第5話 学食騒動
昼休憩のチャイムが鳴った。
軽く伸びをして春陽は自分の椅子から立ち上がる。
優紀が可愛い弁当箱を下げて、春陽の元まで歩いてくる。
「春陽、今日はどうするんだ?学食か?それとも購買か?」
「ああ、今日は絵理沙先輩に学食に誘わていていてさ。一緒に昼食を食べる約束をしてるんだ」
「なんだとー! 絵理沙先輩と昼食! そんな素敵イベントには俺も呼べよ!」
「だって優紀には香織がいるだろう。優紀を誘って、後から香織に怒られるのは嫌だぞ」
「これは春陽からの誘いじゃない。俺が春陽に付いて学食に行ったことにすればいい。香織には絵理沙先輩のことがバレなきゃいいんだよ」
「怒られるのは優紀だからな。俺は知らないぞ」
「ああ、絵理沙先輩の脚の曲線美をみられるなら、香織に怒られてもいい。覚悟はできている」
では、和尚と信二に見つからないうちに学食まで逃げよう。
教室を出て、生徒達が走り回る廊下を通って学食に向かう。
桜が丘高校の学食は教室棟から離れた所に建てられている。かなり大きな建物だ
学食に着いて、食券を買おうと券売機に並ぶ。
カウンターの上に次々と出来上がった料理が置かれていく。学生達がそれをトレイに乗せて運んでいく。
春陽が食券を買った唐揚げ定食がカウンターの上に置かれる。
手に持っていたトレーに唐揚げ定食の献立を乗せていく。
可愛いお弁当を食べないと香織が必ず怒る。
優紀は学食内で弁当を食べることになった。
学生達が食べている長いテーブルを見回すと、絵理沙先輩が微笑んで手を振ってくれている。
その隣にはスレンダーなモデル体型の香野咲夜が座っている。
絵理沙先輩を見つけた春陽は、優紀に合図して、絵理沙先輩の元へ歩いていく。
「今日はお誘いありがとうございます」
「私も春陽君と昼食を食べられて嬉しいわ」
「絵理沙先輩はお弁当なんですね」
「うん、咲夜が学食を利用するから、いつも学食でお弁当を食べてるの」
咲夜先輩は日替わり定食をトレーに乗せて、テーブルに置いている。
椅子から立ち上がった咲夜が両手を腰に当てて春陽を少し睨む。
「何度か会ったことがあるよね。私は香野咲夜よ。知っているわよね」
「はい、元文芸部員ですから、咲夜先輩と何度か会いました。よろしくお願いします」
「絵理沙は、この高校のNO1美女なのよ。どうして絵理沙と一緒に学食で食べられるのかしら? 優紀君はNO1イケメンだからわかるけど!」
「咲夜ったら、止めてよ。私が春陽君をお昼に誘ったの。私、NO1とか、あんまり興味はないよ」
絵理沙先輩が咲夜先輩を止めてくれた。咲夜先輩はいつも春陽を見ると、口論してくる。
優紀が爽やかな微笑みを絶やさずに周囲を見回す。
「立っていると目立つ。春陽も俺も座らせてもらいますよ」
優紀は咲夜先輩の前の椅子に座る。春陽もゆっくりと絵理沙先輩の前の席に座った。
「まさか後輩君達は絵理沙を狙ってるんじゃないでしょうね?」
春陽達が絵理沙先輩狙いで近寄ってきていると、咲夜先輩は勘違いしているようだ。
優紀が爽やかに微笑む。
「確かに絵理沙先輩も咲夜先輩も魅力的で素敵な脚の持ち主。その素晴らしい脚と一緒に食事ができるなら、俺はいつでも光栄です」
優紀から突然、飛び出した言葉に、絵理沙先輩も咲夜先輩も呆然としている。
学食の中は常に学生達の話し声が充満していて、優紀の放った言葉も、他の生徒達には気にされていない。
絵理沙先輩の微笑みが少し引きつっている。
「どういうことかしら?今日の優紀君、いつもと少し違うみたいだけど?」
「あれが優紀の普通です。優紀は極度の脚フェチで、年上女性の脚をこよなく愛しています」
「俺だけバラすのはズルいだろう。春陽は年上フェチで、大人の女性に憧れを持っています」
今まで強気だった咲夜先輩が少し怯えた目で春陽達を見ている。
「それじゃあ、優紀君は私と絵理沙の脚を見に来たの?」
「当たり前です。この桜ヶ丘高校、人気女子NO1とNO2の先輩達ですから、普通の女子よりもきれいな脚の曲線美をしています。これは見たい!」
