女性として愛しています」
「綾香と春陽君は、どのような交際をしているのかね?」
「まだ清い交際を続けています」
「それは口では何とでも言えることだな」
昇は鋭い目で春陽を射抜くように見る。
「少し、お待ちくださいませ。そこは私が保証いたします。私も週の内4日以上は春陽君の家で寝泊まりしています。2人の仲が進展しないように見守ってきました。2人は清い交際のままですわ」
真由美が厳しい目で綾香を見る。
「自分の担任の生徒に手をつけるなんて、教師として失格。常識外れも甚だしいわ。こんなことが世間様に知れたら、笑い者で外を歩けませんよ」
昇も真由美の意見を聞いて大きく頷く。
「母さんの言う通りだ。常識外れも甚だしい。すぐに春陽君とは別れなさい。そして教員を辞して、実家に戻ってくるように!」
桜ヶ丘高校の先生を辞めろと綾香に言うのか。そして実家に戻れと言うのか。
「それは待ってください。綾香先生は優秀な先生です。俺はそこにも惹かれました。綾香先生から教職を取り上げないでください」
綾香は今まで俯いていたが、父の昇と母の真由美の顔を真剣に見つめる。
「私は真剣に春陽君と交際しているの。遊びじゃない。それに学校の先生も精一杯務めてる。だからお父さんとお母さんの意見は聞きません」
昇が驚いた顔をして綾香を見る。真由美は険しい顔をして綾香を見据えている。
今まで両親に反抗一つしてこなかった娘が初めて両親に向かって反旗をひるがえした。
「どこの世界にも常識は必要であり、不文律だ。生徒と先生が恋愛するなど許されない。それは常識外れの子供のすることだ」
「私だって常識外れだってわかってるわよ。春陽君もわかってる。でも好きなんだから仕方ないでしょ。春陽君のためなら先生を私が辞めるわ。それで父さん達も常識外れとはいえないでしょ」
綾香が涙を流して両親に訴える。
しかし、昇と真由美の2人は首を横に振るだけだった。
「確かに綾香が学校を辞めれば、生徒と先生ではなくなるが、未成年者と成人女性との組み合わせが常識だとは言えない」
もう我慢の限界だと春陽は顔を真っ赤に染める。
「俺は今は17歳です。しかし後3年すれば20歳です。今は大学生結婚もある時代です。時代遅れなことを押し付けないでください」
「常識に時代遅れも流行りもない。綾香と結婚したければ20歳になってから、綾香に会いに来なさい。綾香は実家に戻ってくること」
京香先生がワザとお茶を飲んで、綾香の両親に向かって微笑む。
「お父様、そう頑なになられず、落ち着いてくださいませ。春陽君も今は17歳ですが、3年間、清い交際をしている間に20歳になります。時は流れて行くモノですわ。それまでの間、2人を温かく見守ってあげることをお願いいたします」
京香の落ち着いた雰囲気に父の昇は黙って思考する。
しかし、母の真由美が口を開く。
「私達は3年後の話をしているのではありません。今の話をしているんです。成人女性が未成年者と付き合うなんて恥ずかしい話です。世間様に顔向けできないわ」
綾香が言っていたように、綾香の家はガチガチの常識主義の家だった。
春陽達と綾香のご両親では、全く話がかみ合いそうになく、平行線を辿るばかりになるだろう。
玄関のインターホンが鳴り、玄関から聞きなれた声がする。
春陽の父、敦と継母の睦美さんが綾香の家に到着した。
「失礼いたします。榊春陽の父親で敦と申します。妻の睦美と共に挨拶に参りました」
父の敦の場違いなような明るい挨拶の声が綾香の家に響き渡る。




