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第32話 久々の再会

「ジョディ先生、ここは日本です。日本の常識、ルールに則っていただきます。日本では職場で愛を営むことは禁止行為です」



 丸山源蔵マルヤマゲンゾウ教頭が毅然とした態度で言う。



「ジョディ先生がそれを守れないならば、職員会議にかけ、ジョディ先生の処遇を検討しなければなりません。ジョディ先生、今、言ったことを取り下げなさい」



 丸山教頭もジョディ先生のことを守りたいのだろう。今なら発言を却下すれば助かると、含みのある言い方をしている。



「ノー! 私の愛は止まりませーん! 浩平を愛していまーす! どこに行っても、そのことに変わりはありませーん!」


「そうですか! 誠に残念です! ジョディ先生には職員会議の結果が出るまで、出勤を禁止します。自宅謹慎を申し付けます」



 和尚が大柄な体で丸山教頭の前に両手を広げる。




「待ってくだされ、教頭殿。拙僧からもジョディ先生に説明して、納得させてみせる。だから、ジョディ先生の処遇を検討することは待っていただきたい」


「君は誰だね?」


「ジョディ先生に想われている生徒とは拙僧のことです」


「君はジョディ先生のことを、どう思っているのかね?」


「拙僧もジョディ先生のことを愛しく思っており申す。拙僧が高校を卒業した暁には、ジョディ先生を嫁にもらうつもりであった」


「お互いに好き同士というわけですか。生徒と先生の恋愛は禁止されています。困ったことになりましたね。余計にジョディ先生の処遇を検討しなくてはならなくなりました」



 綾香の顔が真っ青になっている。


 京香先生も口を両手で塞いで、青ざめている。


 これは終わったな、ジョディ先生が学校に来ることは2度とないだろうと春陽は諦めた。



「そんなの酷いです。ジョディ先生は1人の女性として、1人の男性を愛しただけじゃないですか。それがたまたま生徒だった、それのどこがいけないんですか」



 綾香が小さな声で丸山教頭に反論する。



「学校の風紀が乱れるからに決まっているじゃないですか。生徒同士の恋愛でさえ、行き過ぎれば不純異性交遊として学校側は対処しなければなりません」



 丸山先生は糸目を細くして、綾香を見る。


 慌てて京香先生が綾香の口を押える。



「今は感情を出してはダメ。綾香も目をつけられる」



 京香先生が綾香の耳元でささやく。



「今は我慢よ。ジョディは自分で道を選んだの。綾香はジョディと同じ道を選んではいけないわ」



 綾香は京香先生の胸に抱き着いて涙を流していた。


 春陽は両手の拳が白くなるまで握りしめるが、何も言い出せない。



「学校側がどのような対処をしようと、ジョディ先生のことは拙僧がお守りいたす」



 丸山教頭が和尚に冷たい視線を向ける。



「誰だね、職員室に学生を入れたのは、さっさと連れていきなさい。生徒は授業に戻りたまえ」



 春陽は何も言わず、和尚の腕を掴んで職員室から出ようとする。


 和尚の顔が悲しそうに歪んでいる。


 和尚は職員室から出ていく間際に深々と礼をする。



「先生方々、ジョディ先生は異国のお方、まだ日本の常識には慣れておりません。何卒、ご配慮をお願いいたします」



 和尚のクリクリとした瞳から涙が一滴、床に落ちた。


 それ以降、ジョディ先生が学校に来ることはなかった。


 ジョディ先生の処分は依願退職という形となり、教員免許は剥奪されずに済んだ。





◆◆◆





 このオフィスに来るのも2カ月以上ぶりか。


 都会の高層ビルの一室で、大きなデスクでパソコン3台を使って仕事をしている父、敦のオフィスに春陽は来ている。



「なんだ。連絡もしてこないで、いきなり訪問してくるとは思わなかったぞ」


「ああ、父さん専用のスマホ、壊れてしまって連絡番号がわからなかったんだ」


「なるほど、だから私から連絡しても、電話に出なかったんだな」


「父さんが俺に用事? 家で何かあったのか?」


「洋子と別れた!」


「はあ?」



 あまりの出来事に春陽は口を開けたまま呆然とする。



「お前が出て行った後も洋子と上手くいかなくてな。慰謝料を渡すと言ったら、喜んで離婚届に判を押して出て行ったよ」


「それで、父さんは今、家で1人で暮らしているのか?」


「いいや。睦美と再婚して、来年には春陽の妹か、弟ができるぞ。良かったな! 春陽!」



 父さんは嬉しそうにデスクから立ち上がって、春陽の元へ歩いてくると、肩をポンポンと叩く。


 あまりの出来事に頭がついていかない。



「俺はどうなるんだ? 家に帰ってもいいのか?」


「すまん! 睦美との新婚生活を大事にしたい! 今、一番甘いひと時なんだ! お前も男だったら、わかってくれるよな!」



 何を言ってるんだ?


