第30話 和尚のピンチ
綾香の部屋のドアがノックされている。
その音で目覚めた春陽は綾香を起こさないようにベッドを抜け出してドアの内鍵を開けて、ドアを開ける。
そこには肌をツルツルとしたブロンドの金髪が似合っているジョディ先生が立っていた。
そしてジョディ先生の後ろに大柄の和尚が隠れている。
「和尚、お前の体、大きいからさ、隠れてないぞ」
「昨日の夜は拙僧も我を忘れ、ご近所迷惑なことをしてしまった。誠に申し訳ない」
心なしか、和尚の顔がゲッソリしている。朝まで寝ていないんんだろうな。
「オー! 昨日の浩平は最高でした♡ すごく可愛かったでーす♡ さっきまで浩平は頑張ってました♡」
「和尚、朝まで続けるって、すごすぎないか!昨日、隣の部屋には丸聞こえだったぞ」
「すまぬ。何事も初めてのこと故、声を押えきれなかった。誠に申し訳ござらん」
確かに和尚は童貞だったんだから、仕方がない。
ジョディ先生がどうなのか知りたかったが、女性にそれを聞くには失礼だと思い、ジョディ先生には聞かなかった。
「オー! 浩平だけが初めてだったのではありませーん! 私も初めてでしたー! ファンタスティック♡」
「とにかく、和尚、童貞卒業おめでとう! できることなら、今のうちに誰にも気づかれないように帰ってくれると俺は嬉しい!」
「……春陽殿……布団をずいぶん汚してしまった。今日中に買って返すので、ご容赦いただきたい」
「わかった! 今の布団は和尚とジョディ先生用に置いておくよ。和尚の家でできるわけないし、当分、俺の部屋を使う気だろう?」
「……済まぬ、お世話をかけ申す」
ああ、このことを信二が知ったら激怒りだろうな。
「ジョディ先生、先生は生徒と学校ではイチャイチャしてはダメです。学校とプライベートを区別してください」
「ノー! 私は浩平を愛していまーす♡ 学校で他人のフリをするなどできませーん。ノー!」
ああーダメだ。春陽の説得ではジョディ先生を説得できない。この問題は綾香と京香先生にしてもらおう。
すると203号室の部屋から寝不足で目の下にクマを作った絵理沙が現れた。
「春陽君! 隣の部屋でHなことして上等じゃない! 私、一睡もできなかったわよ!」
「ずっと、聞き耳を立ててたのか!絵理沙もスケベだな」
「聞きたくなくても、部屋の壁が薄いから、聞こえてくるのよ。あんな大声でしなくてもいいじゃない!」
和尚とジョディ先生は頬を赤らめている。
「昨日、俺の家に泊まっていたのは、この2人なんだが」
春陽はニッコリと笑って和尚とジョディ先生を指さす。
「え? 意味わかんないんだけど? 浩平君とジョディ先生って、そういう仲だったの?」
「昨日の夜、浩平と愛を交しました♡ 最高にハッピーでーす♡」
和尚が絵理沙から顔を背けている。
「済まぬ。絵理沙殿、故あって、このような事態になり申した。拙僧のいたらぬ所、許してくだされ」
絵理沙は唖然をした顔で2人を見つめ、目を丸くして驚いている。
「そういうわけだから。俺じゃない。誤解しないでくれよ」
「うん。わかった。すっごく、わかった。浩平君、おめでとう。ジョディ先生とお幸せに」
「和尚とジョディ先生は目立つ。今のうちに帰ってくれ。和尚の家に報告することもあるだろう。そこまで面倒みれないからな。自分できちんと両親に報告するんだぞ」
和尚の目に涙が溜まっている。
「拙僧は、いかんことをしてしまった。両親に申し訳ない」
「ノー! 愛し合う2人が1つになるのは当然ね♡ 私からパパンとママンに説明するから安心して♡」
和尚の両親はジョディ先生のパパンとママンになったのか。頑張れよ、和尚。
和尚はジョディ先生に腰に手を回されて、寄り添うようにアパートを去っていった。
絵理沙がきれいな口を開けて欠伸をして、両手を広げて伸びをする。
「昨日の夜は一睡もできなかったわ。私、今日は学校を休む。ゆっくり寝て、昨日の夜のことは忘れたい」
絵理沙の気分からすれば、そうだろう。
「和尚のことは学校では秘密で頼む。学校にバレたら大変なことになる」
「わかってるわよ。今度、学食で奢ってね」
絵理沙は自分の部屋へと戻って、扉を閉めた。
春陽は自分の部屋の中に入るのがすごくイヤだった。ものすごい匂いがしていそうだ。ドアを開けるのも怖い。
綾香の部屋へと戻った春陽は、時計の針を見ると6時を回った所だった。
綾香を起こさないようにベッドの布団に入ると、目をパチパチとさせて、布団から顔を半分だけだしている綾香と目があった。