あー2人とも顔を真っ赤にして、優紀の言葉にドン引きしているよ。
「別に優紀は変なことはしません。ただ脚を見て愛でているだけですから。無害です」
なぜ、春陽が優紀のフォローをしなければいけないのか、頭が痛くなってきた。
「なぜ、桜ヶ丘高校NO1イケメンに彼女ができないのか、わかったような気がするわ」
気の抜けた声で咲夜先輩が呟いた。
「学食はテーブルが邪魔で、2人のキレイな脚を鑑賞できないのが残念です」
優紀は爽やかな笑顔を深めて、堂々と座っている。
絵理沙先輩はそれでも微笑みを崩していない。清楚で上品な色香が漂ってくる。
「せっかくの食事が冷めてはいけないわ。食べながら話しましょう」
少しゆっくりとした口調で皆に食事をするように促す。
食事をしながら、チラチラと絵理沙先輩が春陽を見てくる。気になることがあるのだろう。
「春陽君、聞いてもいい?年上好きっていったけど、私も年上なんだけど……私も範囲にはいっているのかな?」
今は綾香先生一筋だとは言えない。
京香先生と言っても絵理沙先輩は落ち込んでしまうだろう。それはマズイ。
「もちろん、絵理沙先輩は高校生ですけど、清楚で上品な女性の色香があり、とてもきれいで美しいと思います。十分に範疇です」
「……そうなんだ」
絵理沙先輩は短い返事だが、春陽の答えを聞いて満足したように微笑みを深め、頬をバラ色に染める。
「私はどうなの?」
はっきり言って咲夜先輩には全く興味はない。
艶々ショートボブの髪が艶やかで美しい。
少し吊り上がった目尻。少し気の強そうな二重。透き通るような色白。整った大人びた顔立ち。
スレンダーな8頭身のスタイルはモデル級だ。
どこから見ても美女であることは確かだが、しかし、色気がない。
色香が出てきてこそ、大人の女性だと春陽は思う。
その基準から残念ながら咲夜先輩は外れている。
しかし、咲夜先輩に事実を伝えると、絶対に色気がないと言った時点で、咲夜先輩の怒りに触れることになる。
かと言って嘘は付けない。
いくらモデルスタイルの体型でも、大人の色気がなければ、春陽の好みには合わない。
どういう説明すれば良いか、返事に困った。
優紀に話を振っても足フェチの話で終わるだろう。
「そうですね。俺は年上フェチです。だから年上全般が好きです。その中でも絵理沙先輩も咲夜先輩も上位に入ります」
「私はダメよ。後輩君のことを好みじゃないから!」
「俺は年上好きなだけで、割り切りが早いですから、安心してください」
これで安心したのか、咲夜先輩はゆっくりと食事を楽しみ始めた。
目の前を見ると絵理沙先輩が体をモジモジとさせている。お弁当を食べる箸も止まっている。
「私のどこが良いの? 詳しく教えてほしい!」
絵理沙先輩が期待を込めた目で春陽を見つめる。
「そうですね、まずは清楚で上品な色気。とても清楚でありながら、大人の色気と感じます。これは絵理沙先輩特有のモノです」
「私って色気だけなの?」
「違いますよ、おっとりしていて、優しくて、そして、しっかりいる、そのバランスが良くて、すごく調和のとれた、大人な性格が良いです」
「それだけ?」
「外面的は華やかに見えますが、内面は家庭的な面があって、そのギャップにグッときます」
絵理沙先輩は瞳がウルウルしていて、頬を真っ赤に染めて、春陽を上目遣いで優しく見つめる。
普通の男子生徒なら、この仕草だけでイチコロだろう。
綾香先生という天女がいなければ、春陽も危なかった。
「春陽君は特定の彼女はいないよね?」
「こういう趣向なので、彼女はできないですね」
行動悟りきったように春陽は少し微笑んだ。
「今度、春陽君の部屋で私と一緒に勉強しない? 夕飯も作ってあげるから!」
それを聞いて優紀が首を傾げる。顔には疑問が浮かんでいる。
「なぜ、春陽の一人暮らしの部屋を絵理沙先輩が知ってるんだ? 俺達だって教えてもらってない」
マズイ! マズイ! マズイ!
