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第25話 和尚の行先

 職員室で、昨日の飲み会の件が議題にかけられ、春陽のスマホに録音されている音声が、証拠として提出された。


 会議にかけられてから2日後に圭吾先生と駿先生の処分が決まった。


 通常であれば免職処分もあり得る出来事である。


 しかし桜ヶ丘高校は私立高校であり、理事長は駿戦先生の叔父にあたる諸星勝モロボシマサルがしている。


 諸星グループからも多くの寄付金を桜ヶ丘高校は受けている。


 諸星グループからの圧力がかかった。


 そのことによって駿先生と圭吾先生は減給処分で済まされることになった。


 しかし、今後、京香先生と綾香に近づくことを禁止された。


 圭吾先生は誠に申し訳ないと京香先生と綾香に謝っていたという。


 しかし、駿先生は全く謝る素振りもなかったという。


 昼休憩に保健室へ行った時、綾香と京香先生が、職員室での出来事を詳しく教えてくれた。


 2人に重い処分が出されなかったのは不思議だった。


 学校の事情を知らない春陽にわかるはずがない。


 しかし、これから京香先生と綾香の近くに、圭吾先生と駿先生も近づけないことに、春陽は良かったと安堵した。




◆◆◆




 仕事から帰ってきた綾香は春陽を部屋に呼んで、上機嫌だった。


 京香先生に聞くと春陽に助けてもらったことが、綾香にとっては、とても嬉しいことだったらしい。


 今日は綾香の部屋ですき焼きをご馳走になっている。



「今日は綾香は少し飲みたいのです」



 綾香はピカピカの笑顔で微笑んで、冷蔵庫の中から缶ビールとコーラーを取り出す。


 そして春陽のカップにはコーラを注いで、自分のカップにはビールを注いでいく。


 綾香が部屋でビールを飲んでいる姿も見たことがないし、ビールが冷蔵庫に入っているのを見たこともなかった。


 今日の仕事の帰りに綾香がスーパーに寄って買ってきたのだろう。


 すき焼きを食べて、ご飯のお替りをもらう。肉の量も野菜の量も多く、綾香と春陽だけでは食べ切れないほどの量があった。



「少しずつ、お腹が空いたら食べましょう」



 綾香が笑顔で提案してくる。春陽もすき焼きは大好物だ。綾香の提案に乗ることにする。


 いつも2人きりの時は2人掛けのソファに2人で座って過ごしているのだが、今日はすき焼きをしているのでソファで寛ぐことができない。


 いつもはテレビなどを点けたこともなかったが、今日はテーブルに座ってテレビを番組を見る。


 テレビよりも普段はスマホで色々とネットを見ているほうが多い2人だが、食事中にスマホを弄るのは不謹慎だ。


 だからボーっとテレビ番組を2人で眺め、春陽はコーラを飲んで綾香がビールを飲んでいた。


 綾香はあまりお酒が強くない。缶ビール1缶で顔が真っ赤に染まっている。


 目がトローンとしているので、おかしいなと思っていたら、缶ビール2本も綾香は飲んでいた。



「ハフッ」



 綾香が少し酔って、甘い吐息を漏らしている。ガスコンロの火を止めて、席を立って春陽の前にくると、いきなり春陽の首に抱き着いてきた。



「春陽君。この間は私を助けてくれて本当にありがとう。心から嬉しかった。自分が大事にされてるって実感した。嬉しい」


「いつも俺は綾香のことを想っているよ。だから気にしないで。綾香が安全だったから俺も嬉しいよ」



 綾香は春陽の腕を引っ張ってテーブルの椅子から立たせると、いつもの2人掛けのソファに座る。


 春陽が座ると、綾香が春陽の膝の上に頭を乗せてくる。


 そして春陽の体を両手で抱きしめて、春陽の腹に顔をスリスリしている。

 完全に綾香はほろ酔い状態のようだ。



「今日の綾香は少し酔っています。だから、今日だけは生徒と先生ではありません。酔っ払いと介護者です」



 綾香が訳のわからないことを言っている。



「今日だけは大好きな春陽君に甘えて良い日なの。先生も生徒も関係ない日なの」



 そんなことを言われると春陽も胸がドキドキしてしまう。


 春陽が顔を綾香に近づけると、綾香は春陽の両手を頬に当てて、目を潤ませていく。


 クリクリした瞳と可愛くて小さな鼻。可愛い唇が段々と春陽に迫ってくる。


 春陽の思考がスパークする。


 綾香の甘くて優しい、安らいだ香りが2人を包み込む。


 思わず春陽は綾香の顔を抱え込んで、見つめ合ったまま2人の時間が流れていく。


 なんとか春陽の理性が戻ってきた。


 春陽はツルツルの綾香の頬にキスをする。



「今日は良いと言ってるのに、春陽君の臆病者」



 綾香が小さくつぶやいた声が聞こえる。


 春陽もできることなら綾香にキスしたい。もっと綾香と抱き合いたい。でもそこでストップをかける自信がなかった。


 テレビからは何の番組かわからないが、ずっと番組が流れていてうるさい。


 春陽はテレビを止めようとコントローラーをテレビに向ける。


 そこで春陽の思考が停止した。




◆◆◆




 テレビでは『世界の未成年、天才少年少女のモノマネ歌合戦』という番組が流れていた。


 そこに見知った人物を発見したのだ。



「綾香、少しテレビを見てほしい。綾香も知っている人物が並んでいるぞ」


「もう良い雰囲気だったのに、ぶち壊しにするのは誰ですか。お仕置きです」