「眠れたかい?」
「はい! 春陽君がいてくれたから、眠れました。たぶん1人だと無理。昨日の声はすごかった」
「そうだよな。獣が2匹いるような叫び声が何回も聞こえたもんな」
「はい! アパートも揺れました!」
思わず和尚とジョディ先生のHシーンを想像して黙ってしまう。
綾香も黙っているから、一緒の気持ちだろう。
他人事とはいえ、とても恥ずかしい。
「ジョディ先生には一応、生徒と先生の恋愛は禁止と言っておいたけど、言うことを聞いてくれないんだ」
「それは困りましたね。学校の教師達に知れると、大問題になります。私からもジョディ先生に言ってみます」
「頼むよ。ジョディ先生さえ、日本の文化を理解してくれれば何となる。綾香と京香先生しか協力者はいない。和尚のためにも頼む」
「はい、わかりました」
とにかく今日も学校がある。少し早いが学校へ行く用意をして、学校へ向かおう。
部屋の状態は、一言で言い表せないほどだった。自分の部屋ではないような匂いが充満している。
「これはダメだ。当分、この部屋は使えない」
春陽は一人呟いて、部屋の後始末は和尚にさせようと心に決めた。
制服を持って、綾香の部屋へ行くと、綾香が風呂あがりで、無防備にも裸で体を拭いていた。
「キャッ」
「ゴメン。自分の部屋が汚過ぎて使い物にならないんだ。俺も綾香の部屋で着替えていいか?」
「もう! 私、まだ裸なんですー! 冷静に説明したフリをして見ないでくださいー! 恥ずかしいですー」
「綾香の裸はきれいだよ。とても美しいし、スタイルも良い。見惚れてしまうよ」
「見惚れないでくださーい!」
綾香は体を真っ赤色に染めて、風呂場へ逃げていった。洗濯機の上に置いてあった替えのピンクの下着を持っていく。
下着を付け終わった綾香は全身にバスタオルを巻いて、恥ずかしがって頬を赤らめて口を尖らせている。
春陽は自分の部屋着を脱いで、風呂場へ入りシャワーを浴びる。
洗濯機が回る音がして、慌てて春陽は風呂場から顔を出すと、部屋着と自分の下着が洗濯機で洗われていた。
「綾香、俺の下着を洗ったら、俺はどうやって風呂場から出ればいいんだよ」
綾香はニコニコと笑って、タンスから、新しい春陽のパンツと靴下を出してきて、洗濯機の上に置く。
「ちゃんと用意してありますよ。春陽君の洋服一揃いは買ってあります。だから安心してください」
綾香、202号室ノートを使ったな。あれには春陽の体のサイズが全て書かれていたもんな。
でも、春陽の着る物を、部屋に用意してくれている綾香の気持ちは嬉しかった。
2人で一緒に部屋を出て、学校に登校するのはマズイ。
それに綾香にはジョディ先生を説得してもらう必要がある。
綾香は少し眠そうな顔をしていたが、いつもより早く出勤していった。
春陽は朝食の後片づけを済ませ、制服に着替えて、合い鍵を使って、綾香の部屋を後にする。
◆◆◆
今日の保健室は入出禁止の看板が掲げられていた。
そっと中に入ると、和尚が京香先生に土下座をしている。
「京香先生、拙僧は京香先生を崇拝し、崇めており申した。それなのにジョディ先生と過ちを犯し申した。誠に申し訳ない」
「あら、私は良かったと思ってるわよ。だって私、浩平君に告白されてもフッテたし、ジョディ先生が浩平君を愛してくれたなら良かったと思うわ。おめでとう」
和尚はそれを聞いて、涙を流して京香先生を見つめている。
「私は大人の男性にしか興味はないの。だから生徒と恋愛することなんてないわ。だからジョディ先生で良かったのよ。浩平君もそう思いなさい」
「拙僧は……拙僧は……拙僧は……既にフラれておったか」
「そういうことになるわね!」
京香先生、今日は容赦ないな。
ジョディ先生のことを思って、和尚に自覚を持たせるため、多少、キツメに言っているのだろうが、和尚の心のダメージはキツイだろう。
しかし、和尚もジョディ先生としてしまったんだから、男として責任を持つしかないよな。
保健室にはジョディ先生の姿はなかった。
和尚から聞くと、和尚とジョディ先生は、和尚の両親に謝りに行ったらしい。
和尚の両親も、はじめは驚いていたが、ジョディ先生のことを気に入っていたので、話はスムーズに運んだという。
しかし、ジョディ先生が学校で和尚とのことを、宣言すると言い出したので、両親も和尚も必死になって止めた。
しかしジョディ先生の意思は固く、皆に愛を打ち明けたいと言い張られたので、今日は、和尚の部屋でジョディ先生はご両親が説得している。