 確かに睦美さんと父さんが夜中に睦事をしている声なんて聞きたくない。



「睦美さん、妊娠しているなら大事にしてやってくれよ」


「ああ、わかっている。今回、オフィスに来た用事はなんだ?」


「父さんに頼みたいことがあってきた。相談に乗ってほしい」



 春陽は父さんにジョディ先生の件を全て話した。



「それで? そのジョディという女性教師を助けたいというのか? お前の彼女か?」


「違うよ。友達の彼女なんだ。アメリカ人だし、日本人の友達もまだ少ない。異国で可哀そうだろう」


「美人か?」


「美人だ!」


「それでは協力しよう!」



 父さんは年下の美人に弱い。睦美さんと結婚していなければ、ジョディ先生も対象範囲に入るから危ない所だ。



「俺の親友に大学進学塾を経営している奴がいる。俺の親友だけあって、美人に弱い。あいつならジョディという先生のことも解決してくれるだろう」



 やはり父さんに相談して正解だった。


 父さんは都会で一級建築士をしているだけあって、顔が広い。会社経営者の知り合いも多い。



「後、もう一つ、お願いしたいことがある」


「なんだ?」


「俺は実家に戻らなくていい。睦美さんと楽しく新婚生活を送ってくれ。その代わり、キチンとした3LDKのマンションを借りてほしい」


「何のために?」


「父さんが俺にそれを聞くか?」


「美人か?」


「美人だ!」


「わかった。用意しよう。とうとう春陽も女性と一緒に暮らす日が来たか。もうやったのか?」


「やってねーよ!」



 父さんのように手は早くない。そこだけは一緒にしてほしくない。



「睦美は27歳だが、お前の相手は幾つだ?」


「24歳!」


「そういえば、お前は年上好きだったな。まだ直っていなかったのか?」


「人の趣向をいうな。父さんは年下好きじゃないか」


「お義母さんと彼女の年が近いというのも、会わせたら良い友達になるかもしれな」



 どこまでも能天気な父さんだ。



「家は近々用意する。睦美もまだ仕事をしてくれている。彼女に任せるのが1番だろう。春陽のことも気にしているしな」



 睦美さんは、いつも春陽のことを気にかけてくれている。頼りになるお姉さんだった。


 今は義母さんだけど。



「いつからジョディ先生は仕事に就けるかな?」


「今日中に連絡しておく。お前のスマホの連絡番号を置いていけ」



 春陽は父さんの大きなデスクのメモに自分の連絡番号を書いて、父さんに渡した。


 そして父さんの連絡番号を自分のスマホに登録する。





◆◆◆





父さんに会いに行った日の夜、ジョディ先生と和尚は「ほのぼの荘」のアパートにいた。


 インターホンを鳴らすと「ハーイでーす」と勢いよくドアが開き、ジョディ先生が顔を出して、春陽だとわかると、ニッコリと笑ってハグをする。



「さー、春陽、入ってくださーい」



 部屋の中へ入ると和尚が寝転がって、恥ずかしそうにしている。



「何をしてたんだ?」


「耳掃除でーす! 浩平はこれが大好きでーす!」



 相変わらず仲が良い2人だ。


 春陽は今日の昼に父親に会いに行ったことを説明し、ジョディ先生の職を探してもらっていることを2人に告げた。


 和尚は正座をして、深々と春陽に頭を下げる。



「かたじけない。拙僧は高校生故、職を紹介することなどできぬ。このまま拙僧の家で、ジョディ殿も尼僧として2人で暮らそうと思っていた次第」



 尼僧って、何だ? 女性のお坊さんか? そんなことをしたら、ジョディ先生のきれいな金髪がなくなるじゃないか。


 ジョディ先生のツルツル頭なんて見たくないぞ。



「父さんが言うには、大学進学塾の経営者だそうだ。たぶんジョディ先生を英語の講師として雇ってくれると思う。まだわからないけどね」


「オー、春陽、アリガトウー!」



 ジョディ先生が春陽にギュッと抱き着いてハグをする。