 そういって、綾香はソファから起き上がると、テーブルの椅子に腰かけてテレビを見る。


 春陽もソファから立ち上がってテーブルの椅子に座った。


 ツルツルに剃った頭、クッキリ二重にクリクリした瞳、大きな耳が印象的だ。そして左目にしている眼帯が目立つ。


 着物姿に袈裟をまとい、草履履きでテレビに出演しているのは、和尚しかいない。見間違えようがない。


 和尚はこの番組の収録に東京へ行ったのかと合点がいった。


 採点は、コンピューターと、観客と、審査員達の合計得点で競われるものだった。


 海外から呼ばれた天才少年、少女だけあって、すごい歌唱力をしている。


 確かに和尚は美声だ。しかし、今まで和尚の歌声を聞いたことがなかった。


 各予選を通過して、最終の8人までに残っている。


 和尚の番が回ってきた。和尚がマイクを持つと、マイクが小さく見える。


 和尚はS〇p〇r〇lyの「愛をこめて花束を」を熱唱する。


 まさか女性シンガーで攻めてくるとは思わなかった。


 モノマネ歌合戦だけあって、和尚のモノマネは完ぺきだった。歌唱力、パンチ、全てにおいて春陽の思っていた範疇を超えている完璧だ。


 和尚は余裕でベスト4に躍り出た。


 他の外国から来た少年・少女も戦いを繰り広げているが、体格の良い和尚は常に目立つ。


 次に和尚が歌ったのはA〇の「みんながみんなの英雄」だった。着物に袈裟掛けで、舞台の中央で気持ち良さそうに歌っている。


 和尚は体格と体重の割りにフットワークが軽い。草履も姿で軽快に踊っている。圧倒的な迫力だ。


 とうとう和尚は決勝戦まで勝ち残った。


 和尚が司会のインタビューを受ける。



「その左目の眼帯はどうしたのかな?」


「友との友情の証であります」


「優勝したら、誰に一番に報告したいですか?」


「桜が丘高校の保険医の坂本京香先生です!」


「もしかすると春日君は坂本先生のことが好きなのかな?」


「左様。美の権現様には誰でもが、ひれ伏し申す」


「桜ヶ丘高校の坂本京香先生! 春日君が想いを込めて歌います! 歌手はW〇i〇ey H〇u〇ton、曲は I Have Nothing です!」



 和尚は何処から、あの高温を出しているのか、スムーズな出足で観客の心を掴んでいる。


 途中から段々とパンチが聞いてきて、その迫力が審査員の心を打つ。


 スタジオにいる全てのスタッフ、共演者、観客の顔から涙が溢れだしている。


 テレビで観戦していた春陽と綾香は、あまりの和尚の歌の上手さに鳥肌が立った。


 他の挑戦者の少年、少女の顔からも涙が溢れている。


 得点は、この番組初となる100点満点をたたき出した。


 司会者が和尚のことを離さない。



「春日君は他にもモノマネができるの?」


「約100曲はモノマネできるであろう」


「ちょっとモノマネしてくれないかな」



 和尚が簡単にマイクを持つと曲が流れる。


 和尚はL'〇r〇〜en〜〇ie〇の「虹」を歌いだす。



 その和尚の瞳は輝いていた。目をキラキラと輝かせ、H〇d〇そっくりの熱唱に司会も驚いた。


 『世界の未成年、天才少年少女のモノマネ歌合戦』の番組は和尚の優勝で幕を閉じた。


 優勝賞金は100万円だったが、和尚は「恵まれない子供達に寄付してくだされ」と言ったところで、番組は終わった。


 和尚の番組が終わったと同時に春陽はテレビのスイッチを消した。




◆◆◆




 見てはいけないモノを見たような気分だ。


 綾香はブスッとした顔をして怒っている。



「今日は酔って、生徒と先生の垣根を超えて、春陽君に甘えようと思っていたのに、浩平君のおかげで台無しです」



 え! そんなことならテレビなんて見てなかったよ!



「今からでもいいかな?」


「もう酔いは冷めてしまいました。全て浩平君のせいです」

 


 春陽としては酔いなどはどうでもいいのだ。綾香が春陽に甘えてくれるという1点だけが頭に浮かぶ。


 春陽はテーブルの席を立つと、綾香の席へ行って、強引にお姫様抱っこして、2人掛けのソファに座る。


 そして自分の膝の上に綾香を寝転ばせた。



「酔ってないから無理! 恥ずかしいよ!」



 綾香が顔を真っ赤にして、恥ずかしがって、悶えている姿も、とても可愛い。


 春陽は綾香の両手を握って、じっと綾香のこげ茶色の瞳を見つめる。



「綾香、とってもきれいで可愛いよ。恥ずかしがっている姿も可愛い」


「恥ずかしいから言わないで!」



 春陽が綾香に顔を近づける。


 すると綾香がプププと笑う。



「なぜか春陽君の顔が浩平君に見えて笑っちゃいます」



 これはダメだ。今日は良いムードになりそうにない。


 春陽のスマホが振動する。スマホを取り出すと京香先生からのラインだった。


 仕事先の学校名とフルネームまで番組で放送されたことに、さすがの京香先生もパニックになっているようだ。


 綾香は京香先生から送られてきたラインを見て、お腹を抱えて笑っている。



「京香も大変だね。また男性達にモテるんだね。テレビだから全国ネットだね。京香もテレビに出るのかな?」



 京香先生の美貌なら十分にテレビに通用すると思う。


 綾香と春陽は見つめ合って、2人共、ニッコリと笑って、京香先生に「頑張って」とラインで送った。

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