今日1日かけて、和尚のご両親が、ジョディ先生に日本の常識を植え込む予定になっているという。
和尚のご両親がまだ理解ある方々だったので良かったと春陽は思った。
春陽は和尚の肩をポンポンと叩く。
「実はな、俺も綾香のことが好きなんだ。綾香も俺のことが好きなんだ。実は好き同士なんだけど、皆に隠していたんだ。同じ仲間ができて俺は嬉しいよ」
和尚はクリクリの瞳を大きくして驚く。
「なんと! 春陽殿と綾香先生はそういう仲であったか」
「勘違いするな。和尚とジョディ先生のような体の関係はない。先生と生徒のルールは守ってる。和尚と同じにするな」
「綾香先生と春陽殿も耐えておられることを、拙僧は耐えることができなんだ。まだまだ修行が足りぬ」
「今度から違う修行が待ってるんじゃないか?これからDVDで培った経験が活かされるぞ」
「春陽殿、拙僧も心にダメージを負っておる。少しは優しくしてくれても良かろう」
「うるさい。俺の部屋を使えなくしたのは和尚だろう。今日、俺の部屋の片付けは全て、和尚達でしてくれよ」
「……申し訳ない」
ジョディ先生には和尚のご両親がついている。日本の常識をみっちりと仕込んでくれるだろう。
「それで和尚。結婚式はいつなんだ? 高校卒業してすぐか? 祝儀も用意しないといけないし、事前に教えてくれないと困るぞ」
「春陽殿、拙僧もそこまでまだ心が定まっておりませぬ。もう少し、時間を下され。自分を見つめ直す時間が必要」
京香先生が和尚に冷たい視線を向ける。
「覚悟もなしにジョディ先生を抱いたの。浩平君、最低よ。男なら責任を取りなさい。高校を卒業したら結婚よ。当たり前でしょ。ジョディ先生はアメリカから1人で来てるのよ。頼れるのは浩平君しかいないの」
「京香先生が言われるなら、致し方なし。高校を卒業してから、しばらく経ってから結婚いたす」
綾香がポツリと漏らす。
「ジョディ先生がそれまで待ってくれたらいいけどね」
確かにジョディ先生の勢いを考えれば、和尚が18歳になった途端に、結婚届をだしても不思議じゃない。
和尚が不安そうな顔で春陽を見る。
春陽も自信がないので和尚から顔を背けた。
「もうそろそろHRになるわ! 皆、教室へ帰りなさい」
教室へ戻る和尚の足取りは重く、春陽は背中を優しく撫でて、和尚を労わるようにして教室へ向かった。
春陽は自分の席に座って鞄を机の上に置く。和尚は1人でいるが不安なようで、春陽の近くの椅子に座った。
信二も既に学校に登校していて、2人が来るのを待っていた。
「今日は保健室が閉鎖だったけど、京香先生に何かあったのか?」
春陽は何も知らないと言うふうに首を横へ振る。
和尚の頭と顔から汗が吹き出し、目が泳いでいる。
信二が和尚の様子を見て訝しんでいる。
「和尚、京香先生と何かあったのか?」
「何もござらん。京香先生とは何もござらん」
「変な言い方をするな。京香先生以外とは何か会ったのか?」
「何もござらん。何もござらん。拙僧は知らん。知らん」
和尚、誤魔化すのが下手すぎ、いつもの和尚なら無表情に簡単に誤魔化すのに、今日の和尚は無理なようだ。心が動揺している。
「和尚も最近は色々とあったから、動揺しているだけだ。信二が心配するようなことはないよ。すぐに普通の和尚に戻るから、心配すんな」
「心配なんてしてねーよ。和尚が京香先生と抜け駆けしたんじゃねーかと疑っただけだ」
京香先生と抜け駆けしてないけど、ジョディ先生と抜け駆けしたのは事実だよな。
信二が知ったら、どれだけ怒り狂うだろう。
優紀も春陽の隣に座って目を細めて、和尚の様子を疑っている。
和尚はタオルを取り出して、頭から顔や首を拭いているが、汗が止まる様子がない。
優紀が小さな声で春陽にささやく。
「春陽と和尚だけの秘密があるんだろう。それも信二にバレたくない秘密がある。俺に教えてくれてもいいだろう」
和尚のことがバレると、春陽と綾香のこともバラさないといけなくなる。和尚とは一蓮托生と言っていい。
「和尚の秘密は俺も半分以上は知らないんだ。また全部わかったら優紀に報告するよ」
優紀は春陽の言葉を聞いて目を細めたまま、じっと春陽を見つめる。全然、信用されていない。
和尚はこれからどうなるんだろう。
和尚がバレれば春陽と綾香のこともバレる。春陽の心の中に一抹の不安がモヤモヤと広がっていた。
春陽と綾香のことだけでも何とか隠したい。
和尚、何で心も決まっていないのに、勢いで最後までヤッちゃうんだよ!