 ボリュームのある胸がムニュッと春陽の体に当たる。綾香とは違った甘い陽だまりのような香りが、春陽を包み込む。


 和尚の眉が少しだけピクピクしている。


 春陽には綾香がいる。ジョディ先生になびくことはない。



「和尚、少しぐらいのハグで焼きもちか?和尚もすっかりジョディ先生に惚れてるみたいだな」


「すまぬ。ジョディ殿のことになると拙僧も人の子。悟りきれずに感情的になってしまう。まだまだ修行が足りん」


「俺も綾香が他の男性とハグしてるのを見るのは嫌だ。だから和尚の気持ちはわかるよ」


「そう言ってもらうと助かりもうす」


「また、近々、和尚に進捗状況を報告するから、ジョディ先生に教えてあげてくれ」


「わかりもうした。春陽殿の尽力、拙僧は忘れませんぞ」



 春陽はそれだけ言うとジョディ先生の部屋を出た。


 そして201号室の綾香の部屋へ向かう。


 201号室へ合い鍵を使って入ると、綾香が料理を作っている所だった。



「おかえりなさい! 今日はどこに行ってたの? 私、何も聞いてない!」



 春陽は綾香を背中から抱きしめて、綾香のお腹を撫でる。



「春陽君は私のお腹を撫でるの好きね。いつも優しく撫でてくれる」



 綾香は頬を赤らめて、料理に集中している。



「今日は、父さんに会いに行った。色々と驚かされた!」


「どうしたの?」


「俺の継母と父さんが離婚していた」


「それじゃあ、春陽君は家に戻れるのね」


「違う! 新しい彼女と再婚して、来年には俺に妹か弟ができるらしい! 新婚生活中だから帰ってくるなと言われた」



 それを聞いた綾香は絶句している。



「父さんに、綾香と一緒に暮らしたいから、もっと大きな部屋を借りてほしいって頼んできたんだ!」


「私はここでもいいよー! そんなの贅沢よ!」


「ここにいると和尚とジョディ先生の営みで、いつアパートが崩れてもおかしくない。それに和尚とジョディ先生の営みを毎回聞かされるのは正直ツライ」



 綾香は首まで真っ赤にして何度も頷いた。



「父さんには彼女と一緒に暮らすと言って了解を取ってある。一緒に暮らそう。家にいる間だけでも一緒にいたい」



 綾香は嬉しそうに微笑んで、春陽に抱き着いた。



「ありがとう。私も春陽君と一緒に暮らしたい」



 2人は抱き合って長いキスを重ねる。



「それとジョディ先生の職も父さんに頼んできた。さっき和尚とジョディ先生にも伝えた。大学進学塾を経営している友人が父さんにはいるそうだ。そこで職に就けそうだよ」



 綾香はその話を聞いて真剣な顔で春陽を見る。



「もう私も我慢できない。私も学校を辞めたい。春陽君、お父様に私のことも頼んでもらえないかな?」



 何を言い出すんだ。ジョディ先生の件で綾香が怒っているのは知っているけれど、早計な行動は慎んだほうがいい。



「綾香、勝手に決めていいのか? 京香先生に相談したほうがいいと思うぞ。綾香はバレていないんだから、まだ学校に居てもいいんだぞ」


「京香の許可を取れればいいのね。今から京香に連絡する!」


「ちょっと待って、綾香、なぜ、そんなに焦ってるの?これから一緒に暮らせるんだよ。それだけでも十分な進歩じゃないか」



 綾香は春陽の耳元に顔を寄せる。



「私も春陽君ともっと……イチャイチャしたいの♡」



 春陽は何も言わず、顔を真っ赤にして、綾香を抱きしめた。                            

4/2、皆様のPTによりランキング10位になっていました。全て読者様のおかげです。

充電期間をください。その後に第2部(同棲編)を書かせていただきます。

再開するまで、どうかこの作品のブックマ・評価の応援をよろしくお願いいたします。

(感想欄は悪意のある感想があったため、当分の間閉鎖いたします)

何卒宜しくお願い致します。応援してくれている読者様、本当にありがとうございます。

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