絵理沙先輩は何の疑問も抱かず、屈託のない微笑みを優紀に向ける。
「だって、同じアパートだし、部屋、お隣さんだもん!」
「その話、私も聞いてないわよ。絵理沙、どうなってるの?」
「4月の初旬頃に春陽君が、たまたま偶然に私のアパートに引っ越してきたの」
絵理沙先輩は何事も問題がないような笑みで、優紀と咲夜先輩に説明をする。
あーあ、とうとう全部、言っちゃったよ。
優紀達の後からの追及を考えると頭が痛い。
「何度か、一緒に学校へ登校もしたことあるよ。校門の近くになると春陽君が逃げちゃうの」
当たり前でしょう。桜ヶ丘高校NO1の美少女と一緒に登校すれば、後のことを考えると恐ろしい。
女性の嫉妬はもちろん怖いが、男の嫉妬もなかなかに凄い。
そのことを絵理沙先輩に理解してほしい。
優紀が珍しく獰猛な笑みを浮かべる。
「4月初旬から、そんな恵まれた一人暮らしを春陽は1人で楽しんでいたわけか。これは許せんな」
「別に朝の登校が一緒になった時だけだよ。それほど恵まれていない。勘違いするな」
「絵理沙先輩の隣の部屋に住んでいると噂を流されたくなかったら、俺もお前への部屋へ招待しろ」
優紀の獰猛な笑みが深まる。瞬きを一切しない瞳が怖い。
絵理沙先輩が女神のような微笑みで、春陽を優しく見つめる。
「もうバレちゃったし、今日から毎日、勉強を教えてあげる。家事もしてあげたいな。よろしくね春陽君」
なんということを口走ってくれるんだ。教室に戻ったら、人生最大のピンチになるかもしれない。
「絵理沙と2人きりになんてさせないわよ。付き合ってもいない男女が密室で2人きりなんて危険よ。私も絵理沙の親友として毎日付き合うから!」
「え!」
桜ヶ丘高校NO1美女の絵理沙先輩との2人きりもマズイのに、NO1とNO2を自分1人で独占するのはマズイだろう。
「ほうー。絵理沙先輩と一緒に咲夜先輩とまで自分だけ仲良くするつもりか。教室に戻ったら和尚達と相談だ!」
「春陽君を責めないで。私が春陽君のお世話をしてあげたいの。春陽君は一人暮らしで困ってるんだもん。お隣さんとしては心配だよ」
それを聞いて、優紀も獰猛な笑みを消して、無表情で見つめてくる。それも怖い。
「とにかく、私が一緒の時でないと、2人だけで部屋で会うのは禁止。それと絶対に絵理沙の部屋に入るな!」
咲夜先輩からの指示が飛ぶ。
「咲夜がどう言っても、私は春陽君が可愛いの。お世話したいのは私の気持ち。だから放っておいて!」
「春陽君、絵理沙に変なことしたら、容赦しないからね」
何も言っていないのに、なぜ、皆はそんなに盛り上がっているんだ。
冷静になれば分かり合える。
いつの間にか、春陽と咲夜先輩は学食を食べ終わり、絵理沙先輩と優紀はお弁当を食べ終わっていた。
「咲夜先輩、安心してください。教室へ帰ったら、春陽に事情聴取します!」
「春陽君、今日、学校から帰ってくるのを楽しみに待ってる!」
今、その言葉は禁句でしょう。絵理沙先輩、知ってて言ってるでしょう。
優紀は椅子から立ち上がると、春陽の腕を捕まえて、引きずるように学食を歩いていく。
必死になって春陽は両手を動かすが、優紀の力はすごく、とうとう学食から連れ出された。
遠くから絵理沙先輩が優しい目で微笑んで、小さく手を振っている姿が見える。